第4話 広がる世界へ

 翌日、いつものように朝を迎えて恭二は学校へとやってきていた。既に時刻は帰りのホームルームだ。

 今日も1-2の教室はいつも通りの日常だ。

 強いて言うのであればクラス内のイケメンと言われている仲澤がラブレターをもらってクラス内の男子数名による昼休みに襲撃があったぐらいだがそんなものは恭二の中学生時代ではでは毎度のことだった。

 中学の頃はそれはもう、そんなものが見つかった日には夜道で何をされるか分かったものではない。

 仲澤君の惨状を至高の隅に捨て置いて頭の中で先日のアバターギアの戦闘が振り返った。

 圧倒的。という言葉が最初に出るほどの戦いぶりだった、女王を模した機体。その姿は小説やおとぎ話にでる姫騎士そのものだった。

「あー高城、上の空のところ悪いが」

 担任である篠崎に声をかけられれば現実へと戻される。

「図書委員の顔合わせがあるから放課後は図書室にいくように」

 そういえば俺だったなと半ば忘れかけていた記憶を恭二は掘り起こした。

 正直、面倒だな、と思うが別段これといってやることもない。素直に向かうことにした。

 ホームルームを終えて、生徒の喧騒の遠い図書室へと足を踏み入れると静寂と本棚が迎えてくれる。

 図書室は二階建ての作りなっており二階部分には生徒達が使える会議スペースだ。そこへと恭二は足を踏み入れると既に椅子に腰掛けている生徒達の姿が見えた。

 それに習って座った、皆がホワイトボードへと向く形になっていた。

 殆どお互い面識はないのか、図書室の静寂にのまれているのか。話し声はない。

 程なくしてホワイトボード前に一人の女子生徒が立った。恭二はその姿に見覚えがある、昨日のゲームセンターで見た、アバターギアの女王の使い手だ。

「皆、忙しい中良く集まってくれた。サボっている者達は捨て置いて。図書委員の説明をさせてもらう」

 静かな声だが不思議と会議室内に響く。自然と皆の視線が彼女へと向けられて気を引き締めた。

「紹介が遅れてすまない。私は日野神奈、二年生だ、この図書室の一部管理を担当の教員から頼まれている」

 恭しく頭を下げる、神奈のその様はどこか芝居じみていて現実のものとは思えなかった。

 こう言った動作を学生がやると大抵、"中2病"といわれる思春期が陥りやすい全能感に浸っている人として周囲の失笑を誘うのだが自然と神奈はそれが似合っていた。

 周囲の女子達が小声でかっこいーと言う声が聞こえる。

「図書室の管理は基本的に週ごとのローテーションになる。教員もつくのでそう固く考えないでいい主な仕事としては――」

 それから説明が続いた。それほど難しい事でもないので適当に聞き流しながら神奈の姿を眺める。

 一見して容姿端麗で才色兼備そうな女の先輩、そんな人が何故あんなコアなゲームをやっているのか?

 その疑問が説明中、恭二の頭の中で埋まっていた。

「――説明は以上だ。何か質問は?」

 気がつけば説明が終わる。質問がない事を神奈は確認すれば、ふむ、と頷いて。

「では今日はここまでだ。来週からよろしく頼む……椅子を元に戻して帰ってくれ」

 頭を下げれば皆が一斉に動き出して椅子を片づけだす、遅れて恭二も片付けて図書室を出ようとすると神奈が目の前にやって来ていた。

 こちらの視線に気づいていたのだろうか、とも思うが。

「……この後時間はあるか? 後輩」

「え? ええ、まあ特に何も……」

 急に声をかけられれば恭二は視線を逸らした。

「よし、なら付き合ってほしいところがある」

 上機嫌で神奈は頷くと戸惑う恭二の手を取って図書室を出ていった。

 ――これはいったいどういう事だ?

 至極冷静に恭二は状況を客観的に考える。まずは冷静にならなくてはならない。

 美人の先輩に手を取られて移動している。

 答えは出た。次に考える事は何か?

