始まるワン・アナザー・ストーリー

水無月トニー

1.始まるワン・アナザー・ストーリー

第1話

 相良宗介は、アーム・スレイブASの中で輸送ヘリのローター音を聞きながら、先程救った少女のことを反芻していた。

 少女を救うために死んだ男とは、さして親しい間柄ではなかった。同僚とは言え、男が属していたのは情報部であり、作戦部の自分とは部署が異なる。そもそも情報部は機密の多い部署だ。構成員の数ですら、正確に把握しているのは上層部でも一部の者だけだろう。

 かといって、全く知らない仲でもなかった。彼ならば、例え任務外であっても、その少女を見捨てることが出来なかっただろう、と、納得できる程度には。

 だから、無事に少女を保護出来て良かった、と宗介は思った。彼女にどんな価値があるのかは、一下士官である自分には知りようのないことではあるが、少なくとも彼の、文字通り命がけの行動は無駄にならずに済んだということだ。

 着陸地点ランディング・ゾーンに着いたヘリにASを格納する。宗介の機体の横には、同じ型のASが二機、膝を着きうなだれたような姿勢で鎮座していた。

 ASとは、正式名称をアーマード・モービル・マスター・スレイブ・システムという、人型を模した陸戦兵器の事である。SDI戦略防衛構想計画の一環として開発されたこの兵器は、構想の発表当初、ほとんどの有識者に一笑に付された、いわば夢物語であった。それが、僅か三年で実用化に漕ぎつけ、陸戦における常識を一変させた。その後も多くの改良が重ねられ、今では戦車を凌駕する、現代最強の陸戦兵器と言われている。

 だが、その操縦には熟練を要し、パイロットとなる人間は、操縦中の激しい振動やGに耐えうる屈強な肉体を作らねばならない。AS乗りの理想は、手足が長く、引き締まった身体である。

 宗介は、正にその理想通りの体つきをしていた。首回りと肩回りだけががっしりとしているのも、AS乗りの特徴の一つである。ざんばらの髪に太い眉、凛々しい顔立ちをしており、中々の男前だが、左頬に走る十字傷が目立つ。

 宗介が席に着くと、既に同僚のメリッサ・マオとクルツ・ウェーバーがくつろいでいた。クルツがマオに何やらちょっかいを出して、小突かれている。いつもの光景だ。

「お疲れ様」

 マオが宗介に気付き、ぴっと右手でサインを送る。シャープな顔立ちに、猫科の動物を彷彿とさせるしなやかな肢体。階級は宗介より一つ上の曹長だが、長くチームを組んでいるため、堅苦しい挨拶は必要ない。

「相変わらず無茶するぜ、おめーはよ」

 何やら雑誌を眺めながら、クルツが言う。金髪碧眼、文句なしの美形。階級は宗介と同じ軍曹で、マオと同じくこの部隊で最も付き合いの長い人間の一人だ。

 クルツの言った無茶とは、先程の作戦で、ASでヘリを受け止めたことを言っているのだろう。確かに普通では考えられない芸当だが、宗介達の駆る第三世代型AS・M9〈ガーンズバック〉では、やって出来ないことではなかった。

「ま、ソースケはともかく、アンタじゃ無理かもね」

 マオがクルツを見て、鼻を鳴らす。

「俺とコイツじゃ、役割が違うの、役割が」

「アンタ今回、何もやってないじゃない」

「そりゃ、俺の本番はこれからだから。戦いに傷ついたメリッサを、ベッドの中で優しく抱き止める仕事が・・・ぐおっ!」

 唇をタコのように突出しマオに迫ったクルツの頬に、綺麗な弧を描いた右フックが入る。勢い余って頭を窓にぶつけたクルツは、うずくまって頭を抱えた。

「こんのクソアマ・・・いででっ」

「何だって?」

「た、頼もしく美しい、マオ曹長殿であります・・・」

「よろしい」

 ねじりあげていた耳をマオが放す。相当の力が込められていたようで、クルツの耳は真っ赤になっている。作戦行動中より帰投中のヘリの中の方がダメージを負うとは、全く変な話である。

「それにしても、変な作戦だったわね」

「ああ。どー考えても、M9三機が出張る程じゃねーよな。実際、ソースケ一人で片付いたわけだし」

 M9は、世間ではまだ研究段階で、実用化は数年先と言われている。だが、宗介達の属する部隊は既に実戦配備していた。この機体は、運動性能や静粛性、そしてECSと呼ばれる電磁迷彩による不可視化と、ほぼあらゆる面で第二世代型のASを凌駕する。そのM9を、熟練のパイロットが操れば、旧世代のASはおろか、戦車すらも、物の数ではない。ましてや、今夜の敵は戦闘ヘリが一機のみ。どう考えても、戦力の過剰投与だった。

