紅月の悪魔 篇

月夜の惨劇

 人が寝静まり、家の灯りも消えた真夜中、彼は夜警のために複数で街中を歩いていた。

 軍服に二角帽をつけた若い男たちが、深夜の街道をガスランプを手に持ち、徘徊していた。

 腰にはサーベル、拳銃を身につけた。


「はぁ…。奥さん欲しいな…。」


 4人のうち1人の治安兵ガードナーの男がため息をつきながら重々しく語った。


「お前まだ嫁さんいないのか?俺なんて今年で5歳になる可愛い娘がいるぞ?」


 彼の話をすぐそばで聞いていた屈強な身体の先輩の治安兵ガードナーが自慢げに家族の話をしていた。

 しかし、その話を聞いて男は余計にしょんぼりしていた。


「先輩羨ましいです…。俺なんて出会いがないんですよ?」


「出会いなんて自分で見つけるもんだろ?」


 ここでガスランプを手に持ったヒゲが特徴の顔立ちの整った治安兵が会話に割って入ってきた。


「そんなこと言ったって…。大体いい女って大抵、騎士ナイトとか、竜騎士ドラグーンの方にいっちゃうじゃないですか?」


「そりゃ、おめぇうちの国の花形だからな。俺たちなんてチンケなもんよ。」


 治安兵ガードナーたちにとって騎士ナイト竜騎士ドラグーンたちは雲の上の存在であった。戦いにおいて、最も必要とされており、待遇も全く違う。

 治安兵ガードナーは事件がない限り、こうやって夜警や街の見回りくらいである。

 適当な仕事をすれば国民から白い目で見られる哀しい身分なのだ。


「僕はこの仕事結構、好きですけどね。」


 もう1人の若々しい男は先輩たちの話を聞き自分の意見を述べた。

 彼の言うとおり、人気云々ではなく、その仕事をしっかりとこなすことが大切である。

 実際治安兵がいなければ治安は悪くなってしまうため、役立っているのだ。


「まぁ、お前の言う通りだな。言いなれば、女口説くのに職業なんて関係ねぇって事だよ。」


 ヒゲの特徴な治安兵の男は自分のヒゲを触りながらそう言った。


「そうか…。そうだよな。俺も頑張ろう。」


 奥さんの欲しいという願望をもつ治安兵の男は自分の後輩の話を聞いて自分なりに決心をした。

 そんな4人はいつもたくさんの店が開かれて賑わっている通りを異変がないか注意しながら歩いていた。

 そして噴水のある広場まで来た時に、人影のようなものを見つけた。


「うん?誰だ?人がいるようだけど…。」


 子持ちの先輩治安兵は人影をみてそう言った。

 それにつられて、ほかの3人もその人影をランプを照らして凝視した。

 その人影をというのは、どうやら女性であった。

 しかもかなりナイスバディで胸元を大きく開いたドレスを来ていた。

 妖艶な顔でありつつ、どこか哀愁のようなものが漂っていた。


「お嬢さん。こんな時間に1人で何してんるんだい?」


 活かしたヒゲが特徴の治安兵はカッコつけてその女性に尋ねた。


「身体が火照って…。私の夜のお相手をしてくださる人を探していたんです…。お相手して下さりますか…?」


 彼女はそう言ってこれでもかと自分の胸元を強調した動きをした。まるで誘っているかのようであり、治安兵たちは内心気が気ではなかった。


「お、おい…。どうする?こんな上玉めったにいねぇぞ?」


「先輩、今仕事中ですよ?そんなこと言ってる場合ですか?」


 少し暴走気味の顔立ちの整った先輩治安兵を止めようとするものの、やはり上下関係がある以上、上手くはいかない。


「硬いこと言うんじゃねぇよ。こういうのは経験だって。お前もそういうことは知っとけ。」


「いや、そうではなくて…。」


 先輩の暴走を止めることはできなかった。やはり人間欲望には忠実になることがどうしてもある。

 例えば今のような性欲を抑えられないような状況だってあるのだ。


「こら、あいつの言う通り仕事中だ。そういうのは後でしろ。」


 子持ちの治安兵の男性はヒゲが特徴の治安兵を諌めた。流石にかには妻子もちだけあって、こういうことには興味がないようだ。

 そんな中で、女性はクスッと笑って一言言った。


「四人同時でも…私はかいませんよ?」


 なんといういやらしい響なのか。四人の男対一人の女性。つまりは5Pということである。

 そのようなことを妖艶な彼女が言うため余計に彼らの劣情を誘った。


「先輩、たまには息抜きってのも必要ですよ?大丈夫ですって今日だけなら。」


「いや、妻を裏切るなんて…。」


「先輩。いいじゃないですか!!俺もうギンギンなんですけど。」


 結婚願望をもつ治安兵は、やはりその欲には逆らえなかったようだった。下腹部はテントを張っており、みっともなかった。

 今まで真面目だった後輩治安兵も、少しだけ興味ありげになっていた。


「わ、私は妻を裏切るなんてできるか!!そんなにしたいならお前らだけでやってこい!!」


