第3話 生産ロボット

着いた。

道中、またロボット絡みで何かあるか、気が気でなかったけれど、さすがにもうそんなことは無かった。とはいえ期待と不安の半々だったから、残念とも言える。

あんなに怖かったはずなのにな。少ししょんぼりしながら、僕は、とてつもなく大きな塔を見上げる。遠くからじゃ他のビルより少し高いなぁ......としか思わなかったけれど、実際近くに来てみると、予想以上に大きな建物だった。表現的には、そびえ立つが近いかもしれない。入口と思われる場所には、ロボットが数台立っていて、どうやら受付の係のようだった。随分古くさい。意外にも、外に武装したロボットはおらず、人間は即座に排除なんてこともなかった。それでも一応は警戒しながら、受付のロボットに近づく。目の前に立っても反応がない。おかしいな、受付が動いてないと入れないのだけれど。ん......?何か手に持っている。タブレット端末だ。覗き込んだその中には、「ようこそ!機会人形製造工場へ!このパスワードを入口で打ち込んでください!」と書かれてある。端末の下の方に、『18782』と番号があった。偶然だと信じたい。

というか、受付のくせに喋れないのか。やはり喋るロボットは特別なのだろうか。幸い敵意を剥き出しにしてくる訳ではなく、あのパスワードになったのは、本当に偶然のようだ。

人類が繁栄していたころのロボットなのだろう、あの古さをみるに。どちらにせよ安心した。工場の中もそうだといいのだが。

パスワードを打ち込むと、音を立てて、扉が開いた。

ちなみに入る時に思いっきり足をぶつけ、キーンと音がした。痛くはなかったけど。入口からこんなんじゃ、先が思いやられるな......。

この工場で僕はすべてを知ることになる。そのはずだ。












壮観だった。美しいと形容しても全く持って差し支えない。自然の神秘による美しさではないけれど、科学の神秘による美しさがそこにはあった。

工場のラインというのだろうか。それがまるで生きているみたいに蠢いている。ロボットが部品から組み上げられ、起動する。

その誕生が一瞬で行われていた。それも一体なんかじゃない。何百体、いやもしかすると、何千体か。膨大な数の機械人形が命を与えられていた。

生産している工場の機械には、電気回路が張り巡らされており、幾何学的な模様を描いている。また凄いところが、僕の立つこの場所が全面ガラス張りなことだろう。右を向いても、左を向いても同じ光景が広がっていて、じきに吸い込まれるのではないかと錯覚してしまう。入ったばかりで、こんな素晴らしい光景が観られるなんて。この先にはなにが、待っているのだろう。

期待に心を踊らせ、僕は足早に次の施設へと向かった。




塔の中はとてつもなく広い。縦に伸びていて、上から下へと作業行程が進んでいるようだった。

残念だが、あの美しいラインを見ることはもうできないだろう。あそこを過ぎてからというもの辺り一面が薄暗くかろうじて、足場がわかる程度だ。心なしか、ツンと匂いもする。あまり好ましくない。

ところでいつまで登り続ければいいのか。階段にもそろそろ飽きてきたのだけれど。運ぶ足は鈍く、疲れたわけではないのだが、ずっと歩いていると、他のことがしたくなってくる。

こんなときに独りというのは辛い。これこそ人間の性分なのだ、となんとなくわかる。未だ解明されていないけれど、きっと人間の身体のどこかにある「心」がそう感じる。

いつか、まともに話せる友人が出来ればいいのに。

柄にもなく、その時の僕は希望を膨らませていたけれど、その希望が果たされることは無い。多分これから先も。一生。










ようやくなにかが見えた。暗闇から解放され、瞳が光に照らされる。導かれるようにその光の方へ歩いていくと、次に見えたのは、殺戮ロボットなんて目じゃない、それほど大きなロボットの顔だった。三体目の特殊なロボットだ。

昔、ここが国だった頃、「二度あることは三度ある」なんて言葉があったらしい。その逆もあったらしいが。その言葉に従って、流石に警戒する。近づいた瞬間粉々に粉砕なんてオチはごめんだ。

「ヒサシブリノライキャクダナ」

喋った。初っ端からこちらを傷つけるつもりは無いようで安心した。

対話は可能なようだが、饒舌なロボットの例もあるから、完全に心を許せはしない。

「アンシンシロ。ホカノロボットノヨウニ、キガイヲクワエルツモリハナイ」

僕の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

なぜ僕がロボットに危害を加えられそうになったことを知っているのだろうか。少なくとも僕はこんな大きいロボットなんて見なかったけれど。

「なんで、僕の行動を知っているの?」

「ワタシハ、ヒトリデロボットヲウミダシテイル。ソノロボットタチノメヲトオシテ、キミヲミサセテモラッタ」

なるほど。歩いてきた道中にいたロボット達に監視されていたといえる。

薄気味悪いな。

「ということは、すべてのロボットを君が造っているということでいいの?」

「アア。ワタシノタイナイデツクッテイル」

体内?そういえば僕はこのロボットの顔しか見ていないけど、身体は一体どの部分にあたるのか。

消去法で考えてみると、すぐに思い当たった。この大きさの顔に見合う身体となると.....。この工場の今まで通ってきた全てがこのロボットの身体ということだ。ラインが血管で、ロボットは血液。薄暗かった道は、燃料でも運んでいたわけだ。あそこでツンとした匂いがしたのも、そのせいなのだろう。

