第13話 下剋上

 約束の大型連休初日。

 赤狼との決戦の日を神奈は迎えていた、予想外の勝負を挑まれ約束の時間より早くゲームセンターへと赴いていた。

 ゲームセンター内は大型連休初日ということもあってか、あまり利用者はいなかった。

 少し準備運動がてら、動かそうと思ったところで思わぬ人物に出会ってしまった。

 既に神奈の身はエンプレスのものとなっており、曇天の空の下、廃墟となった工場の屋根の上と立っていた。

 その向かい側に立つのは漆黒に銀のラインが入り頭部には深紅の獅子の様ようたてがみが取り付けられいる。

 獅子と騎士が融合したかのような姿。それこそが姫坂彰のアバターギア、ノワールの姿だ。

「ノワール。ここでお前が仕掛けてくるとはな」

「……頑張っている後輩を見てね、僕もまだ、諦めたくないと思ってしまったんだよ」

 「こうしてかつての同士でありライバルが来る。うん、実にいい。熱い展開だ!」

 ノワールもまた神奈と並び立つために戦ってきた者達の一人だ。しかし、受験というリアルの前に自らこのゲームから遠のいた。

 だから、もう、戦う事はないと思っていた。

 ――嬉しくない訳がない。

 BGMのエレキギターが高らかに鳴り響いた。

 ノワールが駆ける。右手には大型のランス、左手には円形の盾というバランス重視の装備。

 ランスによる連続の突きに対してエンプレスは前へと出てすれ違いざまに腰を細剣で抉った。

 ナイトの多くは突進からの連携が定番、それに対しての迎撃は後ろや横へと避けるよりも前へと潜り込むのが最良だ。

 セオリーに従って攻撃するが相手も一線で戦っていたものだ。それだけでは通らないフェイントを織り交ぜて前へと入るタイミングをずらす。

 エンプレスは工場施設を踏み台にして加速し跳躍していく。その動きにノワールはついていく。

 交錯するたびに武器がぶつかる音が響く。その音がエンプレスの脳裏に去年の記憶が過ぎっていく。

 ――先輩がいて、私がいて、彼がいて。

 その頃の自分は、ただ人並み以上の人間だ。勉強と家での勉強を優秀な成績を両立できるそれだけの人間だった。彰は接してくれてはいるがクラスの違い、男女の違いもあってか距離があった。

