第2話

『ラムダ・ドライバの駆動には、サージェント・サガラの搭乗が必要』

 メインモニターに表示されたメッセージを確認し、テストパイロットの隊員が渋い顔で〈アーバレスト〉のコックピットを降りた。

 テッサの予想は正しかった。どうやら〈アーバレスト〉は、宗介を自分の主人マスターとして登録を行ったらしい。他のパイロットでは、操縦こそ可能だが、肝心のラムダ・ドライバを使用することが出来ないようだった。

「どうやら、サガラ軍曹。あなたがこの子の面倒を見なきゃいけないようね」

 ノーラが気だるげに髪をかき上げ、〈アーバレスト〉の脚部をぽんと叩いた。

「操縦者の登録を上書きリライト出来ないのか?」

 宗介が不満をあらわに口にするが、ノーラは首を横に振る。

「もう少し試してみるけど・・・多分無駄ね。それに、万が一故障でもしようものなら、直せる人なんて誰もいないのよ。これ以上は、おいそれと手が出せない」

 パイロットが機体に登録されるなど、まったく、ラムダ・ドライバの開発者は余計なことをしてくれたものだ。宗介は、頭に思い浮かんだ、いかにもな風体の開発者を恨んだ。

「だが、必ずこの機体を使わなければいけない、というわけでもないのだろう?」

「それは私には分からないわ。カリーニン少佐に確認して」

 宗介が頷く。

「さあ、とりあえず今は、ラムダ・ドライバを駆動させることに集中して。期待してるわよ」

「承知した」

 そう言うと、宗介はするすると〈アーバレスト〉を登り、あっという間にコックピットに収まった。機体が宗介を認識し、何のエラーもなく起動する。

《おはようございます、軍曹殿。お待ちしていました》

 〈アーバレスト〉に搭載されたAI、〈アル〉が喋る。その、AIらしからぬ挨拶に、宗介が怪訝な顔をする。

「待っていた、だと?」

《はい》

「なぜだ」

《軍曹殿が、本機体にイニシャライズされているからです》

 イニシャライズ。その言葉を聞き、宗介は不快感をあらわにする。

「望んでそうしたわけではない。出来ることなら、そのイニシャライズとやらを消去デリートしたいのだがな」

《イニシャライズの消去、および変更は不可能です。また、そうすべきではありません》

「なんだと?」

《本機体は、ラムダ・ドライバなしでは真価を発揮しません。初日でラムダ・ドライバを駆動させた軍曹殿は、本機体のパイロットに適任と判断します》

「偶然だ。そもそも、俺は戦場で手品を使う気はない」

《ラムダ・ドライバは手品ではありません》

「似たようなものだ。いつ作動するか分からん武器など、がらくただ」

 いちいち反論するアルに、宗介が苛立つ。何か言いかけるアルより先に、コンソール・パネルに手を伸ばし、AIを停止する。

「サガラ軍曹?準備はいいかしら?」

 中々反応しない宗介に焦れたのか、ノーラが訝しげに言う。

「ああ、すまない」

 宗介は一つ息を吐くと、集中力を高めていく。

 正直に言って、これほど気の乗らない任務は初めてだった。乗れと言われればどんな機体にも乗るが、ラムダ・ドライバなぞ使う気はこれっぽっちもない。これまで自分は、狡猾に、周到に、確実に戦ってきた。だからこそ、生き残れたのだ。訳の分からない装置に命を預けることなど出来ない。

