第7話
武器屋の内装はいたって普通で、奇抜さのかけらもない。上を見ると丁寧に組まれた木の骨組みが力強さを感じる。代わりに壁に所狭しとかけられた武器の数々が異様だった。おそらく、というより確実にシドの作品であろうそれはただの武器ではないことは一見してわかる。どれもこれもが『CASTER』のように訳の分からない歯車やケーブルやシリンダーやら何やらが標準装備とばかりについている。そんな武器の下には値札があって、ちらりと見ると驚いた。結構安い。てっきり法外な値段かと思いきや、「ただの」武器より三倍ほど高いぐらいだ。
「あれ?金銭感覚おかしくなっているのかなぁ」
シドという型破りな男が設定した値段が想像よりも下だと安く感じてしまう。だが、よく考えると三倍の値段を払う価値があるのか疑問である。彼の作る武器は癖がありすぎて有益か疑わしいのだ。現に『黒煙の牙』と揉め、「循環させることが前提の武器に循環させるための措置がなされていない」とんでも装備を作っている。コレクターには面白がられるかもしれないが、命を預けようとは思えない。
しかし発想と技術はそこそこありそうなので何か掘り出し物はないか探してみる。一応値札のさらに下には説明が書いてある。
『ハルバードV』
強い
『アーク・スピア』
強い
『ダガーナイフ』
カッコイイ
『ギミックシールド』
面白い
『アトマ……
もういい。頭が痛くなってきた。強いってなんだよ、どう強いのか教えてくれ。さらにカッコイイとか面白いとか、もはや戦闘そっちのけの説明だし、そもそも説明が一言って説明になってない。全部感想だ。
よくもまぁ『黒煙の牙』はここで武装を買おうと思ったわけだ。とも思ったが、ここは名高い迷宮である。ルークもシドの人となりを知らず、かつ、たった一人でここに来たとすればわからない。雰囲気にのまれながらここの武器を見て「よくわからないが、それは迷宮だからだろう」と思い、買ってしまうかもしれない。巷では迷宮製の武器は破格の性能を持つといわれ、あこがれの的だからだ。加えて目の飛び出るようなほどでもない値段であれば財布のひももついうっかり緩むというものだ。
全くいい商売をしている。
偽ブランドを売るようなやり方にルークはシドのことがますます苦手になった。嫌いではない。嫌いとは彼の中で付き合わざるを得ない相手に使われる言葉であって、避けるべき相手には使わないのだ。つまり彼の苦手は嫌いよりも重い「二度とかかわるものか」というニュアンスを含んでいるのだ。
武器を買うお金はそもそもなかったが、やることもないので結局武器を眺めることにする。ちなみにロクはシドに呼ばれて木製のカウンターの奥へと行った。おそらく工房なのだろう。
ソファーは一体どういう意図なのか店のど真ん中に置かれていた。その上で胡坐をかきながらルークはきょろきょろと武器を見ていた。そんな彼の背中に声がかかる。ロクの声だ。
「ルーク。ちょっと面倒なことになった」
困った顔だけ奥から覗かせてロクを見て、ルークは苦い顔をする。うすうすわかる。ここでの「ちょっと」はちょっとではないと。
言いづらそうに歯切れ悪くロクは続きを口にする。
「エリスへのポータルなんだが……マーカーが変わっているらしい」
ポータルはダンジョンなどで使われている転移具の総称である。人や物を遠く離れた場所へ一瞬で運べるとあって非常に有益な魔導具だ。だが、代わりに材料に貴重なものを使用したり設置費やランニングコストがばかにならないため、総じてかなりお高くなっている。購入できれば誰でも入手できるためランクはC級だが、それを買えるほどの財力を持つものはほんの一握りしかいない。
なので通常ポータルは個人使用で使われることはあまりない。王族やその他有力貴族、商人が万が一のための逃走経路として用意するぐらいで、あとはもっぱら国が管理している。ダンジョンはその一例で、ポータルのおかげで冒険者たちは帰りを心配する必要がなく攻略に専念できる。その対価として国は報酬をピンハネしたり、開拓した土地を優先的に購入したりする権利が保証される。コストは高いが、長い目で見ればプラスに転じることもあるため多くの国が冒険者に無償でポータルを提供している。
一つ注意してほしいのだが、ポータルは無限の距離を移動できるものではない。距離が増えることに消費する魔力は加速度的に増えていく。二倍の距離離れただけでその消費魔力の差はけた違いのものとなる。理論上十キロを超えるあたりからこの世界に生きるものの魔力を総動員してやっと作動するかどうかのレベルだ。代わりにA地点からC地点へ一気に飛ぶのではなくA地点からいったんB地点を経由してC地点へ行くならば魔力の消費は格段にへる。代わりに複数のポータルをさらに設置することになるための金がかかる。
また、ポータルは単体では意味がない。対となる目的地を示す座標「マーカー」が必要となる。一つのポータルにつき一つのマーカー。これでワンセットなのだ。