 一言で言えば、退屈をしていたのだ。

 そんな中、誘ってくれたのが楠 亮二だ。 

 ――面白いもの、教えてやるよ。

 気安く話しかけて最初は何事か、と思った。

 当時、楠 亮二は変わり者のイケメンの先輩として名が通っていた。背は高く、オールバックの髪、引き締まった体躯、部活の助っ人。

 そんな人間がどうして自分に声をかけるか理解できなかった。聞いてみれば彼も相手がいなくて退屈していたようだった。

 お互いに利害は一致していた、だから、その話に乗ってみた。

 そうしてアバターギアの世界へと乗り込み、敗北を続けた。

 誰よりも強い筈の自分が敗北したその事実が許せず戦い続けた。

 気がつけばすっかりはまっていた。日々、亮二と彰と腕を競い合った。時にはボードウォーで各地の強敵とも戦って自らの腕を示してみせていた。

 彰の駆るノワールの強さはその時とさほど変わらない。

 持久戦に重きを置いた戦い方だ。敵の攻撃を最小限で受けつつコンパクトな攻撃で相手の耐久値を確実に削る。

 この日に向けて多少なりとも動かしてはいたようだが成長につながるものではない。

 対してエンプレスはそこからさらに戦い続け、腕を磨いてきた。

 最初こそ目立たなかったが、時間が経つにつれてその差が如実に現れてくる。僅かな遅れがダメージへと繋がる。

 だがそれでも――

「その程度では届かないぞ。ノワール」

「……届かせてみせるさ!」

 エンプレスの空中の攻めからに対して、ノワールは屋根をを足場にして渡りあう。

 レイピアのラッシュに対して捌きつつ、蹴りで応戦する。

 ノワールの攻撃する一撃、一撃が鋭く重くなっていくまるでエンプレスに届かせようとするように。

 ――彼も強い。

 クイーンについてこられるスピード、適応力に判断力。一線を張れる腕前は健在だ。巧みに盾とランスを使い分けて最小限のダメージを以て反撃してくる。

 そして、隙があればレイピアを破壊しようと狙ってくる。

「ふふ、赤狼の前のウォーミングアップ程度にしか考えていなかったが。なかなかどうしてやってくれる!」

 エンプレスがノワールの突進を上空へと避けると同時に背後へと襲いかかる。

「少し、甘く見過ぎじゃないかな?」

 ノワールが言葉と共に顔を向けずにランスを背後へと振るえばエンプレスに直撃し、倉庫群へと叩きつけた。

「君は最強かもしれないね。けど――こっちだって戦えない訳じゃない」

「ふふ、その通りだな。みくびっていたのは認めよう」

「……君は自分が優れている人間と分かっている、御前も俺相手であっても対等と思いつつ渇きを満たせない相手とみているよね」

 エンプレスは返さない。事実だ。

 「凡人をなめるな。凡人が天才の相手にならないなんてルールはない」

「その通りだな……君達を自然と下に見ていたな。私はーー」

だが、と言葉をつづけて再び空中へとエンプレスは空中へと戻った。

「それでもこの戦いで勝利するのは私だ」

「大した自信だよ、本当に」

「何、頂点にいる者の余裕だよ……少し本気を出そうか」

「こっちだって。何もしなかった訳じゃないんだ!」

 エンプレスの攻撃にレイピアだけでなく武術が加わる。蹴りによる牽制、レイピアの一撃と見せての拳打。

 しかしノワールはその攻撃にも対応し始める武術に対して盾で迎撃をしかけ、打撃を返していく。

 ――分かってはいるが、ここまで強さとは!

 相手にはブランクもある、こちらはその間も戦ってきた。

 それにも関わらず、力の差がない、それどころか。

 ノワールのランスの一撃をすんでのところで受け流して距離を取った。

 パワーとスピードだけに関しては、現役の時のものを凌ぐかもしれない。

 「この強さは……なんだ?」

 エンプレスの膝蹴りを放つがシールドによって上方へと弾き飛ばされた。

 すかさずノワールの追撃の一撃のランスを弾いた。だが、それでノワールは止まらずそのまま力任せに体当たりへとつなげてくる。

 その戦い方は飢えた獣のそれ、そう感じた瞬間、強さの正体に気づいた。

 「なるほど、飢えか……勝利したいという思いと重ねて挑んでいるのか」

 思いは力になる。このゲームではなおのことだ。

 「倒したら、どんな味がするのだろう、な!」

 ランスによる攻撃をさけての側頭部への回し蹴りが当たる。

 


 約束した時間へと恭二はやってきてみれば既に戦いは、はじまっていた。

 "エンプレスとの戦い、明日一番は譲って欲しい、その代わり、君を全力で鍛える"

