〈3〉占われた一日・午後 1
立ち並ぶ店のショーウィンドウを眺めながら、ユズキは走るように歩き続けた。
歩き続け、歩き続け、商店街を端から端まで何往復もしたあげく足どりはどんどん重くなり、カフェの前で足が止まったのは昼時もとうに過ぎた頃だった。
紅茶の葉が描かれた壁紙で統一された店内は、珍しい茶葉やフレーバーの説明ポップがカラフルに目を引く。
ユズキはほとんど無意識にブレンドコーヒーを注文し、カウンターからトレイを受け取ると、まっすぐフロアの隅に向かった。
席に腰を下ろし、またいつものように無為な時間を費やしてしまった自分に、大きく落胆のため息をつく。
コーヒーカップから立ち上る湯気を見つめていると、闇雲に歩き回って昂ぶっていた鼓動が落ち着いていく。それと入れ替わるように視界に重なってきたのは、昨日の夢だった。
カップを持ち上げ顎を湿らせながら、ユズキは夢の中の白く霞むパーティー会場で、自分があのいぶし銀のロングドレスを着ているのを想像してみる。
「わあ、渋いドレスね! どうしたのそれ? 買ったの?」
レイ先輩の声が聞こえてくるようだ。思わずこわばった笑みを浮かべて言葉を探す。
「あの、これは……占い師の人に、ラッキーカラーだって言われたので、それで……」
頭の中のユズキは、その先を続けられず、声は小さくなって消えた。
気まずい沈黙が、耳を塞ぐ。
なぜ、ここで詰まってしまうのだろう?
今、わたしの手にはラッキーカラーという明確な決め手があるのに、どうして胸を張っていられないんだろう?
頭を埋め尽くした白い靄の中に、ユズキはそのまま長い間立ち尽くしていた。
いぶし銀のドレスを着た自分の周りを、たくさんの人が行き交う。
純白のウェディングドレスに身を包み、幸せそうなほほえみを浮かべた先輩。
色とりどりのドレスで装った先輩社員たち、同僚たち、ご友人……
「……へぇ、ラッキーカラーなんだー。ねえ、ラッキーカラーって何? その色を身につけておけば良いコトがあるとか?」
同僚が、無邪気な笑顔で聞いてくる。
ユズキはハッとした。
そうだ。考えてみれば、そもそもラッキーカラーでお祝いの席の装いを決めるのは、失礼にならないだろうか?
占い師さんには悪いけど、出会ったばかりの人よりも、先輩のお祝いの席で失礼をしない方が大事。
やめよう。
やめよう、やっぱり無難な黒のドレスにしよう!
白い靄の中のユズキは、目を瞑って小さく頭を振った。目を開けると、フレア袖が揺れる黒いドレスが体を包んでいた。
これなら、同僚のアドバイス通り――
「ねえ、あの子ちょっと地味じゃない? ハレの席に黒のドレスとか……何か雰囲気暗い……」
ユズキの後方から、誰のものともしれない声が聞こえた気がする。
ユズキは思わず振り返り、同時に顔がカッと赤くなるのを感じた。
「これは、無難でハズしはないからって勧められて……!」
声が出かけて、ユズキは思い出す。
同僚も、黒は華やかさには欠けると言っていた。
それはつまり、お祝いの席にはもっとふさわしい選択肢があるということなのではないか?
それなら、それなら……桜色ならどうだろう?
ファッションの専門家である店員さんが勧めてくれるのなら、間違いはないはず――
「可愛らしい色ね、ユズキちゃんってこういうの着るんだ」
レイ先輩が薄桃色のドレスを見つめて尋ねる。
「あの、ドレスを探しに行ったらこれが今年の流行りだって教えてもらって……」
その瞬間に、先輩の顔が幻滅したのをユズキは見た。
一瞬で、爪先までが冷たく固まるのを感じる。
「へえ……ユズキちゃんってこういう時、流行りで選ぶんだ」
失態を確認するように言葉をかけられ、ユズキは途方に暮れた。
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