 とりあえず手に伝わるひんやりとした感触が心地よいこと、そして女子の長い髪はやはりいいものだ、僅かに香る香水の匂いが大人の女性の雰囲気を醸し出している。

 ほぼ引っ張られている体勢のためか周囲の視線は羨むものというよりはなんだろうという疑問の目で見られる事が多かった。

 普通に歩きたい、とも言いだせずに流されるまま恭二はゲームセンターへと連れてこられる。

「ゲームは好きか?」

 歩きながら語りかけられる、向かうのは大型筺体が立ち並ぶエリアだ。

「それなりにですね。一体何ですか?」

  とりあえず、今分かるのは期待していた甘い展開ではないという事だ。

  「何、簡単なことさ。私の退屈しのぎ、もとい遊び相手になって欲しいだけさ」

  ニヤリ、という表現が良く似合う笑みを神奈は浮かべた。

「どのゲームですかね?」

 薄々、何を指すかは分かってはいたが、あえて質問をした。

 そこで神奈の足が止まった。視線の先には先日のゲーム。

 カプセル型の筐体、アバターギアだ。

「アバターギア、興味があったのだろう? この間の私の戦いを見ていたのを覚えているぞ……あんな風に戦ってみようと思わないか?」

 実際に興味があったのはむしろ、あなたです。と思うがそんな事を言える訳ないので。そういうことにしておく。

「俺も、あんな風に戦えるんですか」

「君次第だ」

 急な話しに恭二は考える。

 まったくの予想外の展開だ。驚きもするが一つ思ったこともある。

 ――少しは、何か変わるのだろうか。

 その自問に対していや、と答える。

 ――自分で動かなきゃ。何も見えないのだろうな。

 そんなに固くならずともいい。部活もないし予定もない、ただの時間つぶしだ。

 それにゲームは遊びだ。

「……いいですよ、俺も暇してたんで」

「初めてか? こういったゲームは」

「ええ、ちょっと学生にはハードル高い気がして」

「そんなことはないと思うが……、まあ、最近のガイドAIも優秀だ。私に尋ねるよりはそこでアドバイスを聞くといい、それとこれを、付き合ってくれるサービスとして渡しておこう」

 神奈に手を取られると何かをその手に握らせる。開いてみるとそこには赤を基調としたUSBフラッシュメモリがあった。

 最近のゲーム筺体にはUSBフラッシュメモリを挿入できるスロットが備わっている、挿入することで、家でもカラーリング等をいじれるデータを得ることが出来るという仕様らしい。

 筺体に細工をするなどという懸念もセキュリティの強化によって杞憂のものとなった。

 困った時は野生のプロが大抵どうにかするというのがこの都市だ。

 「詳しい説明はゲームから聞くと良いい」

 サービスだ、と自身のICカードを通して、扉を開けた。

「――しばらくしたら私もそちらへいく」

「はい」

 神奈に見送られて、筺体の中へと恭二ははいる。

 筺体の中はロボットのコクピットを模したデザインのもので。正面にモニター、シートのひじかけには青い光を放つ球状のコントローラー。そして、モニター前には黒いヘッドギアがあった。

