11話 過去
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・んん、・・・・・・ん?・・・・・・っ!」
宵闇の下、会長さんは覚醒した。
勢い良く起き上がって、周囲を見渡す。自分の、部屋・・・・・・?
家そのものはよく馴染みのある白壁。しかしその内装、家具の何もかもに違和感がつきまとう。
二つあったはずの本棚は一つだけに。参考書や様々な文献の類が保管されている方はそう大差ないが、もう一つは完全に跡形も無い。
会長さんの困惑を体現するようにベッドが軋み、掛け毛布が床に落ちた。
外気が肌に触れ、ブルりと震える。夏のはずなのに、何故俺はこんなにも厚着をしているのか、まるで冬のようなこの寒さはなんなのだ。
「俺は意識を失って・・・・・・・・・・・・」
記憶を辿ろうとして、網膜に焼き付いたあの紅い『目』に覗き込まれる幻覚が繰り返される。それは染みのように脳内の情報を穢し、離れようとしない。
「んる? もう朝かる?」
変な訛りのある声が、床で丸まった布団の中からくぐもって聞こえた。
その声音に、会長さんは目を見開いて布団を力ずくで剥ぎ取った。
「・・・・・・っ、サラド・・・・・・?」
それは、彼の相棒の名前。
発熱し、燃える炎の妖精。
「おはようる。つかさる」
「おま・・・・・・今までどこに・・・・・・!」
「んる? ボクはずっとここにいたよる」
声が掠れる。
幾度となく共に厳しい戦いを乗り越えてきた彼の契約妖精は、そんな会長さんを見て、首をこてんと倒した。
湧き上がる気持ちを抑えきれずに会長さんは妖精を、サラドを抱きしめた。
★ ☆ ★
「半年前、俺は半年前の世界に飛ばされたのか」
ニュースを見て、サラドの話を聞いて、会長さんはそう結論づけた。まだまだ理解出来ない点が多い、むしろ現状手に入る時点での推察にほとんど意味が無いことくらい、分かりきっている。
妖精を知っているからこそ、驚愕は小さかった。しかし、過去と呼ぶには彼の記憶と現実の状態との齟齬が多い。
この妖精もその例に漏れず。サラドを召喚できなくなったのは高校に入る前。今この時期にこうして一緒に生活していた筈が無いのだ。
どうしての疑問はとどまるところを知らずふつふつと提起される。目的不明の妖精の力によって誘われたこの現実、会長さんをもってしても平然と受け入れられるものではない。
平行世界。そんな言葉が思い浮かんだ。だが、すぐに振り払う。今はそういうものだと定義して、会長さんはコップを置いた。
とは言え今はド平日。ハンガーにかけられた制服は咲敷学園のものだ。襟につけられた校章は一年生の時のもの、つまり。
「つかさる、そろそろ学校行かないとる」
「分かってるよ、早くお前も紋章に戻れ」
サラドが手の甲の紋章に吸い込まれていく。つかさる、は勿論帝の事だ。
馬鹿にされてるようだが、妖精の言葉に深い意味はない。
このやり取りに懐かしさを覚えて、指先が自然と紋章に触れていた。そこには自分の肌のはずなのに妙な温かみがあった。
ピンポーン!
学ランを羽織ったところで、家のチャイムが鳴った。心当たりは当然ながら無い。
時を超えてそう間を置かず現れた来訪者に、怪訝そうに目を細めながら、会長さんは玄関のドアに手をかけた。開く。
「オッはよー! つかさっち!」
そこに立っていたのは、見ず知らずの、本当に面識のない少女だった。茶色がかった髪をツインテールにまとめた、垢抜けた雰囲気の美少女だ。髪を結ぶ赤いリボンがそれを際立てせている。
しかし、会長さんにはその少女に見蕩れる暇など欠片も存在せず、あるのはただただ困惑だった。
知り合い、それどころか同じ学校にいた記憶もない。胸元につけられた校章、同じ学年なら尚更に記憶違いの可能性はゼロに限りなく近づく。
「誰だ」
言葉を選ぶことも忘れて、そう口をついて出ていた。しかし、その少女は会長さんのその言いように驚いたように大きな目を見開いて、口をポカンと可愛らしく開けた。
目を瞬かせて、そしてすぐに破顔して大声で笑い始めた。
「あははは! ジョークきついよ、つかさっち! ボクだよボク、咲敷学園生徒会長、東薙切吹雪! 忘れちゃったとは言わせないぞ☆」
少女、東薙切は舌先をぷっくらとした瑞々しい唇の隙間から覗かせておどけてみると、からかうように会長さんの顎を撫でた。
・・・・・・生徒会長? 顔に触れる細指をハエをはらうように無造作に振り払いながら、会長さんはその単語の意味を考えていた。去年のこの時期、すでに会長さんは生徒会長に就任していた。しかしこの少女は確実に自分を生徒会長と名乗った。咲敷学園の生徒会選挙は学校から指名された生徒会長以外は投票順、という変わった方法を取っている。
そんな人間が同じ学年にいたら、やはり覚えていないなんて事態は起こりえない。
平行世界、その可能性への言及を避け続けるのは得策ではないのかもしれない。会長さんの疑念を解消する伝手は『過去』ではなく『未知』の中にあるのだと、そう確信じみたものが胸の内で燻り始めていた。
「さっきからこの調子る。今日のつかさは朝からおかしいる」
紋章の中に戻したと思っていたサラドがひょっこりと頭だけ紋章から出して、そう言った。
「おま、何平然と・・・・・・」
「オッはよー、サラドちゃん!」
「・・・・・・は?」
焦る間もなく、東薙切は元気のいい挨拶をサラドに向けた。そこには妖精に対する驚きはない。それどころか、旧知の仲すら感じさせた。
「どうかしたの、つかさっち。変なものでも食べた?」
「食ってない、断じて」
「うーん、口調もいつもと違う感じがするし、へんなつかさっち。・・・・・・ってもうこんな時間。遅刻しちゃう! さあ急ぐぞ! 共に走ろう!」
「ちょっ待っ、まだ鞄が・・・・・・」
「持ってきたる」
「だからなに勝手に動いてんだっての」
会長さん、今日からは帝は、雪の積もる道を未知の少女に強引に手を引かれながら踏み出した。
向かいの家の庭にはプリムラの花が風に揺れていた。雪が空を舞う。
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