第7話

「はふぅ、ふかふかのクッションから太陽のイイ香りがする。久しぶりに応接室のソファーで寝ちゃった」


 昨日リフォームを手伝ったアシュが実は女性だと知り、カナはショックをうける。

 しかし恋心よりガテン魂の勝るカナは、その後も壁の修繕をノンストップで続けた。

 そして資材運びとリフォーム作業の疲れから、仕事が終わると同時に気を失うように寝てしまったのだ。

 翌朝、カナは夏別荘の大きなソファーの上で意識を取り戻す。

 開け放たれた窓の外は快晴で風にはためく洗濯物が見えて、キッチンからベーコンの焼ける香ばしいかおりがする。


「お目覚めですか、カンリニンさま。昨日は本当にお疲れさまでした」

「おはようございますメイド長さん。ワタシったら朝寝坊しちゃって、ちょっと顔を洗いに……あれっ、お腹が空いて力が出ない」


 カナはソファーから体を起こすと、フラフラと立ち上がる。

 心配して声をかける侍女長に大丈夫と答え、勝手知ったる夏別荘の洗面所に向かった。


「くんくん、なんだか汗臭いよね。お風呂に入りたいな」


 しかし夏別荘のお風呂に入るのはよくない。

 自分は管理人としてケジメを付けなくてはいけない。

 そういえば大叔母さんから頼まれたお客さまは親子二名だったが、メイドや警備の男の人たち計九名に増えて、全員がこの夏別荘で暮らすには無理がある。


「夏別荘のリフォームが済んだら、次は隣の平屋を修繕して男の人たちの休憩所にしよう。右隣の小さなログハウスは、私専用の管理人室にしようかな。フフッ、やることがいっぱいあって、なんて楽しいの」


 顔を洗い目を覚ましたカナは、楽しい楽しいDIY作業の事を考えると自然に口元がゆるむ。

 応接室に戻ると、うさぎワッペンのベストを着たルーファス王子が、遊び相手を待っていたかのように瞳を輝かせながらカナの元に駆け寄る。


「おはようオヤカタ。今日は何を手伝えばいいのだ。あの宝物庫は、僕の部屋になるんだな」


 王子は甘えるようにカナに抱きつく。

 奥の食堂から出てきたエレーナ姫と女騎士アシュが、二人の様子に微笑みながら声をかけてきた。


「おはようございますカンリニンさま。お部屋はもう完成ですか?アシュから話を聞きました。カンリニンさまが魔法道具(タッカー)を使って壁の穴を塞ぎ、一晩で修繕してしまったと。熟練大工でもこれほど早い作業は出来ないと驚いていましたよ」

「エレーナ姫さま、まだリフォーム中です。これからベニヤ板に壁紙を貼って新しく家具を入れて、今日中に部屋を完成させます」

「それでは私は、今日もカンリニンさまのお手伝いをします。一晩で部屋が綺麗になったので、他の者も是非カンリニンさまの手伝いがしたいと言っています」

「ううっ、手伝いはアシュさんがいれば大丈夫。作業が終わるまで、他の人は立入禁止だと伝えて下さい。特に隊長は部屋に近づけないように!!」


 エレーナ姫にリフォーム作業の報告をしたカナは、王子に手を引かれて朝食が準備されたテーブルに付く。

 椅子に腰掛けようとするとアシュが素早くエスコートしてくれた。


(はうっ、アシュさんはやっぱりカッコいいなぁ。でも女の人なんだよね。)


