事後の朝
「ふぁぁ…。もう朝か…。」
いつものようにカーテンの隙間からさす光に目を覚ました。
机には恐らく学校の資料が山積みに乱雑に置かれていた。
おぼつかない足で立って着替え始めた。いつもと同じ服装に、だらしなく黒のネクタイをしめた。
「おはようリュカ、ルルナ。」
「おはようございますレイド兄様!!」
可愛らしい笑顔と元気な声でリュカが挨拶をした。お盆に朝食をのせ手伝いをしていた。
リュカほどできた子はいない。さすがはあのルルナの妹なだけある。
「おはようございますレイドさん。もうすぐ出来上がりますので、少しお待ちください。」
「あぁ、いつもありがとうな。」
毎日食事から洗濯、掃除までやってくれるルルナに感謝の言葉を述べた。
実際この家の主はカルーシャであるが、いつも家を開けるため、実権はルルナにある。
「お、新聞だ。」
テーブルに置かれていた新聞を見つけて、レイドは朝食が出来上がるまで読むことにした。
イスに座り、新聞を開くと大々的に書かれた記事があった。
「これは…。」
記事を読むと思わず唖然とした。
それは昨日の夜に
決して
それを4人もたった一晩で殺るとは普通ではない。
「一体誰がやりやがったんだ…。」
レイドはさらに記事を読み進めていた。
しかし、犯人は不明と書かれているばかりであとは何も分からない。
ただ分かっていることは、遺体が全て大きな刃物のようなもので引き裂かれていたということであった。
あまりにも残忍で猟奇的な事件である。
「大きな刃物のようなもので切り裂かれた…? ……。」
心当たりがひとつだけあった。
だが、もしそれだとしたら少し厄介である。
その中には、有名な事件がいくつも存在する。その中でひとつ脳内でピックアップした。
「’’紅月の悪魔’’キュリアス・グラスハート…。」
’’紅月の悪魔’’キュリアス・グラスハートとはヴランドール王国では有名な連続殺人鬼のことである。
妖艶な身体を持ち、甘い言葉で誘い出して殺す。それが彼女の手口である。
今まで殺された被害者は公式では154人しかし非公式を含めると倍以上はいる。
レイドも
彼女は知略にも優れている。
「もしグラスハートだとしたら厄介だ…。あいつは思慮深いからな…。」
ただの快楽殺人犯とは違い、頭が切れるため、足取りが全く掴めない。
狙われる人間は大半男ばかりではあるものの、女性に被害が及ばない保証はない。
「ルルナ、リュカ。」
「どうしました?」
「どうしたのレイド兄様?」
レイドに呼ばれた二人は仕事の手を止めて彼の方を見た。
「外に出る時は用心して出かけろよ。昨日殺人事件があったようだ。」
「そうなんですか?ここも物騒ですね…。」
「うん。レイド兄様。」
二人はいつものような少しふざけた感じのレイドではなく真剣に話す彼の言葉をしっかりと心に受け止めた。
「そういえば、朝食の準備出来ましたよ。リュカ、運んでもらっていいかしら?」
「うん!分かったよ姉様!!」
リュカはキッチンの方までいき、スープの入ったお椀を持っていった。
「グラスハート…。」
ポツリとそう呟いた。もし彼女が近くにいるのならば、リュカとルルナに危険が及ばないように守らなければならないそう感じていた。
朝食を食べ終わったあと、オルタリアに向けて家を出たレイドはいつものように、多くの店が立ち並ぶ街を通っていた。
しかし今日は何か異様な雰囲気があった。
いつも活気のあるはずのこの街がやけに辛気臭かったのだ。
なぜそのようなのか。それはある場所を見てすぐにわかった。
街の路地裏に
いや、恐らく奥を見るともっといるに違いない。
彼らは哀愁の漂う表情をしており、中には涙を流しているものもいた。
「っ……。」
レイドが見たものは、思わず目を背けたくなるものであった。
建物にはびっしりと血しぶきでも飛んだかなような血痕がつき、恐らくその血痕の持ち主の遺体が布で覆い隠されていた。
ものによっては、明らかに人の形ではないものを布で覆っていた。
「あのすみません。こちらは調査のため、一般人が入ることは許可されてないんですよ。」
一人の
勤務であるため、あまり感情を表に出せないが、やはり辛いものがあるのだろう。
そしてふと見ると、布で覆われた遺体の前で膝を落として、泣いている女性と女性の服を掴んで遺体をただじっと遺体を眺める4歳か5歳ほどの少女がいた。
「あなたぁぁ…!!どうして…。どうして…。うぅっ、あぁぁぁ!!!!」
女性は人目もはばからず泣いていた。恐らく、亡くなった
涙は地面に落ち続け滲んでいた。
「ママ…。どうして泣いてるの?はやくおうち帰ろうよ?パパが帰ってくるよ?」
少女は母親の服を何度も引っ張り家に帰ろうと促していた。
恐らく、まだ幼い彼女には事が理解できないのである。自分の大切なものがなくなるということを。
だからこそ、涙を流さない。いや、流せない。
「カナ…。ううっ…うっ…うわぁぁぁぁ!!!!」
思わず娘を抱きしめていた。これでもかと強く、決して離れないように強く。
それを見てレイドはどこか後ろめたさのようなものを感じていた。
彼にとってこのような光景は何度も見てきた。
まだ戦争があった時代。多くの同僚や戦友たちは消えていった。
