第12話 至るべき場所
神奈は全ての敵を倒し終えて筺体から出た。
そこそこの腕前はあったが、どれも神奈を満足させるに足る相手になりえなかった。最後のボードウォーとしては物足りない結果だ。
しばらくして禿頭の店長から全店舗の集計した結果が告げられる。
――一勝一敗一分による引き分け。
決着はつかなかった。それより気になる事がある。
「……店長、御前は勝ったのですか?」
「いや、それがな。何とあの御前が引き分けたやつがいる……名前は『赤狼』とかいったかルーキーが引き分けにもちこんだそうだ」
その名前に神奈は笑みを浮かべた。
「そうか。それは面白いことだ」
「潰すのも程々にしろよ。客の入りが悪くなる」
「失礼な。潰していませんよ、私と遊んだ結果来なくなるだけです」
店員が半目を向けてくるが神奈は構わず。スマートフォンで通話を始めると程なくして相手が通話に応じた。
「手酷くやられたようだな、御前」
『何、笑いに来たの? 切るわよ』
「待て待て、違う。お前をやった赤狼についての印象を聞いておきたくてね」
間があって、御前は語りだす。
『――別になんてことないわ。普通に私達側の人間よ……というかなんで私に聞くの? あなたが見つけてきたんでしょ?』
「何、そちらから見えることもあるかと思ってな。ありがとう、また近いうちにお互いの技を競うとしよう」
神奈は通話を一方的に切れば声を上げて笑った。
自分が望んでいた相手がついに生まれたのだ。
彼もこちら側の人間となった。皆にどうでもいいとされるものに対しても本気になれる男だ。
先日に電話の内容は単純なもので、御前に負ける事が無ければ勝負をさせてくれとのものだ。
勝てはしなかったが、負けもしなかった。
自分が本気で相手をするに足る相手となったのだ。この短期間で。
自然と笑みが込み上げてきた。
――用意は整った、後は決戦の時を待つだけだ。
恭二はゲームセンターのベンチで一息ついていた。
ゲーム上とはいえ相当無茶な動きをしたため、疲労が蓄積されていた。
「言っとくけど負けたとは思っていないから」
「……勝ったとも思っていないって」
恭二の隣へとやってきた奏の言葉に恭二は頭を振ってこたえた。
自分の結果は偶然が招いたものだ、まだ御前達の足元に至った段階でしかないと恭二は考えている。
今の状態ではエンプレスに勝つ事は出来ない。
「なあ、奏――」
「ここでは御前」
「じゃあ、御前。まだ時間はあるか?」
「時間はまだあるけど、どうするつもり?」
「エンプレスを倒すための手ほどきをしてほしい」
「ふーん、なんでまた、あいつを倒そうとしてるの?」
理由を奏から問われれば恭二は沈黙する。話すべきか。流すべきか。
かつて、告白した相手だ。
だが、恭二を良く知る奏ならば、と思いこれまでの経緯をかいつまんで説明した。
最初は半目でだが、最後の理由を聞けば声を上げて笑った。
「彼女をなんとかしたいってどこのラノベの主人公よ」
「なんとでも言えよ」
「いいわ。私としても競う相手がいるのは面白いし……エンプレス一強と思われるのも癪だしね」
「恩に着る」
「ただし、覚悟しておく事ね。泣かせるから」
「その言い方も懐かしいな、たかだか数週間しか経っていないのにな」
「退屈だったんじゃない? 私がいなくて」
「まあ……それはある」
高校生になっても劇的な変化は、なく。ただ奏が欠けた日常はどこか物足りなかった。
「そっちは退屈じゃなかったのか?」
「まさか、退屈退屈。いい学校行ったはいいけども面白い馬鹿って貴重なのね」
肩をすくめて奏は話して、さらにため息を一つ
「まあ、結局こうなったわけだけども」
「運命的な何かを感じるな」
奏にふられて、神奈に出会わなければ、なかったことだ。
「……あのときはあえて聞かなかったけど、なんで私に告白したの?」
「単純に容姿と、あとすげえなって思ったからさ。中1にしてネットで絵師やってそこそこの量こなしつつ優等生して俺たちとも馬鹿やって――」
自分と驚くくらいスラスラ言葉が出るなと思いながら恭二は言葉を続ける。
「ずっと隣にいてくれたらいいな、と思ったからだな」
「……ありがとう、それとごめんね。気持ちに応えられなくて」
囁くような呟きを聞いて、恭二は頭をかいて。
