第9話 凡人割拠

 恭二は自室へと戻ると大きく息をはいた。

 しめて1200円、それがアーケードモードをクリアするのに要した金額だ。回数にして4回。リトライするたびに最初から戦った。

 学生の自分には安くない出費だ。

 ――だが、手ごたえはあった。

 何も知らない時よりは、マシになったと思えるほどの腕になったように恭二には思えた。

「でも、これだけじゃ勝てないよな」

 恭二が行っていたのは実戦ではない、ただのCPUとの戦いで、基礎訓練の一環というものだ。

 必要なのは対人における実戦の知識と経験だ。実際のプレイヤーはもっと、柔軟な動きをする事は今の恭二でも予想出来た。

 ため息をつきつつ恭二はスマートフォンにアーケードモードクリアの画像を載せて神奈に送ればすぐさま返信が来た。

『対人戦を積むべし』

 成程と、自然に頷いた。

 ここから実戦、というわけだ。

 ――夢中になっているな。

 たかが、ゲームといえばそれまでだが。確かに人を惹きつける熱さがこのゲームにはあるというのがこれまでの戦いで納得した。

 それでも、疑問はある。

「あの人はどうしたいんだろうな」

 自分の身を売ってまで、楽しむゲームの果てに神奈が何を求めているのか、自分はどうなっていくのか。何を得るのか。

「俺達の戦いはこれからだ、ってことだな」

 ――未来の彼女のために一肌ぬぐとしよう。

 意を決したところで腹が鳴った。やはりかっこうはつかない。

「ともかく……食べなきゃな」

 呟いて起き上がる。

 今日は母が帰ってきている。夕飯はとりあえず肉だといい、と思いながら。

 

 神奈はベッドに横になりながらスマートフォンを操作していた。表示されている画面はグループチャットのものだ。

 グループ名は古巣の集い、というものだ。

 この地区を中心としたアバターギアのプレイヤーを対象としたグループチャット。

 ここにいるプレイヤーの多くが神奈と同じ、ゲームで熱くなれる者達だ。

 唯一女帝『面白そうなルーキーを拾った』

 白幽霊『ほう。この時期だと後輩?』

 白幽霊をはじめとして既読の文字がつき、どんな人間であるか? ということが文章やスタンプで送られてくると神奈はタッチパネルを操作する手を止めた。

 ――どんな人間か。

 唯一女帝である神奈は頭に恭二を思い浮かべた。

 その時間は一瞬のものですぐさま次のメッセージを打ち込んでいた。

 

 唯一女帝『ごくごく普通、才能はないがガッツのある若者だ』

 エセ騎士『いやそうでなくて外見的なところ』

 唯一女帝『チンピラのようだったな』

 秋姫『それはそれで、気になるね』

 唯一女帝『気になる人は明日ゲーセンに来てくれ、鍛えるのにも都合がいい』

 

 一通り会話を終えればアプリを閉じた。

 話した内容は恭二についての事だ。新たなルーキーの登場にしばらくはあのゲームセンターは様々なプレイヤーが出入りすることになるだろう。力を求める彼にとっては良い刺激になる筈だ。

 開いているレベルの差に耐えることができれば、の話だが。

「潰れてくれるなよ」

 灯りを落とせば僅かな月明かりが周囲を照らした。

 夜は神奈にとって眠りに落ちるまでイメージトレーニングを続ける時間だ。

 神奈にとって幸せな過去を思い返すための時間でもあった。

 不利な状況から逆転するための手立て。敵を潰すための必殺の技を盤石にするため。あらゆる状況を凌ぐための技術を作るためのものだ。

 脳内に浮かぶのはこれまでの戦ってきた強敵。

 深呼吸を一つして。はやる気を落ちつけた。

 強敵と戦うたびにその時の高揚感を思い出しながら眠りについたのだった。

 

 