 だが、俺は傭兵だ。好き嫌いなど関係ない。四の五の言わず、ただ黙って命令に従っていれば良い。それで味方や、よしんば自分が死んだとしても、それは仕方のないことだ。

 訓練は、みっちり五時間行われた。やはりと言うべきか、ラムダ・ドライバは一度も作動しなかった。

 その次の日も、またその次の日も。




「入るぞ、ソースケ」

 シャワーを浴び、自室で銃の点検を行っていると、ドアの外から声が聞こえた。ほぼ同時に、ドアが開けられる。宗介は無遠慮な客を一瞥すると、再び点検作業へ戻る。

「何か用か、クルツ」

 銃をいじる手を止めず、宗介が言う。

「聞いたぜ。あのラムダなんとかってやつ、使えないみてえだな」

「ああ。そもそも、最初に作動したのが偶然だ。俺に扱えるとは思えん」

「正直、俺もそう思うぜ。堅物のお前にゃ、一番向いてないんじゃないか?」

「だが、俺がやるしかないらしい」

 点検を終えた宗介は、分解された部品を素早く組み立てていく。

「良かったら、愚痴聞くぜ?パブでも行こうや」

「酒場など行かん」

「おめーはオレンジジュースでも飲んでりゃ良いからよ」

 クルツに急かされ、銃の組み立てを終えると、半ば引っ張られるようにパブへと向かう。兵舎から徒歩で辿り着く、元傭兵のマスターがいるパブだ。宗介は初めて入る場所だが、顔馴染みの客も多い。とは言え、エリートであるSRTは何かと敬遠されがちである。特に、軽薄な言動とは裏腹に、天才的な狙撃の腕を持つクルツと、最年少でSRTに抜擢された宗介は、良くも悪くも基地内では有名だ。

 扉を開けると、ほんの一瞬だが、喧噪に静寂が混じる。宗介達はそれに気づかない振りをしてカウンターに座った。

「マスター、ラフロイグをロックで。こいつにはオレンジジュースを」

「酒場では酒を頼め、ばかもんが」

 口の悪いマスターが、不機嫌な顔のまま注文した飲み物を渡してくる。オレンジジュースを飲むと、濃縮された甘みが口に広がった。

「やっぱさ、かめはめ波だと思うんだよ、俺は」

「なんだそれは」

「お前、ほんとに日本人か?マンガとか読んだこと・・・なさそーだよな、お前は・・・」

「なぜマンガの話になるのだ」

「結局さ、あの装置は想像力がキーになるわけだろ?だったら、SFだとかファンタジーだとか、そういうもんを知るべきじゃねえの?」

「ふむ・・・」

 なるほど、一理あるかもしれない。クルツにしては珍しく、参考になりそうな意見だった。

「ハメハメハ、だったな。読んでおこう」

「かめはめ波な!つーか、かめはめ波ってタイトルじゃねえから」

 その後は、クルツの馬鹿話に付き合い、他愛もない世間話をした。特に何か問題が解決したわけではないが、多少は気分が軽くなったのかもしれない。酒を飲む気にはならないが、成程、酒場に集まる人間の気持ちは少し分かった気がした。

「ところでよー」

 酔いの回ったクルツが、グラスの氷を揺らしながら、間延びした声で言う。

「お前最近、テッサのこと、妙に意識してねえ?」

 全く予想していなかった話題に、宗介が目をしばたかせていると、クルツがにやついた顔で振り向いた。

「変に避けてるっつーか、緊張してるっつーか・・・とにかく、以前とは違う雰囲気なんだよな」

「いや、そんなことはない」

「そーかあ?何かあったんじゃねえの?」

 いい加減なくせに、妙に勘の鋭い男だ。スナイパーの観察力の賜物か、単に付き合いの長さ故か。宗介としては、以前と今とで態度を変えているつもりはないのだが、クルツに指摘されるということは、つまりそういうことなのだろう。

