第7話 私達は、ウソを守ろうとしているのか?

 コータローは、肩越しに、世津奈が追い立てた女性の後ろ姿を見送っている。コータローは私にズケズケ物を言う割には、世間一般の人に対しては遠慮がちだ。世津奈はアイスコーヒーで喉をうるおしながら、コータローが落ち着くのを待った。


 コータローがフラペチーノに向ってホッと息をつき、てっぺんにのっているアイスクリームにスプーンを差し込んだ。アイスの塊を口に運んで「これこれ」と言って、目を細める。


 「コー君、食べながらでいいから、話を聞いてくれる」世津奈は切り出した。

「ええ、どうぞ、どうぞ」コータローがアイスクリームの次のひとさじを口に運びながら言う。

「コー君が言う通り、REBは実在しないかもしれないね」


 コータローのスプーンがフラペチーノの手前で止まった。「でも、天然原子炉が存在した痕跡が発見されていますよ」と言って、世津奈に探るような目を向ける。

「だけど、その周りに放射線を食べる古細菌が生息していた痕跡が見つかったわけではない。違う?」

「それは、まあ」と言って、コータローがスプーンを引っ込める。


 「早く食べないと、アイスが溶けるわよ」と世津奈が言うと、コータローが、また。スプーンをアイスに突っ込む。

「でも、宝生さん、REBが実在しないとしたら、海洋資源開発コンソーシアムがREBの機密漏洩を調べるためにボクらを雇ったことと矛盾しますよ」コータローがアイスを口に運びながら言う。


「海洋資源コンソーシアムは、実在するRRBに関する情報を守りたいんじゃなくてREBが存在しないという事実が漏れるのを防ぎたいのではないかしら?」

「あれ、宝生さんも、そう来ます。ボクは、最初から、その可能性が高いと思ってたんすよ」

「それが気になってたから、REBが実在するのだろかという『そもそも論』を始めたわけね」

コータローが黙ってうなずいた。


 警察が常に正しいことをしているとは限らない。世津奈は。警察に10年間いただけだが、十分に思い知らされていた。それでも、元・警察官として、やはり、正義にこだわりたい気持ちは捨てきれない。

「私たちは、クライエントが警察沙汰にしたくない機密漏洩事件を秘かに解決して結構なカネをもらっている。お天道様の下を大手を振って歩ける稼業ではない。でも、他人の大事な技術情報を盗むのは、もっと悪い事だから、一応正義を守ってはいる」


 「必要悪みたいなもんすかね」アイスクリームを片付けてシャーベット状の氷に取りかかったコータローが言う。

「だけど、クライエントのウソがばれないように守るとなると、話が違う気がする」

「ええ、気分良くないっすね。宝生さん、フラペチーノ、うまいですよ。いつもアイスコーヒーじゃなくて、一度、試してくださいよ。味は、ボクが保証しますから」

 

 今、保証してもらいたいのは、フラペチーノの味ではなくて、私たちの仕事の正当性なんだけど・・・


 しかし、世津奈は、REBが実在しないと考えることにも、実は抵抗があった。

「REBは科学的な発見だから、ないものをあると言い張っても、いつかはウソがバレると思う。海洋資源開発コンソーシアムを構成しているのは一流企業ばかりだから、ウソがバレた時のダメージは大きいはず。それでも、ウソをつくかなぁ?それに、どんなメリットがあるのかしら?」


 コータローがフラペチーノのグラスを脇に押しやりテーブルに身を乗り出してきた。「そのことについて、ボクは、大胆な仮説を持ってるんです。すべては選挙がらみなんです」

「選挙? 選挙って、もうすぐあると言われている衆議院の解散総選挙のこと?」

「ええ」と言って、コータローが目を輝かせた。

 



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