 その頼みを聞き入れた。そして、この勝負がはじまった。

 戦いは、互角のように恭二には見えた。

 実際に対峙したからその強さは知っている。

 派手ではない、何か突出したものがあるわけではない。

 努力と知識を積み上げて堅実を貫き通す強さ。

 あらゆる攻撃を受け、返す。

 クイーンの苛烈な攻めと対極にある強さだ。

 ブランクがあるものの、クイーンの動きにノワールはついて行く事が出来ている。

 淀みない防御と攻撃の連携も通じている。さらに思いによる荒さ。

 勝てるかもしれない、そう思わせるには十分な力だ。

 「このままいければ、とも思うけど、そうはいかないでしょうね」

 隣で見ていた奏、御前が声を上げた。

「ノワールにとってエンプレスを知っているかのように、その逆も然り」

「そうなる前に、ノワールは決着をつけるつもりみたいだ」

 戦闘の空気が変わった。それらを感じ取ってモニターで見ている観戦者達の中にも緊迫した空気が伝わった。

 ――ノワールが勝ってほしいとも、エンプレスが勝ってほしいとも思う。

「二人とも、がんばれ」

 だから、自然とそんな言葉が出た。 


 一進一退のまましばらく攻防を続ければ地上へと。ノワールが下りて盾を構えて距離を取った

 迎撃の構え。ノワールの必殺の構えだ。

 一回の防御と一回の攻撃に全てを賭ける動きだ。

 攻略法はいくつかある。相手が反応するより早く攻撃を叩きこむか、防御をかいくぐって攻撃をいれるか、あるいは最大の攻撃をもって防御ごと潰すかだ。

 本来でエンプレスは速度に任せた上で防御を抜いて攻撃をいれるが。今回は向かい合うように正面へと立つ。

 持久戦を続けるのは困難であり、こういった形での勝負は自分は避けないと見ての事だろう。分かっていながらエンプレスはその誘いに乗った。

「正面から打ち破らせて貰う」

「……正気かい?」。

「ああ、その方が面白い。こんな状況だ勝てばきっと極上の味になる」

 強く強く、誰よりも強くあるためにエンプレスは正面からの勝負を望んだ。

「それに君も私を欲しているのだ。ならば正面から受けて立つべき、と思った」

「その優しさに感謝するよ」

 では、とエンプレスはレイピアを眼前に掲げ。一息。

 お互い向かいあったまま動きが止まった。

 曇天の空から雨が降りはじめ、雷の音が響き始める。

 視覚だけとはいえ、雨にぬれ、冷える感覚は頭の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 雷が鉄塔に落ちた。

 それを合図にして戦闘が再開された。

 エンプレスが地を蹴った、僅か数秒を以て一気に距離を縮め、地を飛び、全身の回転を加え一本の槍と化した。全てを抉り取る動きだ。

 ノワールは盾を構えたまま正面へと出る。狙うは盾で攻撃受けての必殺の一撃。その名は――

 「刹槍!!」

 エンプレスの一撃がノワールの盾へとぶつかった。

「リフレクトランス!!」

 ノワールの盾が赤の光が帯びた。同時に四足を地面へと打ちつけて固定する。

 鉄のきしむ音が響いた。

 ノワールは持ち堪えるが徐々に圧されていく。

 「どうした!? その程度か、ノワール!! かつてのお前はまだまだこんなものではないだろう!?」

「簡単に言ってくれるね……」

 ノワールの盾にヒビが入っていく。エンプレスの勢いは衰えない。

 そんな中、ノワールは身を動かす。盾を持つ腕を力任せに前に出つつ振るうと同時にパージした勢いを以て弾く。

 耐久値を超えたノワールの腕が砕かれて光の粒子となって弾け飛んだ。だが、エンプレスの動きが鈍り、勢いが削がれ体勢が崩れた。

 その一瞬をノワールは逃さない。

「とった!!」

 必殺の一撃が放たれた。

 勝負を見守っていた者達は誰もが思っただろう、ノワールを勝ちだ。

 エンプレスは舌を打った。

 それは自らの敗北に対してではなく。

 切り札を使わざるを得ない、この状況に対してだ。

「プロミネンスモード」

  エンプレスの声が響くと同時。ノワールの一撃がエンプレスを貫いた。

「違う!」

  その瞬間、ノワールは声を上げた。

  貫いたのはエンプレスの外部装甲のみだ。

「どこに!?」

  その答えはすぐに返された。

  ノワールの心臓をレイピアによってエンプレスによって背後から貫かれたことによって、だ。

  勝負を決定づける一撃だ。

「かつての私であったら今ので倒せていたな……だが、私とて最強の座で待っていた訳ではないぞ」

「くっ……」

「楽しかった、とても、な」

「ダメ、か。やれやれ恥を忍んで再戦してこの結果がこの様か」

「私は、嬉しかったよ。まだ君がライバルであったことが」

  まだ、失われていなかった絆。それがどれだけの救いか。

「ありがとう……また何度でも挑むといい。私は最強の座で待っている」

  内部機関をほぼむき出しのエンプレスがレイピアを引き抜くと、ノワールのその身が崩れていった。

  ――ああ、楽しい時間が終わってしまう。

  次の相手は赤狼。これを超える熱さをくれるのだろうか、期待をしよう。

  

 

