第6話 目標

 拳を握り、開くを繰り返す。

 今の恭二の視覚には人の身の掌が映るのみだ。

 脳裏には先ほどの戦いの記憶、高揚感。 

 ――この感覚久々だな。

 バスケットボールで勝負した時と同じ全身の感覚が研ぎ澄まされていくような感覚。

 負けた時に悔しいと思う、心地よいようなそうでないような気持ち。

「気分はどうだ?」

 かけられた声に恭二は視線を向ければ腕組みをしてこちらを見ている神奈の姿があった。スタイルの良さが腕組みによって強調されているが、それをあえて口にすることもないので黙る。

「負けて悔しいが見ていて分かるな」

 そうは思っていないがとりあえず身の安全を図るためにに頷いておく。

「そういう事を言いますか……っで訳を話してもらえるますよね?」

「ああ、このままでは、はじめてゲームをやらされたあげくボコボコニした不良と思われてしまうからね」

 うむ、と一つ神奈は頷いて。

「先輩らしく恰好つけさせてもらうとしようか。落ちついたところで話しをしよう、素直に奢られるといい」

 神奈の言葉に従って恭二は神奈と共にゲームセンターを出た。

 神奈は左右を見て、良しと言って。

「教員たちは見回りに来てないようだ。適当な店に行くとしよう」

  

 神奈に促されるがままに恭二は手近なファーストフード店へと移した。テーブルを挟んで向かい合う形だ。

 周囲には自分達と同じような学生の姿がちらほら見えるが、特に注目を浴びることもないことに一先ず恭二は安堵する。

「さて、何故君をゲームに誘ったかだったか」

 紙コップに入ったコーヒーを片手に神奈は話し始めれば自然を視線は向き体がこわばった。

「まあ、正直誰でも良かったが目についたからだ」

 思いっきりこける。

 内心、特別な才能があることを期待していたがそんなこともなかった。

 ――構ってもらえるだけよしとしよう。

「目的から言うと私の退屈しのぎに付き合ってほしい」

「どういうことですか?」

「自慢ではないがこの近辺で私の相手となるプレイヤーが殆どいない。しかし、私としてもナイトドールで、もっと高みに上がりたい、そのためには競い合う同士が必要だ」

「友達に頼めばいいじゃないですか」

 「友人といえど、ここまでつきあってくれるものはいないものさ」

 そういう神奈の表情はどこか寂しげな笑みを浮かべた。

 恭二が見ている限り慕いそうな人は多いように見えるが、恐れ多くて友人と呼べる人は少ないということだろうか?それを何とかしたいとも思うが。

 ――俺は凡人だ。

 何に置いても天才や秀才には遠く及ばない。

 明らかに目の前の先輩は普通でない、自分とは世界の違う人間だ。そこに立つ人の気持ちが理解できない。

「けど、俺は相手にならないですよ?」

 だから、自然とそんな言葉が出た。ゲームの相手としてもこれから付き合っていく相手としても。

 先ほどの戦いで実証済みだ。元運動部の自分程度では到底対等とは言えなかった。

「何、今日明日の話ではない。君には私と互角に戦えるまでの腕になるまで待つし、必要であれば助言もしよう」

「俺も先輩みたいになれるんですか?」

「可能性はある、断言はできないが」

 言葉を濁す、さすがにそこまでは分からない。しかし何故―

「なんで、そこまであのゲームにかまうんですか? 高みって言ってもその、ゲームですよね?」

 素直な疑問を恭二がぶつけるとその疑問が当然だ、とばかりに神奈は頷いた。

 「端から見ていれば不思議なことだろうな。だが、私はこのゲームが好きでな」

 ふっと神奈は笑みを浮かべて。

「ゲームの内容も良く出来ていて、集う人々は常に全力で……最初のうちは私も暇つぶしだったがいつしか全力で遊ぶようになっていた。その中で全力で戦える相手との戦いは特に心が躍った」

 その表情はどこか昔を懐かしむようなものだ。

「おそらく、冷静な目で見れば意味などない、一時の快楽だ。いずれゲームはプレイできなくなる日もあるだろう」

 だが、と神奈は言葉を続ける。

「それでも、そうなった時、最後まで続けて良かったと思えるそんな思い出ができる、そんな気がしたんだ」

 たかが、ゲームそう言い切ってしまうのは何も知らない人からしてみれば簡単だろう。

 しかし、神奈の言葉は簡単に切り捨てられないだけの思いがつまっている。

「直感だが、君はこのゲームを私と同じように最後まで楽しめる人間だと思った」

 その言葉を否定はしない、あの一体感。高揚感は他では味わえないような気がした。

「いままで何人か声をかけているし……もちろん、断ってくれても全然構わない。元々無理は承知の願いだ」

 そう言って話は終わりだ。と神奈はコーヒーを一口、口にして。

「本当にめちゃくちゃな願いですね」

 ――それでも。あの時間は確かに心が躍ったのも事実。今、自分はこの日々に退屈を抱いており、この人の抱えている寂しさをどうにか出来ないか。

 そんな思考が過ぎった。我ながら会ったばかりの人間にこんな感情を抱くのは馬鹿らしいと思うが、自分とて非日常に憧れる少年だ、

 さらに言うのであれば女に頼られたら仕方ないと割り切った。

 神奈へと視線を向けると神奈は手を組んで恭二を見据えていた。

 まるで恭二の事を見定めるかのような視線だ。

「とりあえず、今の俺にはやらなければいけないこともないのでそれまでは先輩に付き合いますよ」

「感謝する。そういえば名前を聞いてなかったな」

「俺は……高城恭二です」

「恭二か、よろしく。後輩と戯れるのも久々だ、じゃあ、トレーニングのメニューを伝えていくとしよう」

 

