第2話 彼と彼女の朝。
「夢か……」
恭二は目を細めながらスマートフォンのアラームを止めた。
ロフトベットから下りれば窓を開けると空は快晴、僅かに風が吹いていた。春の陽気といったところだ。
さっそくジャージを脱いで制服に袖を通した。
スマートフォンを見ればメールが一通。内容は既に母がパートへと出ているとのことだ。
一人で朝食を適当にパンと牛乳だけで済ませて歯を磨く。
その際に鏡に映る自分の姿を見た。
適当に切った髪はツンと真っ直ぐな髪、目元についた傷と気だるげな表情と併せてヤンキ―の下っ端のようである。
どこからどう見てもイケメンには見えない。さらに言うならこれからの高校生活を楽しもうという顔には見えないだろう。
事実、学校生活でも、こんな容姿のためかどうかは分からないが友達は数少ない。その数少ない友人のおかげでクラス内ではちょっと怖そうに見えるがいい人というポジションに収まっていた。
――我ながら腐ってんな。
自虐的な感想を抱いて顔を洗い々に思考をクリアにしていく感覚を得た。
くたびれているような顔をしているが学校生活に夢がないわけではない、ある意味中学生活からのやり直しの機会なのだと考えていた。
中学校生活、バスケットボール部として生活。決して悪いものではなかった、友達もそれなりにいた。それなりに結果も残した。思い出もある。
しかし、そこには自分の思うような女友達や先輩後輩の付き合いというのがなかった。
可愛い女子マネージャーのいないバスケ部で練習に明け暮れ、体育館の使えない日で会ってもグラウンドを走り、筋トレに勤しんでいた。
他の部活に所属していた友達の一部は「いやー、先輩美人で、後輩も可愛い子きてさー」と自慢されたがその落差に涙したものだ。
クラスメイトの女子とも修学旅行や文化祭で話すことはあったがなんともいえない距離感が合った。
地味に運動会でもクラス対抗リレーで選抜されて三人抜きなどしたが、アンカーばかりが注目され、文化祭ではひたすら裏方に徹し野郎どもと打ち上げ。年末年始も影の中で三年間を過ごしていた。
決して楽しくない訳ではなかった、仲間内で「いやー今日、理科の実験、なっちゃんと合同でさ」 なんて言われた日には皆で殴り倒すくらいには女子と付き合うのは羨ましいと感じる気持ちはあった。
故に高校からは潤いのある生活を。そう望んでいるが四月の半ば現在、その兆しは見えない。
恭二は手早く朝食を済ませて、天気予報や占いの結果を見て、身支度を整える頃には30分が経過し、登校する時間となった。
「いってきます」
ごくごく普通に家を出てクロスバイクで学校へ向かう。風に乗って程良く桜が舞って、流れて行く平凡な風景を彩りを添えていく中を進んだ。
アルミフレームのクロスバイクは踏み込みに従って快適な速度を保ってくれる。
学校へと近づくにつれて恭二と同じ制服を着た者が増えていく、前の学校ではセーラー服だったが、ブレザー姿の女子がまぶしいという感想を抱きながら進んでいく。
これは確かにブレザー派とセーラー派の戦いが起こる訳だと一人で納得しながら進んでいけば高校へと着いた、駐輪場へと自転車を置いて校舎へと向かう。
――ここは人工島、春日島。
最新の科学技術の粋を集めた12区画からなる人工島、といえば聞こえは良いが実際は様々な技術を研究、実験したい変態共が実験する現場を求めて作った島。
そんな風に巷では言われてはいるが生まれた時からこの島に住んでいる恭二の現実にはただただ便利な島であるという印象しかない。
最新の科学技術の粋を集めたといっても特に車が空を飛ぶということもなく超高層ビルが立ち並び雑多と言う事もない。空気が淀んでいることもない。
クリーニングロボットのおかげで定期的に街は綺麗に清掃され、ガイドAIのおかげで電車の乗り換えを間違えることも大幅に減った。
タブレット端末の普及により重い本を何冊も持ち歩く必要がなくなり、より効率的に勉強が出来るようになった。
天気予報の結果もこの島に限っては9割なのだから、どうこう言われてもあまり実感がわかなかった。
そんな便利な環境でも恭二があえて自転車通学をするのは単純に部活時代の名残だ。少しでも体を温めて部活に臨む、中学から続けて来たそれは習慣となっていた。