 翌日、放課後のゲームセンターへと恭二は足を運んでいた。今日は人の入りが多くアバターギアのモニターの前には様々な人が集まっていた。

 ――見ているだけで勉強になるな。

 そんな事を思いながらいつもと違う雰囲気に恭二は息をのんでいた。

 モニターの周囲で男女入り乱れて和気あいあいと話している中、誰もが試合前の選手かのように闘う気に満ちている。

 ただ、遊びに来た訳ではない。全力で遊びに来ている、そんな表現が合うような異様な場所になっていた。

「やれやれ意図した事とは違う事が起きているな」

「先輩。数日ぶりですね」

「ここ数日で少し顔つきが変わった。なんというか楽しそうだな」

「ええ、おかげさまで……それより意図した事?」

「ああ、新しいプレイヤーが来ると。知り合いと連絡を取った。そいつらと手合わせしてレベルを上げてもらおうと思ったのだが、まあ好戦的なやつらはそんな事も忘れて互いの技を競っているみたいだが」

「神奈先輩、顔広いんですね」

「いや知っているのは数人だ。残りは噂を聞いて来たやつらだろう」

 神奈が視線を送ると何人かが振り返り笑みを返してくれる。何人かは恭二を値踏みするような視線を向けてくる。

 疑問に思いつつ恭二が視線を返せば背けられる。

「ふん、エンプレスが目をかけているということもあってピリピリしている者も多いようだ」

「そりゃあそうよ。ここらで常勝無敗の女王が面白いやつをつれてきたとなりゃあ気にもなるって」

 恰幅のいい二重あごの男が笑顔で声をかけてきた。知り合いの大学生だろうかと恭二は思っていると。

「元気そうですね。ホワイトファントム」

「お前も相変わらず傍若無人そうだな」

「まさか、私は謙虚ですよ。世界においては分かりませんが日本の中ではごくごく一般的に謙虚かと」

「お前は一度、謙虚の意味辞書で引けよ……とりあえずそこの飼い犬と一戦交えればいいのか? なんかクレイモアに比べてぱっとしないけどよ」

 クレイモアと言う言葉に首をかしげるが話は進んでいく。

「ええ、そうしてもらえると助かります……出来ればクレイモア以上にしてもらえると尚、良しですね」

「よっしゃ、久々のニューカマーってやつだ。歓迎してやるよ」

「……お手柔らかにお願いします」

 そういって恭二が挨拶を返せばてホワイトファントムと名乗った男はその場を離れた。

「先輩、今の人は? あと、クレイモアって……?」

「一つずつ説明していこう、私にとっての先輩だな……ここのアバターギアで一線張っている。今日ここに集まったのはそんなものばかりだ。クレイモアとはーー」

 話していると今度は痩躯に黒縁メガネの男がやってくるのに気づいて神奈は言葉を止めた。

 男は恭二を見て、一つ頷き。

「成程、確かにエンプレスの言った通りだ」

「だろう?」

 何のことだ、首をかしげていると男は思い出したように視線を神奈へと移した。

「そうだ、エンプレス。どうやら二区の連中が近々こっちで一暴れするようだ」

「そうなるとまた召集がかかるのか、面倒な事だな」

 暴走族やヤクザの抗争だろうか、と恭二が訝しんでいると。神奈は笑って。

「ああ、単なるゲームセンターの事情だ。アバターギアで疑似戦争の様な事を昔からやっているようでな。よく巻き込まれる……はた迷惑な事だ」

「良く言うよ。まんざらでもない癖に。まあ、そこの君もこのゲームを長く続けることがあれば呼ばれるだろうから気にしておくと良いよ。取り急ぎ用件だけ失礼するよ、レポートもあるからね」