「ソースケが助けた、あの美少女に秘密があるっつーことだよな」

「しっかし、KGBも非道いことするわね。ぱっと見、完全にヤク漬けよ、あれ」

「いずれにせよ、俺達が考えることではないだろう」

 むっつりと言って、カロリーメイトを取り出す宗介を、クルツがじろりと睨む。

「おめーにゃ、好奇心とか関心とかねーのかよ」

「あれこれと考えるのは上の仕事だ。俺達はただ命令に従っていれば良い」

「ほんっと、見上げた下士官根性だこと・・・」

 クルツの嫌味には反応せず、宗介はカロリーメイトをかじり、窓の外に目をやった。




 無事帰投した宗介達は、息つく間もなく、戦果の報告のため将校室へと向かった。

 帰投と言っても、そこは海の中である。

 強襲揚陸潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉。宗介達の戦隊名でもある、ケルト神話に登場する神の一族の名を冠した、世界最強の戦艦だ。全長200mを超える巨体でありながら、最高速度は65ノットと、正に規格外の怪物である。

 艦内は広く、慣れていない者は迷子になることも珍しくない程だが、AS格納庫から将校室までは比較的近い。宗介達は早足で目的の場所まで辿り着くと、軽くノックをしてから入室した。

「失礼します」

 書類に埋め尽くされた室内には、大柄な白人男性が座っていた。宗介達には目もくれず、レポート類に素早く目を通している。彼ら陸戦部隊の指揮を執る、アンドレイ・カリーニン少佐は、無表情のまま報告を促した。

「対象は無事保護。情報部のエージェント一名が死亡。他損害はありません」

「ご苦労だった」

 やはり、無表情のままカリーニンが労う。

 これも妙だった。わざわざ直接出向いてまで報告する内容ではない。実際、ほとんどの作戦は報告書の提出で事足りている。

「早速だが、任務だ」

 判を押した書類を裏返し、やっとカリーニンが顔を上げる。クルツがわざとらしく、うへぇ、と舌を出すが、カリーニンは特に気にした様子もない。

「諸君らには、ある特殊な機体のテストパイロットになってもらう」

「特殊な機体?」

「ある意味、第四世代と言うべきASだ」

 宗介は驚く。M9が実戦配備されてまだ間もないのに、もう第四世代とは。しかも、世間的にはそのM9すら、まだ研究段階なのだ。この世界の技術進歩は、もはや留まる所を知らない。

「緊急を要する話ですか」

 宗介の疑問も最もだった。テストパイロットの話をするために、作戦を終えたばかりの我々を呼び出すとは、少々変わった話である。

「その可能性がある、ということだ」

「それは、今日の作戦と何か関係が?」

「それは諸君らの知るべきことではない」

 にべもない。態度にこそ出さないが、マオの不満が、隣に立つ宗介には薄らと伝わってきた。

「詳しい説明は明日行う。なお、本指令は機密とし、関係者以外への口外は厳禁する。詳細は追って伝える。以上だ」

 抑揚のない声でそう告げると、カリーニンは再び書類に目を落とした。マオは何か言いたそうだったが、結局何も言わずに敬礼すると、部屋を出た。額をこするような敬礼をしたクルツに続いて、宗介も部屋を出る。

「相変わらず無愛想な少佐殿だこと!実はロボットなんじゃないの、マジで」

 数歩離れた所で、マオが毒づく。クルツがくっくと喉を鳴らし、

「まあでも、確かに謎だよなー。たかがテストパイロットを、よりによって俺達が、なんてさ。しかも三人ともだぜ?こりゃなんかあるな」

「SRTをなんだと思ってるのかしら」

「それだけ扱いが難しい機体ということなのかもしれん」

 SRTとは特別対応班スペシャル・リスポンス・チームの略である。〈ミスリル〉の中でも特に技能に優れた者が所属する精鋭部隊だ。歴戦の兵(つわもの)が名を連ねる中で、マオやクルツも若手に部類するが、十代半ばという若さでSRTに抜擢されたのは、過去にも宗介が初めてである。SRTの構成員は、全員に〈ウルズ〉のコール・サインが与えられる。ちなみに宗介達のナンバーは、それぞれマオが2、クルツが6、宗介が7である。

「どーでもいいけどよ、普段の仕事は減らしてもらえるんだろうな?じゃなきゃ、給料増えねえとやってられねえぜ」

「それは期待するだけ無駄だろう」

「やっぱりな・・・ほんと、人使い荒いぜ、〈ミスリル〉はよ・・・」

 クルツが肩を落とす。

 ミスリルとは、宗介達が属する組織のことである。全世界に拠点を持ち、決して表舞台には顔を見せない、秘密の傭兵部隊。いずれの国家にも属さず、圧倒的な戦力を有し、世界中の犯罪やテロを防止・鎮圧する正義の組織。トゥアハー・デ・ダナンは、そうしたミスリルの一部隊ということになる。

「ま、考えてもしょうがないわよね。さっさとシャワー浴びて寝るわ」

 マオは一つため息をつくと、ひらひらと手を振って通路の向こうへと消えて行った。同じ下士官ではあるが、当然ながら女性の居住区は男性とは別にある。

 ところで、よく潜水艦乗りはとにかく臭い、と言われる。貴重な水の使用には制限がかけられ、湯浴みや洗濯が満足に出来ないためだ。だが、このトゥアハー・デ・ダナンは、その容量に対し乗組員が少ないこともあって、十分な真水をタンクに蓄えることが出来ていた。また、緊急用に海水を真水に浄化する装置も備え付けられており、流石に無駄遣いは控えるよう言われているものの、日常的にシャワーを浴びることは問題ない。

