第8話 戦いの時間
気の遠くなるような授業の時間が終わり、帰りのホームルームが終わった直後、恭二は駆けだした。
ゲームセンターへと着けば目的の筺体へとたどり着くが既に台は埋まっている。見渡せば初心者台というのを見つければそちへと足を向けた。
ICカードを通してを筺体へと中へと入り、モニターにメンバーズカードとUSBを挿入すると自宅でセッティングしたアバターの姿が表示される。
ソルジャーは赤を基調として黒のラインの入った機体となっていた。バスケ部時代の自らを投影したものだ。
名は、「赤狼」。自然とイメージからその名をつけた。
モード選択で乱入不可のアーケードモードを選択する。
ヘッドギアの装着を音声で促されれば装着。
程なくして戦場の画面が表示され、アバターギアへと感覚が移っていく。
戦場に選択されたのは湖とうっそうとしげる森だ。
――まずはこいつの扱い方を理解しろ、ってことだな。
何が出来て、何が出来ないのか。
「いくぞ、赤狼」
もちろん、赤狼から返す言葉はない事は分かっている、自らの身に言い聞かせるようにそう呟いた。
視点の拡大、視野の拡張、パーツの分離、飛行方法、などの動作に加えて、現れる敵との戦いで各種フレームの特性を理解していく。
そこで疑問が一つ上がってくる。
――分からないのはプロポーションの条件か。
機体の特性をフルに引き出すシステム。
おそらくはエンプレスを倒す上で必要になるであろうもの。
だが、情報は少ない。
公式ホームページでは確かにあるとされているが実際に目にしたものは少なく。条件も不明。本当かどうかも分からないネットの掲示板やSNSでは、熱い勝負の最中でそれは現れる、らしい。
一度発動すれば機体の反応速度が極限まで高まり攻撃力も上がる。
現状、恭二は7戦していたが一向に条件は見えない。
8戦目の相手、せまりくる金色の騎士の首を赤狼はすれ違い様に長剣で刎ね飛ばした。
「さて、次は――」
次の戦場へと移る、霧のかかる廃墟。正面にいるのは、槍を構える純白のクイーン、形はエンプレスのものと酷似したデザインだ。
自然と、赤狼はエンプレスを重ねてみていた。
だが、恐れはない。ただ挑むだけだ。
――戦闘開始。
クイーンの三又の槍が正面から来る。もはや相手の攻撃が当たることに恐れはない。
赤狼がバックステップしつつ短剣で上方へとう槍を弾いた。即座にクイーンは跳躍。
「早い、な」
大きく距離を取る。クイーンの間合いの外へと。
クイーンの機動性は間合いの中でこそ脅威だが、間合いの外へと出れば考える時間が出来る。
加えてこの霧に紛れることで、反撃で制するという訳だ。
白のクイーンもまた、霧に紛れたので赤狼は音で、動きを見る。こちらの背後へと回る動きだ。
振り向きざまに長剣を突きだす。そこをすり抜けてクイーンが槍を携えて姿を現す。短剣によるカウンターを決めようと赤狼が動くが、遅い。
クイーンの槍が赤狼の腹を弾いた、続く攻撃はかろうじて短剣でしのぐが徐々に耐久値が0へと近づいていく。
突きのラッシュから一歩下がって加速をかけた両手での突きが放たれる。
その一瞬で赤狼は跳躍する。突きを飛び越えて切りかかろうとするがクイーンが槍を持つ左手を離し、右手首を曲げる。
そうすることで起きるのは槍の柄が跳ね上がり空中にいる赤狼を叩き地面へと落とす。
「……いてぇ」
当たったのは脛に僅かな痛みが走った、気がした。
即座に態勢を立て直し逆手の短剣を前に、長剣を突きを繰り出せるように構える。
早さについていけない、と赤狼は舌を打った。
クイーンの攻撃に合わせて交差気味に一撃を決める。
対策を思いついてもそれを実行するだけの能力がない。
クイーンの追撃がくる。一直線の突き、こちらの胸を貫くものだ。
「一か、八か……」
槍の一撃の軌道は見えている。短剣で受け止めつつそこから横に向けて全力を込めた横薙ぎの一閃を放った。
狙うは武器破壊。
長剣の一撃は槍の柄を両断するかと思われたが弾かれて距離が離れるだけに留まった。
「ダメか……それなら」
――間合いの外からの攻撃。
剣を投げることでそれは出来るが一撃で仕留めることが前提だ。クイーンの薄い装甲とはいえ捉える事は難しいので選択から除外する。
「プロポーション……」
機体の力を最大限引き出す機構。それが出来ればとも思うが。
「違うな」
今はないものねだりをすべき時ではない。
自分の力で、勝ちとらなければならない。
次なる手のために両の剣を捨てた。
――カウンターが難しいのであれば。
空中からのクイーンの急襲、それに対して赤狼は前傾姿勢を取った。
