急撃の漆黒
キュラソーに連れられたレクシィーたち三人は彼女の経営しているというバーでご馳走になっていた。
カウンターで三人並んでサイコロ状に細かく切れられたステーキとバケットを食していた。
「こんなものしかないけどごめんね?」
「とんでもない。もぐもぐ…。とっても…はむ…美味しいです…。むぐ…。」
「ちょっとリンさん。はしたないですよ?」
口に食べ物を含みながら会話しているリンに対して注意をしていた。
エリザは貴族出身それも名門のチェイサー家の人間ということもあり、貴族としてのマナーや振る舞いには上品である。
「ところでキュラソーさん。レイド先生とは友達なんですか?」
カウンターの席に座るレクシィーはコップを布巾で拭いているキュラソーに語りかけた。
先程出会った際にやけにレイドについて詳しかったため、気になっていたのだ。
「そうね…。一言で言うならば救世主かしら…。」
キュラソーは布巾で水気を丁寧に拭いたグラスを棚に置いて、少し間を置いて答えた。
表情は少し難しそうな顔をしていたところ、複雑そうな関係であるのだろうと心の中でレクシィーは感じていた。
救世主ということはキュラソーはレイドに以前救われた事があるというのか。
「昔のレイド先生ってどんな人だったのですか?」
「それは私も気になるな…。あの男の底が知りたい。」
エリザの言葉に反応して食事を食べ終えたリンもレイドのことについて興味を示していた。
彼女たちにとっては師匠という存在である。だからこそ、彼がどのような人物なのな深く知りたいのは必然であった。
「ふふ。彼はものすごく強かったわ。
彼女の言葉に3人はコクリとうなづいた。それくらいの情報はここに住んでいるのならば誰しも知っている。
そして近隣諸国の人間もまた同様に。
「彼はどこまでもまっすぐに、誠実にあり続けようとした…。しかしその結果招いたのが、トロイア殲滅戦なの。」
部屋全体は窓も締切っておりカーテンまで締めていたので全体的に薄暗い感じがあった。
それも相まってかかなり緊張した趣になっていた。
ガスランプがチリチリ照りつけている部屋で彼女たちはキュラソーの話を一言も話さず聞いていた。
――トロイア殲滅戦――
ヴランドール王国に住むものならば誰しもが知っているこの戦争の名前。
王国政府によればたった数日でトロイア公国を滅ぼしたと言われていた。
「トロイア殲滅戦はヴランドールの圧勝と言われているわ。でもね…。」
キュラソーの表情は変わらなかった。淡々と話をしていき、息付く暇さえなかった。
「トロイア殲滅戦において、ヴランドールは致命的なダメージを食らったのよ。」
3人はその言葉に驚愕した。そのような話は一度たりとも聞いたことがない。
聞いた話では圧勝である。それが歴史の真実だと思っていたのだ。
「ヴランドール王国は滅ぼす数年前から攻撃をしていたの。でも全く効果がなかったの。それどころか、こちらの方が追い詰められていた。」
「多数の死者を出して業を煮やした政府は
彼らを戦争で投入することは余程のことでなければありえない。
しかし、この時ばかりは事情が違っていた。
予定していた日にちを大幅に超えていた。これは戦争において致命的である。
莫大は費用がかかり、人も大勢死ぬ。それは国にとっては国力を削ぎ落としていくものである。
「それで決着が着いたってことですよね?だって
エリザはこの重々しい話に一筋の光を感じたかのように明るい顔でキュラソーを見ていた。
しかし、キュラソーの顔は変わらなかった。
「いいえ。」
その言葉を聞いた瞬間3人は驚愕の表情を浮かべていた。
◇◆◇◆◇◆
教え子達の危険を占い師サリバンによって伝えられたレイドは無我夢中で走り続けていた。
彼は冷や汗をタラタラと流して焦っていた。己の行為に愚かさすら感じていた。恐らくグラスハートは何らかの情報を握っていたのだと。
レイドには教え子たちがおり、今日城下町に来るということを。
まんまとやられたのだった。彼女たちと別行動を取るべきではなかったと。
ひたすら駆け抜けていき、周りの景色は豪雨の河川の如きはやさで流れていく。
ヒュン!
