冥鎌ペルセルピナ
「え?」
驚きが隠せなかった。三人に広がる光景は先程まで話をしていた彼女に起こった異変に唖然とするばかりであったのだ。
「ふふふ。可愛い子羊ちゃん達の絶望に歪む顔をみたいわぁ…。」
彼女笑っていた。しかし会話をした時とまるで違う。まるで獲物を見つけた時の獣のようなものであったのだ。
「二人とも下がって!!」
レクシーは気づいた。彼女の危険な香りに。そして今自分たちが晒されている状況に。
レクシーは
「あら?そんなものを向けて、どうするつもりかしら?」
キュラソーは銃を突きつけられていたものの嘲笑っていた。余裕を見せる彼女に対してレクシィーは引き金を引いた。
バン!!!
轟音と共に弾は
弾は彼女の顔面に目掛けて焔を纏い一直線に鋭く突き刺さろうとしていた。
だが、キュラソーはその弾をいとも容易く大鎌で切り裂いた。
「な、何!?レクシィーのドライグの弾を切り裂いただと!?」
リンはその光景に驚きが隠せなかった。普通に考えて焔を纏い目視出来るとはいえ、弾丸のはやさは人間の反射神経で容易に反応はできない。
このような光景を見たのはレイドの模擬戦の時くらいである。
「だったら…。」
今この状況で彼女相手にするにはあれしかない。しかし、レクシィーは
当然竜撃銃を扱える範囲は学校の中だけであり、外では許可無しでは使えない。
だが今だけはそうも言ってはいられなかった。
レクシィーは銃口をキュラソーの突き出した。
「──覇道を極めし
’’ウェルシュ・ドライグ’’!!」
放たれた銃弾は赤竜を象る焔を纏いキュラソーへと一直線に喰らいついた。
一方のキュラソーも大鎌で応戦しつつも弾いた。
跳ね返された銃弾はやがて大きな焔に代わりレクシィーの身体を包んでいった。
包んでいた焔を薙ぎ払うと深紅の竜を模した甲冑が彼女の身を包んでいた。
「ふふふ…。楽しませて貰おうかしら?」
キュラソーは
「二人は下がってて。ここは私が何とかする!!」
「レクシィー!」
「レクシィーさん!」
レクシィーは自分の剣を出現させた。そして炎を纏わせ、キュラソーの鎌と激しくぶつかった。
ぶつかりあう度に激しい金属音が部屋の中を響かせていく。そして、炎を纏った剣の空気を赤く燃やしながらもそれをうまくかわしていくのである。
かなり戦い慣れをしているようだった。
「あなた騎士出身なのかしら?」
「いいえ。残念ながらそういうものではないのよ。でも竜騎士なんて容易いわ。あの人以外はね。」
不敵な笑みを浮かべながら彼女は再び鎌を振り上げるとランプの光に反射まるで血に染まったように紅く色づいていた。いや血で染まっていた。
今まで薄暗くはっきりとわからなかったが、はじめて分かった。
あのような赤黒く血に染まったようなおぞましい大鎌。ただものではないと感じていた。
「はぁ!!」
焔を纏った剣撃は
しかし、キュラソーは平然とした顔で鎌で受け流している。
生身の人間が
「どうしたの?さっきの威勢の割には大したことないわね?」
ニヤリと悪魔の微笑みのような彼女を顔にリンとエリザは不気味さを互いに感じた。
「こんなことできるのはレイド先生ぐらいですよ!あなたは一体何者なんですか!?」
「何者かって?…私はキュリアス・グラスハート。世間では…《紅月の悪魔》と言われるわ。」
その名前を聞いた瞬間、旋律が走った。ヴランドール王国に住む人間なら誰しもが聞いた事のある名前であるからだ。
