二日目

 朝ごはんを食べて、その後また寝た。気がつけば昼も近い時間になっていて、遊びに行っても帰ってこなきゃいけないから家で一人ゲームをしていた。どれもこれも毎年時間が有って結衣ちゃんとやり倒したゲームだったので一人でやる分には驚きもなく、すぐに飽きてしまった。

 昼はカレーを食べた。祖母の作るカレーはじゃがいもが大きかった。少し汁っぽくてお母さんの作ったやつの方が好きだなと思った。お父さんはいなかった。昔の友達の処に行っているらしかった。こっちに来るとよくある事だった。結衣ちゃんは向こうの家で食べているらしく来なかった。

 さて午後から何をしようか。またゲームをするかテレビを見るかと思ったけれど、ずっと家にいたらきっと祖父母が少し心配する。そうしたら自分は結衣ちゃんが居ないと外に遊びに行かない、という話がいずれ結衣ちゃんに伝わってしまうかもしれない。それはなんだか嫌だったから、昨日結衣ちゃんが言っていた家の裏手の林へ虫取りに行ってみる事にした。

 いざ外に出てみると蝉の声が何割か増して大きく聞こえる。見えてはいないけれど、きっとあの木にも、あそこの木にも、一匹づつ、いやもっと多くの蝉が止まっていて、ジリジリと自分の羽を震わせる事尽くしているのだろう。そう思うと少し怖くなった。

 一年ぶりに見た裏手の林は思ったよりも狭かった。気を抜いていたら知らぬ間に向こう側に突き出てしまうような広さしか無く、こんな場所がここらで一番良くカブトムシが採れるなんて嘘だと思った。カブトムシやクワガタなんていうのは、どこまで続くか分からないような森の中をずんずん進みながら、木の一本一本にじっと目を凝らして、やっと見つかるものだと思っていた。昨日の結衣ちゃんはちょっとだけ意地悪な感じだったし、もしかしたら本当に嘘なんじゃないかと思った。

 そうやって疑念を持ちながらも虫を探し始めたのだが、まず近くの木に少し目を凝らしただけで呆気なく一匹目が見つかった。小さなクワガタだった。木の低いところに止まっていて、掴んで虫かごに入れた。小ぶりだったし、余りに簡単に見つかったので達成感が無かった。

 やっぱり結衣ちゃんの教えてくれた事は正しかったのか、いやまだ決めるのは早い、この狭い林だから、少し腰を入れて探せば全ての木をチェックすることさえ出来るのだ。もし全然見つからなかったよと結衣ちゃんに報告したら、彼女はどんな顔をするだろうか。

 よし、全部の木をくまなく探してやる。僕は半ば躍起になってそう意気込んだ。まず林の端っこのこの木から、円周をぐるっと回って確認し、枝の先まで見逃さない。これを全ての木においてする。ローラー作戦というやつをしようとした。まず小さなクワガタを見つけたこの木を探す。よし、この木にはどうやらこれ以上は居ないらしい。

 しかし、二本目のチェックに移ろうと隣の木に目をやった時点で、大きめのカブトムシを見つけてしまった。それには立派な角が付いていて、背中は黒々としてツヤの良い光沢を放ち、去年駆け回ってやっと見つけた傑物よりも二回りほど大きかった。

 ああ分かった。結衣ちゃんの言ってた事は本当だったんだ。

 その事を理解した途端、虫取りなんてする気が冷めてしまった。この林で虫を見つけても、結衣ちゃんが見つけたのを採らせて貰ったあの時と何も変わらないんだ。そう思うと滑稽で、その大きなカブトムシも取らず、捕まえたクワガタも放した、

 結衣ちゃんの言った通りにすれば上手く。この村ではそういう法則の中で自分は過ごしているような、そんな気がしてならなかった。結局結衣ちゃんが思っている通りにしか動かない自分が、間抜けに思えて恥ずかしかった。

 林から逃げるようにして、僕は川に向かった。森の細道をしばらく進むと急に視界が開けて現れるそこは、浅いけれど横幅がそこそこ広くて水が綺麗で遊ぶのには良い場所だった。

 去年の川遊びは楽しかったな。結衣ちゃんと一緒に水切りをしたり、石をどこまで重ねられるか競い合ったりしたものだった。そうそう、少しだけ深い場所を見つけて、そこに大きめの、岩に近い石を落として高く水柱が上がるのにはしゃいだりした。そうしたら結衣ちゃんがケラケラ笑ってくれて、僕は調子に乗って何回も石を落としたのを覚えている。

 去年の記憶が僕に期待させて、川の遊び場を見た瞬間心が踊った。ここでならさっきのような、突然の冷めた気持ちに陥る事は無いだろうと思った。

 サンダルのまま水に浸かる。冷たくて気持ちが良かった。手始めに平べったい石を探して、水面が広い所に向かって投げた。石は勢い良く飛んでいったが、全く跳ねずに一回で沈んでしまった。もう一回。結衣ちゃんには確かこうやって投げろって言われたっけ……。角度に気をつけて素早く手を振る。今度は、一、二、三、四……ピシャンピシャンと水面を弾いて、六回も跳ねてくれた。

 よし、次だ。

 僕は没頭して一人で石を投げ続ける。 石の中から石を探す音、投げる腕が風を切る音、石が水面を跳ねる音、時々風で木が揺れる音。延々とその繰り返しだけが耳に入った。

 その後も何十回と石を投げて、成功したり失敗したりした。

 しばらくすると、もう飽きてきた気がする。ああ、もう良いかな。

 近場の大きな岩に腰掛けた。僕が遊ぶのをやめても、変わらず川はちょろちょろと流れていた。ざざぁんと木々がさざめく音がしたと思えば、視界の端から端の森がぐわんぐわんと揺れて踊っているようだった。さっきまでは感じなかったが、些細な風が僕の身体の濡れた箇所を通り過ぎる度に、冷たさが背筋を走って少し身震いした。

 今日は帰ろうかなと、そう思った。

 家族には昨晩よく眠れなくてと言って、隠れるように寝床に入った。

 木目の天井を見ながら明日何をするか考えた。遊びがつまらなくても一人で帰れる訳では無かった。こんなことなら昨日のうちに結衣ちゃんに面白い遊びを聞いておけば良かった。

 しばらくウンウン唸りながら考えた。右を向いたり、左を向いたりしながら考えた。

 ふと、納得のいく案が出た。なに、凡だが、この村の行ったことの無い場所を探検するのだ。思えば結衣ちゃんと足を運んだ場所というのは、彼女と僕が遊ぶ為のスポットであり、それは僕の好奇心や冒険心の為では無かった。この村には知っている場所も多いが知らない場所も有るはずで、そもそもどんな道でも歩き続ければいずれ未知の場所に至り、まだ見ぬ景色に出会うのが当たり前だ。布団の中で一人想像が膨らむが、それを上回る刺激的な体験が出来るに違いないという根拠のない自信が有った。

 何より、この探検こそ村で結衣ちゃんから教わったものではない唯一の遊びであることが誇らしかった。

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