 この手の操作するゲームとしては一世代前の作りだ。現在であれば、ヘッドギアの脳波操作のみで済ませる。

 だが、このゲームはあえて、ロボットの操作感を出すためにそうした形にしているということなのかもしれない。

 シートへと腰掛けると隔壁がしまって外界と遮断されゲームセンターの騒音が遠くなりモニターの表示がムービー画面からメッセージが表示される。

『ようこそ アバターギアの世界へ』

 人工知能もここ数年で進歩を遂げていた。

 自然な発声をし、困難とされる音声による認識をも可能とし適切なサービスを提供できるレベルにまで発展していた。

 ちなみにガイドAIに対してゲスな発想で嫌らしいことを言ってみたりする者もいるがその場合は全く反応を示さない。

 つくづく謎の技術力である。

「ゲームをプレイしたい。はじめてのプレイだ」

『ビギナーですね。よろしくお願いします』

 音声に従ってコントローラーを操作していき名前を登録しIDを発行する。

 名前をイニシャルと適当な番号を考えてUK15で登録。取りあえずの名前だ、後々やることがあれば変えようとそう考えて。

『当ゲームはUSBフラッシュメモリにデータを保存、専用アプリケーションをインストールすことで自宅でもカラーリングやアクセサリーなどの設定が行えます是非ご利用を』

 成程、と思いながら恭二は渡されたUSBメモリを挿入口へと刺しこむ。

 『ありがとうございます。では、席に腰掛けてモニターを装着してください」

 モニター前に置かれたヘッドギアを装着すると自動的にサイズ調整がなされてすっぽり鼻まで覆われる。椅子もそれに合わせて調整がなされる

 ヘッドギアのディスプレイを通した視界に広がるのは薄暗い格納庫の中だ。左右に整然と巨大な甲冑の騎士が並べられている。  

 そして眼前には一人のスーツをきた女性がいる。

 ガイド役だろうと恭二は判断した。

 仮想空間でのアバターは自分の意志の通りに動く、目の前の広がる場所も現実と遜色ないグラフィックで演出されており異世界に来たかのような錯覚をしてしまう。

「ようこそ、アバターギアの世界へ。これからあなたの機体を選定いたします」

 ――噂の選定システム。

 自然と体が強張る。

「これからあなたはこの世界でどうありたいか。それを考えてください」

 ガイドの問いかけに恭二は思考する。

 ――どうありたいか。

 脳裏をよぎるのは友人である勇介やこのゲームで華麗な戦いを見せた神奈のこと、そして部活を辞めてからの満ち足りない日々。

 「この世界を楽しみたい、全力で」

 自然と出た言葉に呼応するかのようにガイド役の女の手に一つの駒が掌に形成される。

 それは黒い剣士を模した胸像のモニュメントだ。

 同時に格納庫のアバターギアを保持するハンガーが稼働すると恭二はそちらへと視線を移す。

 稼働したハンガーに佇んでいるのは12M程の西洋式の甲冑の騎士。

 背に灰色の二枚翼を持つ、装甲の厚みはそれほどなく流線型。重量を落とし機動性を確保するための作りだろうと察する。

 一見すればただの変わった鎧だが近くで見れば随所にこれがロボットであるような部分が見える。

 狼を模している兜、その目の部分からの赤い光が覗いている。恐らくは外を移すための機構だろう。

 関節部は黒いジョイント部分や、脚部や翼の間にバーニアが見えた。

 「これがあなたのアバターギアです。あなたの意志に最大限答えてくれるでしょう」

 恭しくガイドが頭を下げると同時に恭二の体が光帯びて粉になっていく。

「良き戦いを――」

 ガイドのその言葉を最後に視界は闇に包まれた。

『身体接続OK』

『バーニアリンク、OK』

『各種神経接続OK』

『リフト、オフ』

 視界が戻った。だがその視界は人のものよりはるかに高いものだ、

 晴天の空の中、高層ビルが立ち並ぶが自分の今の身長より高い程度である事を見て恭二は改めて今の自分はアバターギアのものである事を認識した。

『コントローラーを捻って起動してください』

 肘かけに取りつけられた球状のコントローラーを左右に捻ると吸いつくように手に馴染む。

 自分の目の前に手をかざせば甲冑に包まれた手が視界に映った。

 動作は淀みなく、甲冑に似た装甲を身にまとっても体は重さを感じない。それどころかよく馴染んでいた。 

 そして視界の右下隅には機体の耐久値である数値と破損個所を示すシルエットがある。

 右上には丸型のレーダーが表示されている。

 ――機械になるというのはこういうことか。

『続いて動作テストを行います、ドローン起動』

 BGMが流れる、ベースギターが中心な渋い曲だ。

 チュートリアルというものか、と納得しつつ。空中に浮かぶ浮遊砲台を見据えた。

 大きさはこちらの半分ほど。砲塔をただ浮かせただけのようなシンプルなものだ。

『ドローンを破壊してください』

 アナウンスと同時、カウントが3,2,1と減り。

『GO!』

 ハンガーのロックが解除され恭二の身は自由を得ると同時に駆けた。正面へ。

 ――思った通りに体は動く。

 イメージに沿った動きをさせるように球状のコントローラーを操作するというよりは、頭のイメージに体が勝手についてきてコントローラーを操作してくれるという不思議な感覚だ。