 彼は欲望に打ち勝った。欲望よりも妻への愛を選んだのだ。

 いや、人として素晴らしい判断である。


「なら、俺たち2人でこの女性を部署の方まで送るので、先輩1人とあいつで見回りをお願いできますか?」


 そう言うと、隣にいた結婚願望持ちの治安兵の肩を組み、まるで同志かのように振舞った。流石に国民の税が給料であるため、このような勤務態度ではならないのである。



「な、ふざけるな!!お前ら仮にも治安兵だろ!?」


「だから!俺たちはこの女性を保護するので、先輩は見回りをお願いしますよ?」


「今日だけお願いします先輩!!」


 なんと下衆な考えなのだろうか、仮にも治安を守る兵士であろうものが、己の欲望に負けるなど、あってはならない。

 しかし、もはや何を言っても聞かないため、彼は不本意だが諦めることにした。


「分かった…。」


「では御二方、こちらへ来てもらってもよろしいですか?」


 そう言うと、妻子もちの治安兵はガスランプを手に取り、二人は彼女の誘う方へとのこのこついっていった。


「はぁ…。治安兵が聞いて呆れる…。」


 彼は二人の後輩たちのことを思っていた。行ってしまった後輩二人とは違い、妻子持ちの治安兵ガードナーである彼にとってこの仕事は彼なりに誇りを持っていた。

 それはもちろん地味ではなあるものの、確実に民の平和のために活躍している。

 彼は星の輝く夜空を見上げた。綺麗な星たちが、輝きを放っていた。


「先輩、やはり心配なので二人の様子を見てきます。」


 残った真面目な後輩治安兵は先輩である男にそう告げた。彼は先程の二人とは違って、この仕事をきちんとやっている。

 このような人間ばかりなら、どれだけ良いのだろうか。


「あぁ…。すまない。あいつらが変なことをしないか頼む。」


「わかりました。では行ってまいります。」


 そう言うと、先輩である治安兵の男に向かってきちんと礼をして3人が行った方向へと駆け足でいった。

 一人見回りの勤務となった彼は夜空を見上げてひとつのため息をついた。


「安心しろ。俺は前たちを裏切ったりはしないからな。」


 彼の手には妻と娘と自分の写真が入ったロケットを眺めていた。

 彼にとって自慢の愛する妻である。そして、二人の愛の結晶である娘。その顔はどちらかといえば妻のほうに似ており、可愛らしかった。

 ロケットの写真を見て浸っている中、突然大きな叫び声がこちらまで響いてきた。

 その叫び声はつい先程、部下達が女性を連れていった方向であったのだ。


「うわぁぁぁぁ!!!!!!」




 間違いない。その声は、よく聞きなれた声。先程様子を見に行った治安兵の声であった。彼の尋常ではない叫び声に驚き、何事かと思い急いで現場まで向かった。彼が進んでいったところは薄暗い路地裏であった。

 黒く建物の形くらいしか見えない暗闇の路地を持っていたガスランプで照らした。

 そこには信じられない光景が写っていた。


「おい!どうした!!?」


 慌てて駆けつけた彼の前には目を疑うような光景が広がっていた。あちらこちらに飛び散っている赤黒い血。

 足元にも致死量を超える血の量が川のようにこちらに流れていた。

 そして極めつけは三つの人形のように全くピクリとも動かない人間であっただろう存在。



「あら…?どうなさいました?」


 彼女は不敵な笑みを浮かべていた。

 間違えない。彼女がここにいるということは、この遺体たちは先程まで、雑談していた後輩たち。彼らは見るも無残な姿に変わり果てていた。

 一人は首や四肢を切り落とされ、一人は4等分にされ、もう一人ははもはや原型のないほどに切りかれていた。

 しかし、彼には分かる。間違いなく、自分の後輩たちである。彼らの着用していた軍服に二角帽などがあったのだ。



「おい。あいつらはどうした…?まさかそこの死体たちとは言わないよな?」


 彼女の足元に転がる亡骸3体を指さして尋ねた。もちろん信じたくはないため、確認をした。しかし帰ってきた返答とは、彼女はまるで悪魔のように残忍な笑みである。

 確信した。この女が部下達を殺したのだと。

 そして彼の顔は憎しみにより険しい表情に変わっていた。


「ふふふ。その通りですわ。しかし、雑兵程度の血ではこの子は満たされませんわね…。」


 ケラケラと笑い彼女は己のもつ身の丈を超える大きな鎌を撫でた。

 その刃は赤黒い鮮血に染まっており、それが月に照らされ、より一層不気味さがあった。

 彼はその鎌を見た時にとある事件を思い出した。

 それは数年前、月の出ている夜のみ殺戮を繰り返し、犯行に使われた大鎌に付着した鮮血の色が月の光に照らされ、まるで紅い月のよう見えたことから、「紅月の悪魔」と呼ばれたのである。


