〈3〉占われた一日・午後 3

(でも、ここにミサコはいないんだってば!)


 ここ数日で何百回めかの叱咤を自分に叩きつけ、ユズキは無理矢理視線を前に向けた。


(考えるんだ、自分で!)


 さあ、もう一度最初からやろう。


 占い師さんの声がする。

 ユズキは、ポケットの中の占いの紙を握りしめた。

 そう、今日はいつもと違うことがある。靄の中に自分がいるのがわかる。

 思考が切れないように、そっと手繰り寄せ、今日こそ答えを探そう。きっとこれは、大事なことだ。

 ユズキは脈が速く、熱くなってくるのを感じた。


 そもそも、そもそも、なんで困っているの?


(……そもそも、わたしの悩みって、何なんだろう?)


 失礼だと思われるのが嫌な、わたし。

 場を壊すのが嫌な、わたし。

 目立つのが嫌な、わたし。

 そのわたしが、物事を決められるようになるには――


(わたし……わたしが決める……)


 それは、恥をかきたくない「わたし」だ。

 何でもかんでも納得づくで、完璧に防御していないと許せない、妙なところで潔癖な……


(わたし、だ)


 ふいに、靄が動き出した。

 白濁した視界が色を取り戻していく。


 じゃあ、決め手を端から消して回っていたのは誰?

 ラッキーかもしれない色、無難でハズしのない色、たくさんの人が支持している色にケチをつけて回っているのは、誰?


 先輩? 同僚? それとも――


 頭の中のユズキは、深呼吸して大きく周りを見渡した。

 取り囲んでいたのは、ドレスを見つめ糾弾する他の出席者たちではなく、不安を絵に描いて張り付けたような顔をした、たくさんの――自分自身だった。


 残りのコーヒーを一気に呷って受け皿にカップを戻すと、カチャンという大きな音がした。


「……なんだ。わたしが本当に気にしていたのって……『わたし』だったんじゃない」


 ユズキの頭の中から、靄が晴れていく。


 ラッキーカラーを疑ったのも、黒が地味ではないかと恐れたのも、流行に乗るのがイヤだったのも……全てが頭の中で綺麗に繋がった。


「ほんと、簡単な事だったんだ。結局わたしって、自分でもよくわからない理由で何かを選ぶわたしが嫌なんだ。誰かに何か言われた時、理由がはっきり言えずにオロオロするわたしが嫌なんだ。後から自分自身に対してさえ胸を張れない『わたし』が、激しく嫌だったんだ!」


 ユズキは深く息を吐いた。

 トレイを持って勢いよく立ち上がり、バッグを肩に振り上げる。


「自分への説明なんか、心の中に全部あるじゃない。必死で考え出したり、誰かから貰うものじゃなかったんだ。何で気が付かなかったんだろう……ミサコに任せて失敗したとしても、ミサコのせいにしたことなんてなかった。それと同じなんだ!」


 口の中に残った、冷め切ったコーヒーの苦みすら心地よい。


「わたしは『わたし』を納得させればいいんだ。それなら、選ぶドレスは最初から一着しかないよね。これは立派な、わたしの『決め手』なんだ!」


 ユズキは早足でカウンターにトレイを滑り込ませ、開きかけの自動ドアから外へ飛び出した。




「いらっしゃいませーぇ! あっ、さっきのお客様ぁ。ドレス、お決まりになりましたかぁ?」


 語尾を上げて呼びかける店員に、ユズキは駆け寄った。

 カウンターの背後から取り出されたドレスが、次々と目の前に投げかけられる。

 最後の一着がふんわりと台に収まるのも待たず、一点を指差してユズキは息を吸い込んだ。


 我知らず、明るい笑みが浮かぶ。


「これ、試着していいですか?」

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