第11話 ボードウォー

 神奈は正午のゲームセンターへと足を運んだ、アバターギアのブースは既に貸し切りになっている。

 そして、貸切の立て札と、共に本日の対戦する相手が記されていた。

 そこには、御前の名前はなかった。

「驚いたな」

 相手のチームは戦士としての矜持より勝利を取った、ということだろう。

 戦略的にみれば正しい。

「散々辛酸をなめさせられているのでね」

 声に振り替えれば背後には敵のチームがいた。特徴もない男三人組。

 神奈は振り返り、やれやれとため息を一つ。

「勝利の味のためには手段を選ばないという訳か」

「ゲームとはいえマジだからな――恨んでいるか? 御前と戦えなかったことを」

「いや――勝つためにそこまでやる姿勢。悪くない」

 だが、と言葉を一つ置いて。

「徹底的に叩きつぶしてやる。覚悟をする事だ」

 鋭い視線を敵へと向けた。

 戦略的には正しい。しかし、御前との戦いは心が昂るもので何物にも代えがたい、その楽しみを奪ったことについては許すつもりはない。

  

  

 

 普段立ち入らないゲームセンターへと恭二は足を運んでいた。

 やや武蔵台よりのゲームセンター、入ってまず違いを感じるのは煙草のにおい、そしてところどころヤニ色の筺体を見てそこは老舗だろうと恭二は感じとった。

 大型筺体機は二階という事で恭二は移動。

 本当にボードウォーは存在するのだろうかと不安になっていたが、しっかりとアバターギアのブースはあり、そこに本日ここを使うプレイヤーの名前、貸し切りであること示す立て札があった。付近には観客の姿もちらほら見える。

 店員に確認取ってもらってブースの中へと入る。

 そこに奏達の姿があった。

「まさか、ここで会うとは思わなかったよ」 

「俺もだよ。奏」

「今は御前。って名前で出てるわ」

 目の前の奏、否、御前の姿はTシャツにデニム地のキャロットスカートと言った出で立ちだ。その後ろには二人の男を従えるのを恭二は見て。

 ――奏が一番強いってわけか。

 そう、恭二は認識した。

 「なんだ、お前の知り合いか? 赤狼」

 不意に隣に並んだ男の声に視線を向けた。

 そこにはホワイトファントムがいた。

「幼馴染ですよ」

「へーなんだ彼女か?」

「そんなんじゃないです」

 なるべく表情に出さないように返せばホワイトファントムはそれ以上追及せず。

「……知らないと思うから言っとくが御前はまじでやべえぞ」

「やべえだけ伝わるほど頭良くないからもう少し説明頼む」

「エンプレスと同格だ」

「なるほど」

 ――強さのことではない、超えるべき壁だ。ということが理解したと言う事だ。

 敵わずとも一矢報いようと一歩を踏み出そうとするとホワイトファントムの手がそれを制した。

「俺達が最初に出る」

「信用できないからか?」

「先輩達を立てろってことだ、引っ込んでろよ。ルーキー……そして良く見ていろよ?」

 そう言って恭二の肩を叩いてホワイトファントムは前へと出た。

 それを見れば奏、否、御前は肩をすくめて。

「それじゃあ、楽しい楽しい時間を始めましょうか」

 その声と共にボードウォーがはじまった。

 はじまってからは観客と共にモニターで戦いを見守るのみだ。

 春海側が先に二勝を得た。

 春海側のプレイヤーのレベルは相手と比較して高いように恭二は見えたが、その感想を全く動じない相手の様子から違うと察した。

 ここでの勝利は全て、御前に託す布陣のためだ。と見て恭二はより収集してモニターを見た。

 そして、御前のアバターギアが姿を現した。

 目につくのは桜色。

 上半身はこれまでのアバターと装いが違い、武者のような兜と甲冑で包まれ下半身は馬と同じ四足、その様相は和風のケンタウロスのそれだ。

 蹄部分にしこまれたバーニアと背のXの形をしたバックパックによるバーニアで飛行を可能にしていた。武器は薙刀。種別はナイトだ。

 戦闘が開始される。

 御前の戦いぶりは壮絶なものだ。

 地を駆り、振るわれる薙刀はあらゆる攻撃を弾き、敵を裂く。その姿はまさしく嵐。その攻撃に必死に春海側も喰い下がろうとするが圧倒的な攻撃力の前に屈した。その勢いのまま瞬時に春海側に敗北を与えた。