自らの得物を捨てたそれは勝利を捨てた者にも見えるが違う。これは迎撃の体勢だ。
「さすがに見飽きたぜ」
突きだされる槍の穂先を掴み、そのまま力任せに身を回してクイーンを地面へと叩きつけた。
「手応えあり……っ!?」
クイーンが素早く身を起こし槍を手放す。さらに距離を詰めて来ての手刀が赤狼の脇腹へと当たった。
反撃に振るう拳はかすりもせずに距離を取られる。
「やはり奇策だけではだめってことか」
確実に倒せるだけの実力が必要ということだ。
それからも食い下がってみるが決定的な一撃が与えることができず、そのまま勝敗が決した。
「……凡人は凡人なりにあがかせてもらうさ」
表示されたGAME OVERの文字を見ながら赤狼は呟いた。その口角は楽しみに歪んでいた。
日野神奈は時間があれば放課後の図書室へと行く。勉強するにあたって集中しやすい場所だ。
理由としては程良い人の視線と空気だ。資料が必要なものがあれば素早く探す事が出来る。
ここで宿題を片付けて戦いに飢えた状態でゲームセンターへと行くというのが神奈の日課だ。
始業式から二週間後の図書室は新入生が物珍しさで入ることもなくなり、利用者もまばらなもので神奈と同じように宿題をするものか友人が部活を終えるまでの時間つぶしに使われる。そんな場所だ。
そこで神奈は彰と並んで課題に取り組んでいた。
「神奈、聞いたけど後輩を巻き込んだんだって?」
視線を向けずに彰に話しかけてくる、課題にかかる手を止めずに、だ。
声色からは困ったような呆れのようなものが感じられた。
「ああ、それもまた面白いだろうと思ってな」
「神奈、分かっているとは思うけども。あの日々は取り戻せないと思うよ? 楠さんの代わりは誰にもできない」
「……分かっているさ」
「いくら、君が頭が良いといえども……そこに時間を割いていたら家の人いい顔しないだろう?」
「ああ、だからこそだ。本格的に時間がなくなる前にに精一杯楽しんでおきたいんだ」
「その一点においては分からなくもないけど」
分からなくはない、が現実がそれを許さない。だから、彰はこちら側に来る事はない。
多くの三年生がそうするように将来の道を着実に歩んでいる。
――自分は間違っている。
正しくはない。
気がつけば彰は片付けをはじめた。
「そのうちお前にも動いてもらうかもしれないぞ? ノワール」
「リアルでその名前は勘弁してほしいな」
「良く言う。ノリノリでつけただろうに」
ふふ、と神奈が笑むとあーと宙を見ながら彰は頭をかいた。
「――しかし、今では受験に追われる身、か」
「悲しい事にね」
「私が言うのもなんだがもう少し遊びも必要だと思うぞ?」
「ありがとう、けど残念ながら君みたいに器用じゃないからね……あの後輩はどうなんだい?」
「そう待つこともないと思うが。彼は大きく伸びるよ、すぐに」
「……勘かい?」
「ああ、良く当たる女の勘だとも」
最後の数式を解けば神奈はノートを閉じた。
赤狼が大きな鉄扉を開ければ広がるのは夕闇の空、そして、コロシアムを模した戦場にはアバターギアの残骸が転がっていた。
その中央に王たるアバターギアがいた。
キングが視線を赤狼へと向けた。兜のスリッド奥から赤い光が見えた。
基本の作りはソルジャーと同じだ、カラーリングは両肩部分が赤黒く染められており後は漆黒、そこに金色に輝く王冠の取り付けられたものだ。
しかし、そのサイズはおよそ2倍ほどのもので20m近い巨躯だ。
『よくぞ、ここまで来た……』
キングからの言葉が響く。低く壮年の男性を思わせる声だ。
『もはや、言葉は不要。さあ、お前の力を示すがいい』
キングは傍らに刺さっている大太刀を抜いて振るう。
”二分以内にキングを撃破せよ”
中央にメッセージが表示されカウントダウン、0になったと同時に赤狼は剣を構える。
壮大なオーケストラ調のBGMが緊迫した雰囲気を作りだす。
キングが、正面からくる。巨大な武器の強みは単純に重さと範囲だ。
デメリットである扱いにくい武器であっても高難易度のCPUであれば容易に使いこなす。
軽々と振るわれる大太刀の薙ぎ払い大して赤狼は恐れず、距離を詰めつつ、跳躍、背のバーニアも使って身を回し長剣と短剣交差するようにに薙ぎ払いに対して叩き込んだ。
全身を使った一撃は王の薙ぎ払いを弾く。勢いをそのまま止まらず前に出た。
――ここは、攻め切る。
単純な攻撃力は相手の巨躯を見れば分かる。だから行けるときに行く。
回転しつつすれ違い様にキングの胴を薙いだ。手ごたえは浅い、勢いを制御できない一撃は狙いがそれた。
無理やり地を転がって勢いを殺し足を止めて振り返ればキングが次の一撃を狙っている、振り下ろしだ。
空を切って来る一撃、横へと身を飛ばしてから舌を打った。振り下ろしと同時にキングは身を後ろへと引いていた。
こちらの反撃を防ぐものと、そしてキングの追撃、下から抉るような突きを長剣と短剣を交差して受け止めれば、空中へと投げ出された。
両腕に伝わる振動から威力が分かる。そして、今の自分は動きが止まっている。視線の先には大太刀を上段に構えるキングの姿があった。
止めの一撃である跳躍からの振り下ろしが放たれた。
「そう簡単に!!」
今から一撃をぶつけても叩き斬られるだけだ。防御のための行動に出る、腹部の装甲をパージしつつ翼のバーニアを吹かせて身を反らす。
キングの大太刀が左肩を裂いた。もし、一瞬でも遅れれば左腕ごと持っていかれただろう。その事実は恐怖を煽るがそれを抑えて身を前へ。
必殺の一撃を外した隙ならば確実に一撃が入る。だから、落下するキングを追うように短剣を投じた、狙いはキングの顔面だ。
反撃の投擲はキングの顔面には届かず胸部装甲へと突き立った。ダメージが入る。
必殺の一撃をいかに避けつつ、攻撃を加えるかが、キングとの勝負のようだ。
これまでの相手はある程度の誤魔化しや小手先の技術で対処することができた。
だが、このキングは違う。
――本気で、勝負するかを試しに来ている。
放たれる威圧感も振るわれる必殺の技も、今後、この先の対人戦を見据えた作りなのかもしれない。
現在の耐久値は赤狼が7割、キングが8割程だ。
『さあ、私を超えてみせよ!!』
キングが声とともに大太刀を転がっているアバターギアに突き立てると持ち上げた。
即座に赤狼は回避の動きを取る。
何をするかは直感で分かる。その答えはすぐに出た。
キングが大太刀を振るってアバターギアの残骸を飛ばしたのだ。
即座の判断で回避をする。
「そう来るなら……っ」
こちらも、残骸から使えそうなものを探すが、キングが距離を詰めてくる。
相手の構えは上段だ。
コチラも距離を詰めてカウンターか、さらに距離を取って時間を稼ぐか。先輩はどうやってキングに勝ったのか?
一瞬の思考の後。後方へとバックステップ、その下にはアバターギアの残骸。その一部、頭部を蹴り飛ばす。けん制だ。
僅かにキングの視界を妨げるが勢いそのままに踏み込んで来る。ダメージを問題にしていない、もしくは攻撃優先の思考パターンなのか、いずれにせよやることは一つ。
相手の必殺の太刀を避けての確実な一撃。
だが、このままチャンスを伺ってれば時間切れになるかもしれない。
となればこちらも必殺の一手を投じる必要がある。
振るわれる大太刀を避けて反撃を返す。
倒せる手を模索する。今の自分にできる技はそう多くはない。それら全てを繋ぎ合わせていく。
「ぐっ!? 野郎っ!!」
キングの一撃を防ぎきれず、赤狼はナイトドールの残骸の山に背中から叩きつけられる。それでも即座に身を起こして向かっていく。
ところどころにダメージを負いながらも足掻く。その様は手練れのプレイヤーとはいえない動きかもしれないが。
――それは絶対に、勝てない理由じゃない。
故に、赤狼は勝利を決して諦めない。
絶対的な差はなければ戦える。
思考を止めた。答えへと至ったのだ。
クイーンのような特化した速度も、ガーディアンのような力も防御もない、ビショップのような間合いの外の攻撃に優れるわけもない。
――足らないならば届かせればいい。
そのための手段があった。
8度目となるキングの必殺の一撃を避けて一撃を返す。これまでは反撃を警戒して距離を取っていたが。違う。
ここから勝ちに行く。
赤狼が攻撃のモーションを取ろうとすればキングは即座に軸足を使って大太刀の一閃を放つ。
こちらの首を刎ねる一撃だ、と赤狼は自分でも驚くほど冷静にその一撃を見ながら大きく体をのけぞらせて両手で長剣を握り振り下ろす。
勢いのままに縦に回転する、そこで背面の装甲を中心に順次パージしていく事で加速が入る。
高速回転する刃がキングへと届いた。
狙いは、胴体に刺さった短剣。二重の刃をキングへと叩き込む。
一度きりの、ソルジャーの必殺の一撃。
その結果はほどなくして出る。
キングの耐久値が0となった瞬間、胸部を中心に砕けていく。
キングが両膝をついた。
『王へと至ったか……その強さを以て良しとするか、その先へといくかは君次第だ』
ゲームを降りるか、否かということか。その答えは決まっている。
「続けるさ」
迷いなく答える。とりあえず、与えられた条件はクリアした。
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