 その結果、ノワールとエンプレスとの戦い、ハイレベルのものだったがそれでも黒い騎士は地へと伏していた。

 ――あれに挑むのか。

 実力の差を改めて感じ、足が止まると奏に肩を叩かれる。

 そちらへと恭二が視線を向けるとそこには奏の姿があった。ふっと笑んで。

 「大丈夫、あれぐらいのレベルに君もなっている。正しく相手を理解できるというのもまた強さよ」

 「だといいんだが」

 言って前へ進む。先ほどの激戦を繰り広げた彰がこちらへとやってくる。

「あとは、頼んだよ」

 そう言って彰は背中を叩いた。

「……良い戦いでした、先輩」

 ノワールはエンプレスとの戦いを自分に託し、背中を押した。そう思えば自然と恭二は頷いて筺体の中へと入っていく。

 親友達の力を借りてこの場にいる。

「ありがとな、二人とも」

「何度もお礼を言わない。安っぽくなるわ」

「言わずにいられないってやつだろ。いいじゃねえか」

「勇介の言う通りだ。まあ癖みたいなものだ」

「そういうところは面倒くさいわね……まあとにかく」

 ばん、と恭二の背中を奏と勇介が力強く叩いて押す。

「勝ってきなさい」

  「ぶっとばしてこいよ、こっちじゃお前が主役だ」

  「ああ、必ず」

  力強い頷きをもって返して恭二はゲーム筺体へと進む。

  不思議な縁なものだとも思いながら起動プロセスを経てゲームの世界へと入る。

  選ばれた戦場は高層ビルが立ち並ぶ廃墟、高速道路上でエンプレスと向かい合う形になっていた。

 「……良い出で立ちだな」

 「ええ、友人が気合を入れるために、とがんばってくれたので」

 「恰好だけではないな。感じる圧もまるで別人のようだな」

 「……負けませんから」

  赤狼のカラーリングはかつてのものとは違う。黒を基調に赤いラインが引かれていた。狼の頭部は隈取りのような赤のラインが引かれ、背には10番のナンバーリング、二枚のウィング部分にはクイーンの駒を食らう狼のエンブレムが入っていた。

  御前の絵師としての仕事。相応の戦装束と言ったところだ。

  カウントダウンがなされ、戦いが始まった。

  自分が勝っているものは少ないと赤狼は思うが。

  ――勝ってみせるさ。

  正直、実力を知って向き合うのは怖い。

  ここで負けてしまうのが怖い。努力が水泡に帰すかもしれない。

  この選択が正しいものかどうかが怖い。

  ――それでも。

  最初の時とは違う。戦い方を知った上に勇介達の力がある。

  負けてもきっと、俺はこのゲームを楽しみ続ける。

  だから、この選択は間違っていないはずだ。

  恐怖を押し殺して、戦う。

 「べインオブエンプレス」

  声に出して、赤狼は技を発動した。

  発動した技は自らの状態を変化させるものだ。装甲が剥がれおちて変化する、より鋭く軽量化したもの。対エンプレスと対等に戦うためだけの形態を作り出す技だ。ガーディアンほどの変化はしないが多少、速度をあげる事は出来る。

