第6話
「ふぅ、思ったよりもキツいなぁ。良い運動になった」
隊長のウィルスは両脇に抱えたブロック六個(六十キロ)を、やれやれと腰を屈めて地面の上に置こうとした。
初夏の日差しの強い時間帯、照りつける太陽に体から噴き出した汗は腕を伝い掌に溜まり、うっかり指を滑らせる。
ガチャン、ガシャガシャン!!
地面に落ちたブロックが派手な音を立て、二個残して全部割れてしまう。後から続いてきた騎士二人も、ブロックを乱暴に地面に投げ置いて半分のブロックを割ってしまった。
「随分ともろい石だ。こんな簡単に割れるんじゃ使い物にならないぞ」
「コラーッ、乱暴に扱って割っておきながら、なに偉そうに言っているのぉ!!」
派手に割れる音を聞きつけ裏の勝手口から全速力で走ってきたカナは、壊れたブロックを見て悲鳴をあげる。
「こんな重たいブロックを素手で運べば、疲れて指を滑らせるの当たり前じゃない!! 資材置き場に準備していた台車に乗せて運べばいいのに」
「台車とは何だ、そんな道具は見かけなかったぞ? もしかして、青い鉄の板が置かれていたが、それの事か」
カナは運搬用台車を準備して、折りたたんで岩壁に立てかけたが、彼らは見慣れない台車に気づかずブロックを両脇に抱えて運んできたのだ。
「ブロックは値段が安いからまだ諦めがつくけど、注文お取寄せした耐火煉瓦を割られたら、夢のピザ釜造りが出来なくなる」
「オヤカタ、豪腕族は力持ちだが細かい作業が苦手なのだ。何でもすぐ壊す」
落ち込むカナの隣で平然と答えるルーファス王子。
そして隊長は反省した様子もなく、ふたりに声をかけてきた。
「カンリニン殿、次は細長い板を運んでやろう。あの板は長くて運びにくいから、半分から切った方がいいな」
「ちょっ、在庫処分の高級フローリング材を半分に切るって、壊されたら同じ物は二度と手に入らないのよ。ダメだ、この人たち当てにならない。自分で資材を運びます」
妖精森の入口の資材置き場にきたカナは、岩壁に立てかけていた折りたたみ台車を組み立てる。
「この台車は一度に三〇〇キロ、ブロック三十個を運べます。試しに台の上にブロックを何個か載せてみて」
「こんな小さい車輪で重い石をまともに運べるのか? 試しに十個置いて運んでみるか。おおっ、片手で押しただけで台車が動くぞ」
ブロックを両脇に抱えて運んでいた彼らは、小さい掌サイズの車輪がついた台車が重いブロックを載せて軽々と動くことに驚く。
「妖精森の石畳道はわずかに下り坂だから、台車を押すだけで前に進む。ってスピード出し過ぎじゃない!!」
面白がってブロック十個(重量百キロ)を載せた台車を力任せに押した隊長は、加速しはじめる台車のスピードに追いつけず手を離した。
勝手に走り出した台車は、五十メートル先の緩やかなカーブを曲がりきれず横倒しとなり、乗せていたブロックは全部ひっくり返って割れてしまう。
「だから豪腕族はすぐ壊すのだ」
「うーん、あの隊長が一番使えない。ワタシが先頭の台車を押すから、後の二人はゆっくり付いてきて!! 隊長は付いて来なくていいから、資材置き場の見張りをして下さい」
髪を編込みこんで乙女チックな格好をしたカナは、飾り紐のサンダルを脱ぐと作業用ブーツに履き替え、両手に軍手をはめる。
台車に耐火煉瓦を丁寧に積むと、それを見た王子も作業を手伝う。
台車にレンガを二十個載せるとカナは王子に声をかけた。
「このぐらいなら王子でも運べるよ。途中でワタシが交代するから夏別荘まで運びましょう。スピードを出しすぎてはダメよ」
それから隊長ひとりを資材置き場に残し、三台の台車は夏別荘に向かって進む。
途中で台車を押す役目をルーファス王子から代わると、カナは王子も台車に乗るように言った。
小柄なカナが、ルーファス王子とレンガを乗せた台車を軽々と押して運ぶ。
「オヤカタ、この台車は小さな柔らかくて潰れそうな車輪なのに、どうして重たい荷物を運べるんだ」
「うーん、ワタシにもよく判らないけど、ゴムのタイヤが衝撃吸収とかベアリングでタイヤがスムーズに回転するらしいよ。石畳の遊歩道は綺麗に整備されているから、車を中に入れなくても台車で荷物を運べるの。コンおじさんの持っている台車は搭載重量五〇〇キロ、一度にブロック五十個も運べる」
