初日

「てことで、みんな今日からよろしくな。」


 教室の教壇にて生徒たちに軽く挨拶をした。真面目のような印象を受けたと思われるがレイドの内心では相当だるいのである。

 朝早くに起こされ、寝ぼけている中で、色々な説明をされても頭に入る訳はない。


「先生!」


 元気な女子生徒が声をあげた。


「ん?なんだ?」


「先生ってあのなんですよね?」


 レイドの懸念していたことは的中していた。

 昨日の模擬戦において、自らの力を露呈さててしまったことである。

 漆黒の竜騎士化フルアームドは彼のみであり、いわば専売特許のようなものである。

 幸いなのが、王国関係の人間に見られてないことであろう。


「なんでそう思う?」


 一応聞いてはみた。


「だって、あの漆黒の竜騎士化フルアームドって言ったら漆黒の竜騎士しかいませんよ?」


「ごもっともです…。」


 彼女の言う通り、他の竜撃銃ドラグーンマスケットで黒はない。

 つまりあの姿を現した時点で名前を名乗っているようなものである。


「先生の竜撃銃ドラグーンマスケット見せてもらっていいですか!?」


「え?」


 彼女の質問はレイドを思わず驚愕させた。

 竜騎士ドラグーンにとっての竜撃銃ドラグーンマスケットは命の次に大切なものでもあるのだ。

 特に、汎用型ジェネラルタイプとは一線をなす、単一型ソールタイプ持ちならば。


「いけません。」


 女子生徒との会話をドア際に立っていたメリアが水を差してきた。

 顔色一つ変えない真顔で言うものだから、レイドは少しだけ驚いていた。


「あぁ、メリア先生…。すまないな。流石に見せることはできない。」


「うぅ。残念…。でも先生っていくつですか!?彼女いますか!?」


 竜撃銃を見ることができなかったことに少し哀しそうにしていたが、すぐに切り替えて違う質問をなげかけた。

 お年頃の女子らしい質問であった。


「いや…そうだな…。」


「聞きたいです!!」


「私も私も!!」


「先生見た目カッコイイ方だからいそうだよね!?」


「もしかして奥さんだったりして!!」


 女子の質問にみんながみんな食いついてきた。さすがは女子校。恋沙汰になるとこうも賑やかになるのか。

 しかしそれに対して反応に困るのはレイドの方だった。

(おいおい、元気良すぎだろ…。こんなの俺持たねぇぞ…。)


 先が思いやられるレイドであった。

 そんな内心うんざりしていたレイドは少し教室を見渡すと、アレクシアがいることに気づいた。

 何か物言いたげな顔をしていたがよく見えなかった。


「あなた達、少し静かになさい。仮にも士官生ですよ?」


 メリアは怖い顔に厳しい口調で生徒達を黙らせた。

 自分が怒られている訳では無いとはいえ、身が引き締まるようであった。


「ま、まぁ…。後で質問は聞くからとりあえず、落ち着こうな?」


「「はーい。」」


 生徒達をしっかりとフォローをした。多分。返事をしているあたり、分別は付いているだろうと思う。

 こうして、HRが終わり職員室の方へと向かおうとしたレイドに背後から声がかけられた。


「ねぇ。あなた。」


「うん?」


 振り返るとそこには深紅の美しい髪をまとめて左肩におろした女性。そう、昨日模擬戦で戦ったアレクシア・ローゼンハイムだった。


「なんだお前か?どうした?」


「授業終わったら、中庭にきて。いい?絶対だから?」


 こういうのは「告白」なんてものが相場と決まっているだろうが、昨日が昨日なだけにありえない。

 だとしたらなぜ呼び出したのだろうか。


「俺の意思は無視ですか?」


「いいからきて。来なかったら…どうなっても知らないから…?」


 アレクシアはそっとレイドに近づき脅しをかけた。学校ここはなぜこのように気の強い女性しかいないのだろうか?