  ――勝つためには、"多少"の積み重ねが必要だ。

  体が軽くなれば素手のまま突進、それに対してエンプレスも後ろへと跳躍、そこからクラウチングスタートの様な姿勢からの加速だ。

  エンプレスの動きは超加速に加えての跳躍。そこから生み出されるのは超加速の膝蹴りだ。

  赤狼はそれが来る、と確実に読めた。

  故に防御の体勢を取った。腰を落とし両の腕で膝蹴りを受け止めると同時に後ろへと跳んだ。

  衝撃と痛みを殺しながら思うのは。

  ―――皆に感謝だな。

  昨日の修業でしたことは基本的な動きを得るために一つの技術を得ていた。

  それはギアサポーターによる補助の予測だ。

  恭二も最初は面くらったものだ、何を馬鹿なと。

  だが、この世界ではそれは不可能ではない。

 ギアサポーターはプレイヤーの意思を読み取り最適な動きを取らせる。

 速度こそ変わるが。その動きは共通のものになる。そのため、敵との戦いを重ねて行くうちに体勢を見てから大まかな動きであたりをつける事が出来る。

 もちろん全てを読み取れる訳ではない、何をしたいかがおぼろげに見えるといったレベルでそれだけで勝てるレベルではない。

 それでも相手の動きを読めるというアドバンテージは大きい。先が分かるだけでも対応は全く変わってくる。

「ほう、動きを読むまでになったか。実にいい、さらに楽しい戦いが出来る」

「そんな事を言っていると負けますよ?」

「何、心配ない。私はエンプレスだからな」

 絶対の自信をもったエンプレスの言葉。

 それを突き崩すためにエンプレスがレイピアを構えるところで恭二は次の動きを読もうと思考を研ぎ澄ませる。

 様々なイメージが見える。

 エンプレスの蹴り、刺突、斬撃。

 必殺のイメージが予測を通して伝わるが恐れることなく赤狼は先に動く、腕と手首を回し遠心力を加える。

 御前の得意とする技の模倣だ。

 必殺技に対しての必殺技による迎撃で退ける。

「オーガアクス!!」

 渾身の力と遠心力、さらに速度が乗った攻撃は高速道路を切り裂く。しかし、攻撃の先にエンプレスはいない、エンプレスは背面跳びで高層ビル群へと身を飛ばしていた。

 攻撃をするという気配を用いたフェイントだ。こちらの攻撃を誘発させた。

 高速道路の下は水没しており、高層ビル群は足場が少ない。

「御前にも世話になったようだな」

「……知り合いでしたので」

「それはそれは。後で話を聞くとしよう」

  ――空中戦だ。

 エンプレスが身を飛ばした先は海。海面へとつま先が触れると浮かび、腰だめにレイピアを構えての突進。

 このまま受けに回るわけにはいかない。

 対する赤狼の迎撃は全身を回しての縦の一閃を放った。身を防ぐための迎撃ではなく相手を潰すための攻撃だ。

 赤狼の攻撃が当たる。それはエンプレスのレイピアに備えられたナックルガードの部分だ。

「先読みに頼り過ぎだ。攻撃と言ってもこういう手もある」

  赤狼の一撃は受け流され、同時に腹部への蹴りによって飛ばされ、水面へと叩きつけられた。

「ぐっ……」

 腹と背の衝撃をこらえながら赤狼は体勢を立て直しながら剣を振るった。

 追撃に来たエンプレスがその剣に応じて受け止め、流していくと共に反撃。それを赤狼は短剣で凌ぐ。

 これまでの攻防で分かった事は絶対的な腕前の差だ。

 相手の方が経験も上だ。

 速度も上だ。

 一撃の重さもある。

 だが、と赤狼は思考を続けた。

 体格はこちらが上だ。

 攻撃には対応出来ている。

 相手はこちらを下に見ている。

 赤狼は海面に剣を叩きこみすくいあげることで。海水の壁をつくり目くらましにする。

 僅か数瞬の時間稼ぎ、だがそれでもこの戦いにおいては十分な時間だ。

 「トライダート!!」

 赤狼が身体限界を超えた瞬速の三連突きを放った。海水の壁を越えてエンプレスを捉えるが翼を閉じ、レイピアで防ぐことで後方へと突き飛ばしただけに終わった。

 距離が離れると同時に赤狼はまっすぐにビル群へと向かった。

 ――勝つためのを策をぶつけるために。


 ――思いのほかやってくれる。

 手に残るしびれを感じながらエンプレスは逃亡する赤狼は追いかけた。

 赤狼はもはや一流の域に到達しつつあるプレイヤーだ。

 まだまだノワールや御前には及ばないだろうが油断をすれば喰われるのはこちらだろう。

 その緊張感には心を躍らせる。

 高層ビル群へとエンプレス達は戦場を移した。

 いつ崩してもおかしくないビル群は既にその高さの半分が海水に浸かっていた。

 赤狼は長剣の刃をビルの壁面に突っ込んでブレーキにしつつ、ビルの影へと隠れる。

 奇襲か、それともここで警戒させることによる時間稼ぎが狙いか。

 姿が見えなければギアサポーターの補正による先読みはできない。

 守るための動きではない、故に迷わず攻める。

