真夏のカレー戦士たち
時雨秋冬
辛さは味覚じゃないって知ってたか?
夏と言えばカレーだ。
毎日食べても飽きないが、夏! となればやはり辛さに汗しながらカレーを頬ばることが俺の生きてきた十六年の生き甲斐だ。
瑞々しい獲れたての夏野菜を入れた、激辛カレーなんて最高だね! 涙が出るぐらい!
◇
カレーと言えば、俺の住む街には有名なカレーチェーン店がある。こんな最高の立地に家を持ってくれた両親には感謝の言葉しかない。
俺はカレーを今日も食するために、カレー屋にやって来ていた。食したカレーのルーの辛さは10辛まで制覇した。
だが10辛ほどのハードな辛さを食すると俺の胃腸を筆頭とする内臓にはかなりの負担をかけることになる。
なので今日の俺が食するのは幼少期に食べた甘口のカレー……学校の給食に出されるようなカレー、小中学校が弁当だった人は病院に入院した際、特に食事制限が無い患者に出されるいわゆる『常食』でのカレーの辛さと味を想像してくれ。
俺自身に入院経験とかはないけれども、父さんが仕事中にビルのエスカレーターで『下りよう』としたのに逆の『上がる』ほうに乗ったので気付くなり慌てて降りようとして……それで、ね……。
まあ、父さんの後ろに他の社員さんがいなかったのが不幸中の幸いと言うか。
そんな事故で父さんが片脚の骨を複雑骨折した時に一週間ほど入院したので、丁度休日のお昼ご飯時に俺が着替えを持って来たら、ベッド上にいる父さんがサイドテーブルに配膳された昼食を食べようとしている真っ最中だった。
そして着替えを持って来てやった可愛い息子である俺の顔を見るなり、
「やっべえ、しまった!」
みたいな表情に変わるから、俺も「やっぱりなぁ」と思ったよ。
だってこの病室に来るまで、俺の腹を刺激するスパイス控えめな優しいカレーの香りが充満してたからね。
父さんは
「一口……だけだぞ」
と言って俺にカレーの皿とスプーンを寄越してくれた。
ありがとう、父さん。
さすがは俺の親であり、俺がどれだけカレー好きかを理解ってるね!
一口だけだけど、こんなレアなカレーを食べる機会を与えてくれてありがとう!
あはは、父さんが
「おいこら、デカいぞ! スプーンにそんな山盛りにするんじゃない!」
とか言ってるけど聞こえないねー!
まー、もしも断固拒否する姿勢を示したら、父さんがわざわざ母さんじゃなくて俺の携帯にメールして来て呼びつけた理由でもある、『着替えセット』の中に仕込んでいる『3DSと充電器とイヤホン』ごと持ち帰ってたよ。
そんで帰るなり母さんにこのことを告げ口するのは当然だし。
『日中暇だし、脚もアレでベッドから動くのが億劫だから、おまえの携帯ゲーム機でも貸してくれ。ゲームも適当に見繕ってくれ。ドラクエとかあるんだろう?』
ってメールで言われたけど、ドラクエはこのぐらいの短期入院期間ではクリア出来ないと思うし、こんなうっかりで骨折しちゃうような父さんだから俺のセーブデータに上書きとかしそうだから却下した。
代わりにコンビニでプリペイドカード買って、ストアで父さんが子供のころにやってそうな『マザー2』とか、他にはゲームしてるのを看護師さんにも言い訳出来るように『脳トレ』系のソフトとか、『将棋』や『詰め将棋』、『囲碁』とかのセールだったりダウンロード専用の安いソフトをダウンロードして、分かりやすい位置にアイコンを置いておいてあげた。もちろん後でプリペイドカードの代金は請求するけど。
でもその金額に見合うぐらいの、通販サイトによくあるお高い『お取り寄せカレー』に代えてくれてもいいよ。俺じゃあまだクレカとかは使えないし、コンビニ支払いとかを選択しても通販で高い買い物してるのを見つかると母さんが怒るしさ。
それか、デパートの物産展で名物レトルトカレーを一通り買ってもらった後、デパ地下でデリのカレーを土産に買ってもらって、最後にレストランでお食事と行こうじゃありませんか、お父さまよ。
おっと、話が逸れたな。
そういうことで、俺は甘口なカレーも当然好きではあるが、基本は辛口のカレーが好きだ。
しかし、普段は適度な辛さのものを食べている。
