判決は決闘の後で

 密室にはほぼ全裸の女性とそれを見る男。仮にほかの第三者が見ようともその事実は代わりない。

 流石にこのままにするのはまずいと思ったレイドは気の利いたセリフを必死に考えた。

 そしてでた言葉というのが…。



「あ、あの…。なんていうか…。ごちそうさまです。」


「へ、へへへ…へんたーい!!!!どこ見てるのよぉ!!!?」


 覗き魔に己の肢体を見られ慌ててバスタオルで身体を隠した。顔は赤くなっており、恥じらいを見せていた。

 しかしながら、その表情も可愛らしく画になるものであった。

 あまり騒がれるものだから、慌ててドアを閉めた。密室にほぼ全裸の女子と男子が二人だけいた。


「と、とりあえず落ち着いてくれ!!これにはわけが!!」


「な、何をする気よ!?まさかいやらしいことをする気!?」


「しないって!!俺の話を聞いてくれ!!」


 ドアを閉めたことがかえって相手に不安を煽ることになってしまった。そのせいで話なんてまともに聞いてもらえるわけがない。

 彼女はレイドを睨みつけて、着替えの側にあった銃を彼に向けた。


「変態成敗変態成敗変態成敗へんたいせ〜ばぁ〜い!!」


「うぉお!?まて!!そんな物騒なもの向けるな!?」


 レイドは手を挙げ銃口を向けている少女の説得を試みた。距離が距離だけにまともに食らったらまずただでは済まない。

 命の危機を感じた彼は引き金を引こうとする彼女の銃を奪おうと行動を起こした。


「な、何するの変態!?その手を離して!!」


「とりあえずこの物騒なやつを置いて話し合おうって言ってるの!!」


 彼女の右手に銃、左手はバスタオルを掴んで肢体を晒さないようにしていた。少し汗がにじみ出ていて、また一段と色っぽくなっていた。

 しかし、今はそんなこと言ってはいられない。今は命がかかっているのだ。

 そんな時、彼女は右手に意識が行き過ぎて足元の籠にまで目がいかなかった。


「きゃぁぁ!!」


「うぉお!!」


 足元の籠にぶつかり二人はバランスを崩した。このままでは彼女が下敷きになってしまう。

 一瞬の判断だった。咄嗟に彼女の身体を両手でしっかり掴み、己の身体を大きく翻してレイド自ら下敷きなった。


「ぐっ。大丈夫か?」


「うっ…。なんとか…。」


 レイドに抱かれるような態勢になっていたが、そのおかげで怪我をせずに済んだ。

 起き上がりマウントを取ったような態勢に気づいた彼女はその羞恥から慌ててレイドの身体を突っぱねて立ち上がった。

 だがそれが良くなかった。両手を使ったことによって自分の身体を包み込む布を抑えるものが何もなかったのだ。

 彼女の美しい肉体を隠していた布はハラリと時がゆっくりと流れるように下へと落ちていった。

 その結果、レイドはまたしても、いや、今度はじっくりとその綺麗な肢体を真近でじっくりと拝むことができた。


 一方の彼女は自分の致命的なミスに気づくものの、もう既に遅かったのだった。

 彼女は間一髪で下腹部から下はバスタオルをつかみ直して隠せたものの。

 上の二つの実った果実はもろに丸見えであった。


「み、見ないで変態!!」


 あまりの恥ずかしさに顔はそれはそれは赤いリンゴのようで、涙目になりながら我を忘れて引き金を引いた。

 一発の銃弾はなんの迷いなくレイドに向かって突き進んできた。


「うぉ!」


 間一髪で銃弾をかわした。かわした銃弾は扉にあたりを貫通していた。

 思わず二度見した。彼女は本気で撃ってきている。

 少しばかり彼女から距離をとった。


「落ち着け!!死んじゃうだろ!?」


「うるさいうるさい!!あんたみたいな変態覗き魔は死んでしまえばいいのよ!!」


「聞けよ!!人の話を!?」


 まるで聞く耳を持たない。それどこか、さらに撃とうと引き金を引き始めている。

 流石に身の危険を感じたレイドは逃げるということを一番に考えた。


 バン!!バン!!