殺戮を繰り返した血も涙もない殺人鬼。世間からはそう言われているのが彼女だ。
では彼女は偽名を使い三人に近づいたということか。
「でも確か数年前から行方不明になっていたはずよ!?」
「えぇ、レイド・バーンシュタインとの戦闘後に行方をくらましていたのよ。この鎌を彼の血で染め上げるために。」
キュラソー改め、キュリアス・グラスハートは己の鎌を恍惚とした顔で眺めていた。
それはまるで恋焦がれる乙女のようにも見える。しかし、彼女はレイドの命を狙っているのだ。
「レイド先生でも討伐できなかったというのか…」
「でもやるしかないわ!今あいつはここにはいない。私たちだけで倒さないと!」
レクシィーは再びグラスハートへと向かって攻撃を仕掛ける。今度は
「
血を焦がす焔の波がグラスハートを目掛けて一直線に突き進んだ。
場所は屋内の酒場であり、広さもそこまで広くはない。
つまり逃げ場はグラスハートにはなかった。彼女を赤く燃える焔が包み込んだ。
「きゃあぁぁぁぁーー!!!!」
断末魔のようなけたたましい叫び声が聞こえた。焔に身体を焼かれて悶え苦しみ、火あぶりの刑の如く酷く感じれた。
「やったか!?」
紅い焔に包まれたグラスハートを見て願望にも近い言葉を言った。
確かに、彼女は焔に激しく焼かれている。まず助かることはないだろう。だがやけにあっさりしているような気がレクシィーはしていた。
「ふふふふ…。なーんてね。私には通用しないわ…」
三人の後方から不気味な笑い声が聞こえた。
まさかと思った。今ウェルシュ・ドライグの焔に焼かれたはずの彼女の声が確かにしたのだ。
「きゃあぁ!!離して!!」
エリザの悲鳴がしていた。慌てて振り返ると、彼女の首元鎌の刃を近づけて笑っているグラスハートの姿があった。
「「エリザ!!?」」
レクシィーとリンの声が重なった。エリザの背後にはグラスハートがまとわりつく様に立っていた。
エリザを盾にしており、攻撃をすることができなかった。もし能力を使えばエリザまで巻き込みかねないからである。
「人質とは卑怯だぞ!今すぐエリザを離せ!」
「卑怯?戦いに卑怯も誠実もないのよ。勝つか負けるか。死ぬか生きるか。どちらかなのよ。士官候補生なら、それくらい分かるはずのよね?」
グラスハートの言うことには一理ある。今は戦闘である。どんなに卑怯な方法であれ、勝てばいいのだ。もちろん戦争も同様、誠実な戦いなど存在しない。
それはあくまでも競技などにあるものであり、生死を分ける戦いには誠実さなど命取りである。
「ふふ。どうするの?この子もろとも私を殺すか、この子を見殺しにするのか?」
首に刃をじわじわと近づけていく。もはや考える余地など存在しない。
だがエリザが人質に取られているため下手に手を出せない。
「レクシィーさん!私のことは構いません!私ごと撃っててください!」
エリザは身体を震わせながらもしっかりとした声音でレクシィーに言った。
「そんなことできるわけないじゃない!?あなたを撃つなんて!」
銃を持つ手が震えていたそれは恐怖によるものだろうか。友を撃つ躊躇いからだろうか。
どの道グラスハートは選択を迫っていた。
例えエリザが撃つことを容認しても、友達を撃つなんてことをレクシィーはできなかった。
しかし、痺れをきらしたグラスハートは冷たい口調で言い放った。
「じゃあ…仕方ない…あなたが悪いのよ?」
ザク!!!