十五分かけて自転車で走っていけば目的地が見えてくる。
――私立春海高等学校。
今の日本では特徴もないごくごく普通の私立高等学校。強いて言えば海外研修や英語教育にやや重きを置いているぐらいだろう。しかし、今は桜の景色とあいまってそこそこの進学校に見えるような錯覚を見る者に感じさせていた。
1-2と書かれたプレートがつけられた教室の扉を開けた。
開ければそこは一般的な教室とはいえない教室だ。
一見それは大学の教室のようにも見えるだろう。
黒板があるべきところには大型モニター、教卓にはUSB端子、コンセントの穴。生徒達に割り当てられた長机にも同様の物が備えられていた。
最新の科学技術を生かした形というわけだ。より良い学習ができるるようにという実験も兼ねている。
教室の中では既にグループになって話しているもの、スマートフォンを弄っているもの、机に突っ伏して眠っている者と様々だ。扉が開いたことで視線を向けてくる者もいたがすぐに視線を外した。
「まじ、月曜だるいわー」
「朝一、現国とか寝る気しか、しねーわー」
「朝の歌ランみたー?」
「みたみた、最近、入れ替わり激しいよねー。全然ついていけないわ」
恭二は教室の談笑を横耳で聞きながら教室の時計へと目を向けると午前8時25分を指していた。自らの席に座って一息つくと前の席に座るスポーツ刈りの男が振り返った。
「よう、恭二」
「おう、勇介」
島崎勇介。バスケットボール部所属、恭二の中学校からの数少ない友人。
クラス内では爽やかスポーツマンにオタクである。そのためかクラスメイト人気がある。彼のおかげでクラス内のオタクが活き活きとしているように見える。
「いや、ここの学校、朝練しんどいわー」
「いいんじゃないか? やりがいあるだろ、元キャプテンとしては」
「まあな。目指すは一年レギュラーってな」
にっと歯を見せて笑う勇介に恭二は笑みを返して。
「目標があって何よりだな」
「お前も続けりゃ楽しかったんだけどなー、部活内でアニメ、ゲームで喋れるやついなくてな―」
「さすがにガチの運動系で深夜アニメを見ようなんてつわものはいないと思うぞ」
「お前は見てたじゃん」
「あれは録画して朝早くに見てきただけだ、あとはネットアニメ視聴」
もちろん、公式配信のものに限るが、と付け加えて。
「あーあー、お前もバスケ部入ってたらなー」
「万年補欠が目に見えていたからな。残念ながら」
「そうか? 一対一じゃそこそこだったろ? やってみれば案外伸びるかもしれないぜ?」
「それだけじゃ、やってけないだろうよ。ただうまいだけじゃ辛いって」
――それにバスケが好きだからやっていた訳ではないから。
何か、特別な出来事やものを求めてやっていただけに過ぎなかった。
例えば、バスケ部で全国へ行く。文化祭をきっかけに女の子と付き合う、さらに言うならば異世界で大暴れする。年相応に夢みたいな出来事を期待していた。
思春期にありがちな、自らは特別だとそう思いこんでしまう時期だ。来るべき時に備えて自らの特別だと思いつつそれに甘んじることなく、真面目に練習をこなした。
だが、現実。そんなことはなかった。自分より強い選手はいくらでもいた、そして特別な出来事はなく、平凡な日常だけが流れていった。
その時点で恭二は現実に気付いてしまった。
――自分は凡人であり、自分の周りの世界はただ平穏に流れていくのだと。
そう思ってしまえば部活を続ける意欲をなくしてしまっていた。
取りとめのない会話を勇介としていればチャイムが鳴り響く、それを聞けば皆、授業用に貸しだされたタブレット端末を取り出しケーブル長机から伸びるケーブルにつなぐと担任が入ってくる。
こうして何もない平凡な一日がはじまっていく。
そして、今日もどこか満ち足りない一日を送るのだろうなと、そんなことを恭二は考えた。
だが、それに慣れていかなければならない。
これから現実を見据えていかなければいけないのだから。
「あーそうだ、進路希望出してないやつは早く出してくれよ」
担任の言葉にそういえば、そんなものもあったな、と思い出す。