「良いケツしてんな、相変わらず。ほんと、黙ってりゃ良い女なんだよな・・・」

 なぜか恨めしげに呟くクルツを無視し、宗介も歩き出す。

 カリーニンは、明日からテストを開始すると言っていた。とすれば、翌日へ疲れを持ち越すわけにはいかない。今日はさっさと寝るのが吉だ。

「おいソースケ、たまには一杯付き合えよ。この色々と溜まった鬱憤やら何やらを、少しでも発散しようぜ」

「アルコールは脳細胞を破壊する。この仕事を長く続けたかったら、止めるべきだ」

「相変わらず堅物だな、おめーは。カツ・シンタローみたいに生きたいと思わねーのか?」

「誰だそれは?」

「ほんとに日本人かよ、お前・・・」

 実を言うと、宗介の世代では最早知る人の方が少なくなってしまっているのだが、クルツは呆れ顔で首を振った。




 翌朝。研究部のノーラ・レミング少尉に呼び出され、宗介はAS格納庫へと向かった。格納庫には既にマオが居り、遅れてクルツもやって来た。

 その場には、宗介達SRTメンバーの他に、カリーニンとレミング、そして数名の作業員がいた。そして驚くべきことに、トゥアハー・デ・ダナンの艦長にして、宗介達の戦隊長である、テレサ・テスタロッサ大佐が立っていた。これには宗介だけでなく、マオやクルツも目を丸くしている。

 テレサ・テスタロッサは、丁寧に編まれたアッシュ・ブロンドの髪と、幼いながらも端整な顔立ちを湛えた、美しい少女である。年の頃は、宗介と変わらないだろう。だが、ブラウンの略式平服の襟に光る『大佐』の階級章が、紛れもなくその少女が宗介達の上官であることを示していた。

 宗介は、直立不動の姿勢を取り、敬礼をした。親しい間柄であるマオなどは、プライベートでは『テッサ』などと呼んでいるが、宗介にとっては雲の上の存在である。言葉を交わしたことも数度しかないこの少女には、この格納庫はひどく似つかわしくない。

 宗介の敬礼に、テッサは柔和な笑みで返す。こうして見ると、おっとりとした、ごく普通の少女である。一般人に「彼女が私の上官です」と説明しても、まず誰一人として信じないだろう。

「揃ったな。ではこれより、レミング少尉から詳細を説明する」

 カリーニンが言い、ノーラが一歩前に出る。

「まずは、あなた方が搭乗する機体を見てもらった方が早いと思うわ。扉をロックして、シートを外してちょうだい!」

 ノーラが指示すると、作業員が格納庫の出入り口をロックし、巨大な何かにかかっていたブルーシートを外した。やがて姿を現したそれは、宗介達の予想通り、ASではあったが、その異様さに思わず宗介達は息を呑んだ。

 まず、非常識なまでの真っ白な塗装。骨格はM9に似ているものの、よりシャープで力強く、猛禽類を思わせるフォルム。人間の口に当たる部分には、武装携行用のハードポイントが備え付けられており、単分子カッターを装着したその姿は、巻物を咥えたジャパニーズ・ニンジャを彷彿とさせる。肩部には、左右それぞれ二枚ずつ、羽根のような部品が付いている。あれは、冷却用の放熱ユニットだろうか?

「なんだ、こりゃ・・・」

 開いたまま塞がらない口から、クルツが声を漏らす。だが、声には出さないまでも、宗介やマオも同じ気持ちだった。

「あなた達がテストパイロットとなる機体。ARX―7〈アーバレスト〉よ」

 ノーラに名を呼ばれた瞬間、その機体、〈アーバレスト〉の目がぎらりと光った気がした。

「基本の操作はM9と酷似している。パワーには若干の差があるが、そう違和感を感じる程ではないはずだ」

 カリーニンの補足も、三人の耳には入らない様子だった。

「ただし、これまでのM9とは決定的に、革命的に異なる機能があるの」

「それは、一体?」

「虚弦斥力場生成システム。通称〈ラムダ・ドライバ〉よ」

 聞いたこともない名称に、宗介達はますます困惑する。

「あなた達が困惑するのも最もね。だから、初めに言っておく。この装置のことは、私も良く分からない。いえ・・・正確には、詳しいことは誰一人分からないの」

「はあ?なんだよそれ」

「良いから聞いて。これは、“存在しない技術ブラック・テクノロジー”の一種なの。この装置を解明することは、誰にも出来ない。けれども、確かにここには存在する」

「意味分かんねえっつの。じゃあ、これ作った奴はどうやったんだよ?」

「それは・・・」

「この機体を作った人は、もうこの世にはいないんです。ウェーバーさん」

 それまで、静かに佇んでいたテッサが、やはり静かに言った。しかし、その言葉に含まれている重みに、何か事情を感じ取り、クルツが黙る。

「いきなり、おかしな命令をされた挙句、こちらも詳細が分かっていない。不満や疑問が沸くのは当然だと思います。ですが・・・まずは説明を聞いていただけますか?今は、皆さんの協力が必要なんです」

 決して頭ごなしに叱るのではなく、対等な目線からの『お願い』をする。こんな上官は、特にこうした組織の中では、目の前にいるこの少女くらいのものだろう。普段から上官に対しても無礼な態度を取るクルツも、ばつが悪そうに黙る。

