〈2〉占われた一日・昼 3

「あの、シンプルなドレスって……どうですかね? 黒、とかそういう……」


「うーん……黒はぁ、暗いからお祝いの席にはオススメしにくいですよぉ? お客様お若いしー、もっとこう、フンワリした色の方がお似合いなんじゃないかと思いますけどぉ」


「ふ、ふんわり……?」


 話をしながら店員は、背伸びをしたり屈んだりてきぱきとドレスをかき分けていく。


「ああ! じゃあじゃあ、今年流行の桜色に決めちゃうっていうのはどうですかぁ?」


 丸い顔に完璧な笑みを浮かべて振り返った彼女の両手には、淡いピンクの柔らかそうな生地のドレスと、同系色のレースショールが抱えられていた。


 ……桜色。


 ユズキの頭に新しい選択肢が増え、目の前が霞む。


「ち、ちょっとわたし、その……自分でも見てみていいですか?」


「もちろんですぅ! 新作もバッチリ入ってますから、絶対いいの見つかりますよぉ!」


 おそらく引きつっているであろう作り笑顔で、ユズキは店員に会釈してドレスのラックに向き合った。

 とりあえず、ラッキーカラー……そう、いぶし銀を探してみよう。


(あ、あった……っていうか、あるんだ、こういうの……)


 目の前には、一昔前の歌手が着ていたようなタイトなロングドレスの鈍い銀色が、店の照明を滑らかに反射している。

 ふと気づくと、店員が不思議そうに見ている。ユズキは慌ててロングドレスを押しやり、取り繕うように次々とドレスをめくっていった。

 そのとき。


 ユズキの手に、若草色の、膝丈のドレスが触れた。

 ややファンタジーな雰囲気もするが、露出もそれほど高くない。

 パステルイエローのシンプルなショールとカジュアルな幅広の革ベルトも付いている。


(こういうのって、どうなんだろう……?)


 ドレスの前を小刻みに往復するユズキの元へ、先ほどの店員が黒いドレスを持って近づいてきた。

 少々変わったVネックにフレア状の袖が揺れるカクテルドレスだ。


 ほどなくしてユズキの目の前には、桜色、いぶし銀、若草色、黒のドレスたちが並ぶことになった。


 「いかがですかぁ?」という店員の声が耳の奥でこだまのように響いている。

 沈黙が何十分も続いているような焦燥感で、足が引き攣り、痺れてくる。


「ど、どれがいいですかね……?」


「うーん、どれもパーティードレスですからぁ……あ、これはお客様のお年からいって、なんか違うかなぁって感じですけどぉ」


 そういって示されたのは、案の定、いぶし銀のロングドレスだ。


「あっ、試着してみるっていうのはいかがですかぁ? 結構、迷われてるお客さんもビビッときちゃうこと多いんですよ!」


 店員がパッと明るい笑顔を浮かべたのとは対照的に、ユズキは殴られたように頭がガンと鳴るのを聞いた。

 試着して、もしどれも「ビビッと」こなかったら……もう逃げ場がない!


「あ、あの、ちょっと迷いたいので……こ、これ、置いといてもらってもいいですか? 後でまた、絶対に来ますので!」


 ユズキは強いて足を動かし、店の入り口へと戻りながら早口で頼んだ。

 そのまま走り出しそうになって、さすがに失礼かなと思い、くるりと振り返って勢いよく頭を下げる。あの、占い師の前でやったように。


「すみません、すぐ、戻ってきますのでっ!」


「わかりましたぁ、閉店は20時なので、急がなくても大丈夫ですよぉ!」


 親切な店員の声を背に、ユズキは早足で店を出た。

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