 

 自宅へと恭二は戻った。

 デスクトップパソコンの画面を見ながらふう、一息をつく。

 ―とりあえず、基礎的な部分から。公式サイトを見た後。USBに記録されたデータを見てくれ。その後アーケードモードをクリアしてみると良い

 神奈の指示に従って、ホームページを見てみるとアバターギアの公式サイトだ。

 そこで分かる事はゲームの概要。ゲーム制作会社は常に次世代のもの、先進的なものを取り入れてくることで有名なメーカーであることやゲームの分類はリアルロボット体験格闘ゲームであること。

 その中で恭二が目を引いたのは誰もが超人として戦える場を。皆でロボットに乗って英雄ごっこをしよう、という文だ。

 男なら一度くらいは憧れる英雄なりヒーローは超人的な力を持っているが故に皆が諦める。ほとんどの人間はそんな力は持っていないからだ。

 英雄やヒーローへの憧れを叶えるゲームという訳だ。

 ちなみにアバターギアに置ける自分の存在は亜種金属生命体と呼ばれる生物の骨格に装甲と制御装置を組み込んだ『ギア』とよばれるロボットのパイロットという設定だ。

 よくある設定である。この現代で使われていない設定を作り出すのが難しい。戦闘を楽しむのが目的なのでストーリーは立て前みたいなものなのだろう。

 現在、恭二はUSBに記録されたデータを見ている。内容はアバターギアの説明とカスタマイズツールだ。

 説明書を読んで一通りの操作と概要は理解できた。

 使用できるフレームはクイーン、ナイト、バンデット、ガーディアン、ソルジャーの五種類でありそれぞれが特徴を持っている。

 クイーンは圧倒的な機動力と空中戦、ナイトは地上での突破力、バンデットは遠距離攻撃、ガーディアンは堅牢な装甲、自らの扱うソルジャーは扱いやすさを重視した機体だ。

 カスタマイズは出来る者の主に装甲の形状や色の調整のためのもので性能を高めるものではない。

 他にもガーディアンにはジャケットパージ、加えてクイーンを除く機体にはプロポーションと呼ばれる機能もあるらしい。

 アバターギアでは身体機能の優劣よりも戦術によるところが大きい。多くのイメージを作り、実行、それに対して反応、これらを繰り返すことで勝負とする。

「イメージ、ね」

 実際に試すのは翌日になるだろう。次に調べてみるのはゲームのレビューサイトだ。

 一体どのような評価がされているのか、興味本位でページを開いてみる。星5が満点の中で3点だ、なんとも微妙な評価がなされていた。その理由を寄せられたコメントをまとめてみる。

 恐ろしく玄人向きのゲームであり、かなり、人を選ぶゲームとのことだ。何故技術をここまで使いこんだのか、という疑問の声も多い。

 確かに昨今のゲーム事情としてはお手軽に出来るゲームが人気は高く皆、手を取り。複雑な操作やシステムを有する者は敬遠する者が多いからこの結果はある意味必然だろう。

 調べた結果に納得しながら恭二はパソコンの電源を落としてベッドへと横になった。

 ――妙な事になったな。

 状況を整理すればなんてこともない、先輩の暇つぶしに付き合うということだが。

「まあ、あれはあれで」

 言動や立ち振舞いはやや芝居がかってはいるが美人である事は間違いはない。一男子としては喜ばしい事だ。

 ――とりあえず今はそれでいい。

 考える事もある気もするが、恭二は思考を放棄した。

 これから何かがきっと起こる、期待を胸に一日に終えていった。

  

 ――運が良かった。

 浴槽に浸かりながら神奈はイメージするのは今日の戦いだ。

 素手のこちらに対して恭二は油断なく挑んできた、不慣れとはいえレベルとしては及第点だな、と評する。

 今日はそれなりに楽しむ事が出来たがここから先が問題だ。

「彼は上ってこれるだろうか」

 一見すればただのゲーム。冷静な目で見れば何故そんなものに金銭を払ってまで大真面目にやっているのか、と思うだろう。

 ただ、楽しいからだとしか答えようはない。

 あの仮想空間の中で、技を競い、お互いを称える、自分にとっては最高の時間だ。

 大人であれば仕事上がりのビール。子どもならばスポーツでの勝負、そういったものと同様なものだろうと思う。

 ならば、真面目にやる価値はあると、そう考えている。

 ――彼はどちら側の人間か。

 高城恭二。一見、ごく普通の学生であり後輩。それなりに整った体躯から運動系の部活か何かしら運動をしているぐらいで特別なものは感じられない。

 馬鹿なことに本気になれる人間か、そうでないのか。

 多くの人間は後者である。当然の事だ。人は誰しも安定や平穏を求める。

 そのために勉学や部活に励むという形になる。そうすることで後の人生の平穏に繋げて行くためだ。

 そして、前者の人間は他人がどうでも良いと思えるものに本気で打ち込める人間だ。

 一言で言えば馬鹿か天才。ある種の才能をもっている者達ともいえるかもしれない。

 素直というよりは愚直なまでに打ち込んでいる人間は強い。特に思いが強さとなるアバターギアにおいては顕著だ。

 神奈は恭二の中に後者の人間であるような気がしていた。

 どこにでもいるような学生。ただ、何か心が楽しみを求めて飢えているそんな風に見えた。

 ――かつての自分と同じだ。

「せいぜい楽しませて貰うさ」

 一人呟いて、笑みを浮かべた。

 願わくば彼が後者の人間である事を思いながら。

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