第6話 宇宙最速の男
ゴウは、宇宙最速の男だ。そしてパワーグラビトンとして認められた、最初のパイロットである。愛機ファイヤーバードは、長距離も飛べるファイターで、宇宙船の名機ランキングには、いつも最初にあがる。ゴウは、なかなか捕まらないアリスを見つける名人でもある。
「アリスー」
ゴウは、両手を目いっぱい広げてこちらに向かってきた。アリスに抱きつく気満々だ。アリスは、27歳。30前に見えるゴウが実は、40歳だということを良く知っている。パワーグラビトンの寿命は長い。一番充実した肉体の状態の時期が長く続く。
「遅かったじゃない」
アリスは、抱きつこうとするゴウを軽くかわし、気の置ける表情で、ゴウと話し出した。
「そっちの商談は、うまく行ったの」
「ああ、みんなネビラに引き取る。ケレスでノクターンも買ってくるさ」
ノクターンとは、睡眠アイテムのことだ。
「あら、大盤振る舞いね」
「あいつら、ネビラの労働力として、こき使ってやる」
「悪ぶらなくていいわよ。見直したわ」
「そうか、じゃあ、キスしてくれ」
「冗談! 出発は、10日後になったわよ」
「そうなのかマーク」
「はい、偽装シャトルで入国します。その準備も必要です」
「わかった、オレの仕事も手伝えよ。おっ、隣にいるのは、ナオミちゃんだな。ゴウだ。あと5年もすれば、いい女になるぞ。ワハハハハハ」
ゴウが、変な人だとは聞いていたが、マークの後ろに隠れるナオミ。
大丈夫、いい人だから
マークが珍しく自分からナオミに念話する。ナオミは、おっかなびっくり挨拶した。
「ナオミです」
「おう、よろしくな」
「ちょっと、ナオミが怖がってるじゃない。商談相手はどうしたのよ」
「明日出発させる。早い方がいいだろ。乗ってきたコロニー船ジョカは、船員(商談相手)を届けた後、戦艦ハイナンが月のドックに持ち帰ることになった」
「そう」
マークのあずかり知らない会話が続く。二人を注目しなくなったアランやキンダダを見て、自分の役目が終わったと思ったマークは、アランたちと話し出した。
「アランも魔法使いなのか」
「全然、オレは、剣術の師範だよ。その性かアイテムが一つ使えるけどな」
「どんなアイテムだ」
アランは、懐から、刀の柄みたいなアイテムを出してマークに見せた。青と琥珀色の小さな宝石が付いている。真ん中は空洞になっていて、何かを差し込めそうだ。
「剣か」
「クリスタルソードだ。ここから剣が出てくる。ちょっと光るからな、ここじゃあ目立ちすぎだ、今度見せるよ。どうせ姉貴に実弾借りないと起動しないし・・マークはどうなんだ」
実弾とは、エネルギーカプセルのようなもの。クリスタルソードを発動する時に使う。カプセルの中には、遺跡から出土した光燐水と言う光る水が入っている。
「オレは、からっきしさ。パワーグラビトンに、なれるって、ココロの人たちに言ってもらってる」
「なら十分だろ」
「そ、それよりナオミさんが驚きだよ。ぼくのアイテムが、あんなに光ったの初めてみた」
グリーンが、話に割り込んできた。
「そうなのか、こいつを何でも屋、確定にしたくないんだけどな」
「それってすごいの」
ナオミが食いついてきた。
「すごいさ。テレパスだし、ケレスで言う魔女でも10人の内に入るんじゃない」
「褒めすぎだろ、こいつはオレとしか話せないんだぜ」
「アリスさんとも話したもん」
「それは、姉貴がテレパスだからさ。姉貴もオレとだけは、どこにいても話せるんだぜ」
「姉弟だから」
「そうだと思う。でも、こうなったのは、最近なんだ。オレが、宇宙に出たいって、言ったからさ」
「いいなー わたしは、マークの腕を握っていないとうまく話せないの」
「姉貴がナオミを気に入ったみたいだから鍛えてもらえるよ」
「本当!」
「そういえば10日間ナオミを預かるって言ってた。ケレスで、さっきのようなことしたら、一生ケレスから出られなくなるぞ」
マークは、左腕をクイッと上げて、たまには腕を離せよと合図しながらナオミを脅した。
「脅さないでよ」
「本当だよ。優秀でも、最後は、遺跡探査に駆り出されて戻ってこなくなる人が多いんだ。だから、ぼくのことも内緒だよ」
惑星ケレスには、風の遺跡と土の遺跡がある。風の遺跡は石化した全長20キロもある大樹の中腹にある建物。大樹は、ケレスの氷マントルに埋まっている。土の遺跡は、地下へと延びる迷路。全容は解明されていない難所。