 続いて、ホワイトファントムが御前へと挑む。しかしガーディアンの装甲を以てしても猛攻を凌ぎきる事は出来ないと思えば装甲を外して対応する。小回りを利かせて立ち回ろうとするがそれすらも全てを薙ぎ払って見せた。

 それでも勝利には至らなかった。

 どんな相手であっても圧倒的な攻撃力を以て叩きつぶしてしまう。それが"御前"の強さの様だ。

「くっそ、話しにならねえぜ……赤狼、頼むぜ」

「やるだけ、やってやる」

 ホワイトファントムの言葉に安心させるように笑みを浮かべ前へと出た。

 ――冷静に考えれば勝算は殆どない。

 アバターギアのの筺体の中へ起動プロセスを経て恭二はその身を赤狼のものへと変えた。

 選ばれた戦場は夕陽が照りつける廃線となった駅。元々は巨大な駅だったのか朽ちた線路や電車や列車が辺りにはある、流れるBGMは一時流行った和風ロックと呼ばれるものだ。

 そして赤狼の視線先には御前がいる。

「エンプレスのお気に入り、その実力の程を見せてもらうね」

「……お手柔らかに」

 お互いに攻撃の体勢に入る。

 先に仕掛けるのは御前。間合いを詰めるのは一瞬。

 振り下ろされた薙刀の一撃を短剣と長剣を交差するようにして受け止めた。

 ――重い。

 コントローラーから伝わる力に呻き声が漏れる。

 次いで来るのは遠心力を加えた横薙ぎの一撃を防御するが弾き飛ばされる。

 ――そして早い。

 加速、一撃の重さ。攻撃力に特化したアバターギアであることを示していた。

 速度そのものはエンプレスの方が早い。だが、全てを粉砕しうる攻撃力を御前はもっていた。

「イメージ!!」

 声に出して短剣を腰に戻し、長剣を両手で構え、翼を広げる。

 先日の勇介との特訓で身につけたのは具体的なイメージを作り形にすることだ。

「トリプルダート!!」

 さらに名をつけることでよりイメージを固定化させることでそれは技となる。

 赤狼は自らの耐久値を削り限界を超えた駆動はじめた。

 超加速からの三段突き、二撃の突きで迎撃に来る薙刀の一撃を弾き飛ばす、そして最後の突きが御前の肩を突き、その身を僅かに弾き、体勢を崩す。

「この程度っ……」

 御前が呟きとともに咄嗟に防御の構えを取るがそれでも構わず赤狼は動く。

 通ったならば畳みかけない手はない。突きの反動で赤狼は半身を飛ばして左足で御前の側頭部を蹴った。連撃だ。さらに蹴り足を首に引っ掛けてのオーバーヘッドキック。

 背後を取ったのであればーー

「悶えろよ!!」

 短剣の柄を用いての脇下へと強打を叩きこむと、御前が吹き飛ばされる。

 頭部を揺らし、脇腹への攻撃。普通ならば大ダメージは免れない。

「固い……」

 だが、返ってくるコントローラーからの手ごたえは恐ろしく固かった。通じた気がしなかった。

 再び、間合いが開くと薙刀を頭上で回す。

「成程、お気に入りということだけはあるわ、知識は足りていないみたいだけども」

「効いてない、みたいだな」

「まったくというわけではないけどね」

 自慢げに御前は言って、首元の装甲と脇腹の装甲をパージした。

 恭二が修業によって得るのは楽ではなかった。かぶりつきでその手の必殺技を見てイメージを作り、そして実際に筺体で再現できるレベルにまで鍛え上げた。

 だが、御前はそれすらも容易く受けきって見せた結果が装甲二枚分だ。

 ――経験の違い。

 半端な技では御前を倒す事は出来ないことが証明されてしまった。

 それとは別に、自分の技術が通じるという証明でもある。

「まったく旧友相手に容赦ないね。手がちょっと痛かったわ」

「そりゃあすまなかった。なるべく痛くしないで終わらせるから負けてくれ」

「感情のない言葉どうもそれじゃあ――」

 御前は足元の電車群を薙ぎ払って。

「いくよ!!」