 そういって痩躯の男はゲームセンターから出ていった。

 ――この世界は深く広い。

 しみじみと感じながら順番が回ってくるのを待つことにした。色々と異常とも思うが現にあるのだからしょうがないと割り切って進もうと。

「俺の事、どう伝えたんです?」

「見たまままを伝えたガッツがあると。後見た目はチンピラそうだと」

「……いやいいですけど」

 そう言われるのは複雑だ。

「先輩、さっきの続きを。ホワイトファントムって人の言ってたクレイモアっていうのは?」

「かつて、この区での最強を競った相手だ。君と同じソルジャーの使い手だよ」

「今はどちらへ?」

「去年、卒業して本土の方へいってしまったよ。最強の座を私に渡してな」

 そう話す神奈の表情は寂しそうとも悔しとも取れる。そんな複雑な表情が混ざっているように恭二には見えた。

 すぐにその表情を払って神奈は笑顔を作った。

「今は、気にしなくてもいい事だ、勝負に集中してくれ」 

 

 

 恭二の質問につい、神奈は昔の事を振りかえってしまった。

 輝かしい過去だ。お互いを競い合い、最強とも言えるライバルとの戦いの記憶。

 すぐにそれを神奈は払って。取り繕った。相手からしてみれば奇妙に思うだろうがそれ以上は詮索しないだろうと予想した。

 一息入れれば現状の恭二と周囲との戦力差を分析した。

 ――今日、恭二が勝利するのは難しいだろうな。

 そう神奈は考えた。如何に才能があったとしても常連の腕前自体が相当なものだ。とても昨日今日はじめた者が追いつくのは容易ではない。

 加えて、エンプレスの後継という肩書だ。

 望まずとも、恭二はそう見られている。それはエンプレスに倒された者達が恨みを晴らすには絶好の対象となる。

 恭二の順番が回ってくれば神奈はそれを見送った。

 程なくして恭二の赤狼と対戦相手の肩に金色のラインの入った黒のアバターギアとの戦闘が開始された。

 ガーディアン、頭部のバケツヘルムが特徴的ドラム缶に手足を生やしたような分厚い西洋甲冑。

 足裏には機動力を補うためにローラーが取り付けられている。

 背には翼はなく筒状のブースターが四基取りつけられている。特徴的なのはソルジャーより一回り大きく、厚めの装甲だ。角ばった装甲の多いアバターギアの中。丸み帯びた装甲。