 判断は一瞬。

 「突き破らせて貰う」

 身を回す。自らの一本の投げ槍と変えた。

 ノワールを屠った技、刹槍だ。

 奇襲が来れば迎撃、時間稼ぎならば潰す、そんな選択だった。

 廃ビルを突き破る、そこで自らの正面から大きく踏み込んで長剣の斬撃を振るう赤狼の姿をエンプレスは見た。

 何故? という疑問と動きを読まれた? という驚きが思考に過ぎった。

 第六感は姿が見えなけば使う事は出来ない。

 すぐにエンプレスは思考を振り払う。

 ――方法はどうであれやる事は変わらない。

 斬撃と突きが衝突し相殺された。

 「ライトニングニードル!!」

 間髪いれず赤狼は全身を使った短剣の投擲、しかしそれはエンプレスの上方へと放たれた。

 ビルの柱を貫き空へと至った。

 外した、とはエンプレスは考えなかった。意図があっての事だと考えた。

 そして結果が出た。

 廃ビルの損傷が重なったことでビルが崩落していく。その中へと赤狼は身を潜ませた。

 第六感を用いれば避けるのは難しいことではない。特に生きていない一定のリズムで落ちる物質の動きの先読みなど造作もないことだった。

 崩落と赤狼の二重の攻撃、それらを捌き一撃を決めるためにエンプレスは自ら視覚を閉ざした。

 音と気配、六感で感じ取るためだ。

 踊るように崩落していくビルの残骸をさけて上方へ上っていき突きぬけた。

 既に赤狼の気配を捉えている。背後だ。

 赤狼が攻撃の体勢へと入った瞬間、刺突による一撃で終わらせる。

 そのつもりだった。

 「―――っ!!!!」

 来たのは音。狼の咆哮だ。

 技としてあるのは知っていた。ただそれはCPU戦では効果がなく、普通にはなったところで僅かに動きを鈍らせる程度、実用性に乏しいいわゆるネタ技と呼ばれる類。

 機体の限界を超えて発せられた大音量のそれは衝撃波を作り出す、軽いエンプレスにはよく響いた。

 体勢を崩すほどに。

 「くっ……」

 まずい、と思いながら急いで体勢を立て直そうとするが頭の痛みがそれを邪魔する。

 目を開けて背後をみれば赤狼が力任せの突撃を放つ姿が見える。

 回避は間に合わないと見ればエンプレスは翼を閉じてレイピアに両手を添える。完全防御の姿勢だ。

 衝撃が響き、落下していく。そうして崩れたビルの廃墟へと叩きこまれた。

 背にダメージを負った。耐久値が半分ほどになった。翼がやられたことで機動力が落ちた。

 「っ……」

 久々の大きな一撃に息がもれる。

 それをエンプレスは心地よいと感じる。

 今、正に戦いの場にいると。私の相手となるものがいると。私に対して本気で挑んでくれている。

 咆哮と言う機能がある事は知っていたが、奇策として用いてくるとまでは予想は出来なかった。エンプレスの中の赤狼は堅実に攻めて行くタイプだと思ったがここまでの過程で臨機応変に戦えるようになったということだろう。

 ――ならば答えなくては。

 敵は既に追撃の姿勢だ。

 そのまま勢いに乗ってくるだろう。

 まずは、そこを崩す。

 エンプレスが狂気に満ちた笑みを浮かべた。

 

  

 ――確かに手ごたえはあった。

 全力を尽くしての連撃、その結果、エンプレスは廃墟へと叩きこまれた。

 御前に教わった対エンプレス戦での狙いは奇襲によってまず一撃を与えることだ。

 エンプレスはからめ手を使うことは少ない、攻撃によって全てを潰していくと考えた上で反撃をする。

 真っ当な方法であれば勝つ事は出来ない。御前に対しても有効な奇襲による一撃をぶつける。

 そのための必殺技としての咆哮だ。隙を晒す代償の大きい技だが奇襲には組み込める。

 間接各部に負担をかけたが安い代償だ、と赤狼は考えて勝利のための長剣を構える速度を乗せての真っ向唐竹割りだ。

 それで終わりに出来る。

 いざ、放とうとした瞬間。肩に衝撃が走る。

 「え?」

 見れば耐久値が削れていた。

  「……本気でやらせてもらう」

 エンプレスの声が背後から聞こえれば咄嗟の判断でその場から離れるとそこを影が通り過ぎる、そして視線が向けられた。

 見られた瞬間、寒気がした。

 まるで肉食獣に睨まれたようだった、その感覚に赤狼は自然と攻撃を受け止めた。

 そこで変わり果てたエンプレスの姿を見た。

 上半身の装甲は殆ど外され灰色のフレームや駆動系であろうケーブルが覗いてる状態、息は荒く、仮面の奥から赤いカメラアイの光が見える。

 ――プロミネンスモード。

 エンプレスの奥の手だ。プロポーションができないクイーンが最大限に能力を引き出すための技と御前から事前に聞いていたものだ。

 防御を捨てる、アーマード以外は殆ど効果をなさない。それをわざわざこの局面で使う意味は単純なスピードをあげるためだけではなく。より、エンプレス自身に緊張感を持たせ、集中力を高めるための仕掛けだ。