 赤狼は地を駆け飛びかかってくる御前の一撃を地を転がって避けて御前の背後へ回った。

 対して追従してくる横薙ぎの一閃を背面跳びで避けて空中から反撃へと前に出ると御前は薙刀を握る手を滑らせて短く持つ。

 持ち方を変えたことによる一撃は柄による打撃。顔面狙いの奇襲、それに対して薙刀の柄へと赤狼は足を当てて空中で一回転、踵落としで返してみせると。

 「甘いわ!!」

 御前は馬の前足で踵落としを迎撃した。

 赤狼は身を曲げて衝撃を上へと逃しながら上空へと逃れた。

 奇襲には失敗したが恭二は勝ち筋を見出す。

 赤狼が勝てると思う理由は三つ。

 ナイトは人の身と違い下半身は馬のそれだ、そのため突破力には優れるが旋回にやや癖がある。御前も例外ではなかった。

 こちらは奏という人物を知っており、相手もこちらの事を知っている。思考の癖はなんとなく読める。

 そして、ナイトは地上での機動性はあるが空中での動きは苦手としている。

 これらを利用すれば勝負は出来ると赤狼は考える。まともにぶつかっても勝機はない。

「あなた相手に考える時間を与えるとでも思った?」

 御前が薙刀で朽ちた電車を貫き、持ちあげると空中へと放った。

「厄介だな、本当に!」

 長剣で電車を切り払っている隙をついて御前が空中へ飛び上がると同時に下からの斬撃を赤狼を胴を裂いた。

「落ちなさい!!」

 続いてくる空中で遠心力を加えた袈裟の一閃を赤狼はすんでのところで受け止めるが地面へと叩きつけられる。

「馬鹿力だな――」

「まだ!!」

 止めとばかりに振り下ろされる一撃を長剣に手を添えて受け止める、さらにその背が地面に埋まった。

 「ふんばれよ……赤狼!!」

 再び、限界を超えた駆動で強引に身を起して弾き飛ばして距離を開かせる。

 背の翼にはダメージがあるがまだ、動くことを確認しつつ後方へと跳ぶ。そこには廃棄された列車があった。

 迷うことなく赤狼は列車を御前へと蹴り飛ばした、そこへと御前は突っ込む。列車ごと薙ぎ払うつもりだ。

 ――より早く。鋭く。

「ライトニングニードル!!」

 赤狼は声と共に紫電の如き、長剣の突きを列車越しに放った。

 電車を目隠しにしつつさらに横幅の広い一撃に加えて相対速度による相手が仕掛ける直前に叩きこむカウンターだ。

「その程度のこと!!」

 当然、力で勝る御前は全てを薙ぎ払わんと薙刀が振ろうと最大の一撃を放つ構えで来る。

「砕け散れ!! 覇桜!!」

 自らの身を回して一振りは全てを砕き。二振り目で相手を叩きつぶし。舞い散る桜の如く対象を砕く。

 御前の必殺となる技。

 だが、それは今回、必殺となりえなかった。

 対象となる赤狼は間合いの外にいたためだ。

 既に間合いの三歩外、簡単に詰められる距離で御前は隙を晒した。

「距離を稼ぐためにっ!?」

「その隙を待っていた!!」

 先ほどの赤狼の突きはただの突きだ。そしてこれから放たれる一撃こそが本命の一撃だ。

 全身のバネ、背の翼のスラスターを使い身を回しての短剣の投擲、ライトニングニードル。

 大気を裂き、螺旋の回転が加わった一撃は急所である心臓へと一直線に向かっていた。

 すでに御前の体は二撃目を放つ回転運動に入っている。

 鉄を断つ音が響いた。

 御前の槍は両断され胴体へと至ったが御前は未だ動いている。心臓を外し、胸部を貫いていた。

 破壊判定とみなされた槍は粒子となって散っていった。

 「小癪なマネをしてくれるわね 次はないと思うことよ」 

 「あの一瞬で身を動かしたのか……」

 互いにダメージは大きい。

 赤狼は限界を超えた駆動、背後を強打したことによるダメージもあいまって各部にガタが来ている上に武器はない。

 御前も今の奇襲によるダメージと武器を失くしている。