「ありがとう、ウェーバーさん」

 テッサがにっこりと笑い、目線でノーラに続きを促す。

「ラムダ・ドライバは、簡単に言うと、パイロットのイメージを増幅させて、斥力場を生み出す装置なの。つまり・・・銃弾を弾き返す障壁を生み出すだとか、直接相手に斥力場をぶつけることで、物理的ダメージを与えることも可能ということよ」

 なんだ、その荒唐無稽な話は。ここにテッサやカリーニンがいなければ、馬鹿にするなと一笑していたかもしれない。そんな三人の、口には出さないが明らかに漏れ出している心の声に対し、ノーラがため息をつく。

「私だって、こんな話は馬鹿みたいだって思ってるわよ・・・。大佐から初めて聞いた時、私の中の常識が崩壊していく音が聞こえたわ。私がMITで学んできたことは何だったんだろう、って。その後三日間寝込んで・・・」

 ぶつぶつ言い出すノーラに、カリーニンの冷たい声が被さる。

「君の愚痴は我々のいない所で聞かせてやれ。今はまだ、説明の途中だ」

「はっ。失礼しました」

 背筋を伸ばすノーラ。何だか、少し気の毒に思えてくる。

「ええと。話を戻すわね。このラムダ・ドライバなんだけど、試運転では一度も作動したことがないの。理論上は、ただ斥力場の発生を強くイメージするだけで良いはずなんだけど、やっぱり並のAS乗りじゃ、そのイメージ力っていうのが足りないんじゃないか、というのが我々の結論なのね」

 ここまで聞いて、まだ納得は出来ないが、自分達が呼ばれた理由は少なくとも理解が出来た。

「つまり、そのラムダ・ドライバとかいう装置を作動させれば良いわけね?」

 マオの問いに、ノーラが頷く。

「そういうことね」

「希少な機体だ。設計者が既にいない今、新たに建造することも不可能だろう。そうなれば、そもそも機体のパイロットは、お前達SRTの誰か、ということになる。ならば初めからSRT要員をテストパイロットにし、ラムダ・ドライバを最も上手く扱える者が乗り手になるべきだろう」

 また、カリーニンが補足する。成程、道理ではある。しかし、と宗介が口を挟んだ。

「ならば、我々三人だけでなく、SRT要員全員で試すべきでは?」

「お前達三人を選んだのには理由がある。だが、今はその理由を話すことは出来ない」

「今は?」

「運が良ければ、すぐに分かることになるだろう。そのタイミングは、お前達次第だ」

 そんな含みのある言い方をされては、ますます気になるのが人間の心理というものだ。だが、このカリーニンという男が一度話さないと言ったことは、例え拷問をしても話さないだろう。そのことが良く分かっている三人は、それ以上追及をしなかった。

「説明は以上だ。何か質問はあるか。と言っても、答えられることには限りがあるが」

 質問はいくつもあった。だが、どれも聞いたとして、答えが返ってこないであろう事ばかりだった。とにかく今は、一度あの〈アーバレスト〉に乗ってみた方が早いだろう。

「よろしい。では明日、メリダ島に帰還した際に模擬戦を行う。まずは機体のスペックについてレミング少尉より説明を受け、軽く機体に慣れておけ。以上だ」

「期待していますね、皆さん」

 テッサが微笑む。雲を掴むような話ではあるが、テッサが期待を寄せるということは、重要な任務であることに違いない。宗介は気持ちを引き締め、ぴしりと敬礼をした。




 日本から南に遠く離れた絶海の孤島。〈メリダ島〉と呼ばれるその島が、ミスリルの西太平洋戦隊〈トゥアハー・デ・ダナン〉の拠点そのものだ。

 基地に着いた宗介達は、積荷を下ろした後、簡単な食事を済ませ、訓練所へと向かった。流石に今日は、テッサやカリーニンの姿はないようだったが、ノーラからは、後で時間が空くようだったら様子を見に来ると言っていたと聞いた。

 新機体〈アーバレスト〉へは、マオ、クルツ、宗介の順に乗ることになった。搭乗者以外は、M9で相手役を務める者と、記録員としてノーラの補助役に分かれた。まず相手役となった宗介は、慣れた機体へいそいそと乗り込む。

「記録員ってさー、俺がやんなきゃダメ?」

 早速不平を漏らすクルツに、ノーラは苦笑しながら、

「AS乗りから見て何か気付くことがないか、教えて欲しいの。ほら、私達じゃ分からない違和感とか、あるかもしれないじゃない?」

「まあ、良いけどよ」

 クルツが納得した所で、宗介の搭乗が完了する。M9を起動し、訓練用のペイント弾が装填された40ミリライフルを構える。

 改めて、同じ目線で対峙して、やはり奇怪な機体だ、と思った。そもそも、純白の塗装というのがいただけない。これでは、M9の強みの一つである隠密性が台無しではないか。まるで、実用性を度外視した芸術作品のようだ。

「じゃあ、改めて確認するわね。サガラ軍曹は、私の合図に合わせてペイント弾を発射してちょうだい。メリッサは、それをラムダ・ドライバで防ぐ。言っておくけど、くれぐれもサガラ軍曹に攻撃的なイメージは抱かないで。あくまで防御に集中するの」

