第5話 騎士の憂鬱

「あんたでも、そんな表情カオするんだな」


 ふいに声をかけてきたエスティにアルフェスは険しい顔を向けた。

 待機させている己の部隊へと向かう途中の回廊。歩く速度は落とさずに、アルフェスが応える。


「どういう意味だ?」

「全大陸にその雷鳴を轟かせてる『ランドエバーの守護神』が、そんな自信のない顔するなんて誰も思わないだろうってことさ」


 皮肉めいた声にアルフェスは苦笑した。気を悪くしたわけではない。逆に、挑発にも近い言葉には心配の色の方が濃い気がしたので、そのための苦笑だった。


「……僕は、そんな大層な二つ名の相応しい人間ではないよ。前回の勝利も、この精鋭の騎士団も、先代隊長である父が遺したものだ――僕はランドエバーの栄えある戦績に傷をつけただけさ」


 戦績ねぇ、とエスティがさして興味のなさそうな声を上げる。


「そんなモノに意味なんてあるのか?」

「ああ、僕もそんなものに興味はない。――勝利こそ全てだ。君もそう言いたいんだろう」


 存外アルフェスはあっさりと頷き、激昂するだろうと思っていたエスティはやや拍子抜けしていた。

 表情は暗くとも、アルフェスの双眸から闘志は消えていない。エスティはこの騎士が、自分が思うより遥かに聡明であることを知った。少なくとも他人の心配を必要とする人物ではない。余計なお世話だったなと口の中で呟いて、だがそのまま引き下がるのもどこか悔しく、わざとエスティは不機嫌な声を上げた。


「……けど、なら、なんでそんな顔すんだよ」

「敗北により多くの犠牲者を出したこと、そしてこれからも犠牲が出るということは戦いを続ける以上変えられない事実だからさ」


 苦渋に満ちた彼の言葉に、エスティは少しの驚きをその表情に見せ、同時にアルフェスに対して怪訝な目を向けた。


(騎士ってのは、もっと頭が固い連中かと思っていたが)


 主君に忠義を立て、剣を振るう。それだけを存在理由とし、主の為なら何をも厭わない。エスティが知っている騎士とはそういうもので、彼から見たアルフェスなどはその典型に見えたのだ。だがそれを口には出さず、いつもの調子で軽口を叩く。


「それこそ英雄らしくない発言だな。犠牲が出ると言うなら、出ないよう守ればいいじゃないか。あんた隊長だろ?」

「軽く言ってくれるな」


 苦言を呈しながらも、そこまで安易に言ってのけてしまう彼がいっそ心地良く、騎士はアイスグリーンの双眸を細めた。だがそれも一瞬のことで、すぐに表情を引き締める。


「これから行くのは戦場だ。そして、相手はセルティ帝国……混沌が来る。それでも一緒に来ると?」


 アルフェスの言葉に、エスティは口の端を持ち上げた。


「だから行くのさ。そろそろ、その無敵の将軍様にも挨拶くらいしときたいしな」


 相変わらず軽口を叩くエスティに、もちろんそれが冗談であることなどわかってはいても、アルフェスは固い声で警告した。


「忠告しておくが、彼女は只者じゃない。強いぞ」

「……? 、だと?」


 エスティが興味を示したのは、アルフェスが意図したところとは全く別の箇所で。


「セルティの無敗将軍というのは、女だっていうのか!?」


 素っ頓狂な声を上げるエスティに、アルフェスが頷く。その様子は冗談を言っているようには見えなかったが、それでもエスティにはすぐに信じることはできなかった。今までずいぶんセルティの情報を集めたが、そんな話は聞いたことがなかったのだ。無論、その無敗将軍と相まみえて生きている者はいないというのだから道理と言えばそうだが。


「僕も最初は驚いた。だが、間違いない。彼女がセルティの混沌を統べる者カオスロードだ――ヤツは、強すぎる」


 アルフェスほどの使い手にそこまで言わしめる相手というのは、正直ぞっとしない。その気持ちをエスティが正直に言葉に乗せる。


「俺から見れば、アンタだって無茶苦茶な強さだと思うがな。おまけに、意味不明なくらい強い光の力を持っている」

「……無茶苦茶に、意味不明って」


 そこはかとなくけなされている様な言い方に、アルフェスは一瞬たじろいだ。だがすぐに気を取り直して言葉を続ける。


「だが、僕が持つのは光だけだ。だが彼女は全ての精霊魔法を操る。それも、ノーモーション・ノースペル印も呪文もなしでだ」

「ッ、なんだとッ!?」


 再びエスティが驚愕の叫び声を上げる。

 魔法というものは普通、自己の魔力で自然界の精霊と意思の疎通を行い、印を切ることによって精霊を集め、呪文スペルによって具現化するという精霊魔法のことを言う。そして術者と精霊の間には相性があり、また精霊同士にも相性が存在する為に、個人が行使する精霊魔法の属性には制限があるのだ。これは現代の精霊魔法が『契約』という形式で行使されるためである。


 遥か古代においては、人が卓越した魔力で以って精霊を支配し、意思の疎通のみであらゆる魔法を自由に行使できたというが、魔法の力が衰退した今ではどだい無理な話なのだ。


(全属性を操るという事は、現代の精霊魔法の法則を用いないという事か――?)


 エスティは全身が総毛立つのを感じた。


「そんなことは……有り得ない」

「ああ、有り得ない。だが僕は現に彼女と戦って、この目で見た」


 エスティの呻きを一度は肯定しておきながら、だがアルフェスは根底から否定した。

 しかし――エスティの顔には、いつもの勝気で不敵な笑みが戻った。


「それを聞いて、益々会いたくなったぜ。混沌とやらを統べる女将軍にな」

「……変わった人だ」


 エスティが本気であることを知り、アルフェスは呟くと肩をすくめた。

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