 今度は二度も続けて引き金を引き時間差で2発撃ち込んできた。ひとつはレイドの心臓を目掛けて、もうひとつは脳天を目掛けて。

 彼女は本気で殺しにきている。

 レイドは――たかが裸でそこまでするか?と考えていた。

 しかし、生命が大事である。その為には今うち放たれたこの二つの銃弾を交わすしかなかった。


「ふっ!!」


 心臓を目掛けてきた弾丸を横目でひらりとかわし、脳天に向けて撃たれたもうひとつを身体を大きく反ってこれもかわした。

 先程の最初の弾同様貫通した。

 驚くべきはレイドの身体能力である。普通なら近距離の射撃にかわす時間など存在しない。

 人間の反応ではおよそ不可能なこの所業をレイドは容易くやってのけた。


「な、なんで!?どうしてこの距離で当たらないの!?」


「今のモロに当たるだろ!?」


「当ててんのよ!!!」


 なんと物騒な少女だろうか。威嚇射撃という言葉を知らないのか?

 もしここで当たって死人がでたらどうするのか全く考えてなどいなかった。


「なぁ、とりあえず俺の話を聞いてくれよ?そいつを置いてさ?」


「じゃあとりあえず、そこに土下座して謝るなら考えてもいいけど?」


 とても本当のことを言っているようには聞こえないが、この際手段はどうでも良かった。

 とりあえず、生命の危険を回避するためならそれも致し方ない。


「本当か?じゃあやるぞ?」


 そういうとバスタオル1枚の少女相手にレイドはゆっくりと膝をついて頭を床に擦り付けた。


「貴女の裸を見てしまい、辱めを行い申し訳ございませんでした。」


「よろしい。」


 彼女はレイドの謝罪の言葉にそう返事をした。

 これでようやく生命の危機から解放される。そう思っていた矢先に、殺気のようなものを感じ取った。

 その時、一発の銃弾がレイドにまたしても向かってきた。

 焦りながらも反射的にそれをよけた。しかし、流石に反応が遅かったこと、気づけなかったことから、彼の服を銃弾が掠めた。


「おぉーい!!?てめぇ!!許したんじゃないのかよ!?」


「はぁ?許すとは言ったけど撃たないとは言ってないわよ?」


 こんなところでとんちをきかせてくる彼女を心底恨んだ。後一歩のところで本当に死ぬところだったのだ。

 とはいえ無事であったことには変わらない。


「いいか?俺は覗き魔じゃなければ変態でもねぇ!!」


「この状況でよく言えるわね。大人しくするか、抵抗して死ぬかどっちがいいかしら?」


 彼女はレイドに二つの選択肢を与えた。しかしそれはどちらも好ましい選択には思えない。

 と言うよりも大人しくするということは先程のように撃たれる危険性は充分にある。

 この部屋そのものは特別大きいわけでもないため、ずっと逃げ回ることは不可能である。

 後には扉があるが相手に背を向けてしまうため、危険である。そして何より騒ぎを大きくはできない。


「とりあえず、そいつをおけ。じゃないとこっちも実力行使をする。」


「へぇー。やれるもんならやってみなさいよ!!」


 再びレイドに向けて銃口を向けた。そして2発、3発、4発と銃弾を放った。

 銃弾の行方はかなり計算されていた。どの弾を避けたとしても必ず一発に当たるように場所、タイミング、すべてが仕向けられていた。


「射撃の技術は申し分ないな。でもそれだけでは俺を倒せないぞ。」


 薄く笑った。それは彼女を嘲笑うかのようにも見え、何か策謀を考えているようであった。

 そして次の瞬間、彼女は驚くべき光景を目にしていた。

 レイドの目の前に漆黒の闇が壁のようにして現れ、4発の銃弾はその闇へと誘われるように吸い込まれていった。

 彼女は思わず開いた口が塞がらなかった。一体この男何をやったのか?

