第5話  そもそもREBは存在するのか?

 「ボクがしたい『そもそも論』ですけど・・・驚かないで聞いてくださいよ」コータローがメガネの向こうで目をクルクル回しながら身を乗り出してきた。

 腹を満たし、シャワーでさっぱりした世津奈は、コータローとちっぽけなダイニングテーブルをはさんで、スツールに腰かけている。

 「『放射線を栄養源にして、それを無害化するバクテリアなんてものが、存在するのか?』っていうのが、ボクの『そもそも論』なんです」そこで、コータローが言葉を切って、世津奈の表情をうかがってきた。

「あれ、宝生さん、驚いてないっすね。これ、ボクらが何のために雇われているかに関わる重大問題なんですけど・・・」声が少し沈む。

「コー君から、『驚かないで聞いてください』と頼まれたから、驚きたいのを我慢しているだけじゃない。驚いてあげた方がいいの?」

「もちろんです、思いっきり驚いてください」

 そう言われても、一度飲み込んでしまった驚きが簡単に出てくるものではなかった。

「ごめん、驚くのには、タイミングってものがあるのよ。一度見送ってしまうと、もう、難しいわ。いいから、話を続けて」

 コータローの顔に「落胆しました」という表情がありありと浮かんだ。事業自得だから仕方ないでしょう。


 「じゃ、本題です。過去に、メディアが放射線を食べるバクテリアとして取り上げた例が2つあります。一つは、『Peak District バクテリア』。もう一つは、『金鉱バグ』です」コータローは、講師モードに入っていた。落ち着いた話し方と、丁寧な言葉遣いからわかる。

「どっちも、放射線とは関係なさそう名前ね」

「どちらの名前も、発見された場所からきています。Peak Districtは、そのバクテリアが発見されたセメント工場があった地名。『金鉱バグ』は、南アフリカの金鉱跡地で見つかったから、『金鉱バグ』」


 放射線を食べることの重大性に比べて安直なネーミングだと思いながら、世津奈は、名前を自分の頭に焼き付けるために、復唱する。

「『Peak District バクテリア』と『金鉱バグ』ね」

「そうです。ここからが、いよいよ、本題の本題です。驚かないで聞いてくださいよ」

「タンマ。コー君、本当は、私を驚かせたいんじゃないの?だったら、その『驚かないで』っていうダブルバインドな前置きはやめたら?」


 コータローが眉をしかめて、口をモゴモゴさせていたが、思い切ったように、「はい、本当は、驚いて欲しいです。目いっぱい、おどろいてください」と言った。

「わかった。本当に驚くような話だったら、驚くね」と世津奈が答え、コータローが話を続ける。

「『Peak District バクテリア』が食べていたのは、セメント工場地下に廃棄されたセメントから発生するISAという化学物質です」

「ええーっ、それが、なんで、放射線を食べていることになってしまうの?」


 コータローが、鼻の横を、指で、ちょちょっと、ひっかいた。満足した時の彼のクセだ。

「ISAは、放射性廃棄物をセメント系の充填剤と一緒に地中処理した場合に、セメントから発生すると予想されている物質です。このISAには放射性物質と反応して液化しやすい性質があります」

「ということは、放射性物質とISAが反応してできた液状の物質が地中に流れ出て、地下水に混入する危険があるということ?」

「ビンゴです。科学に弱い宝生さんが、よく、見当がつきましたね」

これは、褒められているのだろうか、けなされているのだろうか?


 「ですから、放射性廃棄物を埋設して、その周囲に『Peak District バクテリア』が生息する保護層を設ければ、放射性物質が地下水に流出するのを防止できるわけです」とコータローが言うが、世津奈は、どうも、ピンとこない。

「だけど、日本では、放射性廃棄物はガラス固化して地中処理することになっていなかった?」

「そうなんです。だから、今の政策どおり放射性廃棄物処理が進むとしたら、全く何の役にも立たないバクテリアです」


 コータローが、『Peak District バクテリア』が役に立たないことを説明するのが楽しくてたまらないと言いたげな笑顔を浮かべた。コータローは徹底した原発反対論者だから、少しでも原発に追い風になるような話は好まない。

 しかし、核のゴミはすでに積み上がっていて、それを何とか安全に処理しなければならないというのは、目前の現実の要請だ。放射線を食べてくれるバクテリアの存在を否定して喜んでいて、それで済むのだろうか?