 モニタールームと繋がった回線から、ノーラの声が聞こえる。

「了解した」

「こっちもオーケーよ。相手役がクルツだったら、バラバラに破壊しちゃうかもしれないけど」

「んだとコラ。言っとくけど、俺の相手役は姐さんだからな?俺のラムダドライバで、ひいひい言わせてやるぜ」

「最っ低・・・!」

 全くもって、緊張感のカケラもない。呆れたようにため息を吐いたノーラが、手を叩いて合図した。

「はいはいそこまで。そろそろ始めるわよ」

 宗介は頷くと、念のため少し距離を取って、再びマオと向かい合った。

 演習とは言え、丸腰の相手に銃口を向けるのは変な気分だった。マオの方も、どんな姿勢を取っていいか分からず、結局両手を開いた状態で前に突き出した、何とも間抜けな格好をした。

「記録班、準備はオーケー?・・・それじゃ、いくわよ。演習、開始!」

 ノーラの合図と同時に、宗介は引き金を絞った。ペイント弾は、両手を突き出したままのマオ機に、次々と着弾し、瞬く間に真っ青に染め上げていく。真っ白な機体に着色していくのは、思いの外爽快だった。

(これは・・・中々楽しい)

 二回目、三回目の演習では、既にペイント弾で汚れた後の機体を使うことになるだろう。そう考えると、この爽快感が得られるのは、一回目に相手役として選ばれた自分だけだ。ちょっとした役得である。

 宗介がそんなことを考えているとはつゆ知らず、マオはコックピットの中で必死にいきんでいた。だが、いくらやっても力場など出ないし、自分の間抜けさを想像して悲しくなる。

 結局、宗介が全弾を打ち尽くしても、マオはラムダ・ドライバを発動させることは出来なかった。意気消沈して〈アーバレスト〉を下りるマオに、宗介が近付く。

「次はマオが相手役だ。中々爽快だぞ」

「バカにしてんの・・・?」

 宗介としては元気づけたつもりだったのだが、じろりと睨まれ、すごすごとモニタールームへと向かう。途中、やたらとにやけたクルツとすれ違う。

「駄目だなー、姉さんは。想像力が足りないんだよ、想像力が」

 それを聞き、既にM9に搭乗していたマオが、悔しそうな声を出す。

「このまま踏み潰してやろうかしら・・・」

 マオの殺気もどこ吹く風、クルツはやけに自信があるようだった。〈アーバレスト〉に乗り込むと、拳を腰だめに構えた、妙なポーズをとる。

「どっからでもかかってきな!」

 だが、結果的にクルツも、マオと全く同じ結末を辿った。

「バカな!『ドラゴンボール』のイメージじゃ駄目だってのかよ!?」

「なによそれ?」

「世界的に有名な日本のマンガだよ。ちくしょう、かめはめ波なら出せそうなんだが・・・ノーラちゃん、先に攻撃の方を試すってのはどう?」

「却下よ。ほら、さっさとサガラ軍曹と代わりなさい」

 クルツがぶつぶつと文句を言いながらも、〈アーバレスト〉から降りてくる。モニタールームから出た宗介は、小走りで〈アーバレスト〉へと駆け寄り、コックピットに乗り込んだ。

《声紋チェック開始。姓名、階級、認識番号を》

 無機質な男性の声で、機体のAIが要求する。ノーラから聞いていたAIのコールサインは『アル』と言うらしい。

「相良宗介軍曹。B―3128」

 〈アル〉が宗介を認識し、命令を待つ。宗介が手早く指示をすると、〈アル〉はすぐさまコックピット・ハッチを閉じ、操縦システムを起動させた。昨日、カリーニンが言っていたように、確かに操作はM9とほぼ同じようだった。宗介はふと好奇心が沸き、外部スピーカーをオフにしてから〈アル〉に話しかけた。

「アル。ラムダ・ドライバについて知っていることを話せ」

「はい。ラムダ・ドライバは、虚弦斥力場生成システムのことであり、私に搭載された機能の一つです。ラムダ・ドライバは、搭乗者の精神に感応し、斥力場を生成します」

「開発者は誰だ?」

「その質問にはお答えできません」

 機密ということか。今の自分にはラムダ・ドライバを扱う上で必要な知識以外は、知る権利を与えられていないのだろう。

 珍しい話でもないので、宗介は特に腹を立てなかった。外部スピーカーをオンにして、準備が整ったことを告げる。

「いつでもOKだ」

「では、始めましょう」

 演習開始。宗介の相手はクルツだ。自分に銃口が向けられ、宗介は咄嗟に身をかわす。ペイント弾が〈アーバレスト〉の肩を掠め、後方に着弾した。

「サガラ軍曹!避けちゃ意味ないのよ!」

「失礼。条件反射で、つい」

 頭では分かっていても、銃口を向けられて突っ立っているというのは、どうも妙な気分だ。身体の隅々まで染みついた戦闘技術が、脳が命令を下すより早く、回避行動を取られせていた。

「改めて、仕切り直しだ」

 クルツに向けてそう言うと、宗介は棒立ちの恰好になった。クルツの搭乗するM9が、やれやれと肩をすくめる動作を見せた後、再び〈アーバレスト〉に向けペイント弾を発射してきた。今度は宗介も避けず、全身にペイント弾を浴びる。

(銃弾を斥力場で防ぐ・・・)

 正直に言って、宗介には全くイメージが沸かなかった。上官命令である以上は、それに従うのが当然だ。しかし、これはあまりにも荒唐無稽な話ではないか?

