第5話 浮遊石

 ナオミは、今日の宿を決めていない。アマンダにお願いして、この事務所に泊めてもらう気まんまんだ。マークも自分が乗ってきたファイターの中で寝ているから、ナオミに、かっこよくホテルに行きなさいとも言えない。二人とも若く、お金も無い。しかし、10日も火星に滞在するのであれば、そうも行かない。キンダダに仲介された仕事は、自分の場合、成功報酬になる。しかし、雇い主は、まず半金払って、成功したらもう半金払うシステムになっているので、キンダダと交渉できなくもない。ココロに入るお金もキンダダと同じシステムだ。ゴウが居れば、ココロから前借するのだが、いずれにしても、ナオミをこのままにしておけないと思ったマークは、グラッパのホールに下りてキンダダと話すことにした。


 グラッパの奥のカウンター辺りは、いまだに騒がしい。カウンターには、まだ、アランとグリーンが居る。そこに、女の人が座っていた。アリスだ。ビーナス社製の女性用パイロットスーツは、下着みたいに薄い。アーム部分とフット部分をはずせば、普通のファッションを楽しめる。アリスは、赤道オアシスの温暖な気候に合った赤いワンピースにサンダルという地元っぽい格好をしていた。ビーナスは、体を少し締め付ける。胸の谷間が強調されていて、妙になまめかしい。


 アリスは、美しいブロンドで、美人なのだが、ちょっと癖のある顔。同じぐらいの身長のアランと姉弟なのも良くわかる。しかし、それだけではなく、謎めいた雰囲気を持っている。


「おー話は済んだかマーク」

「ああ、キンダダありがとう」

 カウンターの三人が一斉に振り向く。アリスは立ち上がり、とても嬉しそうに、マークに近づいた。


「やっと会えた。あなたがマークちゃんね」

 真の雇い主に敬意を表して握手しようとするマークをアリスは、ドーンという感じで抱きしめた。


 隣にいるのが、ナオミちゃん! 可愛いじゃない


 いきなりテレパシーを使われた。アリスのうわさをいっぱい聞いているので、まあ、こんなものかと思うマークと違い、マークの腕を握っているナオミは、驚いた顔で、アリスを見た。ナオミにも、マークを通してアリスの声が、はっきり聞こえたからだ。ナオミは、恐る恐るテレパシーでアリスに話しかけた。


 あの、ナオミです


「うん、聞いてる。今度の仕事、手伝ってくれるのね」

 アリスは、ドーンという感じでナオミも抱きしめた。ナオミは、暖かいものに包まれたように感じた。まるで、久しぶりに会った親戚に抱かれているみたいだ。でも、どんどん締め付けてくる。


 あなたにも会いたかったわ。わたしたち、結構似ているのよ


 マークの腕を離しているのにテレパシーが通じるアリスに、ナオミはマークと同じ他人とは思えない感情を抱いた。


 く、苦しいです

「ごめんなさい。バークマン家の挨拶って、思いっきり抱きしめることなのよ。でも、嬉しくて、ちょっと力が入りすぎちゃったかしら」


 バークマンとは、金星の、名士の家柄のことだ。アリスたちは、その分家に当たる。アリスはナオミを上から下まで見て、瞳を覗き込んだ。


 この子も素質があるわ

 アリスは、テレパシーをブロックすることもできる。この気持ちは、ナオミに伝えなかった。


 マークは三人に、スバルのことを告げた。

「スバルには重力ダンパー室があるからナオミがいても、ここからケレスまで10日掛からない。10日後、ここに集合しよう。いいか」


 アランと、グリーンは納得したが、これを聞いたアリスは、別のことを考えた。

「10日あるのね。じゃあ、10日間ナオミを借りられないかしら」

「艦運用のレクチャーは、スバルが着てからでもできるから、かまわないけど」と、マークは、ナオミに振り返った。

「ナオミ、アリスさんにいついていくか」

「うん!」

「それじゃあ決まりね。二人には、宇宙港側のコンドミニアムをとっておくから、そこに泊まって。どうせ、マークはファイターの中で寝てたんでしょう」


 げっ、何で知ってんだ。でもコンドミニアム借りてくれるのは、ありがたいな

 マークとナオミは、目を合わせて喜んだ。



 商談が終わったカウンターで、やっとグリーンが余裕を見せだした。実際お金を払うのはグリーンだ。50万クレジットと安く済んだのも大きかった。ガンゾは、ココロじゃないと、こうは行かないんだぞと釘を刺した。ゴウは、抱き合わせの仕事の商談をしている。そちらからいっぱいふんだくる予定らしい。