「お前…キュリアス・グラスハートだな…?」


 血がついた大鎌をもつ妖艶な姿の女に向かってそう告げた。

 そして彼女は「はい」と言わんばかりの美しくもその裏には残忍さのようなものが感じる笑顔をしていた。


「そうか…。お前が…あいつらを…。」


「のこのことついてくる彼らが悪いとは思いませんか?」


 全く悪びれることもなく、笑顔で彼に対してそう言った。

 彼女は快楽殺人者と言われるにあまりにも似合いすぎている。人を殺すことを躊躇わず笑顔で殺す。

 殺すことに快楽を感じている。人としてありえないことだ。


「お前をここで殺す。あいつらの仇も含めて必ず!!」


 自分の後輩を殺され事に怒り心頭であった。彼にとっては出来が悪くとも、かわいい後輩なのだ。

 それをあのように無残に殺されて穏やかにいれるだろうか。いいやいれない。

 男は懐から拳銃を取り出した。自分の大切な部下を殺された憎しみに身を任せ銃の引き金を引いた。

 7発の銃弾が彼女へと向かっていった。乱雑に撃ったとはいえ、この数なら一、二発は当たるはずである。

 しかし彼女には銃弾がひとつたりとも当たらなかった。

 いや正確にはと言うのが正しいだろう。

 その光景に治安兵はあまりにも非現実的なことに驚愕していた。


「な、何故だ!?確実に当たったはずだぞ!?」


「ふふ。そうね。確かに当たったわね。私の幻には…。」


 キュリアスがそう告げると同時に、彼女の姿はまるで煙のように消滅した。

 ありえない。このような人間離れした特異な現象を起こせるのは竜撃銃ドラグーンマスケットくらいである。

 この世界にはそもそも、魔法という概念も存在もない。

 故に、このようなできごとを見て、平然としていられるわけがないのだ。


「身体が震えてますわよ。そう。あなたは今を抱いている。」


 キュリアスの声だけは聞こえるが姿はどこにもない。辺りを見廻すが、人の影すらない。


「何処だ!!」


 声を荒らげる。どこを見ても彼女の姿などない。正直これでは対処ができない。

 ただでさえ薄暗くガスランプだけでは限界がある。


「先程の銃撃にもあなたは憎しみを抱きつつ、根底にはを抱いていた。」


 姿を見えないキュリアスは響く声で淡々と語る。


「戦いにおいてを抱いた時、その時点で戦いは終わっていますのよ?」


 ケラケラと笑う。笑い声は路地裏に響いていた。男は身体が震えていた。

 それは見えない恐怖に対してである。彼女の笑い声はまるで先を見越しているかのように、余裕があり、狂っているかのようであった。


「くっ!!さっさと出て来やがれ!!クソ野郎が!!!!」


 業を煮やした男は更に銃弾をうつ。どこにもいないはずなのに、あちらこちらに無駄弾を放っていた。


「言ったはずですよ?あなたはを抱いている。人は恐怖を抱くとその現実から逃れようとする。」


「俺は恐怖など持っていない!!俺はお前を殺してこいつらを仇をとる!」


 男は恐怖を抱いているようには見えない。しかし、身体は言葉ほどにモノを言う。彼の身体は、恐怖によるものか震えているのだ、小刻みに。


「あなたは恐怖に負けた。もう終わりにしましょうか?」


 彼女は今までとは打って変わって急に、冷めたように冷徹な口調に変わった。

 その声は男の耳元から聞こえた。とても近い。


「くっ!!?」


 男は振り返った。振り返った先にいたのはまさに悪魔のような歪み恍惚とした笑顔。

 人を殺ることに快楽を感じる彼女に相応しい顔であった。

 彼の顔は絶望により、顔が歪み紙くずのようになっていた。はじめて恐怖が顔に現れた時であった。



「さようなら…。」


 キュリアスはその一言だけ告げると。大鎌で彼の身体を斧で薪を割るかのように真っ二つに切り裂いた。

男は自分の身体が二つに離れていくのがわかった。そして、己が死にゆく運命であると。

そんな中で彼は自分の妻と子供の姿を思い浮かべ、もう自分は二度とそこには戻れないことに涙を零し視界が闇と化した。




「ふふふ。はぁ…はぁ…たまんないわ。あの絶望を抱いた顔…。興奮してがグショグショだわ…。」


 キュリアスは自分の手で己の陰部をまさぐった。するとそこには糸を引いた透明の液体が手にべっとりついていた。

 そして、その液体を舌で舐めた。


「はぁ…。もっと…もっと欲しい…。今度はが抱く恐怖を!!!!!!!!!」


 彼女の狂ったような笑い声は月の出る闇夜に狼のとう吠えのように響いていた。





































 


 


 












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