 その仕組みがどうなっているか分からないシステムなど、今の世の中にはごまんとあるのは確かだ。例えば、普段宗介が乗っているM9に搭載されている、電磁迷彩システムECSなどがそうだ。M9のECSは、単純なステルス機能ということでなく、実際に透明化が出来るシロモノだった。ほとんどSFの世界である。

 しかし、世の中に存在するものには、必ずそれを創り出した人間がいる。自分のような戦闘職種の者ではなく、ノーラのような頭脳を持った者だ。ノーラであれば、ECSが何故透明化を実現出来るのかを、科学的に説明してくれるだろう。

 だが、そのノーラですら、ラムダ・ドライバについては良く分からないと言う。そんなものは、扱いようがない。兵器に何より求められるのは、威力や目新しさではなく、信頼性である。いつ動作不良が起きてもおかしくない兵器など、誰も使いたがらない。

「おら、最後の弾倉マガジンだぞ、っと!」

 楽しげなクルツの声で、宗介は現実に引き戻される。真っ青なスクリーンの向こうに、マズル・フラッシュが見えた。一瞬、これが演習だということを忘れ、死の予感が脳裏をよぎった。空気を切り裂き、機体胸部に到達した40ミリ弾が、あっさりと装甲を破壊し、自分の上半身を道連れにして貫通していく映像が浮かぶ。

 その瞬間。ぐにゃりと、大気がねじれた。

「っ!?」

 〈アーバレスト〉の目の前に、突如壁が現れたかのように、一定の距離で全ての銃弾がぴたりと停止している。実際には、コンマ1秒に満たない時間だったが、宗介にはひどくゆっくりに感じられた。次の瞬間、銃弾は四散し、あたりには静けさが漂った。

「ソースケ、お前いま・・・」

 ライフルを下ろすことも忘れ、クルツが呆然と声を漏らす。

「サガラ軍曹!ウェーバー軍曹!二人とも怪我はない!?」

「あ、ああ」

「お、おう」

 ノーラが興奮と驚きの入り交ざった叫び声を上げる。

「今、恐らくラムダ・ドライバが作動したわ!まさか初日で作動させるなんて・・・素晴らしい成果よ、サガラ軍曹!今日の演習はここまでにするわ。今の感覚を忘れないうちに、報告書を提出してちょうだい!メリッサとウェーバー君もね、今日中よ!」

 了解、と言う前に、通信が切れる。とりあえず宗介がコックピットを出ようとした時、〈アル〉が唐突に告げた。

「ラムダ・ドライバ、イニシャライズ完了」

「・・・なに?」

 こちらの疑問に、〈アル〉は応答しなかった。

「アル。今のは何だ。イニシャライズとは?」

「回答不能」

 またこれか。まあいい。自分はただのテストパイロットだ。

 テッサやカリーニンには悪いが、宗介には〈アーバレスト〉に乗る気など微塵もなかった。演習にはいくらでも協力するが、この機体に命を預ける気にはなれなかった。報告書には、現場の下士官としてラムダ・ドライバの信頼性について言及する必要があるだろう。

 宗介は、今度こそハッチを開けコックピットを出た。演習前の純白が見る影もなくなった〈アーバレスト〉の足元には、歪に変形したペイント弾の残骸が散らばっていた。




 ノーラからの報告書を受け取ったテッサは、自室に戻り、ゆっくりと目を通した。いきなりラムダ・ドライバの作動を成功させたのは、SRT最年少のサガラ軍曹。話した回数は数える程だが、実は自分と同い年であり、少し気になる存在だった。個人的に仲の良いマオからは、真面目で、不器用で、無愛想で、良い奴だと聞いていた。それは、実際に会ってすぐに分かった。

 そして、あの冷血漢のカリーニンが、言葉にこそ出さないが一目置いているということも、何となく感じ取っていた。あの二人は、〈ミスリル〉に入隊する前から付き合いがあるということは聞いているが、それだけではない何かが、二人の間にはあるように思えた。

 今回のテストパイロットの件もそうだ。宗介がテストパイロットに選ばれたのは、カリーニンの強い推薦があったからだ。そしてその期待に、宗介は見事に応えて見せた。

 宗介の報告書には、自分でも何故ラムダ・ドライバが作動したか分からない、ということが正直に記されていた。そして、〈アル〉から告げられた「イニシャライズ完了」という一言についても。テッサには心当たりがあったが、これは明日確かめれば分かることだろう。

 全ての報告書に目を通すと、テッサは小さく伸びをした。寝るまでにもう少し、これからのことを考えておきたい。しかし、それには糖分が不足している。

 小銭を掴むと、外に出て自販機に向かう。日中はそれなりに騒がしい通路だったが、夜中に差し掛かったこの時間では、流石に人通りも少ない。自販機コーナーにはソファも置かれており、愛飲のおしるこドリンクを買い、ソファへぺたんと腰を下ろす。ここで飲み干し、空き缶をそのまま捨てていこう。