 ――このような異能力は以外に存在ない。

 彼女はそう感じていた。

 黒い闇が霧のごとく消えていくと、彼は銃を彼女に向けていた。全体が漆黒の色をしたフリントロック式のマスケット銃。

 最近ではあまりの見られないタイプの銃であった。


「一体どこからそれを!?」


「まぁ、マジックとでも言っとくか。」


 マジックにしてはあまりにも非現実的すぎる。普通の銃とは違い大柄なマスケット銃を隠す場所などどこにもない。


「あなたのそれって…竜撃銃ドラグーンマスケット?」


 竜撃銃ドラグーンマスケット――竜騎士のみが扱うことを許された特殊な能力を持った銃。

 竜の意思を持つと呼ばれる竜撃銃ドラグーンマスケットは一騎当千の力をもち、他国から恐れらる存在だ。

 先程の力は恐らく竜撃銃の力である。いや、そうとしか言えない。

 だがどうして竜騎士でもない彼が持っているのか?


「あなた竜騎士なの?」


「だったらどうするんだ?」


 彼女からの質問に素っ気なく答える。彼にとってはあまり聞かれたくない質問だったのか、少し不機嫌な顔をしていた。


「だったら竜騎士同士での戦いで決着しようじゃない?」


「悪いが俺はやらない。それよりも仕事があるからな。」


 そもそもここにレイドが来ているのは覗きではなく清掃による仕事である。

 彼自身そもそもこんなことになるなど思うはずもないだろう。

 レイドとしてはこの状況を沈めて早く仕事に戻りたいのだ。



 だが、彼の願いを無下にするような存在たちがひたひたと近づいてきた。


「あーあ、疲れちゃった。やっぱり実習もきついね。」


「ほんとよね〜。汗かいちゃったし着替えなきゃね。」


 それは女子達の会話であった。あまりはっきりと聞こえる訳では無いが、確実にここに近づいてきている。

 そして…


 ガチャ…


「あ。」


「あぁ…。」


 扉を開けた瞬間、実習終わりの女子生徒たちはその目を疑う光景に硬直していた。

 そして、徐々にその状況を掴めてきたことで、やはりどうなるかと言うと…。


「きゃあぁぁ!!変態!!!!」


 デジャブ感のある台詞。そして彼女達の叫び声とともに、守衛なども集まってきて、騒動は大きくなってしまうのだった…。


 ◇◆◇◆◇◆


 先程の部屋よりも広く会議に使われそうな円卓のある教室へと連れてこられていた。


「あ、あのぅ…。なんで俺はここに…。」


 レイドは両腕を縄で縛られ、正座をさせられていた。

 そして彼の目の前には多数の女子生徒たちに囲まれていた。普通に見れば女子に囲まれてて羨ましいと思われるが、そうではない。

 それは彼女達の鬼のような形相を見れば分かる。


「ちょっとあんた、覗きなんていい度胸してるわね?」


「そうよ!!後で保安兵に突き出すから!!」


「それにあなた、ローゼンハイムさんの裸見たらしいわね?」


「ごほん!それはもういいから。」


 女子達と一歩距離をひいたところで壁に寄っかかって様子を眺めていた。

 彼女は先程レイドに裸を見られ銃殺しようとしていた少女であった。

 顔を赤らめて恥ずかしそうにしていた。


「この落とし前はどうするの?」


「いや、落とし前も何も俺は…。」


 今日は彼にとってはとことんついていない。たかが清掃のバイトがこのようなことになるなど、頭が痛くなる。

 彼女たちは、制服姿に帯剣と帯銃をしている所を見ると竜騎士科の生徒だと分かった。


「とりあえず、校長に会わせてくれないか?」


「どうしてあなたみたいな変態を校長の元に送らなきゃならないの?ここで充分よ。」


 ここに校長であるナヴァロンがいれば話が通じると思っていたが、犯罪者に人権はなしと言わんばかりの対応をされた。

 しかしこのままでは、色々とまずいことになる。


 ガチャ…

 ほぼ絶望しかけていたところに扉が開いた。

 片眼鏡をかけた銀色の髪を三つ編みにして下ろした貴婦人のように可憐で大人の色気を出している女性が現れた。


「これはこれはレイドさん。また今日はどうしてそのようなお姿に?」


 ニコニコ笑っていた。まるでこの状況を楽しんでいるかのようであり、口調も穏やかではあるがどこかおちょくっている感じがある。