 昨日は食事も忘れ作業に没頭していて、朝起きた時はふらつくほど空腹だったカナは、目の前に用意された料理が泣きたくなるほど嬉しい。

 厚切りパンを卵に浸して焼いた熱々フレンチトースト、パンの上に冷たい生クリームとジューシーな果物のシロップを塗って食べる。

 柔らかく煮込まれた野菜スープは、ほのかに甘い優しい味。

 適度に焦げ目が付き分厚く切られたベーコンは、カナのバイト先のファミレスで食べるモノとは全く味が違う。

 夏別荘に食材を届けたコンおじさんはグルメでお取り寄せマニアだから、この食材はおじさんの御眼鏡にかなった一級品なのだろう。


「はふんっ、なんて幸せな朝ご飯なの。五臓六腑に染み渡るとは、まさにこの事だわ」


 カナが目を細めて美味しそうに食べる様子を、頬杖をついて眺めていた王子は、行儀が悪いと侍女長に注意される。

 ルーファス王子は、茶色い髪の小さな魔女が今日は一体どんな面白いことをするのか楽しみで仕方なかった。

 そんな王子の視線に気づいたカナは何かひらめいたかのようにニヤリと王子に笑いかけ、食事を終えて「ちょっと待って」というと玄関の外へ出て行く。

 数分後、彼女は外に放置していたガラクタ箱を抱えて戻ってきた。


「ねぇルーファス王子。このミニカーを走らせてみようよ」


 それはカナが子供の頃大流行した自動車のオモチャで、丸いフォルムにカラフルな車体、後輪がゼンマイ式のミニカーだ。

 カナはガラクタ箱の中からオモチャを一つ取り出すと、床に置いて手を離す。

 するとオモチャはカナの手の平から飛び出して、王子の目の前を横切り反対側の壁にぶつかって停る。

 

「オヤカタ、なんだ、なんだそれは!! この奇妙な形をしたオモチャの荷馬車は、どんな魔法で動いているのだ」

「フフフッ、やっぱり食いついた。男の子は乗り物が好きだよね。ミニカーは後ろのタイヤがゼンマイ式で、ホラ、床で後ろにバックさせて手を離すと前に走るの」


 ルーファス王子は驚いて椅子から転げ落ちるよう立ち上がると、オモチャ箱に飛びついた。

 半透明ケースの中から赤いミニカーをひとつ取り出し、カナの真似をして床を走らせて歓声を上げる。


「オヤカタ、この魔法玩具を僕が貰ってもいいのか? 箱の中にはバラバラになった荷馬車があるぞ。どうして壊れたままにしているんだ」

「ああ、それは速い車のパーツを組み合わせてカスタマイズして、自分だけのミニカーを作るの」

「速い荷馬車の破片を組み合わせて『かすたまいず』すれば、僕だけの荷馬車が作れるのだな」


 王子は夢中で箱に入ったミニカーを全部ひっくり返す。

 どの車が一番早く走るのかチェックしている間に、カナはその場を離れアシュを手招きをしてリフォーム部屋へ向かった。


「この部屋をリフォームで大変身させて、王子を驚かせようと思うの。だからお姫様やメイド長に頼んで、部屋が完成するまで王子を外に連れ出して」

「しかしカンリニンさま、豪華な王宮を見慣れているルーファス王子さまを驚かすのは難しいと思います。えっ、なんですか、ソレを壁に貼るのですか」

 