 ある女性はレイドを脅してここで働かせたパワハラ校長。ある女性は全く表情を変えない氷のような先生。ある女性はいきなり呼び出し来なければ…と脅す女子生徒。


「もう…。そういう女は家に沢山いるっつーの。」


「ちょっと、聞いてるの!?」


「はい!!聞いてますよ!!」


 ここに人権というものは存在しないようである。レイドは心底うんざりしていた。

 だからこそ投げやりな返事をした。


「じゃあよろしくね。あ、私のことはレクシィーでいいから。」


 そう言うと、後に控えていた友達のエリザとリンたちの方を振り返り、授業へと向かった。

 頭を掻きあげ、気だるそうな表情をして職員室の方へと向かった…。




「レイドさん。あなたは仮にも先生であるので、あのような質問は答えなくてけっこうです。」



「は、はい…。すいません…。」


 職員室に来て早々、机の前で、先生に怒られている生徒のような姿のレイドがいた。

 レイドが怒られている相手というのは、メリアである。

 眼鏡をクイッとあげ、光に反射してより一層不気味であった。

 立たせれているレイドに対して、椅子に座っているメリアはなかなかセクシーな格好をしており、シャツのボタンをわざとか分からないが、2つほど開けて、大きな胸を谷間ごと見せつけていた。


(それにしてもこの人胸でかいなー。カルーシャのババアもデカいけどあれは筋肉だしなー。)


 説教を受けてるとは思えないような下品なことを考えていた。

 胸をチラチラと見ていたがメリアはあまり気づいていないようだった。




「しっかりしてくださいね。あなたは普通の人間とは違うのですから。」


 ちなみにここは、本来男子禁制の女子校。それは教師でも例外はないのだ。

 唯一の男の先生であるレイドを他の先生たちは物珍しそうに見ていた。


「重々承知しています…。」


「まぁ…今回はここまでにしましょう。」


 説教はようやく終わりを迎えた。内心ではほっと息をついていたに違いない。

 メリアは教科書などを持ち、授業の方へと向かっていった。

 職員室から出ていったのを確認したレイドは一気に萎えし伸びた野菜のようになった。


「あー、初日でこれかよ…。働きたくないよ…働きたくないよ…。」


 初日からの女性たちからの仕打ちに、現実逃避をしていた。

 そもそも、こんなことにはなるはずではなかった。

 全てはあの腹黒校長によるものであるとレイドは考えていた。


「あのー。大丈夫ですか?」


 自分の席でぐったりとしているレイドに一人の女性教員が心配したのか話しかけてきた。

 ふわふわとしている髪にタレ目の可愛らしい顔の女性教員だった。


「えぇ、気にしてもらってすいません。でも大丈夫ですよ。」


 この時、レイドは癒しを見つけたようだった。今までは気の強い女性しかいなかったがここに来て、心配をしてくれる女性を見つけたのだ。


「あ、私、シェーラ・トリュフです。騎士科の教員をやっておりまして、騎兵歴史学を教えています。よろしくお願いしますね?レイド先生?」


 純真無垢な透き通った水のような笑顔はあらゆる不純物という名の不満を含んでいるレイドを優しく浄化した。


「こちらこそよろしくお願いします!!シェーラ先生!!」


(これだ!!俺が探し求めた癒しは!!俺のまわりの女にはないこの素朴さなんだ!!!)


 思わず、彼女の両手を握り、じっと目を見つめた。

 まじまじと見つめられた上に手を握られて混乱しているシェーラは思わず顔を赤らめた。


「ど、どうしたんですか?そんなに見つめられたら私…恥ずかしいです…。」


「いいえ…、あまりにもあなたの顔が美しくてつい…。」


 渾身のかっこいい声を振り絞りそう口説いた。


「えぇ!?そ、そんな…急に言われましても…。」


「いや、構いません。まずはお互いを知ることから始めませんか?」


 慌てふためく彼女を逃がさないように言葉を続けた。仮にも先生でありながら、このような行為許されるのだろうか?