 普段あまりないことではあるが、酒場の雰囲気も手伝ってか、宗介はふと、この軽薄な同僚に相談をしてみようかと思った。

「実は、大佐殿から友達になってくれと言われてな」

「はあ?」

 クルツが素っ頓狂な声をあげるが、宗介は構わず続けた。

「敬語をやめ、テッサと呼んでくれと言われた。大佐殿のことだ、俺には到底計り知れない、深い意味があるに違いないが、どうも上手く対応出来ない」

「いや、そりゃお前・・・」

「そういえばクルツ、お前は大佐殿をテッサと呼んでいるな。一下士官としてはいかがな態度かと思っていたが、お前も同じ命令を受けていたのか」

「あのなあ・・・」

「いや待て、今思えばマオもそうだ。だとすれば、特別なミッションというわけではないのか?」

 真剣に悩む宗介の横で、クルツはへなへなと机に突っ伏した。

「む、酔ったのか?」

「ああ、ある意味、悪酔いしそうだ・・・」

 クルツは頭を起こすと、残りのウィスキーをぐいっと呷り、おかわりを注文した。

「でもよ、ある意味チャンスかもしれねえな」

 二杯目のウィスキーを揺らしながら、クルツが呟いた。

「何がだ?」

「いや、真面目な話、あのラムダ・ドライバってやつは、俺達の手に負えねえシロモノだよ。ノーラでさえ良く分かんねえっつーんだから、こりゃもうお手上げだ」

 クルツの言葉に、宗介は妙な安堵を覚えた。自分だけでなく、クルツもそう感じているのだと知り、孤独感が和らいだ。

「だが、テッサなら何とかしてくれるかもしれねえ。多分、行き詰った時はあの子の知恵が必要になるんじゃねえかな」

「・・・そのために、親密になっておいた方が良いと?」

「別にそのためっていうんじゃねえけど。同じ部隊に居る者同士、仲が良いに越したこたあねえだろ。ただ、馬鹿真面目なお前は、こういう機会でもなけりゃ、テッサと気軽に話せる仲になんかなんねえだろうからな」

 クルツの言葉は、確かに事実かも知れなかった。根拠はないが、このラムダ・ドライバには、テッサしか知り得ない何かが隠されている気がしていた。だとすれば、ラムダ・ドライバを扱いこなすには、彼女の助力が不可欠だろう。

 しかし、必要性は分かっても、実践出来るかどうかは別だ。宗介には、いまだテッサと気さくに会話をしている自分の姿が想像できなかった。

「お前の言うことももっともだが、やはり俺には難しい」

 クルツは苦笑し、何かを言いかける。だがそれより先に、二人の会話を聞いていたマスターが、宗介に何かを差し出した。

「そんなお前さんに、良い話がある」

 それは、二枚の紙切れだった。




「攻撃目標全ての撃墜を確認。お疲れ様でした、艦長」

 〈トゥアハー・デ・ダナン〉の副艦長を務める、眼鏡をかけた細男――リチャード・マデューカスが、抑揚のない声で告げた。テッサは全身の緊張を抜き、腰かけている指揮官席の背もたれに体重を預けた。

 現在も〈トゥアハー・デ・ダナン〉は停泊中である。しかし、テッサやマデューカスを始めとした、操舵クルーは全員揃って乗船している。

 彼らは、〈トゥアハー・デ・ダナン〉に搭載された超高性能AI〈ダーナ〉を使った、戦術シミュレーションを行っていた。艦こそ動かないものの、実際にクルーが操舵パネルを叩く、限りなく実戦に近いシミュレーションであった。

 アメリカ海軍の最新型潜水艦四隻を相手取ったシミュレーションの結果は、かすり傷一つ負わぬ〈トゥアハー・デ・ダナン〉の圧勝だった。

 だが、誰一人その結果に驚きはしない。「まあ、こんなものか」といった具合である。

「まずまずかしら」

「そうですな」

「まだ、マグロックは有効ということね」

「敵の艦長が、あなたほど有能な指揮官でない限りは」

 にこりともせずにこちらを褒め称えてくる、親子ほど年の離れた部下を、テッサは座ったまま見上げた。

「これで全ての戦術シミュレーションが完了いたしましたが……いかがいたしましょう?」

「特に問題ないので、これで終わりにしましょう。ダーナ、分析データを私とマデューカスさんに送っておいて下さい」

《アイ・マム》

 〈ダーナ〉の電子音声に、テッサは頷くと、立ち上がって部屋を出た。

 シミュレーションとはいえ、実戦さながらの操艦を行うため、かなりの集中力を要する。テッサは肩を揉んだり目尻を押さえたりしながら、〈トゥアハー・デ・ダナン〉が停泊するドックを後にした。

「大佐殿」

 宿舎の方へ歩き出した所で、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「サガラさん?」

 そこにいたのは、AS操縦服に身を包んだ、相良宗介だった。

「今日もラムダ・ドライバの練習ですか?」

「肯定です」

 宗介は相変わらず、むっつりとへの字口をしていたが、心なしか彼が落ち込んだ表情をしているように見えた。やはり、ラムダ・ドライバは今日も作動しなかったのだろう。テッサはあえて、それ以上聞かないことにした。