つまり結局のところ何が言いたいのかというと―ロクが告げた内容はシドの店からエリスへの転送は不可能であるということを意味するということだ。
「ちょっ…じゃあどうやってエリスに行くっていうんです!?」
「まぁまぁ」
ロクは激昂しかけるルークをなだめすかす。が、いろいろあってようやくここまで来たというのに急にお先真っ暗になったルークは収まらない。
「これが落ち着いていられるとでも?」
「…やれやれ、最初は大人っぽいと思ったんだが……」
「むっ…」
言われてみてルークは我に返った。確かに子供っぽくなっていた。と反省する。やけに子供に見られることを気にするルークにとってロクの言葉は痛恨の一撃であった。しかし祖父の死や母親の容体、ここまでの出来事(少女の件とか)を経験し揉まれ疲弊したうえで自らを偽れるものが、ましてや子供にいるだろうか。
「すみません。取り乱しました」
「気にすることはない。けど、人の話は最後まで聞いてほしいものだね」
ロクが優しく諭すが、目は笑っていなかった。
「…すみません」
しょんぼりと肩を落として二度目の謝罪を口にするルークだったが、その耳に朗報が届く。
「マーカーは変わった。だけどエリスに行く方法はまだ残されている」
「ほ、本当ですか!!」
一瞬で顔をわっと輝かせて詰め寄ってきたルークの顔をアイアンクローで防ぎながらロクは苦笑いを浮かべた。
「落ち着いて」
ルークは自分が短期間で過ちを二度繰り返してしまったことを恥じてまたまたしょんぼりする。そんな姿こそ飼い主に怒られる犬のようでほほえましく、幼いように見えるのだが本人の頭の中にその考えはない。
ルークが手の中でおとなしくなったことを確認するとロクは手を離した。触れていた部分が離れ、かすかに冷たさを覚えるが、ルークの羞恥にそまった顔の熱さを冷ますには心もとない。
「鍛冶屋と今日初めて会った時の会話を覚えているかい」
「えぇ。そこでエリスへはポータルを使わなければいけないって知りましたよ」
案内人であるロクがそのことを知らなかったせいで延々とルークは歩かされた。もっと皮肉めいた口調で言ってもよかったが、なんとなく子供っぽいような気がしてやめた。何よりさっきの失態から立ち上がれないでいる。
今日僕は何度失敗すればいいんだろう。
沈み込むルーク脳裏にオレンジ色の髪と真珠のような涙を湛えた瞳がフラッシュバックするたびに頭を掻きむしって叫びたい衝動に駆られる。それをなんとか深呼吸で抑え込む。
ふぅー、すぅー、ふぅー、すぅー……。
ロクは急に暗い顔をしたかと思うと真っ赤になって、しまいには深呼吸をし始めた彼にかける言葉が見つからず、しばらく様子を見ていた。ルークが五セットほど深呼吸を行ったあたりで彼の瞳に知性の光が宿っているのをみて、ようやくといった風に言う。
「俺も初めてしったよ。だってエリスへはポータルなしでいったからね」
ロクは初めにかける言葉を「大丈夫かい」にしようとも思ったが確実に事態が悪化するのが目に見えていたので口に出すことはしなかった。が、目が残念なものをみるような目だった。
「だから、僕たちは……」
迷ったんでしょう?その言葉を口にする前にルークは慈愛の目には気づかず、何かに気づく。
「直接行くんですね。エリスに」
「そうだよ。ただこの方法はあいつがいなきゃダメなんだ」
「あいつ?」
「ナイン。この世で最も不思議な奴さ」
◇
ロクはとにかく依頼はちゃんと達成するから今日はいったん帰れという。ナインという人物はとにかく神出鬼没のようで探すのにしばらくかかるそうだ。口約束にならないかルークは心配になったが、そもそも前金すら払っていないので例え約束が守られることがなかったとしても文句を言えるような立場ではないことを思い出す。
三日以内に見つからなければ別の案内所に頼るということでルークは納得した。
そんなわけで帰路につくルークであったが、意外なことにロクはシドの店から表通りまでの道は完ぺきに記憶していた。行きとは違い案内人らしく入り組んで訳の分からなくなっている道をすいすいと歩いて行って見せる。ものの半刻ほどで嗅ぎ慣れた匂いが鼻をくすぐりはじめた。
迷宮と表をつなぐ路地の奥から通りに人がたくさんいるのが見える。いつも見ていた光景でさほど多くはないのだが、迷宮の閑散とした光景から戻ってくると新鮮に映る。
「ここまでくれば大丈夫だろう」
そういってロクは去っていった。とぼとぼと歩くその背中はどうしても頼りなく見えた。 一人取り残されたルークは通りをぼんやりと眺める。いろいろあった。確実に彼が歩んできた人生の中でこれ以上ないぐらい仰天の連続だった。
頼りない案内人ロク、オレンジ髪の少女、シド、武器屋の前での『ブルーローズ』とのいざこざ、実は強かったロク。あまりの刺激に、通りがある表の方が現実ではないような気もしてくる。