 「それで、『金鉱バグ』の方は、どうなの?」世津奈としては、こちらの微生物に期待をつなげたい。


 待ってましたとばかりにコータローがにたりとした。

「『金鉱バグ』の方は、ウラニウムが放射性崩壊する時に発生する水素と硫酸を食べていたんです」

「なに、こっちも、食べているのは放射線じゃなくて、水素と硫酸だってこと?」世津奈は、がっかりだ。

「もちろん、『金鉱バグ』は放射線への耐性を備えています。これだけでも、生物としては、驚くべきことです。しかし、放射線を食べているわけではありません。では、なぜ、メディアが放射線を食べるバクテリア扱いしているのかというと、アメリカのある宇宙生物学者が、この『金鉱バグ』と類似の体内システムを持った地球外生命体が存在して宇宙線を栄養源に生きているはずだと主張しているからです。まだ仮説の域を出ない話です」

コータローが喜々として語る。


 「あれ、宝生さん、どうかしました?驚きすぎて、落ち込んじゃったとか?」と、コータローが世津奈の顔をのぞきこんできた。

「コー君は、原発反対論者だから、放射線を無害化するバクテリアが発見されて原発建設を後押しすることになったら困ると思っているんでしょ?」

「あれ、わかっちゃいました?」

「というか、分かりやす過ぎ。でも、科学者が、社会問題についての自分の立ち位置を基準に自然界の現象について判断を下して、いいのかなぁ?放射線を食べるバクテリアが本当に存在しないのか、もうちょっと中立的に検討しても良くない?」

 

 「主観と直観だけで生きている宝生さんに言われたくないですね」と、コータローが口をとがらす。

「私は、科学者じゃないから、いいのよ。でも、コー君は、科学者でしょ。客観性と論理性で勝負しているんじゃないの?」コータローが口をとがらすだけでなく、顔全体でむくれた。コー君、君は、27歳にもなって、そういうところが、ガキなんだよ。


 コータローは1分ほどうつむいてむくれていたが、はぁと息をついてから、顏を上げた。

「わかりました。科学者として公平を期すために、放射線を食べるバクテリアが存在する、ひとつの可能性について、話しますね」

今度は、私の方がが喜色満面になっているのだろうなと、世津奈は思う。


「20億年前の地球には、今とは比べものにならない高い濃度で、ウラン235が存在しました」コータローは渋々といった感じで話し始めたが、たちまち、講師モードに入っていく。

「ウラン235は、原子炉に使われている濃縮ウランと同じものです。そのウラン235が自然に存在していて、そこに他の条件も重なって、天然の原子炉が生成されていた痕跡が、アフリカにあるんです」

「人間が作ったんじゃなくて、自然にできた原子炉なの?」

「20億年前ですから」

「そうか、人間はいなかったわよね」


 コータローはちょっとの間、呆れた顔をしていたが、すぐに元の講師モードに戻った。

「一方、およそ40億年前には、古細菌という、地球で最初の生物が生まれたと考えられています。天然の原子炉が生成されるより、さらに20億年前のことです。その古細菌が、今でも、海底に大量に生息しているらしいのです。それが事実なら、その中に、放射線を食べる古細菌がいる可能性がゼロではないと思います」


 「どういうこと?」世津奈は、つい、テーブルに身を乗り出してしまう。

「20億年前の海底に天然の原子炉があって、その周りに原子炉から出る放射線を食べる古細菌がいたと仮定します。天然原子炉はそのうちウラン235を使い切って止まってしまいました。しかし、古細菌の方は、放射線以外の食べ物を見つけて生き延びてきたとします。すると、その古細菌が放射性物質に触れたら、また、放射線を食べる可能性もあるということです」


 「ちょっと待って。「海洋資源開発コンソーシアム」は、REB (Radiation Eating Bacteria 放射線無害化バクテリア)を日本海溝の深海6,000メートルで見つけたと言っているわ」

「ええ」と、コータローがうなずく。「だから、ボクとしては、あまり考えたくないことですが、今回発見されたREBが、放射線を栄養源にする古細菌である可能性はあると、認めないわけにはいかないですね」


 世津奈は、大きく息をついて、テーブルから身体を離した。REBは、核のゴミの始末に困っている人類にとって、福音かもしれない・・・

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