「大佐殿は、何を?」

 逆に宗介から質問を返される。

「私は、〈トゥアハー・デ・ダナン〉の戦術シミュレーションを行っていました。もうすぐ、他のクルー達も出てくると思います」

「そうでしたか」

 宗介が相槌を返した後、会話が途切れた。だが、宗介はその場に留まったまま、何かを言いたそうにしている。

「サガラさん、もしかして私に御用でしたか?」

「は、いえ……いや、そうだったのですが、お疲れのご様子ですので。大した用ではありませんので、また日を改めます」

 そう言って、宗介はテッサに一礼すると、踵を返そうとする。

「ちょっ、待ってください、サガラさん!」

 そんな宗介を、テッサは慌てて呼び止めた。

「そんな言い方されたら、気になります。私は平気ですから、ご用件をどうぞ」

 テッサがそう言っても、宗介はしばし逡巡しているようだった。自分で呼び止めておきながら、まるで宗介が話すことを躊躇っているように見える。だが、やがて観念したように、宗介は小さく頷いた。

「では、失礼して。……大佐殿は、ライブといったものに興味がお有りでしょうか?」

「へ?」

 思いもよらない宗介の言葉に、テッサは思わず間の抜けた返事をしてしまった。

「その……やはり、おかしな用件でしたか?」

「いえ、全然!ちょっと、驚いただけです。それで、えっと……ライブでしたね。どんなものかによりますけど……興味はあります」

「実は、今週末の夜に、〈ダーザ〉で小規模なライブを行うそうなのです」

 〈ダーザ〉とは、宗介とクルツが訪れた、メリダ島内のパブの店名だ。

「ライブと言っても、素人ののど自慢大会なのですが。実は、そのライブチケットを二枚入手しまして、もし大佐殿さえよければ、ご一緒いただけないでしょうか?」

 なんとまあ。この宗介が、ライブの誘いとは。

「サガラさんは、良くダーザに行くんですか?」

「いえ。酒には興味がありませんので」

「では、ライブがお好きなのかしら?」

「いえ。行ったことはありません」

 ではなぜ?

 その答えが分からない程、テッサは鈍い女ではない。恐らくはクルツあたりの入れ知恵だろう。だが、発案者が誰にしろ、宗介が自分を誘うことには、かなりの勇気が要ったに違いない。それだけ宗介は、ほんの気まぐれで言った、友達になってくれという自分の言葉を、真剣に受け止めていたということだ。

 不器用で根暗で常識知らず。だけど、真面目で一生懸命。良い奴よ、とっても。

 彼を評したマオの言葉を思い出す。懐かしいようでいて、初めて味わう胸の疼きに戸惑いながら、テッサはおずおずと言った。

「実は私もなんです。ライブ、行ったことがなくて。私でよければ、ご一緒させてください」

 そう言うと、宗介はほっとしたように息を吐いた。その時見せた笑顔がことのほか幼くて、テッサは思わずどきりとする。

 しかし、そんな表情も束の間、

「光栄です」

 すぐに顔を引き締めて敬礼する宗介に、少しがっかりする。

 ライブに行けば、彼との距離が少しは縮まるのだろうか。もっと色んな表情が見てみたい。彼のことが知りたい。ファイルに書かれたデータの羅列ではなく、彼の口から聞きたい。この感情は、単なる好奇心と呼べるのだろうか?

「あの―――」

「大佐殿、まだいらっしゃったのですか」

 背後からの声で、テッサは開きかけた口を閉じた。振り返ると、マデューカスを先頭に、艦内に残っていたクルーがこちらへ歩いている。

「サガラ軍曹。大佐殿に用かね?」

「はっ。その、用と言うほどのことは……」

「大佐殿はお疲れだ。下らん用事で煩わすな」

「失礼しました、サー」

 マデューカスは普段からこの通りの態度だが、今は最悪のタイミングだった。先程までの和やかな雰囲気が一瞬にしてぶち壊された。

「あの、違うんです、マデューカスさん。私が彼を呼び止めたの。……例の件で」

 最後の一言は、マデューカスにだけ聞こえるよう、小声にした。それでマデューカスも察し、そうでしたか、とむっつり言った。実際、声をかけたのもテッサだし、〈ラムダ・ドライバ〉の話もしているので、嘘ではない。

「では、失礼いたします」

 マデューカスは誤魔化せたが、これ以上この場でライブの話をするわけにもいかず、宗介はぴしりと敬礼をして去って行った。その背中が遠ざかるのを、テッサは暫く眺め続けていた。

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