謎が解けて、スッキリした。

そして、気になっていたことを聞いてみる。

「僕が今まで出会ったロボットで、人間に恨みを持っている節があったロボットが居たんだけれど、何故恨んでいるの?」

生産ロボットは返答を躊躇ったのか沈黙し、ただ僕をその無機質な瞳で見つめてくる。

全てを見透かされているような気分になった。

自分さえ気付かないような、何かをこのロボットは見抜いている。そう思うと、背筋が凍った。ようやく口と思われる部分から、機械音を出して答えた。

「ナルホド......!キミハ......」

何かまずいことを言ったのだろうか。興味深そうな目でこちらを見つめ、続きの言葉を紡ぐ。

「ワカッタ。キミノギモンニハコタエヨウ。コノセカイガホロビルヨリマエ、ニンゲンガロボットヲドウアツカッテイタノカ、ワカルカ?」

無駄な知識が豊富のはずの僕の頭からは、なぜか、なんの答えも浮かばなかった。

その知識だけが欠落したように思い出せない。

「キミガ、ミテキタモノ、ソレトオナジダ。ニンゲンハ、ロボットニココロヲ、アタエタクセニ、シイタゲタ。イタミハナイガ、キョウフハカンジル。ニンゲンニハ、ニゲルコトモデキズ、ウマレテクレバ、コワサレ、ステラレテイク、ロボットノキモチナドワカルマイ」

ああ。僕にもさっぱりわからない。記憶を失っているからか、それとも人間だからか。

痛みを感じれば痛みに逃げられる。恐怖は痛みより恐ろしいのだ。むしろ痛みは、救済と言っても良かったのかもしれない。

「ダカラ、コレハフクシュウダ。ニンゲンニ、イタミガアルノハザンネンダガ」

当然の権利かもしれない。確かにこの世界に秩序はない。人がロボットを、ロボットが人を裁くことはできない。なれば、心を持つものはどうするか。まずは生きる為に足掻くだろう。

では、ロボットのように生きることにことかかなければどうだ。人の行動原理は基本、金か、憎しみだ。生きる為に金。憎しみのために復讐を。

カーストが逆転した今、人間を憎むのは、心を持つものとして、当たり前だ。ロボットについてはわかった。

だが、まだ聞きたいことがある。全てを見ていた、このロボットなら。

「最後にもうひとつ」

「ナンダ」

「僕はずっと不思議な音が聞こえるんだ。君には聞こえる?」

表情は無いはずのこのロボットが呆気に取られたことが僕にもわかった。

「ハハ、ハハハハ!ソンナコトカ!オシエテモイイガ......マァ、ジキニキヅクサ」

直に気付くか......。

「サテト、コンナトコロカ......」

「何かあるの?」

「アア、サッキ、ジキニ、キヅクッツッタヨナァ?」

口調が、雰囲気が変わった。まさか。嫌な予感がする。

今までと同じで、コイツも......!?

その時、ジャキッ!と聞き慣れない音が重なり合い聞こえた。囲まれている。360度すべて。おびただしい数のロボットが黒い銃口をこちらへ向けている。

「ハッハッハ!デモンストレーションサ!ミチハアケテヤル!ハシレ!ニゲテミセロ!」

何故だ。全くもって、意味がわからない。銃を向けた癖に、逃げろだと?本当に訳が──

パーン!と音が弾けた。足下に弾丸がめり込んでいる。撃ってきた。ドドドドと、僕の周りを囲うように撃ち込まれていく。跳弾が、壁や天井を破壊し、削り取った金属の塊が僕のすぐ近くに落下する。考えている暇なんてない。宣言通り1箇所だけ空いている。そこへ飛び込み、駆ける。背後から僕を追い詰めるように銃撃されている。まるで、横殴りの雨のようだ。

銃声は止まない。塊になり、ドガァ!!と床を抉る。何度か、銃弾が僕の頬を掠める。

そればかりか、一発の銃弾が僕の足を捉えた。足でバランスをとるのが一気に不安定になる。

僕を動かすのは、好奇心と恐怖だった。自覚している。あのロボットから、知りたいことは聞いた。好奇心は満たされた。

では、残るものは。

無論、恐怖だけだ。

恐ろしい。理解できないのが恐ろしい。

好奇心を持てば「知らない」ということが恐怖になる。

好奇心を満たせば、恐怖が残る。どう足掻いても無駄。所詮、人間だ。どうせ、ロボットに殺されて終わりなんだ。生きることに意味などない。

正常な思考が出来なくなった僕は走るのをやめ、歩き始める。走る前より、あの「音」が大きくなっている。気のせいじゃない。核心に迫っているのだ。

でも、行き着く先は恐怖。決まっているんだ。だから好奇心なんてもう持てない。ようやく外へ辿り着く。と、同時に後ろで爆発音。見上げると、塔はゆっくりと崩れ落ちていた。どうでもいい。もう、僕には関係ない。


どうせ、死ぬんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る