「そういえば、オヤカタの話によく出てくるコン王とは誰だ。豪腕族のウィリスよりも身長が高くて、四角い岩を五十個も運べるなんて只者ではないぞ」
「そんな、只者ではないなんて大げさよ。コンおじさんは大叔母さんの恋人でケルベロスの飼い主よ」
カナの何気ない返事に、後を付いてきた二人の護衛から悲鳴が上がる。
「まさか大魔女の恋人でケルベロスを使役する王とは、我々豪腕族『最後の覇王』ではないか!!」
「彼は大魔女と契約を交わし、永遠の命を得て更なる栄光を求めた王だ」
「コンおじさんは大叔母さんのBFで雑貨店を営業しているの。もしかして貴方たちはおじさんと同じ出身地なの?」
そういえばコンおじさんの日本人離れした大柄な体格は、彼らとよく似ている。
「おお『最後の覇王』と同じ血が流れている。そのようなお言葉を頂けるとは、なんたる光栄!!」
「カンリニンさま、自分たちのこれまでの無礼をお許し下さい。カンリニンさまが『最後の覇王』の御身内であるのでしたら、我々豪腕族はルーファス王子殿下と同様に、貴女さまをお守りいたします」
突然感極まったかのようにむせび泣く二人の護衛に、カナの方が驚いてしまう。
そしてうろたえるカナに、王子は涼しい顔で答えた。
「オヤカタ、僕も蒼臣国の第一王子として『最後の覇王』に感謝を伝えたい。大魔女はココにいないが、覇王とは会えるのだろ」
「そうね、おじさんにも王子たちを紹介しなくちゃ。護衛の人は知り合いみたいだし、感動の対面になるね」
なんだか話が少しこんがらがっているけど、意味は通じてる?
カナは少し首を傾げながら返事をした。
***
夏別荘まで何度か往復して、レンガとフローリング材とベニアを壊さずに運び終えたカナは、並べられた資材を眺めながらこれからのリフォーム計画を立てる。
「今日中にフローリング材を床に敷いて、壁にベニアを貼れるかな。暗くなったら作業が出来ないから、日没までが勝負ね」
カナは現場監督として指示を出すだけで、力仕事は彼らに任せようと考えていたが完全に計画が狂った。
特に五十個あったブロックのうち十四個を壊した隊長は要注意人物。
これ以上資材を破壊されてはたまらない。
何か物言いたげにチラチラとカナを見ている隊長はガン無視して、他の二人にフローリング材を家の中に運ぶように指示を出す。
「カンリニンさま、ウィリスもご苦労様です。飲み物と食事を用意したので、少し休憩しましょう」
その時、まるでカナの気持ちを読み取ったかのように、夏別荘の中から割烹着姿の侍女長が声をかけてきた。
「さぁ王子さま、皆さんも御一緒にテーブルへどうぞ。カンリニンさま、甘いパンケーキはいかがですか」
夏別荘玄関から応接室、食堂へと続く扉が開け放たれ、奥のテーブルに食事と冷たく冷えた飲み物が準備されている。
「凄い、まるでオシャレカフェみたい。森で採れた果物のフルーツポンチに、香ばしい甘い香りの漂う五段重ねのパンケーキ。小さなバスケットの中には焼きたての大きなクッキーが入っている」
昨日の同時間は、このテーブルでカップ麺を食べていたのに、今日は優雅なティータイムだ。
カナは大喜びで椅子に腰掛けようとすると、隊長がエスコートして椅子を引いた。
そんな彼の姿を勝手口の扉の影から覗く二人のメイドが、キャーキャー黄色い声をあげるのが聞こえる。
なるほど、仕事は荒いが女性の扱いは丁寧なのね。
しかしカナの関心は、目の前の五段重ねパンケーキを取り分けてフルーツを乗せ、冷たい生クリームが添えられたデザートに注がれていた。
「はむっ、ふわぁー美味しいっ。パンケーキの表面はこんがりきつね色で香ばしくて、中はふんわり柔らか生地に甘酸っぱいベリーの果肉が入っている。このシロップはもしかして、大叔母さんが漬けていた果実酒で作ったの?」
「ええ、カンリニンさま。棚の奥に保存されていた物を少し使わせていただきました。上質なアルコールで漬けられて、素晴らしい味の果実酒ですね。あの方は甘いお酒が好きでしたから」
あれ、メイド長さん。大叔母さんのことを知っているの?
