Day1:或る日のカフェで―賞賛を欲する愚者たち―

 或る日の事、私はとある大都市に来ていた。どこもかしこも人だらけ、手には皆一様に小さな機械―スマートフォンというらしい―を持っていた。街の者曰くそれを持っていないと「イケてない」らしい。そして人々、特に若い者どもは忙しなくそれを弄りカシャカシャとやっていた。どうやら写真を撮っているらしい。その被写体は食べ物に甘味デザートに服に彫像モニュメントと様々だが、その大半は食べ物を除き派手な色彩を放つものばかり。甘味デザートに至ってはあのような色彩の物を、写真を撮った後に食しているというのは実におぞましいし、彫像モニュメントに至ってはただ撮るに飽き足らず登って上に立ったり抱き着いたりと傍若無人な様相に思わず閉口する。

 歩き疲れた私は少し喫茶店で珈琲を嗜むことにした。趣のあるカウンターで珈琲を飲む時間はいつの時代も至福だ。そうカウンター越しのマスターと歓談すると、「それがねぇ…」と店主は困り顔を浮かべた。話を聞こうとしたとき店のドアが開き、派手な格好の若い女達がぞろぞろと入ってきた。

「ここのパフェチョーカワイイらしいよ」

「たのしみ~」

騒々しく話しながら彼女らはどっかりと腰を下ろす。実にお淑やかさに欠ける光景だ。そんなことはどうでもいいかのごとく彼女らはメニューを開き騒ぎ続ける。

「あ、このカプチーノかわいい~」

「このパンケーキもチョーカワイー」

「あっみてみてこのパフェこのパフェ!かーわーいーいー!」

「だよねかわいい!」

 落ち着いた雰囲気のこの店でこう騒ぎ続けられるのは本当に興醒めする。しかも言い方は違えど皆一様に「かわいい」としか言っていない。一体どこのどういう部分がかわいいのか、彼女らは一切触れようとしていないのが不気味だ。

「本当に、最近の若い者の感覚はよくわかりませんな。綺麗なものも美しいものも、醜いものも悍ましいものも皆一律に『かわいい』の一言で済ます。嘆かわしいことです。」

マスターは憂いの眼差しを向ける。何がどうしてそうも可愛いのか、メニューを開いてみることにする。するとそこにはおおよそ食べ物と思えないような鮮やかな彩色の食べ物が並んでいた。この店主がこれを?思わず訝りながら訊くと

「いえいえ、私にはこんなものを作る技量はございません。これは私の倅が作ったものですから。」

 そう答え、マスターはその息子を呼ぶ。少ししてその息子が店の奥から出てきた。先ほどの彼女らより少し大人びた、端正な顔の青年だ。

「これが私の倅の幸成。パティシエの修行をしておりまして、その練習を兼ねてうちでもパフェを出してもらっているのです。」

「実に見事なパフェですな。最早食べ物とは思えない。まるで芸術作品だ。」

 そう褒めると彼は謙遜したのち、若干憂いの色を浮かべた。

「いえいえ、僕はまだまだ未熟なもので、あれより良いものを作れる職人は世界に数多くございます。それにしても芸術作品というのは言い得て妙なものですね。実はあのパフェやパンケーキは最近、パステルカラーを使用したスイーツが多く出回ったことで以前のうちの客がそういったスイーツを出すお店に流れていってしまい、何とかそのお客を取り戻そうと苦肉の策で出したものなのですが…」

 彼は先ほどまで彼女らがいたテーブルを見やる。そこにはあまり手のついていないパフェやパンケーキが残されていた。

「店に客は戻ってきたものの、ああやって、食べ残される客が多いのです。ああいう客は、よくうちのパフェの写真なんかをSNSにアップしてくれて、それが他の客を呼び込んでくれるのですが、人にたくさん食べてもらって、美味しい顔になってもらいたくてパティシエの修行をしている僕としては、複雑なものがあります。」

「あの者たちはなぜ折角頼んだものを食べきらないのかね?そのパフェだって、そんなに安いものでは無かろうに。」

 私は彼に訊いた。

「きっと彼女たちはああいう『かわいい』ものを撮って、それをSNSにアップして、それを見ていたひとから『いいね』されることで、『自分の生活、人生がこんなに素晴らしい、充実している』と思いたいのだと思います。」

 憂いと少しの軽蔑の色が彼からにじみ出ていた。

「他人の承認で自らの人生の充実さを確かめる、か。実際に、彼ら彼女らの人生は充実しているのかね?」

「どうでしょうね。僕には、いえ誰にも分からないことです。」


 彼とマスターにお礼を言い、私は店を出た。なかなか愉快な話を聞かせてもらったので帰りにほんの気持ちのチップを渡したら断られたので、お礼も兼ねて珈琲をもう一杯頼んだ。

 それにしても彼女たちは実に変人だと思う。なぜなら賞賛を求めるが故に、自らの醜悪さに気づかないのだから…。

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