第3話 接近
帰りのホームルームを終えれば、教室内は帰宅する者とクラブ活動に勤しむ者達、校舎内の掃除する者達とで慌ただしくなる。
今週、恭二は掃除の当番だった。そのため教師にしかられない程度に適当に済ませてさっさと帰宅の準備を進める。
「今日寄り道していかね?」
廊下で待っていた勇介に声をかけられれば恭二は頷いて応じた。
「ん、いいぞ。どこへいく? 商店街か?」
「そうだな、ゲーセンだな 取りたいフィギュアがあるんだ」
「『謀殺天使ブル子』か? 最近のはやりは疎くて良く分からないけど」
「前クールのやつだ、それ。今回の目当ては『極道一直線』の梅ちゃんだ、ロリで極道ってすげえよな」
「よくその筋の方面に怒られないな」
恐らくは目には見えない大人の戦いがあるのか、それとも可愛いは正義だということで許されているのだろうか、とも思う。
「最近はアニメもいろんなものが出て何が当たるか分からないからな」
「既に一通りやっている感はあるからな。リメイクも多いし」
異世界転生、日常者、ロボもの、多岐にわたる様々な日本のアニメ文化は今もなお、人気は高い。
しかし、一通りネタをやりきったのか。そういう世相なのか。前衛的な作品が増えて来ている傾向にあった。
「それにしてもゲーセンか。行くのは中2の時以来だな」
「あの時は部活忙しかったしな……最近はなんでも野生のプロってやつが変態的な技術をつぎ込みまくってアーケードゲームに革命が起きすぎて俺もついていけなかったわ」
教室を後にして下駄箱へ。
アーケードゲームの革命自体は恭二も様々なニュース、実体験を持って知っている。
「高画質化に加え視覚や聴覚の負担を軽減したVRやそれに合わせた音響設備の導入、脳波によるコントロール可能なゲームの登場等々。ここ数十年で一気にその技術力を引き上げた、だっけか」
「昔はVRゲームとか、ものの十分で画面酔いなんか酷かったらしいぜ? それが数十年で普及するようになるんだからすげえよな」
「それこそ、そういうのが当たり前のアニメとかゲームとか見て憧れたんだろうな、昔はそういうの多かったらしいし」
「よくある、スポーツ選手に憧れて頑張る少年が夢を叶えるとかそういう感じか?」
今の恭二が憧れる在り方だ。夢中になって打ち込めるものと誰かに誇れる力。
ゲームセンターの革命を起こした者達はそれを持っていたのだろうと恭二は思案して吐息を一つ。
――現実は厳しい。どうすればそうなれるのか。
「どうしたよ?」
「いや、なんでもない」
隣にいる友人ですらそういった打ちこめるものがあるのに自分はこのままでいいのか、そんな焦燥感にかられそうになるが。
あせらずともいい、か。そう言い聞かせて気を落ちつかせる。
――落ちついた気になっている、だけだ。
そう気づいていても気づかないふりをする。
歩いていれば程なくして、ゲームセンターについた。
中に入れば多くの音が出迎えてくれる、そこには恭二達のような学生の姿もちらほら見える他、見るからに玄人といった雰囲気を醸し出しているプレイヤーの姿も多く見られた。
様々なジャンルのゲームの台が立ち並び、奥に行くにつれて麻雀やコインなどのゲームや大型の筺体が並んでいた。
何世代か前は家庭用ゲーム機の普及やネット対戦の登場でゲームセンターに足を運ぶ者が減っていたということもあったが、最近の技術革新を用いた筺体機が現れ始めたことで息を吹き返しつつあった。
勇介は目当てのUFOキャッチャーの筺体を見つければ足を止めた。
この手のUFOキャッチャーの仕組みは未だ前時代から変わらずでどこかレトロな雰囲気すらあった。
恭二からしてみれば何が嬉しくて何千円もかけて景品を取るのか理解できないが、勇介はとれるロマンを買っていると語っていた。
勇介は値踏みするように、サングラスをかけたいかにもカタギに見えないような服装に身を包んだ少女のフィギュアを眺めれば自らの掌に拳を叩きつける。
「20回でいければ上等だな……うし」
「おう、がんばれよ」
適当な応援の声をかけて恭二はゲームセンター内を見渡すと一つのモニター群に目を向けた。
VRゲームをプレイしている様子を映したものだ、その中でも"アバターギア"と呼ばれるゲームを映したものだ。
コロシアムを模した戦場に二人の影が動いている。
一機は頭部に仮面、三対三組の翼を持ち、ドレスを模した装甲を纏った女王の様なロボットだ。煌めく装飾や紋様と相まって天使にも見える。
対するは犬の頭を模した頭部をつけた二枚翼を持つ、黒騎士のロボットだ。
どちらもロボットというよりは騎士模した人形だ。ただの騎士と違うところは稼働する関節部分や背に取りつけられたバックパックや翼、そして8M程の巨躯。
白銀の女王は細剣、レイピアと呼ばれるそれを手に疾駆、そこからドレスのスカート部分に仕込まれたバーニアによって加速。
放たれるのは連続の突きだ。
黒の騎士が両手持ちの大剣でさばいていくがその数を捌ききれず吹き飛ばされる。
さらに女王は追撃。
女王は背の翼を展開し、羽の間にあるスラスターで加速、黒騎士の背後へと回り込み振り向きざまにレイピアを一閃し動きを止めて蹴り飛ばし地面へと叩きつけた。
黒騎士は地を転がって女王の間合いから逃れようとするがその首に細剣の刃が突きたった。
――それが決着だ。
黒騎士が光に包まれて爆発四散した。
その一瞬の攻防に恭二は息をのんだ。
それからも様々な機体が女王へと挑む、だがそのいずれも女王を倒す事は叶わず一瞬のうちにレイピアの錆となった。