***
夏別荘の玄関ホールに入ると、目の前に二つの扉が並ぶ。
右の扉は広い応接室と食堂キッチンへと続き、左の扉は大部屋と二つの客間に続く廊下が伸びていた。
ルーファス王子が『大魔女の宝物庫』だと言う奥の部屋は、ガラクタが押し込まれた部屋。
中のガラクタは全部外に出したが、床は音を立ててきしみ壁紙は剥がれかけ、これでは客室として使用できない。
カナは部屋の中をぐるりと見回すと、昨日イメージしたリフォーム図面を脳内に呼び起こし自らに気合いを入れる。
「さぁ、頑張ろう!! 時間をだいぶロスしたから、床のフローリング貼りだけでも今日中に済ませなくちゃ」
護衛の彼らは当てにならないと判ったので、部屋のリフォーム作業は自力で頑張るしかない。
これからノンストップでリフォームにとりかかるが、下手すると徹夜覚悟の作業になりそうだ。
「オヤカタ、隊長は妖精森の見回りに行かせたぞ。そのかわり夜警の担当でさっき目を覚ましたアシュが、オヤカタの手伝いをしたいそうだ」
「もう護衛さんは手伝わなくてもいいよ。資材を壊されたらイヤだし、ワタシ一人で作業した方が間違いないもの」
カナは床にしゃがんだまま、王子の呼びかけにも顔を上げす作業に専念している。
フローリング材の番号を直接床に書き込んでいると、後ろから誰かがカナに話かけてきた。
「大魔女一族のカンリニンさま、それはどのような魔法陣ですか? 傷んだ部屋の修繕は腕の良い大工でも五日がかりの作業です。しかし王子さまは、カンリニンさまなら一晩で美しく蘇らせるとおっしゃいました。小柄なカンリニンさまおひとりで作業するのは大変でしょう。是非とも私にお手伝いさせて下さい」
「オヤカタ、アシュはとても優秀な騎士だ。ウィリスのようになんでも壊さないから大丈夫だぞ」
王子が自慢げに呼んだアシュという騎士は護衛の中では一番細身で、長い赤毛の髪を後に結わえて、切れ長の黒い瞳に鼻筋の通った綺麗な顔をしている。
フローリング材を珍しそうに見つめ、板を叩いて質感を確かめている彼の様子から、どうやら大工仕事に詳しそうだ。
「それならアシュさん、お手伝いよろしくお願いします。今回のリフォームは寸法通りに切らせたフローリング材を、専用両面テープでくっつけて番号通り床に置いてね。板同士の隙間が出ないようにきちんとくっつけて下さい」
「オヤカタ、このフローリンという木は、どうして全部同じ形をしているのだ? それに板の表面は、まるで蜜蝋で磨いたかのようにツヤツヤだ」
こうしてカナが指示を出し、アシュは重たい板を軽々と運んで床に並べ、ルーファス王子が番号のチェックをする。
板の大きさに誤差があると、カナは慣れた手つきでノコギリを引き、サイズを正確に調整する。
「なるほど、あらかじめ寸法通りに切られているから、並べて敷き詰めるだけで床が仕上がるのか」
「王子と一緒に床を正確に計って長さに合わせて板を切ったの。本当は床板を釘止めしたいけど、今回は急いで仕上げないといけないから両面テープ留めで済ませるわ」
そして二時間ほどで床の作業は終わり、木目の美しいチャコールグレーの高級フローリング材が、薄汚れて傷だらけだったガラクタ部屋の床に敷き詰められる。
「すごいぞオヤカタ。あのオンボロ床が王宮のサロンのように傷一つ無い綺麗な床になった。本当に魔女は部屋を簡単に直すのだな」
大喜びで床に寝転がりフローリングの手触りを楽しむルーファス王子の隣で、カナは一仕事終えて満足そうなアシュの顔をあらためて見つめた。
少し癖のある赤毛に中性的な綺麗な顔立ち、細身で身長の高い力持ち。どことなく気品もあって、なんだか素敵な人。
「この調子なら今日中に壁の捨て貼りまで出来るわ。イイわ、この人使える。仕事が丁寧で、ワタシが指示した通りに動いてくれる。あの何も考えてない脳筋隊長とは全然違う!!」
昨日からメイドや隊長に散々足を引っ張られていたカナは、やっと巡り会えた使える人材に心をときめかせる。
カナは床に寝転がっている王子を起こすと、仕上げた床を傷つけないように養生シートを敷いて、汚れた壁紙を引っ剥がす。
