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 金曜日の寮母は話がわかる人と評判だ。朝食までには戻ること、男子の台詞は何ひとつ信じないことを約束すれば、行き先を聞かずに玄関を通してくれた。女子寮で暮らす生徒はみな、口やかましい教師たちに心底うんざりしていたから、さばけた性格の寮母は人気が高かった。教師と寮母、りつかはどちらも好きになれなかったけれど。

「今日はわるい子が多い夜だね。ま、無理もないか」

 受付窓の向こうから、読みかけの小説本に目を落としたまま寮母は言った。

「明日は七時に雲車バスが出るから、朝食は六時からだ。寝ておかないと〈おつとめ〉は辛いよ」

「ありがとう。すぐ戻ります。ちょっと夜風にあたりたくて」

 会釈をして玄関の戸口をくぐる。スカートの裾から凍てつく冷気がはいあがり、りつかは身ぶるいした。二月の夜更けは雪の子の足に鳥肌を立てるほど冷えていた。行き先は決めていなかったが、足は自然と運動場に引き寄せられた。

 夜中の運動場はまるで死後の世界のように、しんと静かで、澄んでいた。街路灯の照明はグラウンドの中心までは届かない。チョークで引かれた白線も、置き忘れられた緑のボールも、今は等しく意味のない抜け殻になって、薄闇に横たわっていた。ただ、そびえ立つ〈塔〉だけが、くっきりとその輪郭を際立たせていた。

 〈塔〉といっても実際は簡素なコンクリートの柱で、大人ふたりで囲めるほどの太さしかない。裏側に錆びたはしごがついていて、頂上まで登れるようになっている。

 朝食のあと訓練に遅れないよう運動場へと急ぐのは、雪雲学校スクールで暮らす雪の子たちの日課だった。息をきらせて駆けつけた子どもたちは、この場所に列をつくり、順番に〈塔〉から飛び降りる。両手を羽のように広げ、せいいっぱい落下速度を遅くしながら、雪らしく舞う練習をする。

 〈塔〉の高さはせいぜい五メートル程度。卒業後の〈おつとめ〉にはとうてい及ばない高さだが、足がすくんで動けなくなる生徒は少なくなかった。座りこみ、泣きだしてしまう雪の子もいた。

 お前たちは水だから、浮遊するようにできているんだ! 体育教師は教鞭を振り、声高にさけんだ。力を抜いて飛べばいい!

(そういう体にできていたって、心もそうとは限らないじゃない)

 一度も口にだせなかった本音は、飲みこむたびに胃袋の底で固まった。

 一歩一歩、靴底で砂の感触を確かめながら、りつかは〈塔〉に近づいた。訓練のあと感じていた吐き気がよみがえり、ぎゅっと唇を噛んだ。

「こんばんは」

 声は頭上から響いた。

 見上げて、あっと息をのむ。

 冷たい闇のただ中を、制服姿の雪の子が舞っていた。ひらめく手足。しなやかに回転する痩身。暗がりでもはっきりとわかる赤い髪が、火の粉のように、宙にはらはらとたなびいていた。彼女はくるりとターンして、りつかの目の前に着地した。

「りつかさん、だっけ。こんなところで会うなんて奇遇ね」

 門限はとうの昔に過ぎている。奇遇で済む話ではなかったが、彼女は涼しい顔をしていた。

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