〈1〉決めなきゃならない、こと 5

 ユズキが凝視していた男の手は、続いて短い鉛筆を握り、小さな白い紙に何かを書き込み、それを二つに折ると封筒の中へと押し込んだ。


「ハイ、これをあげよう」


 つい、と差し出される、封筒。


「あ、ありがとう……ございます」


「明日の占いだから、日付が変わってから開けてね」


 白く軽いそれを手に取ると、ほんの数分前まで頭を満たしていた絶望感が、微かな希望におずおずと押しのけられるのを感じる。

 ユズキは、自分のことながら少し呆れた。


 複雑な感情に強張るその顔を見て、占い師はへらりと脱力したような笑みを浮かべた。


「君が幸せになれるといいなぁ」


 芯のない、綿のような声がそう言った。

 ユズキは、とりあえず頭を下げた。




 どうにもぼんやりとしたまま、ユズキは家に帰り着いた。

 夕飯もそこそこにパソコンをつけ、色とりどりのドレスのサムネイルをびっしりと並べる。

 マウスを動かしながら片手を伸ばし、ショルダーバッグから一縷の希望である白い封筒を取り出した。


「まだ、今日だもんね……」


 そわそわしながら、カチカチとウェブサイトをスクロールして時を待つ。

 これも縁だ。何が書いてあってもいい、これで決めよう。そうじゃなきゃ、わたし絶対決められない。

 そう、思い込むことにしたのだ。


 画面隅の時刻表示が「00:00」に変わった瞬間、ユズキは大きく息を吸って紙を取り出した。

 弾みで封筒の縁が裂ける。

 二つ折りのカードを開くと、そこには直線がやたらと自己主張した妙な癖字で、こう書かれていた。



  「今日のラッキーカラー

          いぶし銀」



 困惑と疲労が、どっと襲ってきた。


「いぶし、銀……!? シルバーとは違うんだよね……きっと」


 いぶし銀のアクセサリーなんか持ってたっけ……いぶし銀色の服を持ってないのは、確かだけど。

 そんなことを考えながら、ユズキはため息とともに天を仰いだ。




 いつ眠りに落ちたのか、わからなかった。


 夢の中で、買ったばかりの服を着てパーティーに出ている自分がいる。

 周りには光り輝くウェディングドレスを着た先輩と、祝福の言葉をかける人々。

 夢の中のユズキは、スモークが炊かれたように霞む会場で、必死に目を凝らしていた。


 心臓が痛くなるほどの切実な問いが、頭の中でぐるぐると回っている。


(わたし浮いてない? 皆に笑われてない? 失礼なヤツだ、常識がないヤツだ……って、思われてない?)


 しかし、全ては乳白色の靄の中。

 ユズキが求めるものは、何ひとつ得られはしなかったのだった。

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