その時も、この場面と似ていた。
遺体の前で立ち尽くすものや、ガクッとうなだれて激しく涙を流すもの。
生き残ったレイドは沢山見てきた。その度に己の無力さを知った。
助けられたはずの命もあったはず。だからこそ、彼は弱い己と、戦争を良しとしてきた国家が憎いのだ。
「奥さん…。これ…。」
泣いている彼女に一人の
血に染まった銀のロケット。彼女の夫であった
「私を、カナをずっと守るって約束したじゃない…。あなた…。」
銀のロケットを握りしめ、涙ををこぼした。綺麗な顔も大きく溢れる涙で台無しになっていた。
「これから私たちはどうしたら…。」
問題はそこである。残された彼女たち遺族はどうなるのか。残念だが、殉職した兵士の家族に対しての保障金は決して充分だとは言えない。
ましてや、一般の
レイドはかつて亡くなった戦友たちの遺族と彼女たちを重ねた。
どうにかしなければ…。そう考えていた。
「すみません。」
レイドは亡くなった
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふふ。はぁ…最高ねぇ。自分の愛する人を失った時の絶望に染まる顔が…。」
昨夜の惨劇を引き起こした張本人は、人通りの少ないの薄暗い裏路地の塀に腰掛けて笑っていた。
右手には大きな三日月を模した鎌をもち、もう一方の手には紫色の怪しげに光る宝玉を持っていた。
「美しい…。これがあの忌まわしき
彼女は恍惚とした表情でその宝玉を見ていた。
この宝玉には一体どんな価値がありどんな力があるのか。それは見た目からでは何も分からなかった。
そんな最中、彼女と丁度向かい側の塀の方に小さな木枯らしが吹き荒れた。
その木枯らしから現れたのは、ゴスロリの服に身を包んだ無垢で純情そうな少女であった。
「久しぶりじゃなー、下ネタ女?」
高貴な喋り方をし、キュリアスの方をニヤッと笑った。
「っっ!!?何のようかしら?’’大憲将’’殿が?」
彼女の姿に驚きを隠せなかったが、ここは平静を装い、’’大憲将’’と呼んだ彼女に尋ねた。
キュリアスは冷や汗を流していた。それは彼女に対して起こった現象である。
可愛い幼げの少女に見える’’大憲将’’には異様なオーラが感じられた。
「ふん。役職で呼ぶな。マグナ・カルタ様じゃ。」
「あなたは私を捕まえにでも来たの?」
キュリアスはマグナ・カルタの様子を伺いつつ、戦闘態勢に入ろうとしていた。
彼女は知っている。この女は只者ではないと。
どれだけ慎重にしなければならないのか。それほどの実力の持ち主であるから。
「まぁ、そう構えんでもよい。別にお前を捕まえに来たのではないぞ。」
彼女はキュリアスをじっと見つめ彼女の持つ宝玉に目を持っていった。
「実はこの前、わしの友の研究所からあるものが盗み出されたと聞いてなぁ…。」
キュリアスは苦虫を噛み潰したかのような表情になっていた。
マグナ・カルタの目的は恐らく、彼女の手に持つ宝玉である。
しかしこれはキュリアスにとって渡すことの出来ないものであった。
「いくらあなたが相手でもこれは渡せないわ。」
「ほぅ?このわしが相手なのにかのぅ?」
彼女たちのあいだに不穏な空気が流れ始めた。まるで火花が流れているかのように触れればやけどしそうであった。
キュリアスが攻撃を仕掛けようと、鎌を振るおうとした。
「やめておけ…。まだおぬしも死にたくはなかろう?」
彼女は不敵な笑みを浮かべた。すると背後には禍々しい黒いオーラが溢れ出ていた。
そして彼女の存在というのは人間では到底かなわないとてつもなく大きな存在に感じられた。
「っっ!!!!!!!!」
そのあまりにも桁違いのオーラにキュリアスは思わず後ずさりして屋根の方に身を引いた。
これがヴランドール王国の《大憲将》の力である。彼女は王にものをいうことの出来る存在。
王同等の力を持つ存在。それが《大憲将》なのだ。
「どうする?たたかうのか?わしは構わんぞ?」
彼女の表情は純真な年端も行かない少女のような笑顔である。
しかし、それは仮初のように見えていた。
「やめときましょう。あなたと戦うほど私は愚かじゃありませんので。」
大憲将相手に戦うのは愚かだと判断した。いや、それが正解である。彼女に勝てるものなどいない。
恐らく実力者なら分かる。
「安心せい。別にそれを取りに来たわけではないのじゃ。」
「ならば目的は?」
キュリアスは彼女の思わぬ言動に驚いていた。
「在り処がわかればいいのじゃ。必要になったら取り返すだけなのでな?」
取り返すことが出来ることが可能ということ前提で話すあたり実力が十二分にうかがえた。
「それじゃあ、わしは帰って昼寝でもするかのう。」
そう言うと、マグナ・カルタの周りに木枯らしが再び吹き荒れた。彼女を包んでいった。
そしてやがて風と共に彼女は姿を決していったのである。
「相変わらずなんという人なのかしら。いや、《人》ではないわね…。」
彼女は身体から大量の冷や汗を出していた。
それが彼女の谷間に染み込んでいき、妖艶に見えていた。
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