6話 回帰
「そこだっ!」
脳筋さんのアミが宙を逃げる妖精の背を掠めた。前のめりにつんのめった脳筋さんは先んじて控えていたラフリエを足場にして反転、腕を振るって上に逃げた妖精を追撃した。
しかしそれは妖精のかなり下の方を通り過ぎて悲しく空を切った。
「どこだよ・・・・・・」
会長さんはアホを見る目でその様を遠巻きに見送っている。
発想はよかった。脳筋にしてはよく考えている。だけれども残念ながら、そこから先が理想についていけていない。
脳筋さんの追撃から逃れた妖精、件の悪戯な薄桃色をしたそいつは、脳筋さんを見下ろしてカラカラと笑っている。
「こいつ・・・・・・っ!」
脳筋さんは顔を憤怒の色に染め、ものすごい脚力で地面を蹴って妖精に肉薄する。しかし、そこで脳筋さんは脳筋らしく、アミを使わず手で掴みかかっていた。怒りに任せての行動故だろうが、いかんせんリーチが足りなさ過ぎる。
空気を掴んでそのまま自由落下していく脳筋さんの足元にラフリエが待ち構え受け止める。脳筋さんはアミを構え直すとまた突撃していった。
「どうしますの? ああも暴れられたらわたくしたちも近づけませんわ」
「そうだな・・・・・・あのまま脳筋が疲れるのを待とう。ありゃ駄目だ、怒りで何も見えてない。まあ、一応は注意を引き付けてくれているんだ、俺たちはその間に妖精を囲むとしようか」
「了解しました。ではわたくしはあちらから」
「いや、そうじゃない。俺達が一斉に突っ込んでも上手くあしらわれるのは目に見えてる。折角人数も揃っていることだし、ここを使っていこうぜ」
自分の頭を指先で叩く仕草に、権力さんは踏み出しかけていた足を引いた。彼の言う頭脳戦、もしくは作戦に従う方が賢明だと分かっている。
「まずは部長が特攻」
「いきなり作戦の欠片もない手法ですわね」
「ガネーシャの能力で捕まればそれでよし、駄目なら・・・・・・権力はそこから攻めろ。それでラベはあっち。二人で上手く・・・・・・そうだな、俺があそこで待ち伏せするからそこまで追い込んでくれ」
指で指示をしつつ、最後に鉄骨の山の前で会長は指を止めた。しかし、それは指示にしては大雑把なもので、権力さんは唇を尖らせた。
「やはり作戦とは呼べないじゃないですの」
「見ての通りあの妖精はすばしっこい。俺がいる所に連れてくるのがお前らの作戦ってわけだ」
「それは丸投げ、です」
「たまにはいいじゃねえか。俺なんていつも一人で雑用片してるんだからよ。それに、お前らを信じてたらそんなもの余計だろ」
今俺いいこと言った。虫あみを弄びながら会長さんは口角を上げた。
「・・・・・・私はどうすればいいのかしら」
「ああ、そうか。言うの忘れてました。センセイは俺が呼んだらシェルチェの能力を使って下さい」
「・・・・・・能力を使えと言われても、私にはよくわからないのだけど」
「大丈夫ですよ。シェルチェ、お前は自分の力を使ってくれたらいい。思いっきりやんな」
「おマエチガう、シェルチェ」
「だからそう呼んだろ」
「あ、ホントだ」
思いっきり伸びをして、誰も見ていない中、会長さんは悪い顔をしていた。癖。熟考とは違う、何か策を講じている時につい出てしまう。
とうとう疲れ果てた脳筋さんが床に寝転んで、それをからかいに妖精が降りてきた、まさにその刹那に部長は駆け出した。先程までの軟体動物っぷりとは一線を画す俊敏な動き。その原動力は、金。
「〇〇万、いただきだ!!」
※諸事情によりピー音が入りましたことを深くお詫び申し上げると共に、不適切な発言のあった部長には当然の報いを受けていただきます。