駆け続けていくレイドの頬に目にも止まらぬはやさで弾が掠めていった。
頬からは血が流れだした。幸いかすり傷で済んでいた。
「何!?」
弾が掠めたことよりも、その存在に気づかなかったことに驚いていた。
「クッフフフ。いい反応だな…。」
誰も人のいない裏通りの建物の陰から現れた人間は不敵な笑みを浮かべてレイドの方を見ていた。
そこらじゅう穴だらけのボロボロの黒いコートにボロボロのワイドパンツとブーツ。
格好としては清潔とはいえない感じであり、顔も整ってはいるものの、やつれているようであった。
格好に似合わない透き通ったエメラルド色の瞳でレイドを見つめていた。
「お前は…! レクター!!?」
レイドは目を丸くして唖然としていた。
レイドがレクターと名乗る人物はかつて
「今までどこにいたんだ!?」
「お前には関係ない…。」
彼の口調は以前とは違い重々しいものであった。まるで地獄をみたような生気のない感じがしていた。
彼が隊長だった頃は、部隊を完璧にまとめあげていたまさに天才というべき人物だったはずだが、一体何が起きたというのか。
「お前はいいよなぁ…?レイド…?漆黒の竜騎士なんて言われて英雄みたいな扱いを受けて…。」
レクターは鋭くレイドの方を睨んでいた。まるで軽蔑するかのように。
彼がどうしてこのようになってしまったのかは分からないが、一つだけレイドには分かることがあった。
それは自分に向けられているとてつもなく大きな殺気であった。
「レクター。そこを通してくれ。俺はいかなければならないんだ。」
レイドは自分の教え子が今危険にさらさされている。だからこそ一刻も早く助けに行かなければならないのだ。
しかし、その言葉を受けたレクターは眉間にシワを寄せて険しい顔へと変わった。
「俺のことは眼中にないってことか…。そうか…。」
レクターはコートの内ポケットに手をつこんで何かを取り出した。
カチャ…
「どこまで俺をバカにすれば…気がすむんだ?…お前…?」
レイドに向けられていたものは銃であった。
だがそれは普通の銃とは違い異様なオーラのようなものが感じられた。
そうこれはまさに
形状からは拳銃型のものである銀色の銃身とグリップは茶色であり、銃身には竜の彫刻があった。
「なんでお前が
それは退役した竜騎士であっても例外ではない。
そもそも、竜撃銃の所有権は政府の竜騎士専門機関 《ゼルビア》にあるため、あくまで貸与しているだけなのだ。
「そんなこと…お前に教えたところでどうなる…?」
レクターは空に竜撃銃を掲げた。
「――
その言葉とともに引き金を引いた。
レクターの身体の周りに装甲が現れ、彼の身体を包んでいった。
深く黒に近い緑色の装甲。まるでミントの葉の色に似ている。
特徴なのは頭部の後に伸びる高い一つの角のようなものと鋭利な形状をした肩部と羽根を守るように展開された装甲。
しかし、ウェルシュ・ドライグやバハムートに比べてシャープなシルエットをしていた。
しかしそれは間違いなく
「なんだよこれ…。見たことねぇぞ…。」
レイドは自分の目で今まで見たことのない
確かに、レクターは
「だろうな…。まぁ、そんなことはどうでもいいんだよ…。」
竜騎士化したレクターは己を姿をじっくりと見てそう言葉を発した。
そして、レイドに突如襲いかかってきたのである。
レイドまでの距離を一気に詰め、右足で彼の腹部を横から蹴りとばした。
レイドの右脇腹に重い蹴りがはいり、それに耐えきれず建物へと飛ばされていった。
建物にめり込んだレイドは激痛の走る右脇腹を手で抑えた。
「ぐっっ!!!」
ふと抑えていた手を見ると紅い血がべっとりとついていた。
レイドの右脇腹からは夥しいほどの血が流れ出していた。レクターの膝下の装甲部には鋭い波状の刃が展開されていた。
「おいおい…。それぐらいお前にはなんてことないだろう…?」
「てめぇ…。」
嘲笑うレクターにキッと睨みをきかせた。しかし、特に反応することもなくさらに攻撃を仕掛けてきた。
今度は右脇腹を抑えてガラ空きになった左側を右のアッパーカットで重い一撃食らわせてきた。
