二手目・複雑な味わい

 あるプロ棋士がとても当たり前のことを口にする表情でが「将棋は難しすぎる」と言っていた。将棋を長く深く楽しみながら遊び続ける人にこの言葉で怯む人はいない、むしろ最大の魅力として感じている人達だろう。逆にある人は「将棋は難しそう」と言っていた。いつどこで誰が言ったかはすっかり忘れてしまったが、その人は将棋を指さない理由を答えたのだと思う。


 同じものを目の前にしてどうしてこうも違う感想を持つのかと常々不思議に思うし、同じものを目の前にして違うものを見ていることを表現している、というのは対局の顔の一つだと僕は思う。その違いを見ることができることが将棋を指す面白さの一つであり、逆に思い通りにいかないことを嘆く人たちにとっては、将棋を指す上で、拭い切れないつらさになっているのだろう。

 

 こうして将棋について座ってじっくり言葉をひねり出す時間は将棋ですぐに手が見えずに「何かないか」と探しているつらく、楽しくもある時間によく似ている。将棋をやらない人に「そんな時間過ごしたことない、つらいのか楽しいのかどっちなんだ!」と言われたらつらくもあり楽しくもある、としか言えない(笑)

 一つ言えるのはこの楽しさが体を支えるし、楽しさの一部につらさが入り混じっているので切り離すことができないということ。もしも切り離してしまったら途端に単調で味気ないものになってしまう。


 こんな風に書いてしまうと、将棋を食べ物に例えたくなる。男性は甘すぎるものが苦手な人でも、甘さと苦さが混じり合った物であれば結構口にあってしまうことが多いはずだ。甘いだけでいい人にとって苦みは邪魔なものだが、甘いだけでは口にできない人は確かにいる。将棋は楽しさとつらさが奇跡のバランスで味わいになっていると感じている人が長く深く遊んでいるのかもしれない。

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