〈3〉占われた一日・午後 2

 自分で考えていても出てこなかった決め手が、今は手元にある。

 占い師さんも、同僚も店員さんも、みんなちゃんとアドバイスをくれた。


 ……でも、どれも選べないみたい。


 ユズキが目を開けると、コーヒーカップからはもう湯気が消え、店内に射し込む心なし傾いてきた陽光が滲んでいた。


 決められないこと、単純な問題、そこにいつも沸き出してくる白い靄。

 いつも同じだ。こうして、結局何も決められずに時間ばかりが過ぎていくんだ。


 ユズキは、コーヒーカップを傾けた。

 静かに流れるカフェのラジオの音が耳に染み込み、ためらいがちに口の中に流れ込んだコーヒーが、あの占い師との会話を呼び起こす。

 ランチにコーヒーを飲むか紅茶にするかさえ周囲の空気を読んで決めるのかと問われ、ユズキは自分以外のみんなが紅茶を飲むなら、自分も紅茶にすると答えたのだ。


 コーヒーにしても紅茶にしても、飲めないわけではない。

 わざわざ自分だけ違うものを頼んで目立たないためだと、ユズキは思っていた。その証拠に、一人の時は自然と、こうして自分が好きなコーヒーを飲んでいるではないか。


 それなら、空気が読めない時、どうすれば良いのだろう?


「君が透明人間にでもなれれば、解決するかもね」


 占い師は、ユズキにそう言った。


(わたし、透明人間になってしまいたいのかな……? 確かに、今すぐ消えてしまいたいって思う事もあるけど……)


 いや、違う。それは解決にはならないって、わかってる。

 それに、パーティーには出席したいんだ。先輩を祝うおめでたい場で、自分も華やかに装い、祝福の言葉を贈り、できることなら先輩の佳き日の小さな一ピースとして記憶に残りたい。


(ただ、失礼な格好で場を乱したくないだけなのに……)


 どんな決め手をもらっても、その逆をいく不安が沸いてくるのはどうして?

 誰の言うことを聞いても、決めてしまえないのはなぜ?

 昔はミサコの言うことを何でも聞いてて、それで気持ちよく暮らしてたじゃない。それとどこが違うの?


(そりゃ、会ったばかりの素性も実力もわからない占い師さんや、よく知らないブランドの店員さんより、長年の付き合いのミサコの方が信頼できるもん)


 頭の中にこだまする答えは明解だ。


 ミサコがいないから、こんなに困ってる。

 信頼できる長い付き合いの存在がいないから、こんなに迷ってる。

 わたし自身が、ミサコみたいにバシバシって決められる性格だったらよかったのに!

 本当に、優柔不断。何も決められない、わたし。

 誰かに頼らないと安心できない、わたし。


 そのくせ、「そもそも」って細かいことをいちいち気にする、わたし。

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