第5話 敗北

 クイーンの身となった神奈は荒野の地へと降り立った。

 眼前にいるのは灰色の騎士だ。

 ――彼はソルジャーか。

 ソルジャーのフレームは癖もなく素直なアバターギアだ、多くの人が選ばれる機体、対策も取りやすい。

 武器は長短一振りずつの剣。基本的に選ばれる武装の中では珍しい部類だ。

 ふと、脳裏にかつての好敵手が過ぎる。彼もまた二振りの剣を操るソルジャーだったが。その記憶を振り払った。重ねてみる相手ではないと判断して。

「ようこそ、アバターギアの世界へ」

 神奈は灰色の甲冑……UK15に向けて恭しく頭を下げた。図書室で皆に挨拶したときと同様に。

「なんつーか、すげえっすね。派手な機体で」

「こちらの世界ではエンプレスと呼ばれている。このゲームに参加するものはゲームでの名で呼ぶのが礼儀だ」

 ――正確にはエンプレス・オブ・ワン。

 唯一の女帝。

 この世界で覇者となるためにつけた名だ。

 そうありたいと思うようにこれまで戦ってきた。

「……女帝、でしたっけ。大層な名前ですね」

「そうありたくてな、さてあまり、時間もない」

 視覚の上方には160秒を切ったカウントがある。カウントがゼロになれば残り耐久値による判定勝負になる。

 ――それでは興醒めもいいところだ。

「勝負をしよう、私はハンデとして剣は使わないし五割ほどの力で相手しよう」

「なんでって聞くのは無粋っすかね」

 相手は実力差を理解出来ているようだ。

「話が早いようで何よりだ」

 では、とエンプレスは一つ言葉を置いて。身を構えた、右半身を前に左足を引いた。

 対してUK15は僅かに後ろへと下がって間合いを取った。

「ゲームとはいえ、女子に手を上げるのは少し気が引けますね」

「気にするなと言っても気にするか」

 真っ当な男子なら正常な反応だ。その抵抗感を打ち消すためにはどうするべきか。

 ――より強い衝撃を。

 エンプレスは瞬時に距離を詰めての手刀をUK15の首筋へと放った。

 脅しのためのものだ。

 それはUK15の眼前を払うだけに終わるだけのものだが。プレッシャーを与えるのには十分なものだろう。

「やらなければやられるぞ? 恭二、いや今はUK15と呼ばせてもらおうか。おそらくは仮の名前だろうが」

 すれ違い様に耳元でそう告げて元の位置へとエンプレスは戻った。

 そこへと恭二の駆る灰色の騎士は咆哮を上げて左手の短剣を前に、右手に長剣を構えて突っ込んでくる。

 ――割り切りがいいな。  

 女子に対する抵抗もまだ、あるだろうに何とか向かおうとしてくる。それも、ただの無謀な突進ではない。短剣による突進を主としつつ、長剣による迎撃を控えている。

 それに対して後ろへとバックステップ。

 同時にUK15は長剣を投じてくる。

 奇襲だ。

 だが、それはエンプレスに取って予想内の動きだった。

 このゲームに置いて二振りの剣を持つが故の強みの一つだ。ゲームであっても二つの武器を一度に操るというのは難しい。

 故に投擲することで遠距離攻撃に用いる。牽制になるし、扱いやすい武器を残し自分のペースを作れる。

 セオリー通りの動きだ。

「ふっ」

 ――五割の力でこの動きを抑えられるか?

 自問に対して笑みの声を漏らして縦の回転をもって襲いかかる長剣へ向かって跳躍、右足で剣の側面を蹴り飛ばし、そこから回転を加えて左足を持ちあげた。

 左の踵落としはUK15の右肩へと突きささる。

 ぐっと苦悶の声を上げながらUK15は短剣を突き出してくる。エンプレスは後ろへと跳躍し一回転して降り立つ。

 元の間合いへと戻った。

 ――筋は悪くない。

 育てがいがあるルーキーだ。

 未知の相手を恐れない勇気。

 咄嗟の判断力。

 戦いの姿勢。

 かつての自分を彷彿とさせる姿だ。

 はじめたばかりの自分も訳のわからないまま対戦相手に向かっていった。クイーンのギアを引き当てたことで最初は見かけ倒しだと揶揄されていた。

 何度も打ちのめされたがその度に立ちあがった。

 強みを磨き、技を得て、経験を積んだ。

 彼の秘めている力はまだまだあるだろう。それをこの戦いでどこまで引き出せるか。叩いても起き上がってこれる相手なのか。

「さあ、第二ラウンドだ」

 試していこうと、エンプレスは手刀を構えた。

 