 同時にそれはもはやこちらを育てる、甘やかすつもりはないという石だ。敵を相手にして見せる姿がそこにはあった。

 ――だが一撃当てれば致命傷。

 ただでさせ防御力がないクイーンだ。装甲がないのであればなおさらのこと、数発当たれば落とせる。

 赤狼は先手を狙って、蹴りを喰らわせようと動くと既にその姿はない。

 上方、雷の如く降り注ぐ刺突の一撃が赤狼のつま先を抉った、その事で体勢が崩れた。

 エンプレスの攻撃は続く。仕留めることを狙っての一突き。致命傷を避けるが、それらの一撃は赤狼の翼を脇腹を頬を胴体を着実に抉り、背に踵落としを受けて海へと叩きつけられる。

 「いてぇ……」

 先読みでぎりぎり致命的な一撃を受けずに済んではいるが残り耐久値は4割を示している。

 ――速度が足りない。

 視覚でついていくことも先読みで捉えることもできるが反撃を返す隙がなければ策を練る時間もない。

 「このままじゃ、じり貧だな」

 敗北。その言葉が頭をよぎった。

 期間はまだ二日ある。ここで負ければ次があるとも思うがこれ以上最高の状態は望めないだろうと赤狼は考える。

 敗北すればどうなるのか。

 支えてくれた人達の思い。

 これまでの努力。

 ――そして、神奈は一人になり。自分は何者にもなれずに終わる。

 様々な思考がよぎって赤狼は長剣を強く握る。

 「……バカだな」

 たかだかゲームでこんなことを考える事か。

 自分が特別な何かになれるチャンスを逃すことか。

 自分が神奈の隣にいるべきと思っている事か。

 それともその全てか。

 思考している間にも状況は動く。六感で胴体を抉る一撃が来ている事が分かる。

 色んな思考が巡る中、自分が選ぶのは簡単な解答だ。

 ――この人を超えて、自分も隣に行きたい。

 「勝つって決めたんだろ」

 エンプレスが海中へと入った。

 「――なら、根性を見せろよ!!」

 自らに向けての叫び、一つの選択をした。

 胸部装甲を排出。そのことによって生まれるのは相手の視界を塞ぎ隔てる障害物だ。そこで稼いだ僅かな時間で海上へと出る、さらに上昇する。

 ――もっと力を、もっと速度を、もっと強さを。

 ほぼフレームのみなった赤狼の体は軽い。そんな中、二枚の翼が爆ぜた。

 そこから生まれるのは青い光の二枚の翼。

  「っ!?」

 突然の言葉に戸惑っていると赤狼の視界の真ん中にプロモーション起動の文字が表示された。

 体が軽さと熱を持つ。

 何故、このタイミングでプロモーションが出来たのか、疑問はあるが

 ――これならば届くかもしれない。

 確証はないがそうさせるだけの力があると赤狼は信じ、向かってくる敵を見据える。

 間違いなく強敵だ。

 だが敵わないとは思わない。

 エンプレスの正面からのレイピアに対して赤狼は長剣を振るった。正面へと。

 「速さ比べだ」

 「望むところっすよ」

 黒の長剣と白銀のレイピアの突きがお互いに当たる。

 バーニア加速を加えた突き、斬撃はどちらにとっても勝敗を決するだけの威力はある。

 その結果、同時に剣が弾け飛んだ。耐久値を超えた一撃によって光の粒子となった。

 驚く間もなく示し合わせたようにお互い距離を詰める。

 ――お互いに見えていた結果だ。

 拳が交差して顔面へと突きささる。クロスカウンターだ。それをはじまりとして打撃の応酬が始まった。

  

 