 ゴリラとも揶揄されるその大きく逞しいフレームは扱いやすいともいえず不人気だ。事実、これに選ばれてしまったが故にアバターギアを諦めるものも少なくはない。

 赤狼の動きは背の翼を用いての立体的起動でガーディアンを攻めていく。

 フェイント、牽制、格闘。

 ガーディアンの矛槍での一撃を短剣で弾き、盾の防御をかいくぐって交差する瞬間に一撃を叩きこんでいった。

 ガーディアンはパワーと防御力こそ高いが機動性は他のアバターに劣るという点を考えた戦術だ。

 ――成程、形にはなっているようだな。

 はじめたての素人、というレベルは脱していると神奈は見極めた。

 赤狼はCPU戦相手に独学で自らの戦い方を作りつつあった。

 だが、相手とて素人やCPUではない。一流とも言えるプレイヤーだ。的確に赤狼のパターンを読んで矛槍を叩きこんでダメージを返しはじめる。

 素人相手にムキになって反撃するのではなく熟練者として計算されたその手は通じないと諭すような冷静な攻撃だ。

 ガーディアンは赤狼の攻撃の切れ目を的確に狙って矛槍の一撃弾き飛ばす。

 そこでガーディアンが畳みかけるように動く。装甲に亀裂が入る、否、接続部から小さな爆発と共に外したのだ。

 ――ジャケットパージ。

 装甲を排することで防御力を捨てて機動力を得るための手段だ。

 基本的にはどのフレームでも出来る機能の一つだ。ガーディアンはそれを前提にしているフレーム故にその恩恵は大きい。

 肩周り、腰回り、太腿、頭部、腹部の装甲が爆風で飛んだ。吹き飛ばれた装甲は遠距離攻撃と化し、赤狼の動きを阻む。

 そして、身軽になったガーディアンが赤狼が肉薄した。

 ガーディアンの動きの変化に赤狼が圧倒され始める、攻撃を返してはいるが弾かれしまい防戦一方のへとなっていった。

 ――だが、赤狼は勝負を捨てていない。

 ガーディアンの攻撃を避けるのが難しいと判断すれば合わせて反撃を加えようとする。

 メンタルの強さだけならば熟練者とも引けはとらないだろうが戦況を覆せるものではない。

 赤狼の奮戦も空しく、廃墟の大地へと叩き伏せられた。

 程なくして恭二がモニター前まで戻ってくると神奈には目もくれずモニターへと視線を向けていた。

「さて、戦ってみた感想でも聞いてみようか。負けた気分はどうだ?」

「酷い先輩もいたもんだ」

「素直だからな……で、どうだった?」

 恭二が半目を向けてくるが気にしないでいれば諦めたように恭二は肩をすくめて。

「強い、というよりは上手い。けど勝てない相手ではないと思いました」

「前向きなのはいいことだ。存分に試してくるといい、必ず勝つ糸口がある」

「言われなくてもいくっすよ」

 その眼は決意に満ちたものだ。

 だが、まだ順番は回ってこない。

 だから一つの疑問を神奈は解こうと口を開いた

「……聞くが何故、そこまですんなりとこのゲームにのめり込めているのだ? 我ながら中々無茶を言っていると思うが」

「無茶っていう自覚あったんですね? そうですね、なんといったらいいか」

 しばらく考えるように恭二は宙を見て。

「こういう状況って嫌いじゃないんですよ」

「こういう状況?」

「友達自慢ってわけじゃないですけど、俺の友達はバスケ部のエースだったりネットの絵師でして……そんな奴らの特別な日常。それが欲しくて何とかしたくて……ちょうど、先輩の誘いがありまして」

「特別な日常を得られる場へ来たかも知れない訳か」

 「ええ、だから先輩には感謝しています」

「……楽しみにしている、お前が私に追いつく日を」

 「俺もです」

「ヒントを一つくれてやる。型にとらわれるな。最初のチュートリアルの言葉と私との戦いを思い出せ」 

 神奈は恭二にさらに興味を持った。

 ――どこまで、強くなるのか。

 

 

 再び順番が回ってくれば筺体の中へ、もはや慣れた動作で恭二は赤狼を起動させる。

 ――期待されているのだよな。

 先ほどの神奈との会話の事を思う。

 期待をされるという感覚も久々のものだ。

 期待をされるのはいつもエースプレイヤーの勇介の立場だった。

 こうして期待をされると分かるのは重さだ。

 果たして神奈の求めるところまでいけるのか?

 神奈が求めているのはかつて最強を競ったクレイモアと呼ばれる相手と同じ強さかそれ以上だ。

 最強になれるか?

 「なんでこんなことを考えているんだろうな」

 自問に返す声はない。

 たかがゲーム。遊びだ。本気になったところで得られるものは何か?

 分からない、だがそれでも、続ける。

 そんな思いでいると選ばれた戦場は砂漠に決定された。

 ――今は目の前の相手だ。

 深呼吸をして意識を切り替える。

 闘う相手はこれまでの甲冑のようなものではなくゆったりとしたローブを纏ったような装甲のアバターギア、しかしその足は足首から先は人のものではなく浮遊器、フロートと呼ばれる装置が取り付けられていた。頭部にはバイザーのような者が取り付けられ背には球状のブースターが四基それにかぶさるようにして円盤状のレーダードームを背負っていた。

