悪魔の微笑み
「ぐっ!!」
「ふふふ!!どうしたの?もっともっと私を楽しませてちょーだい!?」
グラスハートの猛攻に防ぐのが精一杯である。レクシィーはぐったりとしているエリザの前でうなだれるようにしていて、とても戦える状況では無い。
(私だけではどうすることもできない!せめてレクシィーが戦えるなら… )
目の前にいるのは血も涙もない殺人鬼のグラスハート。
まともに戦うはずもない。何より彼女は神器を持っている。神器持つ相手に対等に戦うことができるのは神器使いもしくは
「
リンのたつ床が突如として底なし沼のようにかわりズルズルと彼女の足を引き込んでいく。
「っ!?これは一体!!」
「もがけばもがくほど、死へと近づく底なし沼よ…。」
抗うリンを容赦なくくらい闇の中へと引きずり込もうとしていく。
(ダメだ…!全く動けない…!…母上!!)
為す術もない。ただこの間引き込まりていくのを待つのみ。死への恐怖というものに彼女は抗えなかった。
その時、誰かがリンの手を強く握りしめた。
そしてひっぱりあげていった。
「リン。大丈夫?」
「レクシィー…?」
リンの手を握り助けた人物というのは、先程まで魂が抜けたように座り込み絶望にうなだれていたレクシィーであった。
「リン…。エリザは何とか無事よ…。今ドライグの治癒能力で治してる…」
「そうなのか?よかった…よかった……」
その言葉を聞いたリンは自分が今置かれていたことよりも深く安堵していた。
しかしどうもレクシィーの様子がおかしかった。何かいつもの彼女とは違う異様な雰囲気がリンの肌にピリピリと伝わってくる。
「リン…」
「どうした?」
レクシィーの言葉は重々しい感じである。
「エリザを連れて遠くに離れていて…」
「だが相手は神器を…」
「お願い!!!」
レクシィーの言葉には怒気のようなものが感じられた。何か決心したように、視線はまっすぐとグラスハートを見つめる。
思わず、頷くしかなかった。
「あら?あなた一人で私に向かってくる気?お友達を守れなかったあなたが…?」
挑発するような発言をグラスハートした。だがその時、彼女の肩から赤い血が吹き出した。
ふと見ると弾丸に貫かれたような傷であった。痛みよりもその一瞬の出来事に呆気に取られていた。
「何も出来なかったあの時とは違う…」
「何を…?」
「大切なものを全て…私が守る!!!!」
その瞬間彼女を囲むように爆炎が上がった。そしてその爆炎は竜を象り彼女の身体を包み込んでいく。
火山から無限に吐き出すマグマのように膨大なエネルギーがレクシィーからは流れている。
人ひとりなどたやすく飲み込んでしまうような強大な力。まさに竜そのもののようであった。
(一体、何が起きてるんだ!!?)
「あぁぁぁぁぁぁ!!!」
「これは…。まさか!?」
グラスハートはそのあまりの変化に言葉が詰まっていた。
彼女にとっては久しく感じる死への恐怖であった。かつて漆黒の竜騎士として名をはせていたレイドに挑んだ時と同様である。
「覚悟はいいか…?グラスハートォォ!!」
いつもの彼女の声とは少し違い周りに反響するような高さであった。
臨戦態勢に入るグラスハートであったがガードしきれない速さの鋭い蹴りが彼女に浴びせられた。
「ぐふっ!?!」
「はぁぁ!!」
身体を一回転させさらにもう一発重い蹴りを彼女の頭に食らわせた。
レクシィーのその素早さと苦戦していたグラスハートをいとも容易く追い込んでいた。
リンは意識の戻らないエリザの側にいつつその戦闘に息を呑んでいた。
「どうなってるんだ…。あんなに簡単にグラスハートを…」
「くっ!!(まさかこれ程とは…でも、もって10秒でしょう…)」
壁が壊れるほど強く身体を打ち付けられたグラスハートは口から流れる血を手で拭いつつレクシィーの力を分析していた。
「
グラスハートは鎌を床に突き刺し五体の黒い人型の塊を生み出した。
塊は悶え苦しむような呻き声をあげてレクシィーへと襲いかかった。
「散れ…《プライドフレア》」
レクシィーの手から生み出された小さな火花が人型の塊に触れた瞬間爆発を起こした。
たちまち、塊は塵一つ残らず消え去るのだった。
「ならこれはどうかしら?」
グラスハートはペルセルピナを回転させ上に掲げた。
「
その瞬間レクシィーの足元がまるで石になったかのように動かなくなった。
足元を見ると氷により動かなくなった足があった。
氷は下から上へと這い上がっていき、一気にレクシィーの身体を氷結させた。