その生々しい肉が切れる音と共に、おびただしい程の鮮血が彼女の首から溢れ出てきた。
「あぁぁ……。」
エリザは叫び声も出すことなくその場にぐったりと倒れ込んだ。
その光景を見た時レクシィーはとある昔の出来事を思い出した。
雨が降りしきる夜、建物の壁の至る所に致死量を超えた赤黒い血の数々、そして床に横たわる人だったもの形。
そんな中で一人の少女は身体を震わせ涙を流しつつ、一人の人影を見ていた。
その人影は何かを持っていた。それはまだ幼い少女である。お姉ちゃんお姉ちゃんと何度も涙声で少女の方に叫んでいた。
「やめて…やめてぇぇぇ!!!!!!」
少女は人影に向かって必死に叫んだ。しかし、次の瞬間、少女の顔に赤い液体が波のように飛んできたのだった。
幼い少女は断末魔のような叫び声とともにその後は何も喋ることは無かった。
そして動くこともなかった。
人影は手から離した。身体中にはべっとりと血の跡がつき生々しかった。恐ろしかった。
だがもっと恐ろしかったのは、笑っていたのだった。狂ったようにいかれたように。
「あぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
妹を助けることの出来なかった悔しさ、大切なものを失った悲しさがその叫び声には確かに感じられていたのだった…。
「いやぁ…いやぁぁぁぁぁ!!!!!」
倒れる友の姿を見てレクシィーはあの時のことを思い出したのだ。
全てを失ったあの日。救えなかった命。彼女にとってトラウマと言うべきあの情景が嫌という程浮かび上がっていたのだ。
レクシィーは倒れ込み頭を抱え込んだ。また守ることができなかった。自責の念に押しつぶされそうになり、正気ではいられなかった。
エリザの元に急いで駆け寄り、竜騎士化を解除した。そして彼女の傷に手を当てて応急処置のようなものをし始めた。
「よくも…エリザを、貴様ああああああ!!」
リンは友の憐れな姿に激昴した。そして、彼女は胸のホルスターから銃を取り出した。
「殺してやる!!私の友を傷つけたお前殺してやる!!
───地上に荒れ狂いし竜よ。汝、我の力となりてこの戦乱に活路を開け───
──ドレイクMⅡ──!!」
引き金を引いた。打ち出された弾丸は竜へと形を変え、彼女の身体を包み込んだ。
深い青の装甲。竜の翼。そう
これはいわば
「あらあら、今度はあなたが相手になってくらるのかしら?そっちの子はもうダメみたいだし…。」
レクシィーの方を見ると
「許さない!お前だけは!!」
リンはグラスハートに向かって突進してきた。
硬い装甲に包まれたリンに物理攻撃はほぼ皆無。つまりグラスハートには分が悪いのだ。
しかし怒りに身の任せた攻撃というのは単調になりがちである。
グラスハートはそれらを難なくかわしていくのだ。
「冷静にならないと、私にはあたらないわよ?」
「うるさい!灰燼となせ
大きな不透明の大きな気弾をうち放った。
これがドレイクMⅡの絶技である。単純そうであるものの、威力はかなり高いのだ。
「
グラスハート鎌で空間を切り裂いた。すると黒い異様な異空間が現れた。それは覇者の咆哮を飲み込んでいき無とかした。
「な、何!!」
「甘いわね。この鎌の前では全てが無意味。恐怖が私を強くする。恐怖は私に力をくれる。」
鎌からは禍々しいオーラが感じられた。これは竜撃銃とはまた違う、何か別の特別な力のようなものが感じられた。
「この鎌は相手が恐怖を抱けば抱くほど力を増し、そして冥界の力を有する。
この鎌は神器 冥鎌 ペルセルピナ 」
「じ、神器だと…?神の力を有する武器。そんなものなぜ貴様が持っている!!?」
神器とは大陸にいくつか存在している神の力有する武器。それを扱うことが出来るのは清い心を持ったものだけが扱うことを許される。
神器は人を選ぶのだ。それを殺人鬼が持つなどありえない話である。
「私を選んだのよ。この子は…」
鎌をうっとりした顔で見つめている。紅く光を放つ大鎌ペルセルピナは紅い月のようにも見える。
「さてと、続きをしましょうか…殺し合いの?」
グラスハートの美しく狂ったような笑みはまさに悪魔そのもの。
それまで怒りに燃えていたリンに逆に恐怖を抱かせるものであった。
彼女はペルセルピナを携えリンへと襲いかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます