第23話 皇帝居城の早朝稽古

 翌朝マークもアランにつき合ってガバン家居城にある宮本流道場に出た。早朝の6時だというのに、100人ぐらいの門下生が来ていた。ケエル総督が言うには、いつもは、50名ぐらいなのですが、私がゲストを連れてきていることを聞きつけて、今日は盛況になりました。と、言っていた。

 ケレス連邦の人名録が分かる人がここにいたら、さぞ壮観な眺めだったことだろう。そんなことを知らないアランは、昨日借りた祖父の手記に目を通し、ケエル総督の腕の確かさを確認した。この道場は、級から段位までしかなく。ケエル総督は6段で最高位、5段が4名、4段が7名となっている。アランは、この4段以上の方と手合わせしたいと申し出た。この話は、早朝にもかかわらず、見物客を呼んだ。どうも、ケエルの父親、オースの情報のようだ。道場の外に、軍関係者がいっぱい居た。


 マークは、道場の入り口辺りに座って、まだ見ていることしかできなかった(見取り稽古)。総勢100名で、基本稽古が始まり、二人一組の相互稽古に移った。一通り汗を流して、全員が休めの状態になったとき、ケエル総督が、アランを紹介した。


「アランさんは、宮本流の本道場で修業された方です。4段以上の者、一つ前に列を作りなさい。アランさんが立ち会いたいそうです」

「アランです。よろしくお願いします」

 アランが、道場の真ん中に出てきた。今朝は、8名の者が、左右に座り、アランも中央に座った。

「これから、試合稽古を始めます。4段の取得の遅いものから前へ」

 5段の一番古株の人が声を掛けた。

 4段の5人と次々と試合稽古をするアラン。4段の者は、多彩な手も使うし、粘るものの、健闘むなしく全員敗退した。

「次、5段位の者」

 5段の3人は、4段の者と違い、防具をつけないで試合稽古に望んだ。

 その三人は、別格だった。母艦イーサル司令官エミール・ケンプ少将、諜報部ケルビム・イー・シュタット、近衛兵幕僚長、イゴル・ヤビン大佐だ。


 声を掛けていたイゴル・ヤビンが、先陣を切った。イゴルが得意とするところは連続技の多彩さと切れ目のなさだ。真剣ではなく木刀の立会いだ。朝の道場に、木刀同士のぶつかり合う音がこだました。アランは、それをかわしながら、左右に逃げる。それは、はたから見ると攻めあぐねているように見える。しかし、当のイゴルは、手ごたえのない反しに、あせっていた。全て受け流されるのだ。攻めるのを止めると打ち返される。しかし、イゴルは、3分も攻め続けた。最後は、つんのめったところを軽く背中をたたかれて勝敗が決した。

 エミール・ケンプの剣は、豪腕といえるものだ。つばぜり合いになったら、アランは吹き飛ばされるだろう。道場の外から「少将」と、声が掛かった。エミールは、陸戦隊の現場から昇りつめた少将だ。部下の信頼も厚い。

 今度は、アランが攻めた。最初、エミールは、アランの木刀をはじくつもりで、打ち込んできた。重い振り下ろしだ。アランは、それを受けようともせず、左右に打ち込みを入れていく。気がつけばエミールは、防戦一方になっていた。こちらが打ち込めば、かわされる。剣を振り下ろしてみると、もう次の打ち込みを入れられるという感じだ。それも、後ろに飛ぶように引いても距離が離れない。小手を取られて終わってみると、物凄い汗をかいていた。

 最後に出て来たのは、諜報部のケルビム・イー・シュタット。第二皇女の夫でもある。ここに兵器開発部のカール・N・バルザーがいれば、彼も同じ段位だ。ケルビムの得意技は、合わせと言われるカウンターを得意としている。

 二人は、間合いの外で一度しゃがみ、立ち上がった。ケルビムは、総督からも感じた事がないぐらい、気を揺らされた。もうどれほど、気だけで打ち合ったか分からないほど多彩で、抜け目ない。

 初めて先を取ってケルビムが仕掛けた。それは、誘いの先で、慌てて体制を立て直す。その隙に乗じられ、今度は、物凄い打ち合いとなった。しかし、足捌きのせいか、二人は、道場の中央から殆ど動かない。

 立会いの中、アランが急に片手を剣から離した。願ってもないチャンスだと、この木刀を叩き落そうとしたケルビムは、逆にアランの素手による小手うちで、体制を崩し、面を取られてしまった。

 アランは、試合を止めた。

「そこまで。この技は、覚書にないものです。お名前を聞かせてください」

「ケルビム・イー・シュタットです」

「ありがとうございました。総督と同じ力をお持ちなんですね」

「私は、まだまだです。ご教授ありがとうございました」


 こうして試合稽古は終わり、全体訓練となった。アランとケエル総督は、何やら話し合いケルビムを呼んだ。

「ケルビム、アランさんが、お願いがあるそうだ」

 三人は正座をして向き合った。

「ケルビムさんに、ここの師範代をお願いしたいのですが。よろしいでしょうか」

「私がですか」

「はい、私の気の先を良く読まれていたと思います。宮本流には、二刀流もあります。先ほどのは、その応用です。ここに、昨晩したためた私の手記が有ります。勇次郎師範が書き損じていたものです。これを受け取ってもらえませんか」

「それは、日本語で記された、技の手記だった」

 日本語の読めるケルビムが、それを少し読んだ。宮本流は、今までやってきたことより、先があることが分かる。

「これをお預かりしてもよろしいですか」

「師範代を引き受けてくれたらです」

「承知しました」

 こうしてアランは、宮本流の師範代を一人立てる事が出来た。祖父が蒔いた種だ。ケルビムは、アランが宮本流の師範だと悟っていたが、口にはしなかった。宮本流の師範代を引き受けてしまったからだ。親友のケエルを見ると嬉しそうな顔をしている。

 ケエルも承知か、師範からアリスのことは聞けないな、と、思う。

「アランさんのお姉さんのことを聞くか?」

「ケエル!」

「久しぶりに、ケエルと呼びましたね。子供のころを思い出します」

「総督もお人が悪い」

「親戚では有りませんか。たまには夕食に来なさい。父も喜ぶ」

「近いうちにきっとお伺いします」

 ケエルは、満面の笑みをケルビムに、向けた。

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