 他の先生たちはその様子をキャーキャー言って楽しそうに見ていた。


「何をやっているんですか…?レイド先生?」


 凍てつくような声。

 そうそれこそ、レイドの求めるような癒しとはおよそ程遠い存在のものであった。

 眼鏡を動かした音がした。間違いない。

 ゆっくりと首を動かすと、そこにはどす黒いオーラの怖い顔をしたメリアが立っていた。


「メ、メリア先生…。どうしてここに…?」


「忘れものを取りに来ただけですよ。それよりレイド先生。その手は何ですか?」


 彼女はシェーラの両手をしっかりと握るレイドの手を指さした。

 慌てて離すがもはや遅かった。


「覚悟はいいですね??」


「ま、待って!!メリア先生!!話せば分かる!!あぁぁぁぁ!!!!」


 職員室に響き渡る虚しい命乞いは儚くも願いとどくことはなかった…。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「あっててて…。容赦なさすぎだろあの暴力女…。」


 メリアによってしごかられたレイドは身体ボロボロになりながらも、その肉体を引きずってレクシィー(アレクシア)に言われた通り、中庭にやってきた。


「あれー。どこにもいねぇじゃねぇか。」


 あたりを見渡すが、彼女らしき人物は見当たらなかった。

 いるとしても他の生徒達であった。


「あいつ、人をこさせといて遅れてくるのかよ。礼儀がなってないな。」


 ブツブツと文句を垂れ流して、近くにあったベンチに座ることにした。中央には大きな噴水があり、勢いよく水しぶきををあげていた。

 それをぼーっとただ眺めていた。

 しかし、その刹那レイドは自分に向けられている僅かな殺気を感じた。


「…!!」


 殺気を感じ取ったレイドはこちらに飛んでくる何かを感じ取り避けた。

 避けたあとに自分のいたベンチを見ると一発の銃弾が貫いていた。


「おいおい冗談にしては酷すぎないか?」


「ちっ…。失敗したわ…。」


「今舌打ちしただろ?」


「いいえ。それよりちゃんと来たようね。」


 レイドに弾を打ち込んだ人間というのはアレクシアだった。

 恐らく、近くの茂みに隠れて狙っていたのだろう。制服の肩あたりに葉っぱがついていた。


「いや…お前が呼んだんだろ…。」


 自分が呼び出した癖にあの言い分はイかれているとレイドは思った。

 レクシィーを見ると、彼女の少し後ろ側に二人の女子生徒が立っていた。

 一人は、プラチナブロンドの髪に左の目元黒子のある女子生徒と、もう1人は群青色の髪をポニーテールにしたキリッとした目が特徴の中性的な女子生徒だった。


「わ、私は竜騎士科のエリザベート・チェイサーです!!エリザと呼んでください!!」


 そう言ってレクシィー以上メリア未満の大きな胸を揺らして深々とお辞儀をした。

 正直いえばエロい。しかし本人はそんなこと微塵も思ってない顔がまたなんと。


「おう、よろしくな。エリザ。」


「はい!!」


続いて挨拶をするのは群青色のポニーテールの少女のリンであった。


「私はリン・フェイ。ジルトニアからやってきた留学生だ。よろしく頼む。漆黒の竜騎士。」


 リンは、手を差し出して握手を求めた。少し戸惑いながらもレイドは握手を交わした。


「ジルトニアから来たのか。わざわざ遠いところからご苦労なこって。」


 ジルトニアとはヴランドール王国の南部に位置する国であり、その間には「五大国」のひとつ’’ユリウス教国’’が位置しており、遠いのだ。

 ジルトニアは正式名称がジルトニア王国であり、「五大国」には及ばないものの、それに継ぐ実力を持つ国である。


「私の父が見聞を広めてこいとのことで、ここに来たのだ。」


「なるほど。いや、いい考えだ。自分の国に閉じこもらずにもっと広く世界を見る。俺は好きだぜ。」


 全く面識もないがリンの父に少し好感を持ったのであった。

 しかし突然レクシィーが間に入ってきて会話は止まった。


「はいはいそこまで。目的を忘れないでよ。」


 少し不貞腐れていた顔をしていた。しかしなぜそのような顔をしているのかレイドにはさっぱり分からなかった。


「なんだよ目的って。」


 先程の行動をするからにまた決闘か何かかと思っていた。

 それによくよく考えてみれば、実弾を顕著なくしかも隠れて撃ったことにあまりレイドは反応していないが、これは普通に異常だ。

 レイドじゃなければまず死んでいた。



「私を騎士見習いスクワイアにしてくれないかしら?」


「はぁ?騎士見習いスクワイアって弟子ってことだろ?なんで?」


 彼女の口から出た言葉に驚きを隠せなかった。まさか騎士見習いスクワイアの言葉が出るとは思わなかったのか、うしろの二人も目が点になっていた。

 そもそも騎士見習いスクワイアとは伝統的に存在するものであり、未熟な騎士を一人前に育てるという名目で弟子を取るのが、騎士ナイトたちの風習であり、それは竜騎士ドラグーンであっても同じである。

