第13話 火星の節目

 今日は、火星の盟主が譲位される日だ。一昨日のテラホーマ終了宣言に続いて観光客がここ、赤道オアシスのグラッパにも押し寄せていた。そこで、ナオミとマークは、グラッパを手伝うことになった。マークは、厨房で皿洗い。ナオミは、ウエイトレス見習いをする。今日働けば、火星にいる間は、ずっとご飯を食べさせてやるとキンダダが言うものだから、二人とも張り切って働くことになった。アリスたちは、式典に出かけた。


「なんですか、あれ?」

 臨時のウエイトレスをアウトローのライザもやっていて、ライザが、ナオミを教えている。ライザは、髪がブルーネットで、ちょっと神秘的な人。話してみると、とてもしっかりしていて、お姉さんといった感じの人だ。


「あれね。今日は、太陽風が吹かないでしょう。地上に出るツアーの人達よ。みんな、外で食事もするんですって。あの人達が持っているのは、簡易の酸素吸入器よ」


「外に出るんですか?減圧症にならないといいけど」


「本当は、私も火星ツアー客を相手に一儲けしたいところよ。けど、今日は、火星人として、ゆっくり式典を見たいのね。ドリトル家の譲位は、歴史的なことなのよ。それで、ここにいるのよ」


 お店の中央には、舞台があり、その上にオーロラビジョンが四台設置されていて、店のどの方角からでもテレビが見れるようになっている。しかし、見るどころか、現在目が回るほどの忙しさ。


「ゆっくりですか?」


「観光客がいなくなったら近所の人だけになるし、みんな式典の時は、テレビを見ているから忙しくないわよ」


「それを聞いてほっとしました」


 しばらくして、観光客がいなくなると、うそのように店が静かになった。


 そして、近所の人や非番のアウトローたちが集まってきた。


「おーい、ビールくれ」

「こっちは、朝飯頼む。いつものな」

「おれも」

「いつものだ」

「いつものをくれ」


 ナオミは、アウトローに人気だ。ここの係にさせられた。ライザは、近所の人たちと駄弁りながらやっている。仕方なく、朝方の店主をやっているアマンダに、いろいろ聞きながら仕事を続けることになった。アマンダは、奥のカウンターにいる。


「アマンダさん、いつもの朝食って言われたんですけど・・」


「くすっ、だーれも、メニュー見ないでしょう」


「朝食は、3種類しかないので、それはいいんですけど、いつものって、いっぺんに言われたから、びっくりしました」


「そうね。でも、地元産の食材を使っているのは、サパビーだけよ」


「おじやみたいな魚のスープですよね」


「それがいつものよ。ナオミも朝食まだでしょう。ここで食べていいわ。美味しいわよ」


 マークが、魚のおじやを大量に持ってきた。ビールは、ナオミが届けたが、おじやがカウンターに並ぶ。


「よう、マーク。洗礼を受けたな」

「飯食っとけ」

「本当に地獄だよな」

「マーク。アマンダに逆らうんじゃないぞ。解放してもらえないぞ」


「人聞き悪いわね。今日は、バイトで入ってもらっているの」


「うへっ!」

「まあ、がんばれや」


 アウトローたちは、魚のおじやを取って、早々に自分の席に引っ込んだ。


「マークも、朝食を食べていいわ。本当に、私を何だと思っているのよ」


 アマンダは、ライザの所に行って、近所の人たちと話し出した。ナオミは、客側の席で、マークは、カウンターの中で、食事を始めた。その間も、アウトローたちが続々と集まってくる。それを見たマークが、業務用のスープジャーを持ってきた。アウトローたちは、勝手にそれを注ぎだした。ナオミは、注文されるままにビールを運ぶ。


「ナオミ、サパビーが冷めただろ。温めてやるよ」

「ありがと。これ、さっぱりしてて美味しいね」

「小ぶりだけど魚丸ごとって言うのがいいよな」


 これがいつもの朝の風景だ。アウトローたちは、稼ぎ時で、今日は、あまり来店が無いと思っていたが、ゆっくり火星の節目をかみしめたいと、休んでいる人が多かった。

 料理長のタオが、特別メニューだと言って、小籠包や中華万頭などをスープジャーの横に大量に置く。グラッパも祝賀ムード一色になってきた。


 店の中央にあるオーロラビジョンに、火星自警団吹奏隊が映され、国歌斉唱が始まった。みんな、食事を止めたちあがって、胸に手を当て歌いだす。ナオミたちは、歌を覚えていないので、立って、耳を傾けた。赤道オアシスも、マーク達の故郷と一緒で移民の国だ。色々な人種が誇りを持って歌っているのを見てアメリカにいる気分になった。

 テレビは、その後、火星で一番古いテレビ局、MPSTVのスタジオに戻った。司会者ウェンリー・オブライエンは、火星の6億の国民と、ケレスに移住した、2億とも3億ともいわれる元国民に今日の喜びを挨拶の代わりに話し出した。


「皆さん、おはようございます。MPSのウェンリー・オブライエンです。一昨日のテラホーマ終了宣言に続き、今日も火星の節目となりました。22代目、ドリトル・ガバン様は、大きな仕事を終えられ、23代目様に皇帝の位をご譲位なさいます。まだ、上皇になられるには、早いと、惜しむ声が大きいと思いますが、23代目様は、バイオマスフェアを専門にご勉強されている方です。それもあって、ご譲位に、多くの近親者、関係者が賛同されたのです」


 テレビには、親族で、ケレス連邦の皇帝、オース・ガバン夫妻。火星の首相、火星御三家イシュマル家のゴーギャン・E・シュタット夫妻。やはり御三家ベロアのアイサ・ベロアが、映し出された。次いで、来賓のバーム評議会議長の夏雲夫妻。英雄のジョン・イー。金星の名士ウィリアム・バークマン夫妻。月のカガヤ評議員など、蒼々たるメンバーが続く。


 なんだか、昨日見た顔ぶれが、いっぱい列席しているのを見て、それが、当たり前だという知識を持っているにもかかわらず、驚いた顔をするナオミ


「アリスさんたちも列席しているのよね」


「アリスは、バークマンだからな。目立たないように、隅の方に居ると言っていた。でも、アランは、出席していないぞ。これから、ケレスに行くんだ、顔が割れるわけにいかないだろ。おじいさんから、宮本流師範を受け継いだそうだけど、正式発表は、していないそうだ。あそこの家は冒険家が本業で、それは、まだ修行中なんだと」


「ふーーん」

 ウェンリー・オブライエンの列席者の紹介を聞きながら、朝食に戻った。今は、軍服を着た人たちの紹介に移っている。


 火星の元帥が映し出された後、元同郷の人だったケレス連邦のツエッペリン元帥、バベル大将。彼らの制服は、昔懐かしい火星自警団の軍服。そして、バーム軍側は、火星方面司令官のロロ・リベラ大将や島宇宙方面司令官のワルター・グレイナー大将。夏雲議長を護衛して来た地球方面司令官ニコラス・ベイカー大将。金星のセキュレタリー統括オリバ・マイヤーへと続く。


そして、22代目ドリトル・ガバンへと映像が戻る。テレビは、譲位式典前の映像から、火星の歴史の映像に切り替わった。


 まさか二人は、これらすべてに関わるとは思いもせず、これら映像を眺めた。

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