 明るい黄色に白のラインの入ったバンデット、ダンデライオンと名がついており、その手には鞭を持っている。

 戦闘開始の合図、それに合わせるように赤狼は即座に翼を広げての前進を選んだ。

  判断は一瞬。バンデットの兵装は鞭やフレイル等といった癖のある中遠距離の武器と決まっている。

 ならば選択は簡単だ、距離を詰めての近接での先制を決める。その上で距離を保ち、自分に有利な間合いで挑む。

 だが、その程度の事は相手とて予想していた。

 ダンデライオンは腕を袈裟に振るうと袖口に当たる部分から爪付きの鞭が伸びる。

 「空を……滑る!!」

 赤狼は声と共に背の翼を用いて姿勢制御、中空をスライディングした。その結果、低姿勢を維持したまま前へ。

 「へえ、やるじゃん。綺麗な姿勢制御だけども後ろが空いてる」

 「っ!?」

 直感的に赤狼が視線を背後へと向けた、ダンデライオンの鞭が軌道を変えていた。

 それは赤狼の背後から喰らう形だ。

 咄嗟の反応で左手で引き抜いた短剣で迎撃すると手に痛みが走った。

 「電撃、か?」

 「正解、食いつかれたら電気風呂ってなー」

 気楽な調子で後ろへと跳躍するバンデットを追うように赤狼はスライディングから態勢を飛翔へ、そこから横薙ぎの斬撃を放つが避けられた。

 間合いの開いた状態でお互いに空中で得物を構える。仕切り直しの形だ。

 CPU戦との違いはやはり、大きい。

 CPUには通じる、最良の手の一歩上を多くのプレイヤーは行くし、そして何よりもプレッシャーだ。

 これまでの戦いで、どのプレイヤーもそれぞれプレッシャーを感じられた。

 エンプレスは肉食の獣を前にしたかのような、気を抜けばやられるプレッシャー。

 ホワイトファントムは山を前にしたかのような壮大なプレッシャー。

 そして、ダンデライオンは掴みどころのない雰囲気。前の二人に比べれば大したことがないように見える、キングの方がまだ圧があった。

 だが、踏み込めば足元を掬われる。そんな気にさせる。

 「さすが、エンプレスのお気に入りって訳だ」

 皮肉でなく素直に評価してくれている。

 「努力はしているつもりですけどね」

 「ふーん、まあいいけど。とっとと負けてくんない?」

 言葉と共にダンデライオンの腕が縦に振るわれ鞭が伸びた。

 ――言動に捕らわれるな。

 ダンデライオンの口調こそは軽快。がちがちのゲーマーと言うよりは繁華街を歩いているのが似合いそうなイメージだが、確かな実力があるように思えた。

 確実に赤狼を捉えて、視覚からの攻撃を狙ってくる。

 前のホワイトファントムと同じ、相手を刺すような動きに赤狼は攻めあぐねていた。

 ――守れば負ける。

 そう思った瞬間、反射的な動きで大きく赤狼は距離を取った。

 鞭の軌道が再び不規則な動きで襲いかかったのだ。

 鞭というよりは蛇とか稲妻のようだ、感想を持ちながら襲いかかってくる鞭を避け続ける。

 「鬱陶しい!!」

 赤狼は急降下を選択。砂上に剣を叩きつける砂煙が辺りを包んだ。

 如何にこちらの動きに追従する鞭とはいえ姿を消せば一瞬、動きは止まる。

 赤狼は短剣をしまって長剣を構えた。

 長剣を両手で腰溜めに構え、姿が見えたと同時。瞬速の突きで仕留める構えだ。

 砂煙が薄まる中、砂上に屈んでこちらの様子を窺うダンデライオンの姿が見えれば即座に迎撃の動きをとった。

 「成程、分かってはいるけど使えるのな」

 何か言っているが構わず赤狼は見えない視界の中を声を頼りに突っ込む。

 「させねえ」

 ダンデライオンがそういったと同時に砂の中から鞭が伸び、赤狼の右足を絡め取った。

 「そう来ると思った」

 赤狼は即座に絡め取られた右足をパージする、一気にバランスが崩れるが構わず前へと出た、乾坤一擲の一撃だ。

 普通に挑んだところでいなされるのであればハイリスクハイリターンの一撃という選択だ。

 「やべ!!」

 ダンデライオンが焦りと共に左の腕が振るうともう一本の鞭が飛び出し胸部を絡め取りその動きを止めた。

 相手の方が一枚上手だった。自分の敗北を悟る。

 「切り札は最後までとっておかないとってね!」