流石にレイドは反応できず、さらに食らってしまうのである。
「ぐはぁぁ!!」
膝をつき苦悶の表情をしていた。やはり
レイドはやむを得ずこちらも
「――彼の地に究極の闇をもたらす竜よ。汝、我に逆らう全てを無へと葬れ。そして生けるもの全て永劫の奈落へと沈めろ――
’’バハムート’’!!」
レイドの身体を竜を模した黒い闇が包んでいく。闇は形を変えて装甲へと変化していき、身体を覆い尽くした。
そして最後に黒く禍々しい翼が大きく広がり
「楽しませてくれよ…。漆黒の竜騎士!!」
「うぉぉお!!!!!」
二つの竜がぶつかり合う。激しく、周りのものなど一切気にせず、幸いここは建物はあるものの、人影が全くおらず、気にする必要がなかった。
模擬戦の比ではない。あれは所詮互いの力比べにしか過ぎない。
しかし今ここで起きていることは、命をかけた戦いである。隙を見せればやられてしまう。
「どうしたレイド…?平和ボケで弱くなったのか…?あぁん…?」
レイドはレクター相手に防戦一方であった。決してレイド自身が鈍っている訳では無い。もちろん、少なからずあるかもしれないがそれ以上に、動きというものが素早く反応するのが精一杯というものであった。
(なんだよこの竜撃銃は!?見たこともないし、この速さは!!)
確かに、装甲はレイドに比べてゴツゴツしておらず、シャープさがある。だがそれだけが理由なのだろうか?
それにレイドはレクターの持つ竜撃銃を初めて見る。全てが未知数というものなのだ。
「
レクターを牽制するために右の手のひらから黒い糸状のものを生み出し放射状に発射した。
黒の糸はレクターを包み込み動きを封じ込めることが出来た。
しかし彼は鬱陶しそうに絡みついた糸を見ていた。
「こざかしい…。ふん!!」
力を入れた瞬間糸はいとも容易くバラバラに引き裂かれた。
レイドの
「
突如としてレクターの足元に黒い渦が現れた。まるで蟻地獄の如くそれはレクターを地中へと引きずり下ろそうとしていた。
「何…?…鬱陶しい…。」
引きずり込まれている足をジタバタさせていた。しかし、それはもがけばもがくほど引きずり込まれていく。
だが、彼の身体はあと少しのところで止まった。渦自体の効果は発動している。それでも引きずり込まれず、じっとそのまま静止していた。
「な、なんだと…?」
「甘いな…。そんなものこいつの前では無力なのさ。」
それまで下半身が埋まっていたものが、逆に上へ上へと上がっていく。
そしてその身体は建物にまるで道に捨てられたガムのように引っ付いた。
「残念だったな…。お前のバハムートの能力ではこいつを敗ることは不可能だ。」
レクターは薄く笑っていた。今までやられていた分を返すように勝ち誇ったかのようなその笑いは装甲に隠れつつも確かに感じられていた。
しかし、レイドとしては一刻も早く彼女たちの元へといかなければならない。
レクターと戦って足止めを食らっている場合ではないのだ。
足止め…。その時レイドはあることに気がついた。もしかしたら、レクターとグラスハートは繋がっているのではないかと。
だからこそ、ここで足止めを食らわせられているのだと。レクターの攻撃というのは強力ではあるものの、致命傷になるようなものは避けていた。
(ならば…一か八かでやって見るか。)
レイドは何かを決心した。
「レクター。お前に取っておきの技を見せてやるよ。」
「何…?」
レイドは突然空中に現れた黒い円状のものに右手を突っ込んだ。そして何かを取り出すようにして引っ張り出した。
取り出されたものは長く透き通ったように美しい剣身をもち、竜の形を模した鍔、光に反射する黒い柄を持っていた。
「クッフフフ…。ハハハハ!!魔剣アヴィスブラッドを出してきたか?どうやら本気のようだなぁ…?」
レイドの持つ剣。それはかつて地の底つまり地獄より現れし竜を斬った剣であり、その時竜の血を吸ったことによりその竜の力を持った剣と言われる。
レイドが
レクターもかつては
レクターの方も魔法陣のようなものから剣を取り出した。