「大佐殿?」

 聞き覚えのある声。振り向くと、件(くだん)のサガラ軍曹が立っていた。テッサを見つけ、慌てて直立不動の姿勢を取り、敬礼する。

「ああ、サガラさん。ちょうど良かった、あなたとお話ししたかったんです」

「自分と、ですか」

「その前に、そんなにかしこまらないで下さい。今は業務時間外ですし」

「いえ、そういうわけには」

「その方が、私も話しやすいですし。メリッサやウェーバーさんも、プライベートではフランクですよ」

「は・・・ご命令とあれば」

 そう言って、宗介は『休め』の姿勢を取った。

(そういうことではないのだけれど・・・)

 半ば困りながらも、これが彼らしさなのだろう、と思い直し、テッサはおしるこドリンクを飲み干した。

「ただ、ここではちょっと都合が悪いですね・・・。少し場所を変えましょうか」

「は。どちらへ?」

「私の部屋です」

 宗介が目を丸くする。テッサ自身も、口にした後で、若い男性を深夜に部屋へ招くなど、あまりに大胆過ぎるのではないかと思った。しかし、ラムダ・ドライバに関する一切は、〈ミスリル〉の関係者の中でもごく一部しか知らない超機密事項であるし、何より宗介は、何故かは分からないが、信頼出来ると思ったのだ。

 とは言え気恥ずかしいことには変わりない。テッサは宗介が口を開く前に、空き缶を捨ててさっさと歩き出す。慌てた宗介が、後ろから付いてくる気配がした。部屋に向かう途中、そういえば宗介は何故あんな場所にいたのか、と思い至った。こんな遅くに散歩ということもあるまい。ちょうど宗介のことを考えていた時に会ったものだから、少し自分も舞い上がってしまったようだ。

 部屋の中に二人で入ると、やはり少し緊張した。テッサは宗介を振り返り、小さく頭を下げる。

「ごめんなさい、サガラさん。強引に連れだしてしまって」

「いえ、問題ありません」

「何か用事があったんじゃないですか?」

「特には。飲み物を買おうとしていただけですので」

「あら。じゃあ、私が用意します。コーヒーと紅茶、どちらが良いですか?」

「いえ、大佐殿にそのようなことをしていただくわけには・・・!」

「いいから。無理に連れ出したのは私なんですから、それくらいさせて下さい」

「は、その・・・。では、コーヒーを」

 テッサは頷くと、エスプレッソ・マシンで濃い目のコーヒーを2杯入れる。ソファに座っていて下さい、と言ったが、宗介はコーヒーを淹れ終わるまで、ずっと直立不動の姿勢を崩さなかった。

「どうぞ」

「恐縮です。・・・美味い」

「良かった」

 相変わらずのむっつり顔だが、コーヒーを一口飲み、宗介がほっとした表情をした。

「こんな遅くまで、どうしたんですか?」

「少佐と食事をしていました」

「カリーニンさんと?」

 カリーニンがプライベートで誰かと夕食を共にするなど、あまり聞かない話だ。やはり、宗介とは浅からぬ仲なのだろう。

「肯定です。それで、少し口直しにと・・・」

「え?」

「いえ、何でもありません」

 言葉ごと飲み込むように、宗介がコーヒーをもう一口啜る。

「それで、大佐殿。ご用件は?」

 宗介がカップを置き、テッサを見つめた。カリーニンとのことは少し気になったが、それ以上追及することはやめ、テッサは本題を切り出すことにした。

「本日の演習は、お疲れ様でした。報告書を読みましたが・・・早速、成果が出たようですね。素晴らしいです」

「は。恐縮です」

 宗介は、自慢げに手柄を語ることもなく、ぴんと背筋を張った。

「ただ、文字だけでは分からない部分もあって、直接あなたの感想を聞きたいと思っていたの。ラムダ・ドライバが作動した時のことを、教えてもらえますか?」

「は」

 そう返事をしたものの、宗介は困った顔をした。

「その。実は自分にも・・・良く分からないのです。演習中、少し考え事をしていて、クルツの声で現実に引き戻されました。その瞬間、クルツが発砲したのを見て、一瞬演習であることを忘れ、死を覚悟しました。すると、突然大気が歪んだような気がして、全ての銃弾が弾け飛んだのです。まるで、見えない壁に阻まれたかのように」

 なるほど。偶然にしろ、実戦と錯覚したことで生まれた、リアルな防衛衝動がラムダ・ドライバを作動させたということか。やはり、一筋縄ではいかない装置だ。

「他に気になることはありましたか?」

「報告書にも書かせていただきましたが、アル・・・あの機体のAIが、ラムダ・ドライバを作動させた後、『イニシャライズ完了』と言ってきました。意味を問い質しても、『回答不能』と」

「ええ、それについては心当たりがあります。明日試してみる必要がありますが・・・もしかすると、今後〈アーバレスト〉は、サガラさん以外のパイロットを認めないかもしれません」