さしあたっては進路の事を考えなければいけないようだ。
春海高等学校は昼休みの時間を迎えると昼休みに入った校舎内は授業から一時的に解放されて賑やかになる。
しかし、校舎内の中でも三年の教室は少々違った雰囲気があった。
どこか張り詰めた空気にほとんど話し声がない。
受験勉強のためだ。
昼休みという時間であっても自習に励むものもいるため下の学年に比べると静かだ。
静かな中、ぐぐっと彼女、日野神奈は体を伸ばす。
肩まで伸びた黒髪、鋭い目、整っていると自負しているプロポーション。
「うわあ、相変わらずやべえなうちらの姫様」
「変わる事はないだろ。あの人」
「振る舞いすべてが絵になるってずるいわよねー」
自分に向けての声が耳に入るがいつものことだ、気にとめることもない。
――大丈夫、何一つおかしいところのなの自分だ。
よし、と声に出して神奈は席を立った。そうして足が向くのは学生食堂だ。そこの隅の席で昼食を摂って、その後は図書室で本でも読みふけろうと決める。
昨今では電子書籍化が進んではいるが古い書籍ともなるとそうもいかない。それ以上に紙媒体の本のページを捲る感覚を神奈は好み、昼休みの図書室は利用する者も少なく自分の時間に集中する事が出来る。
「神奈」
昼休みの過ごし方を思案しながら歩いていると不意に廊下で声をかけられ、振り返った。
そこにいるのは見るからに優男といった出で立ちの男子だ。
「彰か」
名を呼んだ。その相手は姫坂彰、神奈の幼馴染に当たる男子になる。
容姿は長身に加えて真面目そうなメガネに恥じない成績のクラス委員。典型的な優等生だ。
「慣れた? 新しいクラス」
「相変わらずだ」
「それってつまり皆に恐れられてはぶかれているってこと?」
「そうともいうな」
深々と彰はため息をついた。
何故かは知らないが幼少の時からこうして自分に世話を焼いてくれる。見ていて放っておけないかららしい。
以前に好いているから助けるのか? と聞いたが単純にしわ寄せがこっちにくるからだよ、と返された。
親しい者に対してはとことん、気を使う男、これが神奈の評価だ。
「ダメじゃないか」
「まあ、全員が全員私を知らないという訳でもない。それに困ることもないだろう? どうせ私は、後一ヶ月しかいない身だ」
一ヶ月すれば父の転勤に伴い、一緒に海外に行く事になっている。
だから、気にしない。気にする意味もない。
「そうだけども、人としてどうかと思うけどね、今日の放課後、ゲーセンにいくつもりかい?」
「ああ、当然」
「何故、そうまでして、あのゲームにこだわるんだい?」
普通の人ならば、受験生の貴重な時間を費やして何故こんなことしているのか、理解に苦しむところだろう。
「楽しいからだ。ゲームをするのにそれ以上の理由がいるか?」
ふっと当然、微笑するとやれやれと彰はためいきをついて。
「……本当にそれだけかい?」
「――詮索は好きじゃないな」
変なところで鋭いな、と思いつつ睨みを利かせれば彰は肩をすくめた。
「ほどほどにしなよ? 家の事もあるし」
神奈の家はいわゆるお嬢様に属する部類の家だ。遊び過ぎて本業である学業の成績を落とす事を気にしてのことだろうが、問題ないと手を振って。
「学業には支障ないし、問題はない……それにいまのうちに打ち込めるのはしっかり打ちこんでおきたい。後悔のないようにな」
「学生のうちにやれることをやる、その心意気はいいと思うけども――」
彰の言葉を待たずに話は終わりだとばかりに再び食堂を目指すと隣に彰が並んだ。
それを拒まずいれば彰が話題を変えた。
「今週は日本一うまいTKGだっけ。おすすめメニュー」
「ああ、そうだ。しかしまあTKGと書いてたまごかけごはんとはなんというかここの学食のおばあちゃんは今時を勘違いしている感があるな」
他愛のない話をしながら二人で食堂へ。
今日の昼食はおいしいものだろうか。
放課後、今日こそ自分が望む相手に会えるだろうか。
かつての熱さをとりもどせるのか?
そんな期待を抱きながら今日も一日を過ごしていく。
変わってしまった現実に抗おうと。
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