辛いカレーを食べまくって体調を崩しては本末転倒。
その辺りも考慮してこそ、立派なカレー戦士を名乗れるだろう。
伊達に十六年間、離乳食で出させたカレーの味に目覚めてから
「好きな食べ物と飲み物はカレーです」
なーんて言い続けていない。
◇
行きつけの店にやって来たのは昼時なので、列が出来ているほどに混んでいた。
そこで並ぶと、何やら俺の前に並んでいるオタク系の奴らが囁き合っている。
「ぽみ氏はどうしますか? やっぱり『メシマズ』のタイアップキャンペーンカレーにしますかな?w」
「もちろんですとも。僕は10辛カレーにします。フヒヒw 何せ、この店では玄人なので」
オタクたちは何か言っているが……あれだろう。
ライトノベルの人気作とコラボレーションした、
『メシマズな彼女たちの手作りカレー☆ 今なら彼女たちのコースター付き!』
……というメニューのやつ。
俺も新製品や期間限定品は気になるので、メニューに出たらいつも食べているのだが……正直に言おう。
……あのカレーはあまりにも名前に忠実すぎる再現度だった。
あんなカレーを作る彼女たちがいたら、いくら可愛くても結婚したら家事分担で料理だけは断固として任せずに俺が作ってやるし、毎日『愛夫弁当(自作弁当とも言う)』を持って仕事に行くぞ……とか思うぐらいには。
よくこんな企画を発案したし、通したな。どっちの会社の担当者どもよ……と疑問に思っているが、たぶんラノベ出版社の営業が敏腕であり辣腕だったのと、このカレー店の開発担当が味見を繰り返している間に舌が麻痺したのかもしれない。
そんなことを考えていると、順番がやってきた。
「現在大変込み合っていますので、相席でもよろしいですかー?」
店員さんが問うて来たので、一も二もなく承諾した。
そして席に案内されると――先ほどの痛いオタクどもと一緒の席だった。オタクたちはすでに注文したようで、二人で楽しそうにトークをしている。
頭痛がしそうになるのをこらえて、「夏野菜カレー、7辛で」と頼んだ。
……が、オタクどもが俺の注文を聞いてから、大きな陰口を叩いているのが聞こえた。
「聞きましたかね、ぽみ氏。この店はせっかくキャンペーンをやってるのにこの少年は参加しない様子でありますよ」
「きっと情弱なんですよ。ふひひw」
……なんて言いやがっているので、俺は急いで店員さんに告げ、メニューを変更した。
「すみません、やっぱさっきの取り消しで『メシマズな彼女たちの手作りカレー☆、10辛』で」
どうだ、このオタクども。
「おっと、この男児、なにやらやるようですな、ぽみ氏w」
「我々に勝負を挑んでいるらしいですね、入江氏w 素人が10辛なんかにチャレンジして大丈夫なんですかねえww」
うるさい、ちょっと黙ってろオタクども。少なくともお前らよりは俺のほうがこのカレー屋に通っているという自信があるぞ。
「『メシマズカレー☆』、お待たせしましたー。こちらの二点が10辛で、こちらが甘口で~す」
入江と呼ばれた男が甘口を受け取り、ぽみという男が10辛にチャレンジするようだ。そして同じく俺の前にも10辛カレーが提供される。
俺は即座にカレーを喰おうとしたが、ヤツラは違った。カレーと一緒に差し出されていた、特典のコースターの袋を破っていた。
「おおぅ! 残念でござる! またしてもリーリンちゃんオンリーのコースターでしたぞ!」
「小生のほうも表情差分ですが、同じでしたぞ……。いや、リーリンちゃんはリーリンちゃん単体でも萌えキャラなのですがすでにコンプリートしておりますゆえ……」
オタクどもは訳のわからないことで意気消沈している。
すると今度は、まだ封を開けていない俺のコースターに目を付けたようだった。
「そ、そこの男児氏、今生のお願いがあるのですが……」
「そのコースター袋を開けてはもらえぬでしょうかね……?」
陰でこそこそ言わず、ついには話し掛けてきたよ、おい。
うるせえし、うぜぇけど、カレー食ってる間もまだ話し掛けてきそうだしな……。
面倒ながらも従い、コースターの袋を半分ほど開けてオタクどもにちらりと見せた。これで満足か。
