〈2〉占われた一日・昼 2

 家から15分ほど歩いた駅前の商店街は、ほどほどに混んでいる。

 最近大人気の映画に行列ができているのを横目に、ユズキはネットと雑誌の人気投票で上位に入っていたセレクトショップを目指した。


 値段、サイズ、ふさわしい年齢、場に合う華やかかつ目立ちすぎないデザインや色……ユズキは今までにも何度も頭の中で繰り返した条件を、再度思い起こす。


 そういえば、もう何日も前、同じパーティーに出る同僚社員に相談したことがある。

 その時、彼女はこう言っていた。


「んー、アタシだったら、迷ったら無難に黒かなー? 華やかさには欠けるけど、ちょっとドレスっぽいヒラヒラした感じのヤツなら絶対ハズしはないから」


(迷ったら黒、かぁ……でも、ラッキーカラーはいぶし銀、なんだよね……)


 歩きながらポケットの中の例のカードを握ると、「僕はファッションコーディネーターじゃない」と言い放った占い師のおどけた声がよみがえる。

 ふと、ユズキは立ち止まった。


(コーディネーター……そうだ! プロに任せればいいんだ……!)


 ほどなく再び歩き出した足は、驚くほど軽くなっていた。


(ちゃんと条件を伝えて、オススメされたコーディネートを丸ごと買えばいいんだ。人気店の店員さんなら、わたしよりはるかに場にふさわしい服を選んでくれる!)




「いらっしゃいませーぇ」


 語尾を高くあげた、鼻にかかった独特な声が、勢いよく店に踏み込んだユズキの足を鉛のように重くした。


「何かお探しですかぁ?」


 俯き気味のユズキの視界にひょいと飛び込んできたのは、アライグマのように目がくりくりとした、小柄な女性店員だった。


「今日はぁ、夏物の新作なんか入ってきてるんですよぉ! 全品試着できますのでゆっくり選んでくださいねぇ! はい、いらっしゃいませーぇ!」


「あ……へえ、夏物、もう……」


 なぜ、「ドレスを探しています」と答えなかったのかとひとしきり自己嫌悪に陥りながら、興味もない「New arrival!」の札がついた服をなでる。


(昨日の占い師に話しかけるより簡単じゃない! 何を迷うことがあるの?)


 ここで店員に声をかけなければ始まらないのだ。時間がない。


「あの、すみませんっ! ちょっと、探しているものがあって……し、職場の先輩の結婚式のパーティーに……あっ、二次会のパーティーに出るので……」


「パーティードレスをお探しですねぇ! パーティーいつ頃ですかぁ?」


「……あ、明日、なんですけど」


 店員の何気ない一言に、ユズキは声を絞り出した。目眩がするほど心臓が痛い。


(そうだよね、こんなにギリギリまで服が決まってないなんて、普通ないよね……)


 ユズキは、自分のものでないような冷たい息を吐き、そして努めて息を吸った。

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