〈1〉決めなきゃならない、こと 3
「いえ、あの、せっかく服のアドバイスをしてくださろうとしてたのに、私、大丈夫って言っちゃったから……申し訳ないなって。そんな悪事とか、鈍いとかって意味じゃなくて……」
「ん、でもホントに大丈夫なんでしょ? だったら謝ること、ないんじゃないかなぁ」
「まあ……え、そう、なんでしょうか?」
「そうだよ! まったく。変なの!」
(へ、変!?)
あなたに言われたくない、という言葉を口にできるはずもなく、ユズキは椅子に深く座り直した。
しかし。
「じゃ、サヨナラ」
ひらりと掲げた片手と共に占い師がそう告げて、ユズキはまた腰を浮かす羽目になった。
「え? あの……」
「ああ、僕、まだ占ってないからお金はいらないよ」
「お金、占い……えっ?」
「うん。ドレスの足しにしなよ」
にこやかな男の顔を、ユズキは思わず凝視した。
このままそそくさと帰ってしまっては、パーティーまでカウントダウンする貴重な時間を使ってここに来た意味がない。
だが、目の前の男はまたも目を閉じ、憎たらしくも思えるほど平穏な顔をして、背もたれに体を預けている。
(なんで帰らないのかな、しつこいなって思われてるかな……どうしよう……どうしよう!)
結局、ユズキは固まったままその場を動けなくなった。
家に戻り、パソコンとファッション雑誌に囲まれて途方に暮れている自分。
朝から晩まで何度も何度も同じ店を行き来して、店員に怪訝な目をされる自分。
場に合わない服を着てパーティーに出て、周りの失笑をかう自分。
遠くない未来の自分を、はっきりと感じることができる。いたたまれなくて消え果ててしまいたくなる、この気持ち。
ユズキは唇を噛んだ。
その時、男がうっすらと目を開けた。
目が開くにつれて、不機嫌そうだった口の端が面白がるようにつり上がる。そして、背もたれからゆっくりと身を起こし、ユズキの硬直した視界の中にねじ込むように、顔を近づけた。
「さてぇ。じゃ、もう一度最初っからやろう。君、何でここにきたの?」
先ほどまでと変わらない芝居がかった語調と、蓬髪の隙間から、黒く深い瞳がのぞく。
そこに映る、アイボリー色のコート。
ユズキは、自分の背後にあるはずの看板を思い出した。
「……昔っから、そうなんです。何にも自分で決められなくて、どうしようもなくなっちゃって」
ユズキは、ポツリと話し出した。
「だから、いつもその場の空気を読んで……一番目立たない、無難なのを選ぶようにしてるんです」
「へえ。じゃあさ、ランチにコーヒー飲むか紅茶にするかも友達とかの空気リーディングで決めるの?」
「そういうことも……あります」
「へぇー! そんでなんか知らないけど謝っとけーみたいな?」
すみませぇん、と、男はユズキの小さな声を真似ておどけた風に頭を下げた。緩くうねった黒髪が勢いよく机に当たり、ゴン、という鈍い音がする。
「だから、そんなに重い意味はないんです……あの、頭大丈夫ですか?」
「大丈夫ってのも、まあ確かに無難で便利な言葉だね。うん、痛いけど中身は無事だよ。多分」
「……そう、ですか」
ユズキの返答には、苦笑いともどかしさによる妙な間があった。
真剣な悩みなのに、もしかすると通じないのかもしれない、という嫌な予感が胸の奥底から這い上がってくる。
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