「レクシィー!!!」
氷漬けになる彼女の名前を叫んだ。しかし、特に驚いた反応や狼狽えることなくじっと固まっていく腕を見ていた。
たちまち彼女の身体を氷の像へと変えていったのだった。
「死ぬまでそこにいなさい。さて…」
氷漬けのレクシィーを見たあと、今度は放ったらかしにしていた二人の方へと目線を向けた。
「ふふ…。その恐怖と絶望に染まる顔…素敵だわ…」
「おのれぇぇぇ!!レクシィーを!!!!」
涙を浮かべながら強い敵意と憎悪をグラスハートに向けていた。しかし当然ながら、恐怖というものも同時に抱いていた。
今まともに動けるのはリンのみである。しかし彼女相手には
「大丈夫よ。あなたもすぐにあの子のところにいかせてあげるから」
グラスハートはペルセルピナを振り上げた。
もちろんリンはかわすことは可能であった。しかし、彼女のそばには意識のないエリザがいた。
ここでよければエリザに危険が及んでしまう。
エリザを見捨てることなどリンにはできなかった。リンはエリザに覆いかぶさるようにして自らを盾にした。
そしてペルセルピナはその鋭い刃で彼女の肌を切りさこうとした。
しかし…。
ドガァァァァァン!!!!!
凄まじい音がした。リンは思わず振り返ると、そこにはペルセルピナを振り上げていたグラスハートは消えていた。
辺りを見回すとそこには壁へと叩きつけられたグラスハートがいた。彼女は血を流しており、左腕は無くなっていたのだった。
飛んでいった方向と逆の方を見るとそこには氷漬けにされていた
「レ、レクシィー…?」
「……」
彼女からの反応はなかった。ただ不気味な呼吸の音だけが聞こえていたのだった。
「ぐぅっ!!!はぁ…はぁ…。な、なぜ…なぜコキュートスを脱出できたの!!?」
吹き飛んだ左腕付近を抑え激痛耐えつつ、レクシィーに問うた。
彼女の耐え難い激痛に歪める顔は今まで、余裕を持っていた彼女からは想像できなかった。
「コロス…」
何かおかしかった。リンはレクシィーの状態を見て何か嫌な予感のようなものを抱いていたのだ。
何かとてつもない不吉なことがおきる気がしていた。
思えば、彼女の状態は
そして姿も違う。
「オマエ…コロス…」
レクシィーとは到底思えないような冷たく低い声音に恐怖を感じていた。
レクシィーは右手を手負いのグラスハートに向けた。
「
装甲から噴き出している炎が右手一点に集まっていた。
そして灼熱の光線として打ち出された。
慌ててペルセルピナの能力でバリアを張ったものの、灼熱の光線は弱まることなどなくむしろ段々と威力が上がっている気がしていった。
ピシィ…!
バリアにヒビが入りこれ以上は受け流すことができなかった。
「ぐっ!!!こんな小娘に私が負けるなんて!!!!」
バリア次第にヒビ全身に走りグラスハートの方へと押されていた。
彼女の叫び声とともに灼熱の光線はグラスハートを覆い大きな爆発を起こした。
幸いこの部屋はグラスハートが張っていた結界によって外には漏れてはいなかった。
しかし凄まじい爆風がリンやエリザを襲った。
「うわぁぁぁ!!!」
リンと意識の戻らないエリザは飛ばされて壁に叩きつけられた。
「グァァァァァァァァ!!!!」
およそ人とは思えないようなその方向はまるで竜のようであった。
もしかするとレクシィーは我を失い
グラスハートの方を見ると炭ひとつなくその存在は消滅していた。
「レクシィー!!もうあいつはいない!!なのにどうして!!?」
「グァァァァァ!!!!」
レクシィーはリンの声など聞こえていなかった。ただ苦しむような咆哮で辺りのものを壊していったのだった。
「レクシィー!!!!!」
リンは必死に彼女の名前を呼んだ。しかしそれが幸か不幸かリンの存在に気づいた。
だが、レクシィーは先程同様グラスハートを葬った技を出そうとしていた。
「やめてくれレクシィー!!私は的じゃない!!目を覚ましてくれ!!!」
「オマエ……コ…ロス…」
再び
リンとエリザに向けて放たれた灼熱の光線。あのグラスハートですら耐えることの出来なかったものを、彼女たちが耐えることができるのか。いや不可能である。
しかしその光線は無慈悲にも手負いのリンと意識不明のエリザを飲み込もうとしていた。
「くっ!!!!!」
思わず目を背けた。もうどうにもならないと。リンはエリザを抱きしめて、そう悟った。
しかし彼女たちの前に、黒髪のボロボロになった服を着た男が現れ、銃を構えていた。
「くらい尽くせ!