物欲センサー、そんな言葉がある。その意味を身を以て知っている人はかなり多いだろう。幸運と不運の境界、それを不幸側にぶっちぎった部長のアミは妖精の真横を通り過ぎ、床に当たり・・・・・・ボキッと不穏な音をたてて根本から折れたそれは地面を跳ねて部長の額を撃ち抜いた。
「痛っっっつぅ〜〜!!」
「マスター、所詮この世は当たるか外れるか。確率はヒフティヒフティ。次は当たる、さあ我に金をつぎ込むのだ」
「権力ちゃん!」
「言われずとも!」
携帯を握りしめ断末魔を上げる部長は無視して、ラベちゃんと権力さんの二人が飛び出し、左右から挟撃を仕掛ける。
妖精はここで初めて焦りを見せる。危なっかしくそれらを躱して、ラベちゃんのアミの下からもくぐり抜ける。そこへ、権力さんの後ろに潜んでいたティルティが襲いかかる。その肩にはキュールが乗っているどうやら彼女がタイミングを指揮していたようだ。
「にゃっ!?」
猫のような鳴き声が思わず出てしまうほど、露骨に危険を感じた妖精はひとっ飛びに距離を置こうとした。
しかし、その逃げた先には、会長さんが。
眼前の敵にばかり気をとられていた妖精は反応が遅れてしまう。もう逃れられない。
「これで終わりだ」
会長さんがらしくもないイケボで囁き、アミを握った腕を振るった。妖精はアミの中に消えて、そんな光景を誰もが幻視する、そんなさ中。
ビリッ。返ってきたのはそんな間の抜けた、繊維が千切れるような、そう、それはまるでアミが金属片に引っかかって裂けたような。
「会長さんの、バカぁ!!」
ラベちゃんが叫んでしまうほどの、不様な失態。
そのミスは妖精に体勢を持ち直す余裕を与え、全てが振り出しに戻った。そのはずだった。だがしかし、大どんでん返しがあることをただ一人知っている会長さんの眼光は、尚も鋭い。
「センセイ!」
「わ、分かったわ。しぇ、シェルチェ」
「よしキた」
そして世界はあるべき姿に還る。時は巻き戻り、破壊の跡は消えゆく。壊れていた虫あみは、会長さんに握られながら、そのアミの部分を元に戻していった。
それは瞬撃。残像の見えるほどの速度で、アミは妖精を真一文字に捉えた。風を切る音が遅れてやってくる。人智を超えた、一閃。
気づいた時にはもう既に会長さんは妖精の入った虫あみを手に持っていた。
「なんてな」
おどけて見せる会長さんに、一同はポカンと口を開いたまま硬直し、次の瞬間、一斉に会長さんの元へと駆け寄っていた。
「なんだよお前びっくりしただろ」
「くうぅ、かっこいいぜ、会長さん!」
「す、すごいです」
「貴方、前々からおかしいとは思っていたけどついに人を辞めたのね」
次々に賛辞を述べる彼女たちは、会長さんの見せた絶技に皆一様にひとつの真実を忘れている。
「まあまあ、それはさておき課長さんのところに報告に行こうや。こっちが終わったのにあんまり待たせるのもなんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・わざわざ回帰の力に頼らずとも、普通に捕まえられたんじゃありませんの? あれ、わざとですわよね」
「それ、あいつらには黙ってろよ。分かっていると思うが、これはセンセイの妖精師としての登録も兼ねているんだ。だったら妖精の力を見せておいた方が何かといいからな。まあ俺自身、回帰属性がどんなものか見ておきたかったしな」
「悪知恵ばかり働きますこと」
「そんな俺を人は天才と呼ぶらしいぞ」
「それはそれは、世も末ですわね」
初夏の妖精事件は、これにて一件落着。
しかし、彼らの夏は始まったばかり。帰還した彼らに更なる妖精の魔の手が迫っていた。
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