「それは・・・」

 宗介が、ひどく動揺した顔をした。勘弁してくれ、という心の声が聞こえてくる。

「サガラさんは、あの機体が嫌いですか?」

「いえ、決してそのようなことは。ただ・・・」

 宗介が言い淀む。テッサが促すと、宗介は言いにくそうに喋った。

「あのラムダ・ドライバとかいう装置は、信用できません。自分は、あの装置に命を預けることは出来ない」

 宗介の言い分は、最もだった。テッサのような非戦闘員でも、兵器に求められるのは信頼性であると分かっている。ましてや、宗介達は文字通り、命懸けなのだ。ラムダ・ドライバを受け入れられないのも当然だった。けれども、とテッサは言う。

「近い将来、あのラムダ・ドライバに命を預けなければいけない場面が、必ず来ます。その時に備えておきたいの」

 それはもしかすると、杞憂なのかもしれない。結局、こんなものは使い物にならないと笑われて、捨て去られる技術なのかもしれない。そうなったら、それで良い。だが、常に最悪の事態を想定しなければならないのが、指揮官である。

 宗介は、恐らく納得していないだろう。だが、反論することもなく、

「最善を尽くします」

 と答えた。

 無言の間。二人同時にコーヒーを啜る。このまま解散にしても良かったが、テッサはもう少し、宗介と話してみたかった。

「知ってますか?サガラさんと私、同い年なんですよ」

「は。マオからそのように聞いています」

「おかしな組織ですよね。こんな少年少女が、潜水艦やらASやらを乗り回しているんですから」

「自分は、物心ついた時からASに乗っていましたから・・・何とも言えません」

「そうでしたね。だとすれば・・・おかしいのは〈ミスリル〉ではなく、この世界そのものかもしれませんね」

「ですが、ASが無ければ、自分は野垂れ死んでいたでしょう。自分は、戦うことしか出来ませんから」

 宗介の過去は、まさしく凄惨である。テッサも上官として、宗介のプロフィールには目を通していたが、正に歴戦の古強者といった経歴だった。最年少でSRTに抜擢されたのは、生まれ持った才能というだけではなく、数々の修羅場を潜った、確かな経験あってのものだ。

 そんな過去を振り返りながらも、宗介は、特に自分を憐れむわけでもなく、淡々と語った。そしてテッサはそれを、痛ましく思った。

「ねえ、サガラさん。一つお願いがあるのだけれど」

「は。なんでしょうか」

「私達、友達になれませんか?」

「・・・は?」

 宗介にとっては、予期しないことだったのだろう。ぽかんとしたまま固まっている。やがて、慌てて姿勢を正す。

「大佐殿と自分では、身分が違い過ぎます」

 宗介の返答は、予想通りだった。だからテッサも、予め用意していた答えで返す。

「私に友人が少ないのは、分かるでしょう?こういう立場で、年齢ですから。だから、同い年の友人が居てくれたらなって、時々思うんです。相談とかもしたいですし」

「自分に、大佐のお悩みを解決出来るとは思えないのですが・・・」

「それでも良いです。・・・駄目ですか?」

 上目遣いで、宗介を覗き込む。別に媚びたわけではなく、座高が低い分そうなっただけなのだが、そこはかとなく漂うフェティッシュな色気に、朴念仁の宗介もどぎまぎした。

「・・・は。ご命令とあれば」

 そう答えるのが精一杯だった。だが、テッサが追撃する。

「命令じゃありませんよ?お願いです。サガラさんが嫌だったら、断っても良いんですよ?」

「いえ、そのようなことは決して。光栄であります」

「良かった!じゃあ、今度からプライベートでは、メリッサやウェーバーさんに話しているように、私にも話して下さいね」

「了解しました」

「じゃあ、早速。『了解しました』じゃなくて、『分かった』って言って下さい」

 宗介は、テッサの要求に、流石にそれは出来ない、と言おうとした。しかし、期待に輝くテッサの瞳を見ると、断ることなど不可能だと理解した。

「・・・分かった」

「ありがとう、サガラさん。あ、そうそう、私の呼び方も、ちゃんと『テッサ』って呼んで下さいね?」

 眩しい笑顔でテッサが告げた無理難題に、宗介は脂汗を流した。そもそも、何故大佐殿が、俺なんかと友人になりたがる?何のメリットもないのではないか。いや、あの〈アーバレスト〉やらラムダ・ドライバが関係しているのかもしれない。いずれにせよ、俺ごときでは到底計り知れない、深淵な意味が含まれているのだろう。俺の仕事は考えることではない。大佐殿から友人になれと言われれば、是非もない。

「それじゃ、夜も遅いですし、解散にしましょう。急に付き合わせちゃってすみませんでした」

「いえ、大佐殿。お役に立てることがありましたら、いつでもお申し付け下さい」

「・・・サガラさん?」

 またもやテッサは笑顔。しかし、今度の笑顔には“含み”があることを、宗介は敏感に感じ取った。

「いや・・・。て、テッサ。俺で良ければ、い、いつでも呼んで・・・くれ」

 だらだらと汗をかき、錆びついたロボットのようにぎくしゃくとしながら、宗介は何とか絞り出した。しかし、そんなぎこちない言葉でも、テッサは満足したようだった。

「はい!それじゃ、お休みなさい、サガラさん」

 こちらに手を振るテッサに、宗介は迷った末、やはり敬礼を返すと、逃げるようにその場を後にした。

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