「これなんだけど、綺麗でしょ」

 グリーンは、懐からタクトを取り出して、柄のところについているエメラルドを自慢した。

「極大の浮遊石だな」

 これは、宇宙の宝石だ。キンダダが、顎に手を当てて値踏みしている。


「見ててよ」

 グリーンは、カウンターのグラスに向かってタクトを振った。タクトで、グラスを示し、すくうように振る。グラスには、まだ、リキュールが入っていた。その中身が少し波打ったと思ったら、グラスが空中に浮き出した。それもタクトを振る方向にグラスが揺れる。

「おー オリジナルは違うな。指向性もあるのか」


「ただ、方向移動するだけじゃないよ。空間把握も同時にしているんだ」

 そういって、浮いたグラスのリキュールだけをさらに上空に上げた。まるで大きな水滴が、グラスに落ちるのを逆回転させたみたいだ。近くにいたアウトローたちがスゲーと感動している。だが、マークは、宇宙の宝石に、感動しないで、なぜか、めんどくせえと思った。

 これは、オリジナルだ。一般に普及している浮遊石は、反重力エンジンの副産物だ。普通は、魔力が有るか無いかを判別するのに使う。手のひらにおき、念じることで、石が少し光り浮くのだ。自分にはまったく反応しない石だ。


 いつの間にか、カウンターの周りに、アウトローたちが集まっていた。

「へえ、たいしたもんだ」

「あんた、魔法使いだったんか」

 グリーンは、怖がるのをやめて、アウトロー達にこのタクトを見せた。キンダダから、アウトローたちは、ここでの事を口外しないと聞いたからだ。


「柄の所にあるエメラルドがきれいでしょう。ぼくが持つと、ちょっと光るんだ」

「ちょっと貸してみろ」

 高価なものだが、平気でアウトロー達に貸す。しかし誰も、このエメラルドを光らせるものはいない。


「何だ、兄ちゃんだけか光るのは、おっそうだ、アリスも光らすことできるぜ。なっ」

 ホーガン船長の問いかけにアリスは、嫌がるわけでもなく断った。


「いやよ、めんどくさい。そうだ、ナオミがやってみれば」

「おお、ナオミちゃんがいるぜ」

「テレパスなんだぜ」

「やってやれ、ナオミちゃん」


 みんなに勧められ、ナオミはタクトを手にした。すると、ナオミの毛が逆立ち、柄のエメラルドが今までに無い光を放つ。

 ふっ

 ナオミが注意を払っていた、ここにいる10人すべてが、少し空中に浮く。びっくりしたナオミが、マークを見ると


 ドン

 全員、床に下ろされた。


「おい、今の」

「こりゃあ、アリスと変わらんぜ」

「俺ら全員が浮いたよな」


 グリーンが畏怖の念でナオミを見る。マークは、何で、めんどくさいか判り、「もういいだろ」と、ナオミからタクトを取り上げ、グリーンに返した。


 アリスが、マークに耳打ちする。

「やっぱり。もし、これがケレスにばれると、ナオミちゃん、帰れなくなるわよ。わたしが、この10日間で、自分で調節できるようにしてあげる」

「お願いします」

「マーク、わたし・・」

「いいんだ。アリスさんのいうことをしっかり聞けよ」

「うん」

 不安そうなナオミをよそに、又、アウトローたちが、酒を注文して酒盛りを始めた。

「俺らのナオミに乾杯」

「すげー」

「天使だよ」


 基本、何を言っているか判らないが、上機嫌なのだけはわかる。そんなアウトローたちを尻目にゴウがやって来た。マークと同じくひょろっとした感じなのだが、ここは、ゴウの地元だ。アロハにサーフパンツという地元のかっこうをしている。アロハの下には、サジタリウス社製のパイロットスーツを着ている。このパイロットスーツも、ビーナスのように薄く、下着のように着ることができる。サジタリウス社は、ケレス連邦の会社。

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