もしも、このゲームの事を早く知っていたのであれば。結果はどうであったか。
そんな考えが頭をよぎるが、いや、と。すぐ思考を振りはらった。
それでも奏はこの道を選ぶのだろう。昔から決めた事は必ず曲げないそういう女だ。故にもしもということはあり得ない。
「そのかわりといってはなんだけど。最大限、私に教えられること。力になれる事はさせてもらうわ」
「十分すぎる」
「その代わりしっかり勝ってきてね?」
「……お前の宿敵、なのにいいのか?」
「別に、構わないわよ。その後で挑んでもいいし。私だけの獲物じゃないんだから」
そう言った、奏の表情はさっぱりとした笑顔だった。嘘偽りのない顔だ。
「おうおう、なんか面白そうな話してんな。打倒エンプレスって感じか?」
「俺達も一口かませてくれよ」
「ちょっとくらいならクレジット奢ってやるよ!」
やんややんやと周囲にプレイヤー達が集まってくる。彼らもまたエンプレスに辛酸を舐めさせられたのだろう。
「これだけプレイヤーが協力してくれるならちょっとは勝率上がるかもね」
「……その話、俺も乗らせて貰うよ」
全員がその声に注視した。
そこに立っているのは長身にメガネの男だ。
へえっと奏は興味深そうに目を細めて。
「ノワール、エンプレスの同期じゃない、ここ最近見ないからてっきり引退したと思っていたけども」
「……一応、一線からは引いてるよ受験生だからね。ちょっとやる気が出てね。そこの、赤狼君? いや、恭二君の方がいいのかな?」
「どちらでも大丈夫ですよ、先輩」
笑顔で尋ねてくれば自然と返す。じゃあ、恭二君で、と先輩は返して。
「改めて、姫坂彰だ。そこの御前の言うようにかつてのエンプレスの同期、ライバルだよ……君を鍛えるのと一つ頼みがあってね」
「頼み?」
訝しげに見ると、こくりと彰は頷いて応えて見せた。
夕方、御前とノワールとの特訓を終えて自宅へと戻っていた。特訓といってもたかだか4回の実戦を通して技術を上げるものだ。最後に勝負した結果は御前の圧勝だったことから引き分けに持ち込めたのは必然であると共に恭二自身の実力をはっきりとさせた。
恭二の自宅。今日は両親ともに研究室にこもるということで一人の筈だったが今は二人の来客が来ていた。
「っで、なんで勇介までここに来ているのよ?」
「親友が決戦に向かおうってのに放っておくほど薄情じゃないぜ。俺はよ」
言うまでもなく御前こと奏と勇介である。
明日が決戦ということで戦支度をしよう、ということで集った。
実際はそれをダシに騒ぎたいというのもあるが。
「さて、じゃあとりあえず一仕事しますか。パソコン借りるね」
言いながら奏はビーフジャーキーを咥えて、青いフレームのPCメガネをかけるとデスクトップPCと向き合う。やるのは塗装の作業だ。
奏、曰く。カラーリングはイメージを形づくる上で重要。そのため、絵師である奏がそのための装備を整えてくれるというわけだ。
「じゃあ、俺らは読書でもして待とうぜ」
勇介が持ってきたのは紙袋一杯の漫画をフローリングの床に広げた。
「まあ……そうなるよな」
恭二達には絵心はなく手伝いは出来ない、パソコンでの作業となればなおさらのことだ。それならば一冊でも多く漫画を等の"参考資料"を読んで力にすべきだと思い恭二は漫画を手に取った。
「なんか、懐かしいな」
「言うて一ヶ月ぶりくらいだなーそーいや」
皆でゲームに興じることもあれば、ノートパソコンを持ち込んだ奏が絵を描いてる中こうして適当に時間を過ごしていた。
安心できる時間だ。
「ありがとう、二人とも」
自然と恭二の口からそんな言葉が漏れた。
「別に……私としてもゲームが盛り上がってくれた方が楽しいし」
視線を向けずに奏は返して、二枚目のビーフジャーキーを噛み始めてカラーリングを続けていく。
あーでもないこーでもないと画面に向かって喋りながら進める様はなんというか職人らしさを感じさせる。
「俺もぶっちゃけ楽しいからやってるだけだしなー気にすんな気にすんな」
ひらひらと勇介は手を振って返して漫画をぱらぱらとめくって戦いに使えそうな素材を探してくれている。
――この中に、神奈がいたらどうなるだろうか。
ふと、そんなことを考えた。
奏の手伝いをするのか、それとも自分達と同じように参考資料を見るのか。どんな話をするのか?