「グリーンって、ケレスの魔法使いじゃないの」
「とんでもない。そんなのばれてたら、国外なんか出られないよ」
「そうなんだ。もう一度タクト貸して。ちゃんとエメラルド見ていないの」
ナオミは、グリーンからタクトを借りて、エメラルド部分を覗き込んでみた。エメラルドは、とても堅い宝石だが、小さな傷がいくつも付いていて、もろいものが多い。傷もなく、ここまで大きなものはめったに無い。エメラルドの中には二つの星が輝いていた。
「きれい。ツインスター、この子の名前はツインスターよ。ねえグリーンこれくれない」
「バカ言わないでよ。宇宙の宝石は、とんでもない価値があるんだよ。惑星一つの重みがあるんだ」
「大げさね」
「本当さ、惑星一つだ」
アランまでグリーンの話を重ねる。グリーンは、まことしやかな話を始めた。
「彼らは生きているんだ。ぼくは、少し声が聞ける。YESか、NOぐらいだけど、それで、ずいぶん会話ができるでしょ。このエメラルドを見つけることができたのも、そのせいなんだ」
「それじゃあ、ツインスターって名前が、気に入ったか聞いてみてよ」
マークは、ナオミが、自分の母親の影響を受けてとても気が強いということを思い出した。小さい頃から殆どウエーブ家に入り浸っていたのだから、当たり前か。
「気にいったって」
「ほら。これからは、ツインスターって呼ぶのよ」
「アイテムに名前をつけるの?」
「なに言ってるの、今、生きているって言ったのグリーンじゃない。何で名前をつけないのよ。話をするのに不便じゃない」
なんだか説得力ある話に、グリーンは、たじたじだ。マークの腕を握りなおしたナオミは、本当に失礼しちゃうわ。などとマークに言いたい放題言っている。マークの表情にそれは出ない。
「グリーンの負けだ。そうしなよ」
アランも折れてグリーンに勧める。
「分かった。よろしくね、ツインスター。ハハハ、なんだか喜んでいるのが分かる」
まんざらでもないグリーン。
そこへ、けんか腰の二人が割り込んできた。アリスと、ゴウだ。
「じゃあ本人に聞いてみましょうよ」
「おう、それならうちさ。なあ、ナオミちゃんマークのいる、うちに、就職するよな」
「いいえ、わたしが後見人になって、ナオミを育てます。いいでしょ、ナオミ」
「何の話ですか」
マークは、目を白黒させて問い直した。
「今回ナオミちゃんは、何でも屋の仕事をするんだろ。何でも屋は、もう、ココロ一軒だけだ。うちで預かるのが筋だろう」
「わたしだってやろうと思ったらできるわよ。だけど、ナオミにはもっと大切なことがあるの。ちゃんと修行しないと、命だって危ないんだから」
「どうする、ナオミちゃん」
「えっと、わたし、マークと一緒にいたいです」
「そら見ろ」
勝ち誇ったように、ゴウが背中をのけぞらせた。
「ナオミをエナお姉さまと同じにしたいの?絶対許さないから」
ゴウは、エナという名前を聞いて、ショックを受け、何も話さなくなった。
「ナオミ、大事なことは、おいおい話すわ。今は、黙ってわたしに従って」
ナオミは、アリスの鬼気迫る話し方に、どうしてよいかわからなくなる。そこへ、アマンダが奥から出てきて、ナオミを結論へと導いた。
「エナは、ゴウの奥さんだった人よ。アリスを教えた人。でも、ゴウを助けるために死んだのよ」
ゴウは、カウンターに座って、力無くうなだれた。キンダダが、そこまで言わなくてもと、アマンダを制するが、止まらない。
「マークは、ゴウに似ているわ。だから、アリスに学びなさい。死ぬためじゃないわ。生きるために」
アマンダの言葉は、ナオミの心に響いた。よくわからないが、とても、大切なことを言ってくれたと思った。
「お願いします。わたし、生きたいです」
「そう」
アリスは、ナオミを抱きしめた。
「いいわね、ゴウ」
ゴウは、エナの名前を出されたところから、フリーズしている。そういえば、命日近いな。などと考えている。勝手に体が頷きアリスを肯定、撃沈した。これで、振られたの何度目かな、などとも思う。キンダダの目配せで、アウトローたちが、かわいそうなゴウを自分たちの席に引っ張って行った。マークは、結構この光景を後々まで覚えていた。
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