 この感覚が、昨今のアーケードゲームならではの感覚。自らの体のように動かせる一体感が多くのゲーマーを生み出したというのも頷けた。

『ギアサポーター、正常に動作』

 AIの音声が響くと小さいウィンドが左隅にポップアップすると説明が表示された。

『ギアサポーターにより効率的な動作が行えます』

 最近のゲームにおけるゲームの初心者向けの機能は誰でもそれらしい動きは出来るようになっている。これもその類と言う事だろう。

 ガイドメッセージに促されながら機体を動かす。

 自らの機体はソルジャーと呼ばれるもので癖のない機体らしく、地上戦を得意とする。背の翼で僅かながら飛行が出来るということだ。

 大体の機体の挙動を理解したと同時、ドローンから砲弾が放たれた。

 斜め下から抉るような軌道だ。当たればどうなるのか、好奇心もあるが抑えて回避のための動作に入った。

 前方へと跳躍による回避から大きく距離を詰めて腰の長剣を抜く。剣の扱いもなんとなく既に理解している。

 両刃の剣による突きは浮遊砲台に突き刺さる、同時にコントローラーから手応えを伝える振動が返される。

 浮遊砲台は豆腐にように容易く裂かれて光に包まれて弾け飛ぶ。

「次っ!」

 複雑に入り組んだ高層ビル群へとその身を飛ばす。道路を抜け標的までたどり着くには少々面倒だと判断すれば即座に行動に移した。

 恭二の機体はビルを駆けあがり空中へと出る。

 ――あなたの意志に最大限答えてくれるでしょう。

 ガイドの言葉を振りかえる。その言葉が事実であるならば。

 一瞬の浮遊感の後に落下の勢いへと変わる中、イメージを重ねた。

 恭二は脳裏に背の翼を展開しさらに真っ直ぐにドローンへと飛ぶイメージを浮かべればアバターはそれに応え、翼に内蔵されたスラスターが起動。飛翔という結果を導いた。

 恭二の機体は飛翔しつつすれ違いざまにドローンを両断して着地した。

『ミッションコンプリート』

 視覚上に文字が表示されると丁寧なチュートリアルが続く。

 モニターに表示されているレーダーや損傷個所チェックの方法、ダメージによるペナルティ、ギアサポート機能の詳細や視点の調整、装甲の排除することで攻撃や回避につなげるパージ、建物や武器の耐久値、対戦の方法、強制終了の手順等。

 誰でも気軽に始められるように丁寧にチュートリアルは作りこまれていた。

 集客という観点では一人当たりに費やす時間が長くなってしまい、次の客に回るまでの時間がかかる、結果として総じて集客が落ちる。

 そう考えていたが確実にリピーターを得るためにこうしたチュートリアルを丁寧に行うアーケードゲームも増えて来ていた。

 この時代のチュートリアルはゲームの魅力を伝え、虜にするプレゼンの時間となっているのだ。

『チュートリアルは終了です。これからの活躍に期待しています』

 ――音声と共に画面が暗転する。

『今よりあなたは至高の存在となるべく10の敵機を撃墜し、キングへと至ってください」

 僅かな読み込み時間の後、視界が開けた。

 一面の荒野、そこにUK15と似たような灰色の巨躯が武器を手に待っている。

 対戦相手ということだろう。恭二は納得すると共に。

 ――ここからが実戦だ。

 そう思えば、自然と心臓の鼓動は早くなる。

『Are you ready?』

 3、カウントがはじまった。

 2、大きく息を吸った。

 1、それらを吐ききった。 

 僅かな間を以て気を落ちつける。

『GO!!』

 戦闘が開始された。

 BGMがベースメインからギターメインに、激しい曲だ。

 長剣を構えて恭二は様子を窺っていると灰色の騎士が槍を片手に突っ込んでくる。

 対して恭二は長剣を正眼に構えてやってくる騎士に対してカウンターとなるように胴へと長剣を振るった。

 こちらに返ってくるのは僅かな手ごたえと肩の僅かな損傷を告げる短いアラートだ。

「浅いか……でもって、これがこの世界でのダメージってわけか」

 視界の右下隅にある機体のシルエットが破損個所を点滅させた。

 それに視線を向けつつ恭二は距離を取らせた。

 ――大丈夫だ。

 そう、言い聞かせる。敵の動きは冷静に見れば十分に見切れるものだ。かすったとしても僅かなダメージだ。弱気にいけば不利になる。だから、攻めにいって大丈夫だと。

 灰色の騎士が横薙ぎに槍を振るう。恭二は正面に出つつ、左手に短剣を、右手で長剣を引きぬき槍の一撃を受け止める。

 「ぐっ……」

 コントローラーからの重い振動に声が漏れる。

 力任せに槍を短剣で抑えつけながら背の翼のスラスターを起動。距離を詰める。

 現実世界でやれば槍の一撃に耐えきれず短剣は折れそうなものだがここは仮想現実の世界だ。

 ――意志で押し切る!!

 狙いは相手の腰、はバックハンドの長剣の一撃を叩きこむと灰色の騎士は横へと転がる。

 ――その隙は逃さない。

 躊躇わず追撃を選択。長剣の一撃に用いた力を利用して身を回して相手めがけて飛ぶ。

 イメージした動きは忠実に淀みない動作を以て応えられた。

 そして、先日の女王と同じように灰色の騎士の首へと剣を突き刺した。

 関節部を貫く確かな手応えが返ってきた。

 ――確かに、これは楽しいな。

 勝利の余韻に浸ると同時に敵襲を告げるアラートが鳴り響いた。

『バトルを希望するプレイヤーが接触してきました』

 視界の中心にエンプレスからのメッセージが表示されている。

『準備が出来たら左右のコントローラーを二度押しこんでくれ』

 コントローラーを操作して対戦を承諾した。

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