 ――まずいな。

 今の一撃で仕留めるべきだった。

 御前に油断はなくなった。それは今まで以上に奇襲は難しい事を意味すると同時。

 ただでさえ見えない勝機がさらに見えなくなった。

「どうした、御前。エンプレスと並ぶと言われたわりには俺如きに苦戦するとはな」

「挑発か時間稼ぎかは知らないけどのるつもりはないわ。このまま仕留めさせてもらうわ!!」

 狙いは一つ、二人の間に落ちている長剣だ。

 単純な速さでは騎士には勝てない。

 ――だが、取るべき動きは分かっている。

 真っ直ぐに長剣を拾う、それに対して動きを取るために赤狼は動いた。

 「武器はまだある!!」

 赤狼は声を上げて武器を手に取った。

「成程、確かに武器になるけども……受け止める事は出来ないわよ」

「ないよりはマシだ」

 赤狼が両手に持つのは2両編成の列車だ。

 長剣より軽く武器としては心元ないが、しのぎ、勝つためには十分だ。

「随分と熱い男になったものね」

「……そちらこそ、そこまで暴力的とは思わなかったな」 

「女は秘めている顔が多いものよ」

 言葉と共に御前が距離を詰めて来れば攻撃と剣による攻撃の応酬がはじまった。

 振るわれる長剣の一撃を赤狼は避け続けた。

 まともに受ければ両断される。故に確実に攻撃の隙間を狙っていくが慣れない長剣でしっかりと御前は受け止める。

「赤狼だっけ? よくこの世界へ来る気になったわね」

「どういうことだ?」

「真っ当な頭している奴だったら、こんな玄人向けのゲームやらない」

 赤狼が長剣を電車で絡め取ればそれを引き剥がそうと御前は動いた、力比べだ。

「小難しいし、敵は強い。プレイヤーはおかしなやつらばっかだしね」

「なら、なんでお前はやってるんだよ」

 電車がひきはがされて、御前は自由な身を得た。

 襲いかかる御前に対して赤狼は電車を振りまわして牽制。

 振るわれる電車の連結部を両断して、御前が距離を詰めてくる。

 その勢いは胴体の負傷のせいか先ほどより勢いは衰えている。

「決まってるでしょ! ロマン向けのゲームシステムに加えて、お互い合意の上での暴力、その上で相手を叩きつぶしていいんだから! やつあたりするのに最適!!」

 ネットの絵師と呼ばれる者達、絵を描き不特定多数の目に晒される。それによって好意的な評価もある一方で心ない言葉を送る者も多く、無断転載の問題もこの時代になっても解決せずにおり。それはストレスが貯まる行為と言うのは少し考えれば分かるが。労いや慰めの言葉ではなく。

「最低だな、おい!!」

 やつあたりはいかんだろうということだ。

 言いながら赤狼は考えるが速度が追いつかない。故に願った。

 ――考える速さを上げる!!

 その願いに赤狼は応えた。結果、導き出された最良と思われる選択を選んだ。

 勝つことを諦め、負けない事を。

 赤狼が距離を詰める、その動作に対して僅かに御前は身を引いて長剣を突きだした、最短の迎撃だ。

 突きだされた剣は赤狼の身を貫いた。

 赤狼は脇腹に剣を突き刺さった状態でさらに前へ。耐久値が0へと近づく中、赤狼は御前を抱きしめる。

「っ!? 何を!?」

「やっぱ、勝てねえよな……けど――」

 力の限りにそのまま上空へと翼を広げて飛んだ。限界を超えたその動きに上昇するにつれて赤狼の各部が千切れていく。

 御前も身を振るが引きはがせない。

「引き分けに持ち込ませてもらうぜ!!」

「ぐっ……この」

「風穴空いた状態じゃ、さすがにはがせないだろうよ」

 身を逸らしていけば真っ逆さまに地上の駅へときりもみしながら落ちて行く、程なくして視界にはDRAWの文字が表示された。

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