神奈がどんな人間であるか自分はまだまだ知らない事に恭二は気付いた。
さらにそうして連鎖して改めて自分は異常な状況にあることを認識した。
一人の後輩男子が、先輩女子からコアなゲームの誘いを受けてほいほいとプレイする。そして惚れこみ。彼女を救うためにゲームで彼女と戦う。
「神妙な顔してどうした?」
「いや、改めてすごい状況だなと思ってな」
「今更な話だよね。じゃあ引き下がる?」
「まさか」
――下がるという選択はない。
こんな馬鹿げたライトノベルみたいな展開こそが恭二の望んでいたものだ。
「それはそれとしてあんた勝ったらどうするの?」
「どうするって?」
恭二は首をかしげ。
「そりゃあおめえ、おのずとしっぽりと ってえな!! いきなり缶を投げんなよ!」
「うっさい! 変態! ……その、勝ったら付き合うとしてどうするかとか決めてるの?」
「まったく決めてないな」
「……さらりと言われるとなんか腹立つね。とにかく恭二はそれも考えるとくといいよ。純粋な欲望は簡単に強さへと繋がっていくから」
「やりたいこと」
瞳を閉じてイメージを作っていく。
定番としては都会に出る事だろう。問題は予算である、連日のゲーセン通いで財布の中身はもうすぐピンチと言える状況だ。
そんな中、やりたいこと。やはり映画等が定番だろうか。その後ファーストフード店で感想言いあう。とりあえずは最初はそんなものでいいだろうとも思うが。
――それでいいのか?
相手はゲームにおいてとはいえ女王を関する女性だ。それぐらいではたして満足する者か?
否。と恭二は考えた。
あれだけ堂々としている相手だ。恋愛に関しても百戦錬磨と考えるべきと思考したところで恭二は止まった。
「まどろっこしいわね。じゃあ、あのとき私と付き合ってた場合どうするつもりだったのよ?」
「お前相手ならそれほど気を使わなくてもいいかなって思ってたからな、とりあえずいつも通りその辺ぶらぶらしてラーメン屋で締めようかと思っていた。先輩と違って気を使わなくてもいいからな」
「友達としては喜ぶべきなのだけども、女としてはぶっとばすところだから難しいわね」
あーと奏はしばらく呻くと。
「けど、エンプレスってあの性格だし? 庶民的なのが案外ウケがいいかもね」
「そうなると観光名所的なところへ行った方がいいか?」
「いいんじゃねえの? 変に考えない方がお前らしいし。俺が女ならまあ話も弾むしいい気分になると思うぜ」
「勇介が女? ……なにその悪夢」
「それには同意する」
そんな、しょうもない話しをしながら夜は更けていき作業が続いていく、そうして、勇介が体力と精神力を使いはたして眠りへとついた。
時刻は朝の二時を指していた。
そんな中でも、奏は手を止めない。
部屋の光はパソコンのディスプレイのみ、時折クリック音と奏の唸り声だ。
「奏、そろそろ寝ろよ」
「そっちこそ寝なさいよ。決戦でしょ?」
「お前がそうやって起きてちゃ寝れねえって」
「……じゃあ、少し手を止めるわ」
言って奏は大きく体を伸ばしてアイマスクをかけた。
「ありがとうな。ここまでしてもらって。けど、なんでここまでしてくれるんだ?」
自らの好敵手とエンプレスに対抗する力を育てるためとは聞いた。
だが、二人っきりの今だからこそ話せる事もある。そう思って、恭二は口にした。
背を向けたそこからは奏の表情は見えない。
「んー……振ったのに。まだ友達でいる感謝やら貸し返しとか、そんな感じ」
その声はいつも通り軽いものだ。
その胸中では何を考えているのかは分からない。
「一応言っておくと、これでも感謝してるんだ。好きになってくれたのと、こうして相手してくれてるの。私は、他の女子とは、馴染めてなかったし」
奏との出会いは中学一年生の時だ。
当時の奏は一匹狼のところがあった。つるまず絡まず、関わらず。そしてそれなりになんでも出来る。トラブルも起こさない。そんな女だった。
そんな彼女と話すようになったきっかけが文化祭の看板作りだ。正確には看板作り班の班長だった彰の要望のアニメのキャラのラフを即座に書きあげれば、なんだこの女子すげえ! となり気がつけばこちら側の人間だった。
きっかけを作ったのは、勇介だ。だから。
「それは勇介にすべき感謝で俺じゃない」
「あの後、いろいろと副班長として動いたの知ってたよ? 絵に専念できるようにって。文化祭終わってからも一緒にまわってくれたりとか」
副班長として、ではなく。一目ぼれだったと。口を開きかけるが止める。
「私だって一応、あんたのことは見てるよ。だから、これぐらいの距離で、いいって思う」
「……そうか」
気の利いた言葉一つ言えずそのままお互いに黙って眠りについた。
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