第8話 REBは解散総選挙向け与党の助け舟?
海洋資源開発コンソーシアムがREBの存在をでっち上げているとしたら、それは衆議院の解散総選挙と関係している。そんな突拍子もないことを言われても、世津奈にとっては、まるで雲をつかむような話だ。
「コー君、真面目に考えているの?二人でお茶して寛いでいるといっても、ここは、仕事の場だよ。勝手な妄想を語られては、困るわ」
「いつ、ボクが宝生さんに妄想を語ったことがありますか?ボクは、世間からはオタクと呼ばれる人間だから、もっのすご~く一杯、妄想しますけど、宝生さんに話したことないっしょ」コータローがテーブルに身を乗り出したまま、少し怒ったような顔になる。
言われてみると、コータローの口からいわゆる「都市伝説」的な話とか「陰謀論」的な話を聞いた覚えがない。
「うん、コー君から妄想を聞いたことは、ない」一度だけ聞いたとしたら、待機場所で私が場所を変えようと言った時にコータローが顔を赤くしながら口にしたセックス・ファンタジーかしら?。世津奈は思い出し笑いをこらえた。
「そうでしょう」とコータローが自慢げな声になる。「じゃ、宝生さんにもボクの仮説が分かりやすくなるように、最近の政治の動きをおさらいしましょう」コータローは、すっかり「講師モード」に入っている。
「1月に通常国会が開幕したのは覚えていますよね」
「そうなんだ」
「そうだったんです」
「4月の頭に、政府が東京湾岸に新設するカジノ特区への参入をめぐって、岸辺首相が知人の経営する池井商会に便宜を図った疑いが発覚し、首相は野党の厳しい追及を受けることになりました」
毎日のようにニュース画面に岸辺首相の顔が映っていたのを思い出す。
「だけど、首相もノラリクラリかわして、野党も決定打を放てない。そこで、野党は、通常国会終了後に、池井商会問題を究明するための臨時国会を召集することを求めました」
コータローが形の良い鼻からフンと息を吐いた。
「首相が知人に便宜を図るとは言語道断ですが」四文字熟語を知らないはずのコータローが「言語道断」をすらりと口にしている!「そういう事でしか政府を追及できない野党にも困ったものです。もっと重要な政策課題がいっぱいあるのに」コータローがほとんど溶けて氷水になったフラペチーノを引き寄せてぐいとあおった。
コータローの言うことは正論だが、今の政治にそれほど多くは期待できないだろうと世津奈は思っている。
「コー君の言うことはわかる。でも、少子高齢化、戦後体制の疲労破壊、グローバル資本主義の副作用、その他いろいろ複雑な要素が絡み合って発生した現代社会の問題は、快刀乱麻を断つように解決できるものではない。私は、正直言って、どこが政権与党で誰が総理でも打つ手なしだと思っているけど」
コータローが形の良い眉を寄せて、メガネの向こうから厳しい視線を送ってきた。
「宝生さん、最近、選挙行ってないっしょ?」
「わかる?」
「今の投げやりな言い方でわかります。いいすか、有権者がさじを投げたら、そこで政治は死ぬんすよ」
突然、コータローに後光がさした。
「ところで、『怪盗乱魔』って、石川五右衛門みたいな、大泥棒っすか?」
一瞬で、後光が消えた。
「後で教えてあげる。それより、おさらいを続けて」
小さく咳払いをして、コータローが説明に戻る。
「国内政治が混迷する中で、よりによって、北朝鮮が米国をねらったICBMの発射実験を始めたわけですよ。国連の制裁決議を無視して、発射実験は繰り返され、6月には、3発のICBMが日本列島を越えて太平洋上に落下しました。宝生さんもご存知ですよね」
Jアラートが鳴った鳴らないで結構な騒ぎになったのを覚えていた。
「アメリカと北朝鮮の軍事的緊張が極度に高まり、日本国内でも敵地攻撃能力の必要性を論ずる声が上がり、さらには、核武装の必要性までが語られるようになりました。池井商会問題を理由に臨時国会を召集するのが嫌だった岸辺首相は、この危機を利用したのです。首相は、『国難打開のための臨時国会』と称して、8月20に臨時国会を召集することを決めました。でも、岸辺首相には、本気で臨時国会を開く気なんか、なかった」
「首相は国会冒頭で衆議院の解散総選挙を宣言すると思われているのよね」
「間違いなくそうなるでしょう。国民の多くが池井商会問題では首相に批判的ですが、政権交代のかかった衆議院選挙となると、有権者は保守的になります。実績のない野党よりも、実績豊富な政権与党に任せたほうが安心だと思うんです」
「今の野党は小党乱立状態だから、与党の自由公正党には到底勝てないわね」と世津奈が言うと、コータローが、ほとんど息がかかりそうなところまで身を乗り出してきた。
「ところが、ここに来て、そうでもなさそうな展開になってきたのですよ」
「それって、もしかして」と言う世津奈の言葉をコータローが引き取る。「大阪府知事の大山桜子が立ち上げた『革新の会』が衆議院で野党第一党の『市民が第一』と合流して作ろうとしている新政党が『原発廃止』を公約にしようとしていることです」
「なぜ、新政党が『原発廃止』を公約にすると、岸辺首相の思惑が崩れるわけ?」世津奈には、まだ、話が見えていない。コータローが我慢強く説明してくれる。
「世論調査では、原発賛成と反対がほぼ拮抗しています。政府は、地球温暖化ガス対策のために原発の電力構成比を30パーセントまで引き上げる方針ですが、こ方針は、国民の相当強い反対にあう可能性が高いわけです」
「あれ、ちょっと待ってよ」世津奈も、やっと話が見えてきた気がする。
「『市民が第一』は、電力会社の労働組合の全国連合から支持を受けているから、これまで、『原発廃止』を公約にして選挙を戦ったことはなったのよね」
「『市民が第一』単独では、電力系労働組合の支持がないと票読みが厳しいですからね。その結果、前回の衆院選で原発廃止を公約に掲げたのは弱小野党ばかりでしたから、原発への反対票がそれらの政党に分散して、選挙結果へのインパクトは小さなものでした」とコータローが答える。
「ところが」とコータローが目を輝かせる。「『革新の会』と『市民が第一』が合流すれば、電力系労働組合の支持がなくても充分に選挙を戦えます。堂々と『原発反廃止』を公約に掲げられるようになるのです」
「他の政策は与党も野党も似たり寄ったりだし、この国を普通に戦争が出来る国にすべきだという岸辺首相への国民の抵抗感は、北朝鮮のミサイル実験以降、小さくなっている。解散総選挙では、反原発で有権者をまとめるのが、与党を脅かす最良の選挙戦略になるというわけね」
コータローがにたっと笑った。「だから、政府・与党は、REBが必要なのです。放射線を無害化するバクテリアが存在するなら、原発を恐れる必要はなくなる。目の前のCO2削減のために原発は有効な手段だ。その論理で、原発反対でまとまりそうな有権者の切り崩しをもくろんでいるのです」
宝生世津奈の事件簿/深海の使徒 亀野あゆみ @ksnksn7923
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。宝生世津奈の事件簿/深海の使徒の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます