第7話 お互いの変化

 翌日。恭二は学校へとやってくれば席に着くとそこにはにやにやと笑みを浮かべた勇介の姿があった。

「いやあ、お前も隅に置けねえなあ、おい」

「? 何のことだ?」

「上級生とゲーセンに行ったの見たぜ、っでどうなんだ? あの先輩さんは」

「性格は難ありだが。それもなかなか、スタイル良いしって。ってそんないいものでもないって。ただゲームしにいっただけだ」

「なんでまたそんなことになるんだよ? なんだこの世は実は二次元なのか? 俺にはワンチャンないのか? 空から都合の良い女の子が降臨したりしないのか?」

 矢継ぎ早に聞かれれば恭二はぽん、と

「落ちつけここは現実だ、ロリな吸血鬼や、年食っているロリな少女はいないんだ」

「じゃあ、お前はなんで二次元のようなロマンスあふれる体験をしているんだ?」

「説明していて訳がわからんとは思うが、あれだ。先輩が対戦相手探していてたまたま俺が目についたから選ばれた。それだけだ」

「納得いかねえけど……まあ、そうなんだろうな」

 釈然としないという表情で勇介は話して頭を掻いた。

「とりあえずは納得してくれるのな」

「そりゃあおめえ、世の中何があるか分からないからな。ま、いいんでねえのそういう出会いがあっても。俺は俺でよろしくやるさ」

「成程、二次元か」

 「おうよ。今日も朝からがんばったぜ。これだけ技術が進んでるんだいずれは二次元が現実と遜色なくなるのも時間の問題だろ」

 恭二の問いに親指を立てて勇介は応える。

 現実、二次元の女子とお付き合いするような技術は進んでいる。タッチからにはじまり、感触を返す、匂いを発すると煩悩による技術の進歩は著しい。ある意味少子化問題に拍車をかけているとも言えなくもないがそんなことはお構いなしで多くの支援者が集まっていた。

 しかし、その気になればリア充生活を謳歌出来る勇介に関しては頼らなくてもいい。

 ――真面目にナンパとかすればいいだろうに。

 とは、思うが恭二は口を挟まない。趣味は人それぞれだと思って心の中で流す。

「名前、何て言うんだ?」

「日野神奈。なんか雰囲気違うから割と有名なんじゃないか?」

「ふーん、一応。先輩に聞くだけ聞いてみるか」

「二次元専門じゃないのか?」

「興味ってやつだ、親友がつきあってるとなればどんな人間かは興味出るってもんだろ」

 そこで朝のチャイムが鳴り響いた。

 ――出会いか。実際、貴重な出会いではあるな。

 普通に考えたらまずあり得ない出会いの形だ。ゲームを介して美少女と関われるとは、と感慨に耽っているとスマートフォンが震えてメールの着信を告げた。送信主は神奈からだ。

 『言い忘れていたな……ただ私に付き合うのも申し訳ないので私を倒せるまでに至ったのであれば――』

 一瞬の間があって再びメールが着信。

 『お前の彼女になってやろう、褒美としては申し分ないだろう? 今日は一緒に学食で食事でもどうだ?』

 その一文を見れば恭二は音を立てて席を立った。

 教室にいたクラスメイトと担任の視線が集まる。

「どうした、高城?」

「いえ、アホみたいな現実に驚いただけです」

 担任の声を聞きながらスマートフォンをしまえば担任ば首をかしげた。

「良く分からんがさっさと座れ」

「はい、すいません」

 席につけば何事もなかったかのようにホームルームがはじまった。

 そんな中、恭二は至極冷静にメールの返信でわかりました、と送り画面のスクリーンショットを撮った。

 シャッター音が響き、担任が半目を向けるが気にしない。恭二は目の前の現実を優先した。

 冷静に恭二は思考を巡らせる。

 ――何故、こんなことを言うのか?

 恭二は女子からのそれらしいメールを送られて、すぐによし、と頷ける程。単純な頭の作りではない。

 経験から、すぐに答えを出すのは良くないという事を知っていた。

 中学二年生の頃、恭二達は仲間内で、一人が女子を装い、適当な男子に告白メールを送ったという過去があった。

 その結果は惨状を生むだけのものだった。

 告白された男子は恐らく努力をしたのだろう。しかし、その結果は小太りな体を不良風に着崩した制服で包み、適当にスポーツマン風に刈り上げた髪を持つ二重あごの男子だ。

 恭二達はただちに謝罪したが許される訳もなく戦争となった。勝利者などいない、空しいだけの戦いを生んだ。

 以後、恭二達は心に刻んだ。メールが送る際、来た際は勢いで動かず、まずは考えよう。と。見えないからこそ慎重になれ、と

 故に思考だ。答えは程なくして出た。

 ――そうまでして、相手を求めている。

 ゲームのだ。勘違いしてはいけない。

「なんとかしてやりたいな」

 ゲームの、とはいえ。相手がいないというのは寂しいものだ。それが女子であれば尚更だ。

 一人、恭二は決意して放課後の時間が早く来ないかと待ちわびる。

 

 

 ――燃料としては十分だろうか?

 スマートフォンをしまいながら神奈は思う。

 担任の話を聞きながら窓へと視線を移した。

 自らのプロポーションを以てすればあんな女っ気のない男を落とすのは容易い。

 だから利用した。

 空は曇りから晴れへと変わりつつあった。帰りにゲームセンターに行く分には問題はないだろう。

 返信が来ないのが気がかりだが今後の動向でそれは分かることだろう。

 逃げるなら仕方なし、挑んでくるのであれば戦う。

 ――尤も負けるつもりは毛頭ないが。

 たかだか数日で自分と並べるまでの強さになる事はないだろうと思っている。普通ならば。

 もし彼が、本気で打ち込んだのならば、至ることができるのではないかと期待してしまう。そうでないなら時間を変えて育てなければいかない。

「それならそれで、か」

「おい、日野。朝っぱらから手を組んで怪しげな笑みを浮かべるんじゃない」

 担任から見ればそう見えるようだ。不本意だと思いつつ、表情を戻す。

「申し訳ありません、先生。現実が愉快なことになっていたので」

「良く分からんが授業という現実に戻れ」 

 これからの楽しみを期待をしながら神奈は退屈なホームルームという現実に戻る。

 程なくしてホームルームが終われば教室を移動する時間になった。

「神奈、今日はなんか楽しそうだね? なんかあったの?」

「そう見えるか?」

「うん、なんか恋する乙女って感じ」

 クラスメイトに声をかけられれば、そうだろうか、と首をかしげる。

 この感覚はむしろ、恋というよりはサンタクロースのプレゼントを待つ子どもの感覚だ。

 もっとも、そのサンタクロースは頼りないが。

  

  

 

 

 迎える昼休み。思えば女子の先輩と昼休みに食事するなんてことははじめてだ。もっとこうわくわくするものかと思ったのだが。

 食堂は中庭に通じるように作られており、中庭での食事はおしゃれなカフェを思わせる作りだが選ぶのはそこではない。

「なんというか視線が――」

「気にしない事だ」

 食堂の隅、小さい丸テーブルに向かい合わせで座っていた。

 恭二はそばをすするが味がない。元よりそこまでうまいものではないが特に今日はそう感じた。

 高三の先輩と一年の自分がこうしているのも珍しい事に加え、神奈に向けてちらちらと視線を向けられている事を感じる。

 緊張感で味が分からない。

「気にする事はない」

 その声に視線を向ける。神奈は堂々とミックスフライ定食を食べていた。500円の定食も神奈が食べていると高級なセットメニューに見えるような気がする。

「しかしまたなんで急に昼食を?」

「たまには普段とは違う相手と一緒に食事をしたくなるものだ。それに君がどんな人間か、まだよく知らないから話を聞いてみたい」

「俺も、先輩のこと良く知らないんで色々聞いてみたいっすね」

 お互いの事を話す。

 どんなものが好きで、学校について、最近の出来事について。中学の時について...etc

 そうして話していくうちに分かるのは、お互いの立ち位置の違いだ。

 こちらはたかだか一般人、相手はお嬢様である事を感じる。

 意識の高さや、普段の旅行先が海外であることや成績のレベルからしても、本当に同じ学生かと疑うレベルである。

「なるほど、大体分かった」

「何がです?」

「君はごくごく普通の人間であることを自覚してるのだな、と」

「そりゃあ……先輩からしてみてもそうでしょうし否定はしませんよ」

 力の差があり過ぎるのは一見すればなんとなく、そして話してみれば分かる事だ。

  ――自分は唯の凡人だと。

「潔すぎる……だが、本音はそうでないように見えるな」

 鋭い視線でこちらを見る。

 まるでこちらの心まで見透かすようなその眼に耐えられず視線を逸らした。

「何のことやら」

「自覚がないのか、隠しているのかは分からないが……成程な」

「俺も一つ分かった事がありますよ」

「ほう、何かな?」

「先輩は、意地悪ですね」

 その言葉に神奈は一瞬きょとんとして、しばらくして声をあげて笑った。

 一瞬、視線が集まるがすぐに目を逸らした。

 腫れものを扱うと言うよりはそういうものだと皆、理解しているようだった。

「中々言ってくれるな、先輩相手に」

「先輩はこれぐらいじゃ動じないと思いまして……楽しそうですね」

「それは楽しいさ。私が後輩を相手にすると大抵委縮してしまうから。こういった反応は新鮮だからな……臆さないのだな。君は」

「近いところに変わり者がいるんで。そいつと同じ扱いをしてるだけですよ」

 勇介達の顔が頭に浮かぶ。

 何故かどこか飛びぬけている人はどこかが、おかしいというのはよくある話だ。  

「先ほど話していたバスケ部の彼か。バスケなりゲームなりでいずれ、勝負したいものだ」

「多分。アニメとかゲームとかで忙しいから当面は無理かと」

「それは残念だ」

 話して水を一口。

 どこか、演技かかっている、そして子どもらしいというのが神奈先輩の今の印象だ。

「先輩は、他の後輩と話すことはないんですか?」

「図書委員の関係で多少話すぐらいか。だからこうして話すのは新鮮だ」

 楽しそうに話すその様はやはり子どもだ。

「先輩らしく、人生相談の一つも請け負おうか? 何かないか?」

「いや、急に聞かれましても――」

 そこでふと、先日の進路相談の件が出た。

「あ、じゃあ。進路について相談をしたいのですが」

「えらく真面目な相談だな……進路か、そうだな」

 思案する間があって、神奈は頷いた。

「まず、やれることと、やりたいことは何か、だな」

「そのやりたい事、というのがないんですよね、俺。特別やれることもありませんし」

「現代の若者そのものだな。単純に考えることだ、私の場合はナイトドールズをプレイし続けたいためにそれなりの大学に進もうと考えている」

 思わず、本気で? と、たずねようとも思うが堪える。

 ――本気だ。この人は。

「遊びたいもののためにどうすればいいかを考える?」

「そういうことだ」

 聞けば不純な動機。だが、間違っているようには思えない。

 夢を追うことや、生活のためによりは恭二にとってはしっくりくる、答えだった。

「ありがとうございます、参考にします」

 望みは、おぼろげだが見えてきた。

 話していれば予鈴がなる。気がつけば食堂にいる生徒もまばらだ。

「楽しかった。また、誘ってもいいだろうか?」

「いいですけど」

 何が楽しいのか、とも思うが。まあ美人に頼まれたら断れないわけで。

「……では、またいずれ」

 神奈の挨拶に軽く会釈して返して気付く。

「片付けるのは俺なのな」

 テーブルに置かれた二つのトレイを見て、やれやれと肩をすくめた。

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