「レイドォ!!!!」
「レクタァーー!!!!」
激しくぶつかり合った。一進一退の攻防。二人の剣さばきというものは普通の人間では追いつくことができない。
幾度も鍔迫り合いを起こし、傷はなかなかつかない。
模擬戦でも分かるが、レイドは剣の腕前もかなりのものである。
およそ人にはできないような動きからの斬撃を繰り出す。
激しい剣撃は周りの建物も巻き込んでいた。
レンガ造りの家を果物の如く容易く切っていた。
「あぁ…?お前どこを切ってるんだよ…?ふざけてんのか…?」
「ふざけてないさ!大まじめだ!!!」
激しい戦闘の中でレイドはレクターではなくその周りのものを切っていく。
あまりにも妙だった。類まれなる剣の腕前を持つレイドが無意味なことはしないはずである。
しかし、切れるものは周りの建物や塀などのものである。
「そろそろか…。」
「てめぇ何のつもりだ…?」
先程からの不可解な動きに苛立ちが隠せなかったレクターは声を荒らげた。
するとレイドは薄く笑った。何かしてやったような表情であるのだ。
何故か突然レイドは
「何事だ!貴様ら何をしている!!?」
二人の前に現れたのは一人の
大きな音や建物が損壊したことなどからやってきたのだろう。
レクターはこの光景を見た瞬間にハッとしていた。レイドは適当に身の回りのものを切っていたのではなかったのだ。
全ては部外者を呼び寄せるためである。一騎討ちを臨んでいるレクターにとっては邪魔になるからだ。
「レイド…貴様…。」
「お前の相手をする暇はないんだよ。」
チッ!と舌打ちをしたレクターは大事になる前に不本意ではあるが暗い路地裏の方へと姿を消すことにした。
「さて俺も消えるか…。」
すぐそこまで周りの建物を見渡した後に壊した建物たちに小さな麻布の袋から何かを取り出し投げつけていった。
レイドの弟子の三人は薄い雰囲気の酒場でキュラソーの話を聞いていた。
「レイド先生って
竜騎士の中でも選りすぐりの者たちである
あまりにも表の歴史とかけ離れている内容に言葉が出てこなかった。
「むしろ彼らが出てきたせいで、いらない犠牲が増えたわ。」
キュラソーから出てくる言葉にはどれもとても信じられないようなことばかりであった。
しかし、嘘を付いているようには見えなかった。
「でも最終的に滅ぼしたのは紛れもないレイド・バーンシュタインよ。」
レイド・バーンシュタイン。それはレイドの本名である。この部分は表の歴史と同じことであった。
しかし、気になる点がある。何故苦戦をさせられていたのに、急に国そのものを壊滅させる力を出したのか。
もちろん力をセーブして戦っていたとは言い難い。
ふとレクシィーがカーテンの閉められてない窓の外を見ると日が沈みかけていた。
「そろそろ帰らないとまずいわね…。」
「あら?もうそんな時間になっちゃったかしら?」
話をしていたため、すっかりと時間のことなど忘れていたのだった。
おまけにこの店は全体的に薄暗くて外の様子が分かりにくかったことから気づくのが遅かったのである。
「あ、ご馳走様でした。お話もありがとうございます。」
きちんと一礼してエリザはキュラソーに御礼を言った。もちろん二人も御礼を言って出ていこうとした。
ドアノブに手を触れて開こうした。
しかし、何故だろうかドアは全くびくともしなかったのだ。
部屋に入る際にはそのようなことは起きなかった。ドアの故障なのかと思われるが、そんな短時間で壊れるとは思えない。
「キュラソーさん。ドアがあかないですけど…。」
「ふふふ。そうね…。」
三人の後からは聞いたことないような不気味な笑い声がしていた。
後ろを振り返ると、大きな鎌を持ったキュラソーがいた。いやキュラソーとは別の異様でおぞましい雰囲気があった。
「ふふふ。恐怖を楽しみなさい…。」
キュラソーであろう人物は三人に向かって呼吸をするよりもはやく間合いをつめ鎌を振り上げた。
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