 空中での打撃の応酬、端から見ている分には空中でのダンスだ。

 ――楽しい。

 そう思いながらエンプレスは来る拳を弾いた、

 ――楽しい。

 そう思いながらエンプレスは身を回し蹴りを放った。

 自然と笑い声を上げながらエンプレスは打撃の応酬に興じていた。

 ここに来て敵はさらなる成長を遂げた。機体の能力を極限まで引き上げるプロポーションまで見せてくれた。

 「らぁ!!」

 「はぁ!!」

 声を上げて突きこまれる拳を弾く。

 同時に、エンプレスのギアサポーターをカットした。相手は先読みに頼っているのであれば変化を与えることで奇襲とする。

 僅かにずれてはいる打撃。しかしそれでもすぐに赤狼は対応してみせたどころか。

 ――あちらもギアサポーターをカットしてきたか!

 致命傷を避けながら即座にこちらも対応し、再び拮抗状態を作り出した。

 弾いた拳の威力はどれも一撃必殺の威力で弾くだけでも骨が折れるような衝撃だ。

 未だ、一撃をお互いに入れていない。最初のクロスカウンターでお互いの耐久値はもはや虫の息だ。

 ――次に一撃を決めた方が勝者だ。

 その事を楽しみとも、寂しいとも思う。最高の勝利を得た時、この最高の時間は終わってしまうのだ。

 側頭部を狙った蹴りが赤狼の拳で弾かれる

 「約束、守ってもらいますよ、先輩」

 「……勝った気でいるのか?」

 「勝つ、つもりでいるんで」

 勝負を決めに来るとエンプレスは見た。

 六感は用いない直感による読み。赤狼の選択は大きく振りかぶっての左のストレートだ。残り少ない耐久値を攻撃へ移しての一撃。

 真っ向から打ち破ろうと右の手からの貫き手をエンプレスは選択した。

 拳を砕き、続く左の貫き手で相手の胴体を抉るという算段だ。

 エンプレスの掌と赤狼の拳がぶつかった。

 赤狼の拳が抉れた。軽い手応えと共に。

 勝った、と、そう一瞬思ったが何かがおかしい、とエンプレスは感じていた。

 ――手応えが軽すぎる!?

 

 

  赤狼の左腕が飛ばされる。

  それでも構わず前へと赤狼は出る。

  赤狼が放ったのはただ、勢いのまま腕を拳の形に動かしたものだ。力が入っていないためスピードのある拳。

  それはただのフェイントだ。

  接触の瞬間、赤狼は自らの意志を以て左腕を飛ばした。

  そのため、勢いは殺されることなく前へと進む。そこから放たれるのは渾身の力がこめられたヘッドバットだ。

  ――これで終わりだ。

  エンプレスは迎撃しようとするが、既に間合いは詰め切っている、僅かな一瞬の隙があったからこそ距離を詰められた。後方へと回避も間に合わない位置だ。

  遠かった相手はすでに手を伸ばせば届く距離だ、だからあとはぶつかるだけだ。

  「届けぇぇぇぇ!!」

  意志を乗せて高速のヘッドバットがエンプレスの頭部へと叩きこまれた。

  鈍い破砕の音が響いて反撃をしようとするエンプレスの手が止まり海へと落下していく。

  共に勝利を告げるメッセージが画面上に表示されれば勝利の咆哮を赤狼は上げた。

  ――これで何かが変わったのだろうか。

  そんな自問を恭二はする、端から見ればただただの一人の少女のためにゲームに付き合った。ただそれだけのことだ。

  だが、と自らに向けて言葉を続ける。

  確かに自分は何かを成せた。それはこのゲームに対してバカになれた自分だったから出来たのだ。

  「自己満足もいいところだな」

  自己満足。でもそれでも良かったと思って席を立ち、終了の操作して筺体から出た。

  そこで出迎えてくれたのはまばらな拍手、休日にも関わらずこのゲームを見に集った、恭二や神奈と同じ馬鹿達だ。

  恭二はそれを誇らしく思いながら歩く、モニターの前には神奈が微笑を浮かべていた。 

  「……おめでとう、というべきだろうな。正直、ここまで来るとは思ってなかった」

  「ありがとうございます。こんな中で言うのもあれですが……約束はまもってくれますよね?」

  「もちろん、約束は守るさ」

  その言葉に恭二は小さく拳を握った。

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