学校の怪談編《前編》
7話 七不思議
プルルルル、プルルルル。
電話が鳴っている。
プルルルル、プルルルル。
そばに置かれた携帯が震えている。五月蝿いなぁ、早く鳴り止まないかなぁ。
そういやなんか頭が痛い。頭痛が痛い? 主に額の辺りが痛いのですよ。
今更ながら、会長さんは自宅の机に突っ伏して寝てしまっていたことに気がついた。寝惚けている時の微睡みの思考は、電話の意味すら理解が出来ないほど酩酊している。
「だぁれだぁ、こんな時間に」
そうは言ってもまだ外は割りと明るい。沈みつつある陽は、カーテンの隙間から紅色の光を差し伸べてくれる。かなりの時間寝ていたようだが、特に汗をかいた様子もない。夏真っ盛りとニュースが報じていたのがココ最近だが、今日は久々に涼しい日のようだ。
着信音を設定していないので、文ゲイ部の部員かセンセイでないことは確かだ。それ以外に自分の番号を知っている人、心当たりはない。
「はい、もしもしぃ」
『遅い! 早くでなさいよ!!』
「間違い電話ですね、さようなら」
携帯を閉じて再び夢の国へ旅立とうとして、またもや携帯が鳴り響いた。
「・・・・・・なんで俺の携帯番号を知ってるんだ。
『去年交換したでしょ! 相変わらず物覚えが悪いわね、
電話越し、互いの顔も見えないというのに睨み合うこの二人。
この二人の名を同時に上げて、彼らの通う
天才、九条帝と絶対支配者、織白伊草。共に学園のトップをかけて争っていた二人は、事あるごとに上位争いをしていたライバル同士であったりする。
入学当初、若干荒れていた学園の殺伐とした空気は彼らの抗争を助長するものであったのは確かだ。そして、学園に癌のように蔓延っていた不良グループの存在が、ただの闘争を事件へと発展させてしまった。
その頃から学園の風紀について考えを巡らせていた織白はただ単純に風紀のために、一方九条は売り言葉に買い言葉、喧嘩を売られたから買ったにすぎないが、それによって起こった不良の一斉掃討。
そんなものが当時の彼らの日常であったがためにそれら数多くのエピソードをまとめた伝記が出ているなんてのは、二人のあずかり知らぬところ。
織白伊草、咲敷学園風紀委員会風紀委員長、通称風紀さんからの電話に会長さんの声音は次第に険のあるものになっていく。
「はぁ、いいから要件だけさっさと伝えろ」
『今すぐ校門前に来なさい。これは命令よ、分かった!?』
「・・・・・・お前のせいでさんざ迷惑被ってきた俺にこんな時間に学校に来い、と」
『あんた生徒会長でしょ、これも学校の風紀のためよ!』
「それならお前の管轄だろうに・・・・・・なんでわざわざ俺が」
『御託はいいから! 早く来なさい!』
耳に痛い(物理)一言を吐き捨てるように言って、電話は一方的に切られた。
「なんなんだよ、急に・・・・・・」
彼女と話すのは一体何ヶ月ぶりか。生徒会長になり、理事長によって多くの権限を内密に譲渡されてから、生徒会正しくは会長さんは風紀委員会を形骸化させる程の働きを見せていた。
それが、この二人の対立はしばしば会長さんの勝利と見なされる所以であったりする。
それ故に、疎遠になってしまった。会長さんにとってはまだ終わっていない戦い。しかし、本人の感覚として、それは風紀さんの方から途絶えさせられた。そう感じるのだ。
言葉とは裏腹に、会長さんは制服を手に取った。
★ ☆ ★
「遅いわね、何してるのよ! 帝は!」
風紀さんは苛立ちを隠そうともせず壁を蹴った。普段の風紀さんからは予想もつかない行動の目撃者は、少なくとも見た人はいない。
「まあそう怒りなさんな、主よ」
風紀さんを諌めるのは彼女の腰の鞘にに収められたひと振りの刀。これは妖精である。寄生妖精バリエ。無論風紀さんの妖精だ。
「いくら恋焦がれる男との逢瀬とはいっても、そうがっついては彼に引かれてしまうぞ」
「惹かれるって・・・・・・そんなのとっくにそうよ」
「何か情報にすれ違いがあるようだが・・・・・・わしは主に従うのみ、しかしそう自分本位では彼へのアピールもままならんだろう」
「分かってるわよ、そんなこと!」
柄を叩いた振動で、右側に寄せて結われた黒髪が揺れた。目付きが鋭いのは、彼女が緊張している証拠である。
「来てやったぞ。伊草」
「お、遅かったじゃないの! 早くついてきなさい」
「主よ、慌てず急がず、じゃぞ」
「妖精を出しっぱなしかよ。いよいよもって面倒事の予感がしてきたな」
風紀さんは有無を言わさず校舎の中に入っていくので仕方なく会長さんもそれに倣う。
陽は完全に沈み、校舎は夜の闇に包まれ独特の雰囲気を醸している。夜の学校、その背徳感にもにた魔力がそう見せているのかもしれない。
「いい加減俺を呼んだ理由を話してもらえないか」
「そんなことも分からないの? あんた相変わらず阿呆ねえ」
馬鹿にしているようで、どことなく嬉しそうなのはなんでだろうか。会長さんには風紀さんの内心を推し量ることはできない。
「夜に学校へ来させられた上に、お前が妖精を連れてきているとなっちゃ。俺の予想なんて意味が無いっての。どうせ妖精絡みなんだろうが」
「それはどうかしらね。今から調べるのはこの学校の七不思議、どうやらその噂の中に妖精が関わっているんじゃないかってのがあって、その調査を依頼されたのよ」
「なら俺来る必要なかっただろ。お前一人で手に負えないなら文ゲイ部に正式に依頼を出せばいい」
「こんなことのためにそんな手間かけられないわよ」
「こんなこと、なんだったらやっぱ俺要らなかったろうに。一応付き合ってはやるが」
「付き合・・・・・・突然何を言い出すのよ!?」
「この会話の噛み合わない感じ、懐かしいなぁ」
こんな不毛な言い争いを心のどこかで楽しんでいる自分がいることに自然と笑みがこぼれる。
「で、問題の七不思議ってのはどんなものなんだ?」
「そ、そう大したものでは無いわ。七不思議自体はどこにでもある噂みたいなものだから」
「ふーん、んで、その大した内容でない噂で何が起きちまった訳だ。常識じゃあ測れない現象が」
下駄箱で靴を構内用のスリッパに履き替えると、ついに二人は学校へ足を踏み入れる。
夏休みが始まって一週間が過ぎようとする中、第二の事件が幕を開ける。
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