〈1〉決めなきゃならない、こと 1
「よし。じゃ、僕がコーディネートしてあげよう」
名案だろう、と言わんばかりの声。
つい一呼吸前まで想定問答集でカッチリと組み立てられていたはずのユズキの頭は、あっという間に崩壊してしまっていた。
この何ともいえない居心地の悪さと落ち着かなさは、デコボコのアスファルトに直に置かれた椅子の据わりの悪さとは、あまり関係なさそうだ。
「明後日、パーティーがあって……あの、お世話になってる先輩の結婚式の二次会、なんですが……そこに着ていく、服の決め手が欲しくて……来ました」
何度も何度も考えて頭の中でイメージし、意を決してこの椅子に座って、蚊の鳴くような声で話し出したというのに、返ってきたのは先の言葉だった。
それはもう、当惑するしかない。
俯いたままそっと視線だけを上げると、頭三つ分ほどの空間を隔てて、やたらと嬉しそうな顔が見える。
ユズキの想像からかけ離れた、この突飛な思考回路の持ち主が、どうやら頼みの相手……占い師であるらしい。
朝夕、ユズキは会社への行き帰りにこの道を必ず通る。
「占い」の看板には見覚えがあるが、ビル陰に隠れるように置かれた机のさらに奥にいる「主」本人を見るのは、初めてだった。
四月も半分が過ぎたとはいえ、ここ数日は風が冷たい。特に今夜は冷え、夜桜見物でもしようものなら風邪をひきかねない。
だというのに、目の前の男は、薄手のタートルネックシャツに飾りベルトの入ったアシンメトリーな形のベストという姿だ。
これは、どう見ても寒い。
ユズキは再び視線を落とし、着込んだままのスプリングコートの袷を弄った。
それをのぞき込むように、男は場違いなアンティーク調の分厚い机に腕をつき身を乗り出して、こう続けた。
「そうだなぁ、おめでたい席なら紅白に決まってるよね。白は花嫁の衣装だから、残るは
「…………えっ」
困る。
この展開の早さは、ユズキが最も憧れ、そして最も苦手とするものだ。
(どうしよう……)
確かに服を決めなければならない訳なのだが、ユズキが期待していたのは全く違う「決め手」であって、胡散臭さ爆発の自称占い師と一緒に買い物に行くことではない。
第一、ファッションセンスに自信のないユズキから見ても、男本人のこの出で立ちが、見た目にも実利的にも「なし」だ。
即決で、断るべきだった。
しかし、ユズキはためらった。
いくら相手が珍妙な格好をし、緊張感のない顔をしているからからといって、見ず知らずの人間の機嫌を、しかも初対面数分でいきなり損ねるのは怖い。
(どうしよう!)
数秒間の、もの凄く長く感じる沈黙の後、ユズキは声を振り絞った。
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