上を見上げる。今はもう気分屋の空じゃない。きちんと時間とともにゆっくりと流れる空である。夕暮れ時で赤く染まる道をおなじく赤く染められながら歩く人々はやはりどこか現実離れしていた。
そんなわけないのに
そう自嘲気味に呟くとルークは表への一歩を踏み出した。
◇
表に帰ってくると今度は不思議なもので、迷宮での出来事を遠く感じる。だがポケットに詰まる小銭の重さが迷宮に行ったんだと確かに感じさせ…はしなかった。なぜなら行きとまったく変わっていないから当然だ。これでは本当に夢だったのかと錯覚してしまう。というかどちらかというと錯覚したい。さっきから夕暮れのオレンジがどうも気になってしょうがないのだ。
ロクが前金として受け取っていれば今頃このポケットでじゃらじゃらと音を立てることもなかった小銭を気を紛らわすために手を突っ込んでもてあそんでみる。ルークの体温で生暖かくなったコインのすべすべとした触感を感じながらルークは歩く。それでも心の中に巣くうモヤモヤはぬぐえなかった。
「あの貴族のご息女Fと庶民Dとの禁断の恋!!号外!号外!」
「これを読めばきっとあなたも大金持ち!今なら『できる男の十の法則』とセットで銅貨百枚!これは安い!」
通りでは帰宅途中の人々を狙って商人がここぞとばかりに品物を宣伝している。それらの商品はもっぱら読み物の類が多い。就寝までの暇つぶしにもってこいだからだろう。
新聞売りの横を通るとき、無造作に積み上げられていた新聞の記事が目に入る
『蔓延する麻薬「シルキー」の恐怖!!』
「シルキー」はここ数年で急速に蔓延した麻薬だ。この国では麻薬の取り締まりは厳しく、麻薬の原料となる植物は国が厳重に管理している。まれに自生していた苗を栽培して売りさばく売人が現れるが、大抵すぐにつかまり、栽培していた植物すべてを処分されている。
だが「シルキー」は既存の麻薬とは異なる。まず出所がわからない。登場して数年も経つというのに国は未だに「シルキー」の流通経路を特定できていないのだ。それはこの「シルキー」が謎の原料で製造されていることが大きい。白く一見すると高級な白砂糖のように見える「シルキー」は何で構成されているかさっぱりわからないのが現状だ。原材料がわからなければそこからルートを絞り込むことさえできない。
別に国もこの問題に真剣に取り組んでいないわけではない、むしろこの麻薬の根絶が急務であると認識していた。理由はその中毒性にある。
「一回吸えば終わり」
巷ではそういわれている。決して「一回で充分だ」という意味ではない。まさしく一度の体験でその人の人生は終わるのである。
どれだけ意志の強い人でも吸えば薬の奴隷に成り下がる。だからこの麻薬は犯罪組織の資金源であると同時に、人を隷属させる道具として用いられることもある。噂では近頃行方をくらませた名の知れた冒険者達は「シルキー」によって無理やり犯罪組織の用心棒をさせられているといううわさもあるぐらいだ。
そんな強力な麻薬が政治を行う貴族にも広まっていないとは限らない。だから国は総力をあげて問題解決に取り組んでいるのだが、先に言ったように思うように成果を上げられていない。
人々はそんな状況に国が陥っているというのに皆涼しい顔をする。めらめらと燃える炎が自分の座る絨毯を焦がすぐらいになっても気にすることはないのだろう。記事を見て「へぇ」と思うだけ。ルークもその一人だった。
誰だって麻薬と自分が近いなんて思わない。すぐそこに崖があっても気づかない人は結構いる。見えなければ、のぞき込んで確かめようと思わなければ、崖なんて落ちないうちはないのと同じである。落ちてからでは遅いというのに。
ルークはすぐにこの麻薬のことなど片隅に追いやって、夕暮れ空を見ないように下を向いて歩いていく。その背は不気味なほど赤く染められていた。
◇
「ちょっとお客さん、立ち読みは…」
「ふむ、ふむ、『守ってあげたい系女子』が一番好かれると…」
「いや、だからぁ」
「ということは、守ってくれた彼は私のことを…!?」
「ねえ、話を…」
「ふぉぉぉぉっ、なんなんですか!!なんなんですか!!」
「ひぃぃぃっ!」
歩いているルークの耳にそんなやり取りが聞こえてきた。どうやら頭のねじが一本外れた客に店主が右往左往しているらしい。いつものルークなら何事だと見物するだろうが
「触らぬ神に祟りなし、ですね」
今日のルークは違った。彼の中にあるのは早く家に帰って寝たいという思いのみ。なのでトラブルが起こる確率を限りなくゼロにするため不必要な行動はするべきではない。ルークとは違って「なんだ?」と問題の書店へと向かう人の波に逆らうように通り過ぎようとしたときルークは嫌な予感がした。限りなくゼロにしたはずの確率が上がっていくそんな感じがした。
「あーっ!!見つけた!」
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