 

 短剣を逆手に構えながらUK15の身となった恭二は相手を見据える。

 ――あれが本物のスカートだったらな。

 つい、悔しくて声が漏れてしまったが一体どう思われたのだろうか。

 見えたのは残念ながらスカートの内側に内蔵されたバーニア群だ。そういったところにロマンは見いだせない。

 そんな事を考えながら次の攻め手をUK15は考える。

「よく、刃物相手に向かっていけますね」

「確かに迫力はあるが、実際に痛みがある訳ではないと分かっているからな。慣れだな」

 話しながら現在のこちらのダメージを視界の端のシルエットで確認する。数値の減りから軽傷と判断。武装は短剣一振り。

 相手は剣を使わないと言っていたが百戦錬磨の戦士である事は確かだ。武器の有無で経験の差がうまるものではない、だからハンデをつけての勝負に臨んだと考えるべきだろう。

 ――勝つためには工夫が必要だ。

 恭二は自らが凡人である事をこの人生で良く知っている。

 成績も並、運動能力も並。これといった特技もない。

 それでも、天才についてこれるだけの根性と体力はあると、思っている。これまで勇介というバスケの天才と一緒に過ごして見出した事は一つ。

 隙をつけば天才でも一時的に勝る事は出来ることと、どんな人間であれ、隙は出来ることだ。

 それは目の前の超人めいた先輩とて例外ではない筈だ。

 まずは、凌ぐとUK15は間合いを僅かに広く取った。

「今度は私から行かせてもらおうか!」

 両の腕を広げてエンプレスが前進。恭二は短剣を逆手に構えて迎撃の体勢だ。

 頭の中にどう来るかの予想が浮かぶ、引きつけて隙をついてくるか。それとも素直に正面から防御を潰してくるか。

 思考のうちにエンプレスは跳躍。六枚翼を使って姿勢を制御し滞空した。

「こう言う攻め手もある!」

 エンプレスが上昇する、空中での前転一回転、加速し、落下しながら蹴りを繰り出した。

「特撮かよ!!」

 UK15は叫びながら腕を交差して蹴りを受け止める。

 腕からの衝撃がコントローラーに響く、ゲーム上では地面へと伝わり地を割った。

 腕のダメージが危険値を告げるアラートが響きシルエットの両腕が赤くなる。エンプレスが最後、足先に力を入れて後方へと飛ぶ。

 ――捉えた!!

 距離が離れたその一瞬、UK15は防御を解いた。構えは投擲、さらに着地点めがけて自身は飛翔する。

 まさか残った武器まで投じる訳はないだろう、とは考えなかったようで投じた短剣に対してエンブレスは腕を振るって払われる。

 その間にUK15は一つのものを回収した。

 先ほど投じた長剣だ。

「届けよ……!!」

 腰だめに放たれるのは加速と飛翔を最大限に発揮した突き。

 UK15は翼を展開。

 まだ始めたばかりで翼の使い方は分からない。イメージだけで補完し、システムの補助を得て飛翔へと繋げていく。

「空へと届かせるっ!!」

 地を蹴り空へと至る、飛翔には至らず大跳躍に近いがエンプレスへと届く。

 自らの持てる最大限の攻撃を当てて崩す。

「地を這いまわるソルジャーが、クイーンの領域である空へと至るか!」

 高笑いをするエンプレスは回避の動作を取らない。UK15の突きが刺さった。

 それはエンパランスの左の掌を貫通し肩へと至るものだ。

 確かな手ごたえもある。捉えたと思った瞬間だ。

「私の勝ちだ」

 勝利の宣告と共に腹を割るような掌打が叩き込まれる。

「……くそっ」

 骨に響くような重い一撃がUK15の装甲を通して伝わったような気がした。

 さらにそこで終わらない、捨て身の連打だ。

 最後に心臓を抉るような貫き手、それは恭二を敗北へと突き落とす一撃だった。

 危険を告げるアラートが鳴り止み、視界が暗転、文字が表示された。

『YOU LOSE』

 ヘッドギアを外すようにゲームの音声から指示されれば外した。

 当然ながら体に異常は見られない。怪我もない。

――ゲームだからな。

 ただ、手に残る手応えと心臓の音だけが早鐘のように響いていた。

 呼吸一つを以て整えてから筺体の外へと出た。

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