 しかし、それをよりもよってレイドの弟子になるとはもの好きである。


「冗談だろ?なんで俺がお前を弟子にしなくちゃならないんだよ?お?」


「だってあなた強いから。しかもあの三銃士トライデントの一人で漆黒の竜騎士だし…。」



 両手の人差し指の腹をつんつんと押しながら物欲しそうな顔でレイドを見ていた。


「あのな。俺はもう現役じゃないんだよ。それに弟子なんて取らない主義だ。」


 確かに、彼はもう現役ではない。それだけではなく、面倒なのだ。

 ただでさえ、この生活が始まったばかりにも関わらず、そこに子供ののお守りなどやってられないのだ。


「もっと他にもいい先生の騎士見習いスクワイアになれ。俺はとるつもりは無い。」


 きっぱりと断った。しかし、そこで引くようなレクシィーではなかった。


「お願いします!!何でもやるから!!私を弟子にしてよ!!?」


 レイドの服を掴み涙目になりながら懇願していた。なかなかの力で揺さぶるのでので脳震盪がおこりそうになっていた。


「や、やめろって!!落ち着け!!分かった分かった!!」


「本当!!?」


 その言葉を聞いたレクシィーはレイドの服の裾を離した。

 願いが聞き入れられたと思っていた歓喜に溢れる顔をしていたのだが…。


「ふぅ…。よし!!」


 服を離したのを確認した瞬間レイドはレクシィーたちから逃げるように全速力で駆け抜けていった。


「あぁ!!騙したわね!!?待ちなさい!!」


「ちょっとレクシィーさん?待ってください!!」


「ま、待て私を置いていくな!!」


 レイドを追いかけるレクシィーにあとを追うように、エリザとリンも走り出した。

 まるで鬼ごっこのように鬼(レクシィー)から逃げるレイド。

 その様子にほかの生徒達も驚いていた。


「はぁっはぁっ!!おお!?お前はや!!」


 ちらりと後ろを振り返れば、ずんずんと綺麗な走り方でレクシィーがレイドとの距離を詰めてきたのである。


「私を舐めないでもらえる?だてに朝20キロスート(20km)全速力で走ってないから!!」


「くっ!!こうなったら。こっちだ!!」


 流石に遮蔽物のない外ではぶが悪いと思ったレイドは校舎の方へと入っていった。


「二人とも早すぎますよー。はぁっ…。」


「大丈夫かエリザ?ふらふらだぞ?」


 二人の猛スピードにとても追いつけないエリザは途中でふらふらになり、追いかけるのを諦めたのである。

 リンは、息は切れていないものの、エリザを放っては置けないことで、止まることにした。

 うってかわって、二人は校舎の中でも関係なくチェイスを広げていた。

 今度は先程のように外ではなく、様々な形に入り組んでいるのを利用して、差を少しずつ広げてきた。


「舐めるなよ。逃げることにおいて、俺の右に出るやつはいねぇ!!」


「もぅ!!全然差が詰められない!!こうなったら。」


 そう言うと彼女は腰辺りにあるホルスターから竜撃銃ドラグーンマスケット ウェルシュ・ドライグを取り出した。

 そして2発弾をレイドに撃ち込んだ。

 しかし、走りながらであるため、照準が合わないのか、外れて違うところ飛んでいったのだった。


「おおい!?こんなところでそんなもん使うんじゃねぇよ!!?殺す気か!!」


「あなたが私の師匠にならないならいっそ殺してやる!!」


「鬼かお前は!!!!?」


 レクシィーの目は完全に血走っており極めて危険な状態であった。

 恐らく本気である。本気で殺りに来ている。

 ならば全速力で逃げるのみ!!