 カナは鼻歌をうたいながら折り曲げられた壁紙を広げると、それを見た女騎士アシュは戸惑いと驚きの声を上げた。


「私も一度こんな子供部屋に住んでみたかったの。さぁ早く作業を始めましょう。二人で王子様を驚かせるのよ」




 ルーファス王子はカナから貰ったミニカーを床に並べて何度も走らせ、気に入った五台を見つけた。

 ふと気が付くと随分と時間が過ぎていて、応接室にカナの姿はなく壁を隔てた反対側の部屋から壁を叩いて作業する音が聞こえる。


「そうだ、オヤカタの仕事の手伝いをしなくちゃ」


 王子はミニカーを箱に片づけると応接室を出ると、王子の姿を見たエレーナ姫と侍女長が呼びとめる。


「ルーファス王子さま、お遊びは終りですか。カンリニンさまが大きな幻の果実を食べたいとおっしゃたので、私と幻の果実を採りに行きましょう」

「ルーファス、貴方が一番大きな金剛白桃を採ってきたら、カンリニンさまはとても喜ぶでしょう」


 母親の言葉に王子は素直にうなずくと、侍女長と一緒に夏別荘の外にでる。

 そこへ待ち伏せていた隊長が現れ、泉に七色に輝く魚が居るから捕まえに行こうと誘い、王子を妖精森の探検に連れ出していった。


 ***


 夕焼けで空は赤く染まり、黒い鳥がカァカァと泣きながら妖精森の上を横切る。

 妖精森の奥へと続く細い道を、隊長とルーファス王子は水を満たした衣装ケースを台車に載せて運ぶ。

 泉で橙に黒のまだら模様の太った鯉を捕まえると、王子はそれをカナに見せたいとねだったのだ。

 白い肌が日に焼けて鼻の頭が赤くなり、美しい白銀の髪もボサボサになった王子は、夏別荘の中へ駆け込むとカナの姿を探した。

 玄関ホールの左の扉の奥から、少し舌足らずで大きな明るい声が聞こえる。


「LEDライトは消費電力が少ないから夏別荘でも使用できるの。子供部屋に二段ベッドは定番よね」


 天井から吊した小さなシャンデリアと、星と月の形をしたライト。

 組み立て式二段ベッドの上には、カナが厳選したオモチャを並べた。

 別の部屋に置かれていた本棚を運び込み、王子が最初に興味を示したモンスターカードゲームのコミックスを並べてみた。

 文字は読めなくても、マンガの絵を見て楽しめるだろう。

 折り畳みのソファーベッドを広げ、本棚の一番上に家庭用プラネタリウムの玩具を置いて完成。

 すっかり仕上がった部屋を見回して、アシュは感嘆の声を上げる。


「これほど丁寧に作られた家具を、私のような素人でも組み立てるだけで出来上がるとは驚きです」

「アシュさんが手伝ってくれて本当に良かった。警備の男の人だと壊す心配があるし、ワタシ一人で二段ベッドを組み立てるのは重労働だもの」


 すっかりリフォーム&模様替えの済んだ部屋を見回して、カナは満足げに微笑んだ。

 廊下からパタパタと駆けてくる、元気な子供の足音がした。


「オヤカタ、とても大きなオレンジ色の魚を捕まえたぞ。僕が網ですくってんだ。……えっ、なんだこの部屋」


 部屋に飛び込んできたルーファス王子は、その場に立ち止まり言葉を失う。

 平たい板張りだった壁三面に小鳥と青いリーフ柄の壁紙が貼られている。

 そして部屋正面の壁が消えて、外の景色が映し出されていた。

 抜けるような青空に緑の草原が広がり、そこで寝そべっているのは黄金のたてがみをした獅子で、鋭い眼光がルーファス王子を睨みつける。


「ふふっ、王子びっくりした? これは私が大好きな動物写真家の巨大広告看板を貼ったの。サバンナを駆け回る百獣の王、ライオンの等身大ポスターよ」

「ルーファス王子さま、これは魔法で布に風景を閉じ込めた『シャシン』だそうです。魔獣はまるで生きているように迫力があります」


 王子は壁の向こうにいる獅子を見つめたまま、金縛りにあったかのようにその場をしばらく動かない。

 何度も声をかけると、やっと王子はカナの声に気がついて後ろを振り返った。


「王子、大丈夫? そんなにこのポスターに驚いたの」

「オヤカタ……コレも僕が貰っていいんだな。コイツを使役できれば、僕はどんな魔道士よりも凄い力を得られるぞ」



 夏別荘の深夜12時。

 子供部屋の天井に、家庭用プラネタリウムが美しい星空を映し出す。

 しかし幼い王子は星空には目もくれず、ひたすら壁に貼られた巨大写真を凝視した。

 青空と緑の草原が広がるサバンナで、黄金色に輝く美しいたてがみを持つ獅子が休んでいる。

 茶髪の小さな魔女が『お気に入り』と告げたモノは、只の写し絵ではない。

 異界の壁を隔てた向こうに『高位の魔獣』が佇み、こちらの様子をうかがう気配がする。

 

「妖精族の末裔であり、先代より偉大な加護と祝福を授かった我の声を聞け」


 眠れる獅子よ

 偽りの平原から

 現(うつつ)の闇夜へ招かれよ


 獅子の瞳が微かに揺らく。

 それと同時に獰猛な獣の気配が膨れ上がり、絵の前に立つ王子は圧倒的な存在感に思わず威すくんでしまう。


(しまった、怯えた気持ちでは召喚は失敗する)