放たれた弾丸は漆黒の獅子へと形を変えて光線を獲物を喰らうように噛み付いた。
光線は
リンは彼の顔を見て泣きそうな顔で彼の名前呼んだ。
「レイド先生!!!!」
「すまん。遅くなった…」
ボロボロの姿のリンを見て謝罪をした。
そして
「これは
「グァァァァァ!!!!!」
彼女の声とも思えないような獣のような叫び声にはどこか苦しそうな感じもしていた。
荒れ狂う彼女は自我が全くない状態であるため、レイドたちを認識するというのは不可能に近い。
そんな制御のきかない野生の獣のような状態のレクシィーは再び襲いかかろうとしていた。
「グァァァァァァ!!!!!」
「喰らい尽くせ、
レイドの近くにいた漆黒の獅子の形をした塊は彼に襲いかかろうとするレクシィーに立ち向かっていった。
財喰者に対して竜の鉤爪のような手で切り裂こうとした。しかし、相手は実体のない闇である。
当然物理攻撃はきかない。そんな財喰者は鋭い牙を光らせ彼女へと喰らいついた。
「アァァァァ!!?グガァァァ!!!」
一度食らいついたら決して獲物を離さない。まさに獅子の如きその闇はあらゆるものを無限の闇へと誘う力を持つ。
それは言い換えればあらゆるものを奪い取るというわけである。
レクシィーに喰らいついた財喰者はあらゆるものを喰らい尽くす力を持っている。それが超常的な力である竜撃銃の力であっても。
「先生!?一体何を?」
「あいつが制御出来てない力を全部吸収するってわけだよ」
財喰者によってレクシィーの制御できない竜撃銃の力はみるみる吸い取られていく。
彼女の姿は禍々しい竜の鎧から元の可愛らしい女の子の姿へと戻っていった。
「うっ…」
支配できない力からの解放された彼女をレイドは抱き抱えた。
意識は微かにあるのか薄く瞳を開けてレイドの顔を見ていた。
「レイド…先生…?」
安堵にも近いその表情にレイドも答えるように微笑んだ。
「大丈夫か?レクシィー?怪我はないか?」
ううん。ゆっくりと顔を横にふり、安心しきったのか、目を閉じてレイドに身を委ねた。
「よかった…よかったぁ…」
リンの目からは小さな雫がこぼれ落ちた。先程まで自分の命を奪おうとしていた相手を恨むことなど一切せずむしろ心配をしていた。
「すまなかったな。お前らをこんな目に合わせてしまって」
眠っているレクシィーを抱き抱えつつ、泣いているリンに謝っていた、そして未だに目を覚まさない、エリザに対しても。
今回は考えの甘かった自分の責任であると深く反省していた。
「いいよ先生。それよりも私たちを助けてくれてありがとう」
リンは顔を赤らめ、泣いて腫らした目でレイドに感謝を述べた。
────甘かった。
彼女は闇夜に光る月を見て考えていた。
片腕は先程の戦いにより無くなった。しかし彼女はその痛みよりも、自分の浅はかな考えにより計画が狂ってしまったことがよほど痛かった。
────この借りは必ず返してみせる…
彼女は月を見ていた。そしてあることに気づいた。月の形は満月、と言うよりも少しそれには欠けていた。
「ふふ…。最高ね。見せてあげるわ…死神のパーティータイムを!!」
彼女は何かよからぬ事を考えている悪魔のような微笑みを浮かべていた。
憎悪が可視化されて見るようなどす黒く禍々しいオーラを発現させて…。
ブラック・ドラグーン 石田未来 @IshidaMirai
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