「何見てんだ?」
「ああ、ちょっとあのゲームが気になって」
目的のフィギュアを袋に入れて勇介がやってくると勇介もまたモニターへと視線を向けて。
「アバターギア、だっけか」
「知っているのか? 勇介」
「まあ、一応な。なんでも、ものすごい玄人向けのゲームだってのは知ってる」
「確かに格闘ゲームはハードル高いよな」
「いやそういうんじゃなくてな――」
それから、詳細な話を勇介は話しはじめた。
アバターギア。ストーリーとしてプレイヤーは自らの分身であるアバターギアと呼ばれるロボットを操作し、並いる他のアバターギアを倒し、最強たるキングを打倒するというシンプルなものだ。
問題はそのアバターを得る方法。
大抵の対戦格闘ゲームであればクレジットを支払ってキャラクターを選んでスタート。しかしアバターギアでは指定したキャラクターを選ぶことが出来ない。
――システム、フォーチュン。
思考と脳波の固有の波長を基に自分が操作するアバターギアが選ばれるシステム、これが玄人仕様たる理由の一つである。
それによって選ばれたアバターを用いて戦わなければいけない。アバター自体は適性を以て決められるが好きな機体で戦いたい人にとっては辛いシステム。
賛否両論のこのシステムだがゲームの完成度そのものは高く、純粋に腕前が問われるシステムに一部コアなファンが付いているとのことだ。
「……よくもまあ企画とか通ったな」
勇介から説明を聞けば呆れた感想を恭二は述べた。
技術力が上がったとはいえ、どのゲームメーカーも実験的な作品を作り出すのはまだまだ難しい時代においてこういった作品は貴重だ。
「大人の事情だろ? 数年前はバブル再来ってぐらい勢いあったらしいし、ゲームの方は一回二回やったが結構面白いし。何年か前はメジャーなゲームだったらしいぜ」
「そうか」
話しいるうちに女王の戦いは終わり、コクピットを模した筺体から一人の少女が出てきた。
黒の長髪に鋭い目。細身の体躯は青海高等学校の女子制服に包まれている。
その中で、異質なのは手にある黒い革製の指ぬきグローブだ。それだけ不釣り合いのものだが何故か、似合っている。
意外な人物に恭二は目を丸くし、勇介はひゅーと声を上げる。
こういったゲームは男子がやるものと思っていたが絵にかいたような美女が出てくればそんな反応にもなる。
「世の中分からないもんだな。あれ、うちの高校の制服だよな」
ああ、頷いて。恭二が応じると少女は恭二達を一瞥して笑みを浮かべてすれ違い、外へと出ていった。
「どうする? やってみるか?」
「いや、いい」
今日のところは帰ろうと、恭二達も少女に続いてその場を後にした。
――今日も満足できなかった。
神奈はゲームセンターから出て帰路へと着くと残念と、吐息を一つついた。
彼、自らの好敵手であ先輩が本土へと渡っての一ヶ月。自分を満たすに足る相手は殆どいなかった。
こうして、日々1プレイ、乱入してくる相手をひたすら倒して帰るだけの日々が続いている。
挑んでくる相手が絶えないのはありがたいが、楽しみはない。
時刻は午後の六時。街には外灯が灯り、帰宅する人の流れで少し騒がしい、そんな中、神奈は一人で歩いていく。
過ぎた強さは一時の愉悦を感じるが、時期を過ぎればむなしさを感じるばかりだ。
自分は、人より優れている。神奈自身もそう思うが、人並みの中では自分もまた、大した存在ではないと思わされる。
どんなに成績優秀であろうと魅力的な容姿であってもこの世界では一人の人間でしかない。
この雑踏の中で、くだらないことに本気で熱くなれる人間はどれだけいるのか。
技術力の進歩により格段に便利になった一方で子どもが失ったものが遊びの中での対抗意識だ。
誰もが携帯端末を持てるようになった現代、子ども達は容易に世界について調べられるようになっていた。そこで子ども達は自らの現実を知る。どんなに鍛えても才能がなければ意味がないという現実。
そして現実を知った子ども達は大きく分けて二つの道を取る。
一つは現実を知って尚も強くあろうといきていく者達。
二つ目は現実を知って諦め、堅実に将来に向けての準備を進めていくものだ。
多くの者は、二つ目の道を取る。その結果として遊びの中で熱くなる人間が少なくなっていった。
だからこそ今のアバターギアの中で戦いは神奈にとってたぎるものがある。誰もが本気であのゲームで遊んでいるからだ。そうでなくては勝利が得られない場だからだ。
これまで強敵との戦いを楽しんでいたが、その機会も減ってきていた。本土に渡る物や就職するもの、新しいゲームへと移ったもの、ユーザーは常に移ろいゆく。
今日はまだ新人が多いが、この戦いを機にさらに減っていくだろう。猛獣のいるテリトリーを避けるように。
手加減すれば人が来るとも思うがそれは神奈のプライドが許さないそれ以上に相手の誇りを傷つける。そう、考えていた。
――どうすれば再び自分の渇きを癒してくれる存在が現れるのか。
神奈は駅の改札にICカードを通して入りホームで電車を待つ。
「……新しい相手を探すか」
自らと渡り合える相手を作り出す。
欲しいものは自ら望まなければ手に入らない。その事を彼女は良く知っていた。
時間的には、これが最後の機会だ。
これで上手くいかなければ、どうするべきか。
「やめることも検討しなければいけないのか」
ずっと、夢を見ていてはいけないのか。
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