 王子は焦りながら再度呪文を唱えようとするが、獣は萎縮した相手に興味を失い、壁の向こう側へ去っていった。

 背中に冷たい汗が流れ、腕がかすかに震える。

 ルーファス王子は額の汗を拭うと深いため息を付き、その場に座り込んだ。


「ダメだ、僕に高位の聖獣は使役できない。この部屋は膨大な魔力を持つオヤカタが創造した結界空間。そして黄金色の鬣を持つ獅子は、僕のためにオヤカタが遣わした異界の守護獣だ」



 ***



 夏別荘の子供部屋リフォームを完成させたカナは、次に護衛をする彼らの待機所を作ろうと考えた。

 しかしそこで問題にぶち当たる。

 豪腕族と呼ばれる彼らはムキマッチョの素晴らしい体格で、NBAバスケット選手のように背が高い。

 外のテントで寝起きする彼らのためにベッドを探したが、ホームセンターで売っているベッドでは幅も長さもサイズが足りず、重量オーバーで横になった途端つぶしてしまう。


「そうだ、護衛の彼ら、特に隊長は何でも壊すから丈夫な部屋にすればイイ。平屋の別荘は、畳敷きの柔道場風にします」


 夏別荘の隣にある緑の屋根の平屋。

 可愛らしいカントリー調の玄関に小さなキッチンがある2LDKタイプの別荘は、とてもファンシーな外観で、女の子が大好きなドールハウスに似ていた。


「この小さな玄関ではドアを破壊しそうだから、建物のテラスから中に入って下さい。ここで料理はしないから、応接室とキッチンの境のカウンターテーブルを解体して、部屋を広げて使います」

「カンリニンさま、俺は何を手伝えばいい?(ギコーギコ)靴を脱いで家の中に入るのだな(ミシミシ)」

「隊長、テラスの子供用ブランコに乗らないで!! 早く降りて降りてぇ、ひさしの柱がきしんでいる」


 お約束のアクシデントに女騎士のアシュが素早く対応し、隊長をブランコから引きずり下ろす。

 カナは隊長以外の者に家具の移動を指示して、部屋を片づけると寸法を測る。


「家具を奥の部屋に押し込んで、床全部に畳を敷き詰めればゴロ寝が出来る。この寸法だと畳十四畳はあるから、体の大きな隊長もゆったり過ごせる。外のテントで寝るよりずっと快適よ」


 畳ならすぐ取り寄せられるし、力があり余った隊長でも畳に穴を開けるようなことはしないだろう。

 昼過ぎに家具の移動作業は終わり、カナは昨日仕上げた子供部屋の様子を見ようと夏別荘に向かった。

 



 今日の作業は完全に力仕事で、小さなルーファス王子が手伝える事はない。

 王子は性能チェックを終えたミニカーのカスタマイズに熱中していると、作業を終えたカナが子供部屋にやってきた。


「ルーファス王子、どう、この部屋気に入った?」

「オヤカタ、この部屋は最高だ。そうだ、オヤカタに壁の獣の写し絵で聞きたいことが……な、なんだ?!」


 ブワ、ウワァァンッーー

 カナが部屋に入ってきた途端、子供部屋に潜む巨大な気配を増した。

 目覚めた魔獣はゆっくりと起き上がり、異なる世界の壁をすり抜け、こちら側へ姿を現そうとしている。

 空間が圧倒的な密度となり、それは妖精森の結界に押しつぶされそうになった時と似ていた。

 ルーファス王子は危険を感知して叫び声を上げる。


「オヤカタ……危ない、早く逃げ……」


 魔獣がカナを狙っているのが判る。

 しかし王子の体は、まるで金縛りにあったかのように指一本動かせず、声も出せない。

 壁の中からゆっくりと歩み出た、黄金色のたてがみにしなやかな四肢を持つ美しい獣は、カナの前で姿勢を低くして飛びかかり……。

 

『グォオオゥー、ゴロ、ゴロゴロゴロォン♪』


 カナの体に顔をすり寄せると甘え声を上げながら、大きな舌で手の平をぺろぺろ舐めだした。

 カナの周囲をぐるぐると回りながら鼻面を押しつけるが、肝心のカナはガン無視だ。


「この部屋、静電気がすごいね。なんだか足の周りがムズムズする」

「えっ、オヤカタには聖なる獣が見えないのか?」


 驚いた拍子にルーファス王子の金縛りの解けた。

 カナにじゃれる聖獣を見ると、口は半開きで舌をだらりと垂らし、目尻が下がった情けない顔で、昨夜自分を射すくめた獰猛さはない。


「こいつ、オヤカタが獣の姿を見えないのをいいことに、わざと纏わりついて甘えている」


 王子の心の中に芽生えた小さな独占欲と嫉妬心は、オヤカタを高位の霊獣に横取りされると思いこむ。

 