 バランスを崩して態勢が崩れる中。電撃が体を包み、赤狼は敗北した。

 敗北の空気を中から吐き出すように恭二はため息をついた。

 ――勝てない。

 ひっかかるような言葉はいくつかあった。 筺体から出れば、すぐに相手側の方へ行けば同じく筺体から出るのはさらさら金髪の青年だ。

 正直ガラが悪そうだが声をかけないわけにはいかない。

「えっと、ダンデライオンさん?」

「ああ、そだよ。ってことは君、さっきの赤狼?」

「はい、対戦ありがとうございました」

 頭を下げるといやいやとダンデライオンは手を振って。

「いやいやゲームっしょ? 楽しくやろうぜ。後輩君。で、なんか用?」

「あの鞭の動きに、何が分かっていないのに使えるのか、その辺を教えてほしいんです」

「ふーん、成程ね」

 値踏みするような目でダンデライオンは恭二を見ればにっと笑って。

 「ま、面白うな奴が増えそうだし教えてやるよ。アバターギアの世界はイメージが大事」

 それを示すようにモニターを示す、ナイト同士の戦いだ。

「ナイトなんかが分かりやすっしょ。実際に足4本であいつらは動いてるんじゃなくてそうイメージして動かすじゃん、ギアサポーターのおかげでな」

 そう実際に、体を動かすのはプレイヤーのイメージによるところが多い。それに合わせて操作がなされる。さらにそこからシステムの補助を用いて赤狼の翼で姿勢制御を恭二は行っていた。

「お前は姿勢制御と決めの一撃を放つ時によく、使っているけど実際は色々使えるの知ってる?」

「色々?」

「俺の鞭の操作みたいなありえない軌道の攻撃とか、エンプレスの超スピードとかイメージして本気で出来ると思ったことに、機体はまじでやっちまうんだぜ?」

「そんなことが――」

「いや、冷静に考えてただの学生が鞭や剣を達人級に使うのが無理っしょ? 俺、ただのチャラ男だぜ? ギアサポートさんやっベーっすねって感じだ」

 ダンデライオンの軽い口調にいや、と言いかけて恭二は思考する。

 現実、確かに高校生で並はずれた運動神経のものはいる。だがここにいるのはそれから外れたものというのは体躯を見ても理解できた。

 ならば、ギアサポーターの力と考えるのが自然だ。

「ギアサポーターを使いこなせばせんぱ……エンプレスともやりあえる?」

「やーそう甘くないんだなこれが。なんつーか割とがっちりとしたイメージを作らなきゃそれなりの動きしかできねーんだわ。ったく宗教かって感じだわ。システムアシストだよりってだけじゃダメみたいだ」

 わけわかんねーわーとぼやきながらダンデライオンは頭をかく。

 「まあなんつーか、色々見てこんな動きしたいとか形が出来れば結構強くなるんじゃね?」

「……ありがとうございます」

 「気にすんな、また対戦しよーな。そろそろバイトの時間なんで、ばいならー」

 がんばれよーとそう言い残してダンデライオンはゲームセンターを出て行った。

 チャラ男と思っていたがいい人もいるのだなと考えを改めつつ見送って恭二はモニターへと視線を向ければそこでは激戦が繰り広げられていた。

 ――イメージによる動き。

「超えられない壁、か」

 財布の中身を見る。残りは僅かになっていた。

 自分を特別だと思ってはいなかったが当たり前の領域を出ていなかったという事実。

 そして、どこかで神奈先輩に目をかけられたから大丈夫と言う自信。

 その二つが砕かれた。

 戦いの舞台に上がってすらいなかったのだ。

 キングを倒したことなど大したものではなかった。

「……これが限界なのか?」

「それを決めるのは君自身だ」

 呟きに応えるのは神奈だ。

 澄んだ目で恭二を見て。

「私達は『普通』ではない。この場にいたいと思うならこの壁を越えなくてはいけない……道を変えたとて責める気はないさ。たかがゲームだ」

 ――今ならば、分かる。この壁の高さが。

 たかが、ゲームで何かを成すことの難しさ。そのためには普通では届かない。

 瞳を伏せて恭二は答えを口にした。

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