「そ、その光は! まさかホログラム仕上げのレアコースター……!」
「是非譲っていただきたい! お金なら好きなだけ払いますゆえ!」
「嫌だね」
俺は一刀両断、切り捨てた。
カレーが冷めるだろうが、マズイなりにも熱々のうちに早く食わせろってんだ。
「そんな殺生な!」
「財布の中身だけでなく、小生のポケットの中の塵一つすらもどうぞ!」
いや、ポケットの中の塵とか要らねえし。ゴミを取引材料にしてくんな。
……あ。でもいいこと思いついた。
「だけど、別に俺がこのキャラが好きで集めてるから断る、とは言ってない。俺、このキャラも作品も知らないから愛着持ってないし。家に持ち帰っても捨てるだけだしなー。どーしよっかなー」
「なんともったいないことを! これのレアでホロ仕様バージョンはオークションで高値が付いているほどなのですぞ!」
「お主には日本人の『もったいない精神』がないのでござるか!」
「だーかーら、最後まで聞けよ。どっちでも俺にこのカレー早食い勝負で勝ったら、おまえらにくれてやろうじゃねえか。でも俺が買ったら、このカレーの代金は払ってくれよ?」
俺がそう言うなり、オタクたちの目がオオカミのようにきらりと光った。
「「やるでござる!」」
相手は目をギラギラと光らせて、見事に声をハモらせて告げた。
「そんじゃまあ……よーい、ドン!」
スタートの声を掛けると、オタクたちは妄信的にクソマズなはずの『メシマズな彼女たちの手作りカレー☆』を消費して行く。これには少しだけ呻り、感心した。
俺はというと……
「すみません、タバスコありますか? 出来れば、ビンで」
店員さんに訊くとすぐにタバスコ瓶が持ってこられた。
そのタバスコを、「お前は10辛をこれ以上真っ赤にしたいのか?」 というぐらいにカレーに振り掛ける。
「だ、男児氏……?」
「10辛カレーに、さらにタバスコを……!?」
オタクどもが驚異の眼差しでこっちを見てくるが、これが俺なりに見出した『激マズカレー』の攻略法だ。
どうせマズイのなら、いっそタバスコで舌を麻痺させてしまえばいい、という調理人とカレーに対して失礼な食し方でもあるので、あまり取りたくはない下策ではあるがな。
俺はカレーの皿を左手で持ち、口元近くまで上げて、右手のスプーンでガツガツと掻き込んだ。
辛さは味覚ではなく、痛覚である。
食しているうちに「キーン!」どころじゃなく「ギギャーン!!」とギターの弦をわざと切れさせるのが目的かのように怒りを当たり散らして奏でているかのような痛みが舌から脳へとヤバイ痛覚の信号を出してきているが、俺はそれをも無視して食べ尽くすことに神経を集中した。
三分も掛からず、米粒一つ存在しない皿とスプーンをテーブルに落とす。
向こうの二人は、まだ八割程度しか食べていない。
「悪いけど、俺の勝ちですね」
お冷を飲みながら、にやりと笑みを浮かべる。余裕ぶっているが、実際のところは脂汗も浮かんでいたが。
「「ぐぬぬ……レアコースターがぁ……」」
「今日はごちそうさまでした……ということで、代わりにこれは俺には必要ありませんから、どうぞ」
「「な、なぬぅっ!?」」
俺が伝票と一緒に、
『二枚のホログラムコースター』
をオタクどもの前に放ると、驚かれつつも【神】でも見るかのような視線に晒された。
そう、数日前初めてあの激マズカレーを食べた時も、同じくホログラム仕様のコースターが当たっていて、処分をどうしようかと迷っているうちに財布に入れていたまま忘れていたのだ。
ならばこれも縁ということで、俺が持っているよりも喜んでくれる人たちの手にあるほうがいいだろう。
『メシマズな彼女たちの手作りカレー☆ 10辛、タバスコがけ』
今日のカレーの味は名前通りの味だったが、カレー戦士に攻略不可能なカレーはない。
そして、人に奢ってもらうカレーほど美味いものはないのだ。
……カレー戦士はただ、センシティブな肛門との明日の困難な戦いを考えながら帰路に着くだけだ。
《了》
真夏のカレー戦士たち 時雨秋冬 @sigureakito
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