「ナヴァロンさん!笑ってないでどうにかしてください!!」


 そうこの貴婦人のように美しい女性こそが王立士官学校’’オルタリア’’の校長 ナヴァロン・カルロッサである。


「一体どうなされたのですか?」


 笑顔を絶やさないナヴァロンは近くにいた女子生徒にこの状況を尋ねた。

 しかし、その顔は絶対に真相を知っている顔である。それにも関わらず聞いているのだ。


「は、はい。この男は女子更衣室を忍び込んで、ローゼンハイムさんの裸姿を見るばかりか、それだけでは飽き足らず、我々を待ち構えていた変態なのです!!」


「誰が変態だ!!あれは不可抗力だって言ってるだろ!?」


「あらあら。それは大変だったでしょう?」


 彼女の笑顔は完全にレイドを弄んでいるように見えた。

 わざとらしい演技にレイド自身うんざりしていた。


「俺は仕事で使う道具を置こうとして入っただけだ!!それにどこにも女子更衣室なんて書いてなかったぞ!?」


 確かに、レイドの言う通り扉やその周辺には何も表示されてはいなかった。

 それならば女子更衣室だと分かって入った訳では無い。


「そんなの言いがかりよ!だいたい普通ノックとかするでしょ!?だからローゼンハイムさんが辱めを受けたのよ!?」


 女子生徒からの猛攻は止まなかった。だが彼女の言うことも一理ある。どんな部屋であってもノックはマナーである。

 それを怠ったレイド自身にも責任はあるのだ。


「確かに…。どちらの言い分もよく分かりますわ。どうしましょう?」


 少し困った顔をするナヴァロン校長はレイドをじっと見て何か考え事をしていた。

 そして何か閃いたかまた笑顔に戻り、ローゼンハイムの方を見た。


「それでは、ここは裸体を見られたローゼンハイムさんに判決を委ねますわ。」


「わ、私ですか?」


 ナヴァロン校長に見られた彼女は己を指さしてキョトンとしていた。

 一方のレイドはその判断に納得がいっていないようで。


「ナ、ナヴァロンさん!!どうかそれだけは!!」


 膝をうまく使ってナヴァロンの足元まで這いより足にすり付いて涙ながらにこんがんしていた。


「あらあら。そんな可愛い顔をしてお願いされても、もう判決はローゼンハイムさんに委ねましたので私はどうもできませんわ。」


 レイドの頭を泣きわめく子供をあやす様に優しく撫でるナヴァロン校長であった。

 その無情さに涙が零れていた。


「そうね…。それだったらをあげるわ。」


「チャンス…?」


 彼女から思わぬ言葉がでてきた。一番の被害者でもある彼女の言葉に皆驚いていた。

 普通ならもっと酷いことになると誰もが予想するだろう。

 しかし予想とは裏腹特に不機嫌な顔もしていなかった。むしろ好奇心のようなものを抱いていたようだった。


「私と勝負をしなさい。そして勝ったら今回の件は不問にするわ。ただし負けたら…。」


「負けたら?」


「バルディッシュ監獄いきね?」


 笑顔で彼女はとんでもないことを口走った。それは誰もが戦慄するような場所。

 一度入れば二度と出られない。死よりも恐ろしい監獄。

 そこに入れられるなどまっぴらごめんである。


「ふざけんな!?なんで無実であんなところいかなきゃならないんだ!!?」


「別に条件を飲まないなら、彼女たちに判決を委ねてもいいのよ?」


 それだけは避けたい。もし委ねられた確実にアウトである。だが、レイドにとっては戦いなどやりたくはない。しかしもうこれしか助かる方法はなさそうであった。


「分かった…。お前の意見を呑むよ。」


「じゃあコロシアムの方へと行きましょうか?」


 渋々快諾した。もうやるしかない。今さら引けなくなった今、レイドのやるべき事はただ一つ、勝つことである。

 ほかの生徒達は驚愕の表情をしていた。そしてナヴァロン校長はレイドに何か言いたげな笑みで見ていたのだった。

 縄を解かれたレイドは若干痺れた足を引きずってローゼンハイムの後を追っていった。






















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