子供も手伝えるので王子も大喜びで壁紙を剥がし、作業は30分ほどで終わり、続いて薄ベニヤを貼る作業にとりかかる。
「カンリニンさま、次の作業は汚れた壁を薄い板で隠すのですね。しかしこれだけ天井の高い壁全部を板で覆うのはかなりの重労働ですよ」
「あっ、それは全然大丈夫。タッカーで簡単に板を留めるから。アシュさんは板が斜めにズレないように、しっかりと支えてね」
そして茶髪の小さな魔女が箱から取り出したのは、鉄のドアノブに似た形をした不思議な道具だった。
ルーファス王子はカナの手にしたソレを見ると、瞳を輝かせ興味津々でカナにたずねる。
「オヤカタ、その変な形をした魔法道具はなんだ!!」
「これはタッカーという木工用大型ホッチキスで、先から金属の芯が飛び出すの。子供は危ないから触っちゃダメだよ」
カナはルーファス王子に後ろに下がるように命じると、アシュの支える板の端に魔法道具を押しつけてハンドルを引いた。
パシン、パシッ、パシン
大きな金属音を立てながら、小さい魔女が壁に薄い板を縫いつける。
熟練の大工でもこれほど早く釘打ちは出来ないだろうと、アシュは驚く。
カナが手を離すと板はしっかりと壁に打ち付けられて、そして休む間もなく新しい板を運び次の作業に取りかかる。
アシュはカナが作業しやすいように板を支え、足下に転がる木クズや落ちた針を素早く片づけた。
空を赤く染めた夕日が沈み夏別荘に明かりが灯る頃には、壁半分まで捨て貼り作業が進む。
「この部屋はさっきまで倉庫のように汚れていたのに、もう床を修繕したのですか。カンリニンさまがこれほど腕の良い大工だとは思いませんでした」
「母さま、ここは僕の魔法部屋にするのだ。部屋が綺麗になったら、外に置いてある宝物も全部この部屋に持ってくるぞ」
王子に連れられてガラクタ部屋のリフォーム作業を覗きに来たエレーナ姫は、派手なムームーの上から朝顔柄の浴衣をガウンのように優雅に羽織っている。
彼女は何枚か古着を手に持ち、カナと一緒に作業をしているアシュを呼び寄せた。
「こちらにいらっしゃい、アシュ。貴方はまだ着替えが済んでいませんでしたね。カンリニンさまが素敵なお洋服を準備して下さったの」
エレーナ姫が手にしているのは流行遅れのリサイクル古着だった。
そういえば彼は、分厚い生地のシャツに皮ベストを着て、毛皮のズボンという暑苦しい服装。
アシュさんごめんなさい、今日はこの古着で我慢して。とカナは心の中で謝る。
そんなカナの気持ちを知らないアシュは、エレーナ姫から受け取った服に着替えるため部屋を出ていった。
「それにしても、アシュさんが居てくれて助かったわ。ワタシが作業しやすいように気をきかせるし仕事は丁寧だし、とても良い人ね」
「オヤカタ、隊長相手の時と態度が全然違うぞ。まぁオヤカタは魔女だから、相手を利用することしか考えていないのだな」
「えっ、男を利用することしか考えていない悪女って、友達のミドリちゃんにも同じ事を言われた記憶が……。ううん、そんなこと無いわ。もしかしてアシュさんと夏の恋が芽生えるチャンスかも」
そういって頬を赤らめるカナの目の前に、細身の紺のパンツスーツに薄紫のノースリーブのサマーセーターを着た背の高いスレンダーな美女が部屋に入ってくる。
まるで宝塚の男役のように綺麗な顔立ちで、背中まで伸びた癖のある赤毛を後で結んでいた。
突然現れた美女はエレーナ姫とにこやかに談笑したあと、カナに向かって歩いてきた。
「カンリニンさま、どうもありがとうございます。この服はまるで私にあつらえたようにピッタリです」
「ええっ、まさかそのカッコ。アシュさんって女の人だったの!?」
「アシュは母さまに忠誠を誓う女騎士。豪腕族と妖精族のハーフだから、僕らより力持ちなのだ。オヤカタとアシュが仲良くしてくれて僕も嬉しい。どうしたんだオヤカタ、顔が青いぞ?」
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