「ねぇオヤカタ、そろそろ侍女長が焼いたパイが出来上がるよ。蜂蜜たっぷりの柘榴林檎のパイは母さまが大好物なんだ。僕が侍女長にお願いして、オヤカタにも食べさせてあげる」

「さっきから甘い匂いがしていると思ったら、パイを焼いていたのね。柘榴林檎って凄く美味しそう。ふぁっ、メイド長が作るお菓子は一級品だもんね」


 カナはすっかりメイド長の作る料理の虜になっていた。

 ルーファス王子はカナの手を引くと、急かして部屋の外に出る。

 思った通り、モサモサで黄色頭の獣は部屋からは出られないのだ。

 王子が後ろを振り返ると、子供部屋の扉の影から淋しそうな表情でカナを見送る守護獣が見え、少しの優越感と少しの後ろめたさを感じた。





 応接室から賑やかな笑い声が聞こえる。

 二人が中を覗き込むと、母親のエレーナ姫が女性の写し絵が描かれた分厚い本を眺めていて、若いメイドふたりも本を見て騒いでいる。


「ああカンリニンさま、ちょうど良かったわ。この写し絵に描かれているドレスは何日で仕立てられるのかしら」

「服の通販カタログに載っている商品は、だいたい二日で届く予定になっています。

 エレーナ姫なら素敵な服を選び……って、またムームーですか。隣ページのロングドレスの方が似合うのに」

「ええっ、カンリニンさま、こんなに手の込んだお洋服が二日で手に入るのですか?」


 カナの言葉にメイド娘たちは大喜びで、気に入った服のページに付箋を次々と貼り付けた。

 他人の服の趣味は、見た目ではよく判らない。

 メイド娘が大量の貼り付けた付箋のページをチェックしながら、カナは呆れたようにぼやく。


「メイドさん、このデコスィーツを上着に縫いつけた原宿ファッションで家事なんか出来ないよ。えっと、鉤十字にドクロ柄の服もやめたほうがいいと思う」


 そしていつの間にカナも服選びに加わり、ルーファス王子は放ったらかしになる。

 侍女長が王子に声をかけ、エレーナ姫親子は応接室を出て外のサンルームに向かった。

 広いおでこのメイド娘がファッション通販カタログのページをめくると、中から小さな本が出てきた。

 何だろうとそばかすメイド娘が本を開くと、大きな悲鳴をあげた。


「キャーッ、なんてイヤラシイ!! 本の中に、男たちが隠れて読むイカガワシい本が混じってたわ」

「小さな布切れに紐だけの下履きじゃ、まるで裸みたい。嫌だわ、こんな本燃やしましょう」 

「ちょっと待って。これは女性下着の通販カタログで、いかがわしいエロ本じゃないよ。モデルが着ている下着を選んで購入できるの」


 カナはメイドの手にした本を覗き込んで答えると、彼女たちの目の色が変わる。


「ええっ、それじゃあ金糸の縫い込まれた花柄レースの胸当を買うことができるの?それにしても本に描かれた娘は、皆すいぶんと胸が大きいわね」

「このブラは胸パットが入っているタイプで、余ったお肉をかき集めて寄せて上げているの。自分のスリーサイズをしっかり確認してから注文してね」

「カンリニンさま、こんな小さな布切れの下履きでは腰が冷えてしまいます」

「あなたたちが今履いているカボチャパンツじゃ、ジーンズやミニスカは着れないよ。冷えるのがイヤならおばちゃんパンツを注文しようか」


 カナは小柄な体型だが一応成人していて、彼女たちは自分より年下だ。

 きっと親兄弟家族を置いて、お姫さまたちと異国の日本まで逃げてきたのだろう。

 いろいろと世話が焼けるけど、ここで少しでも快適に過ごしてもらうのが管理人の仕事だとカナは思った。

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