 命がかかっているからにはここから何が何

 でも逃げ切る。そう決心していた。

 そして逃げるために激走をしていた最中、交差した廊下の右側から人がやってきた。

 フワフワした髪のタレ目の女性。そう。シェーラ・トリュフであった。


「あ!」


「うぉお!」


 このスピードでは間違いなくぶつかって怪我をさせてしまう。しかし、今更止まることは不可能であった。

 そこでレイドはぎりぎりまで踏ん張り、慣性の法則をいかして弱まったスピードでシェーラを抱き抱え、社交ダンスのような格好で危機を回避した。


「大丈夫ですか?シェーラ先生?」


 キメ顔でそう言った。レイドは今、大切なものを守りきた安堵の気持ちでいっぱいである。


「あっ…。レイド先生…。」


 シェーラは頬を赤らめてレイドの顔を見つめた。

 だが、まだ脅威は終わっていなかった。銃を片手に走ってくるレクシィーがいた。

 彼女はレイドに向けて3発の銃弾を放った。


 バン!!バン!!バン!!!


 3発の銃弾はレイドに向けて、発射され真っ直ぐに的へと進む。

 しかしその的というのはシェーラも範囲に含まれていた。

 レイドだけなら避ければどうと無いがこのままではシェーラに危険が及ぶ。

 そう考えたレイドはを出した。


闇の門ブラックゲート


 その言葉とともに、レイドを守る黒い闇の壁が現れた。そう、模擬戦で見た能力である。

 3発の弾はまさにあの時同様、吸い込まれて消滅した。


「なっ、ここに来てそれを使うなんて…。ずるい!!」


「ずるくねぇよ!!使わなかったらシェーラ先生まで巻き込んでたんだぞ!!」


 実際その通りである。レイドはともかく関係の無い人間を巻き込むのはいけない。

 選択としては一番良いと考えられる。


「レイド先生…。私を守ってくださったのですね?」


「とんでもございません。あなたに怪我を追わせたくなかっただけです。」


 キレッキレのキメ顔でクサい台詞を吐いた。

 キメすぎてむしろ気持ち悪かった。


「余所見ばかりしないで、こっちみなさいよ!!」


 レクシィーは竜撃銃ドラグーンマスケットを使わずに、勢いよく飛び上がりキックを繰り出した。

 流石に生徒を闇の門ブラックゲートの餌食にする訳にはいかない。

 そう考えたレイドはひとつの案が思い浮かんだ。


「避ければいいだけじゃん?」


 ひょいとしゃがんで当たる高さを回避した。

 しかし、運が悪かった。それがもしだれも後にいなければ、最善策であったのだが…。

 たまたま、この時は背後に人がいた。しかもよりもよって…。


「おや?これはローゼンハイムさん?何をやっているのですか?私に腹蹴りなど…。」


 冷たい声でそう答え、眼鏡をかけ直した。しかしその時、光にあたり不気味に見えた。

 間違いないメリアであった。

 レイドが避けたあとに、レクシィーの飛び蹴りはメリアのお腹当たりに命中した。

 しかし、蹴りを浴びせたレクシィーの方が吹っ飛ばされたのだ。


「メ、メリア先生…。これは…。」


 必死に言い訳を探すレクシィーであったが、既に遅かった。


「職員室に来なさい。」


「は、はい…。」


 容赦のない声でそういった。その姿にレイドは笑いを堪えるので必死であった。

 しかし、今ここで笑えば殺される。そう思い、おしとどまった。

 だが、終わりではなかった。


「ところでレイド先生。」


「な、何でしょう?」


 話しかけられた。一体何を言われるのだろうか。もしかしたら、避けたことを怒るのか。しかし、これはきちんとした理由がある。シェーラを怪我させないためである。

 きちんと理由はある。


「どうして、シェーラ先生にをさせているのですか?」


「え?」


 そのようなこととは、遅く社交ダンスのフィニッシュの時のようなポーズになっていることである。


「Oh…。」


「あなたも一緒に来てもらいます。」


 まさに死の宣告であった。彼女は一欠片も笑みがない。いやもともとだろうが、まるで汚いものを見るような目をしていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


「すみませんでした…。」


「今回はこのくらいにしておきます。しかし、次に校舎内でこのようなことを起こせば…。いいですね…?」


 職員室にてこっぴどく叱られていた。しかし、彼に比べればまだレクシィーはマシな方である。

 立っているレクシィーの隣には正座で怒られているレイドがいた。萎んだ花のようになっていた。


「レイド先生。あなたは仮にも教員なんですよ?」


「は、はい…。」


 完全にとばっちりをくらったレイドが少し気の毒にも感じた。


「今後一切、生徒の前であのようなことしないでください。わかりましたか?」


「深く反省します。」


 彼女の冷たい氷のような眼差しで見下されており、Mであれば喜びそうなシチュエーション・コメディであった。

 しかし、そんな笑い事ではなかった。

 今日だけで、何度怒られたのだろうか。初日からこれはなかなかメンタルに来るものがある。


「ところで、なぜあのように状況になっていたのですか?」


 メリアは先程の状況についての経緯を尋ねた。


「あれはレクシィー…アレクシアが騎士見習いスクワイアにしてくれって言われたのです。」


騎士見習いスクワイアですか…。しかし、レイド先生には…。」


 メリアはレクシィーの方をみて、気難しそうに答えた。

 メリアが懸念しているのは、によるものである。

 ――トロイア殲滅戦――それが彼の恐ろしさを物語っていたのだ。


「私は良い案だと思いますよ?」


 突然、メリアたちの会話に入り込んできたのは、ナヴァロン校長であった。

 彼女は相も変わらずの、聖母のような笑顔であった。


「漆黒の竜騎士と呼ばるレイド先生が生徒を育成するなど素晴らしいとおもいますよ。」


「ちょっと、待ってくださいナヴァロンさんいや、ナヴァロン校長。俺は子供のお守りなってまっぴらだぜ?」


 慌てて反論をするレイドであるが、彼に対してナヴァロンは近づいて耳打ちをした。


「もし…騎士見習いスクワイアをとって下さるのなら、給料に育成手当を弾みますよ。もちろん多ければ多いほど、額は保証しますが…?」


 つまりは、たくさん弟子を取ればとるほど、手当としてお金が多く貰えるということだ。

 それは聞いた瞬間目の色が変わった。


「よし。いいだろう!!レクシィー…いやアレクシア。お前を俺の騎士見習いスクワイアにしてやるよ!!」


「えぇ!?さっき嫌がってたのに!?」


 正反対に対応を変えてきたレイドに驚いていた。先程まで頑なにも拒んでいたのに、校長からの耳打ちで態度がすぐに変わったのだ。


「しかし、校長。彼に騎士見習いスクワイアなど…。」


 心配していた。師匠となるのが、あのレイド・バーンシュタインだからこそ。


 ガララ……

「私達も騎士見習いスクワイアにしてください!!」


 職員室のドアが開くと、そこには先程までレイドたちを追いかけて、途中で断念した二人の姿があった。


「リン?エリザ?」


 二人もレイドの騎士見習いスクワイアになろうとしているのを驚いた。


「おおう!!いいぞ!二人でも3人でも10人でも構わん!!」


 そう豪語するレイドの目は金貨のようになっていた。

 なんと卑しいのだろうか。そんな姿に呆れるばかりのメリアとレクシィーであった。


「よーし!!少し楽しくなってきた!!これから頑張るぜ!!!!」


 給料が上がることに俄然やる気が出てきた。今日は怒られるは、追いかけられるは色々あったが、これからが彼の本当の生活の始まりである。






 場所は変わり、ここはヴランドール王国の中心部から大きく離れた土地。

 かつて集落があったような建物の群には人の気配などなく、ゴーストタウンと化していた。

 そこにあるひとつの教会の跡地。

 その内部には、中央のユリウス教の教主ハルデン・ユリウスを模した銅像に罰当たりにも、座っていた一人の女性がいた。

 胸元を大きく開いたドレスのような服に手には大きな鎌が握られていた。


「ふふふ。どうやら、中心部の方に強い気配があるわね…。それも、飛びっきりの上物の…。」


 よく見ると教会跡地の内部には無数の死体が転がっており、そこには最近死んだものから、腐ってミイラのようになっているものもあった。


「あっ…。身体がうずうずするわ…。はやく戦いたいわ…。 レイド・バーンシュタイン…?」


 薄暗い内部で彼女の目は紅く飢えた獣のような目をして輝いていた。

そしてその目が向かう先には、獲物つまりレイドという姿であった…。































































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