第6話

ひと悶着、どころではないことが連続して起こったが、ルークたちはなんとか店の前にたどり着くことができた。ゴンゾたちとの戦闘が遠い昔のように感じる。というか思い出したくない。


「すごい顔してるね」

「あんなことがあって表情変わらない奴なんていますか?」


 これが「普通」だから。青年はあっけらかんとして言い放った。


「なんか変に想像通りじゃなかったり、想像通りだったり……気が狂いそうですよ」


 やばそうな人が闊歩しているかと思えば、誰もいない。だが、ここに入ってから絶えず感じているべたついた雰囲気や謎の甘ったるいにおい。変わりゆく空。明らかに「外」では味わえないなにかは確かにある。先ほどの戦闘だって終始圧倒されっぱなしだった。


「ロクさん。あなた僕でも知っている案内人に目をつけられたんですよ。なのにどうして」

 

 ゴンゾとの戦闘中に判明した名前をルークはここで初めて使う。内心はせめて自分が名乗った時に名乗るのが常識だろ!と憤慨していた。余裕がなくなっている彼はそのためわずかながら語気を強める。だが名を呼ばれても青年は特に反応しなかった。


「別にあいつを渡せば済むことだしね。気にする必要はないよ」

「てめぇ!あれ本気なのか!?」


 店に異変がないか調べていた鍛冶屋が怒鳴る。『黒煙の牙』たちが置き土産をしている危険性があるため念入りに調べているそうだ。


「本気さ。今のところ俺の目的はルークをエリスに連れていくことだ。お前がどうなろうと知ったことか。こいつも手に入ったしな」


 ポンポンとロクが腰に下げた刀をたたく。


「気になっているんですけどそれってどういう仕組みなんですか、鍛冶屋さんの話によると『聖剣』らしいですけど…」


 最後の方は小ばかにしたような表情だった。


「鍛冶屋さんて、お花屋さんみたいに言うんじゃねぇ!俺の名前はシドだ!天才の名前だ」


 鍛冶屋は叫んだ。


「だが」


 シドはそう続ける。そこでいったん調べるのをやめルークに近づいてくる。ルークは生理的にこのシドという男と相いれない感じがするので、少しでも距離を離そうと体をそらし、顔を横に向ける。

 

 完全に拒否の状態であるが、シドは気にせずルークの肩に手を回した。


「この天才の俺の発明品に興味がわくとは見どころあるなお前、ん?」

「コウエイデス」

「知りたいか?知りたいか?」

「ハイ、シリタイデス」


 シドの誘いに乗るのはめんどくさいが断るともっとめんどくさそうなので素直に肯定しておく。


「そうか、そうか。俺の発明品が気になるあの子のスカートの中よりも気になるか…ならば教えてやろう!」


 肯定してもめんどくさい。


「俺の発明品『聖剣 CASTER』は神話や伝説で語られる聖剣を忠実に模したものだ。光を放ち、すべてを切る。男ならだれでもあこがれた勇者になれる万物切断の剣!!」


 ロクは腕を組み、あくびを噛み殺しながら聞いている。彼も知っているのだ。止めればもっと面倒だということを。


「本来なら実現不可能なそれを、この天才的な頭脳を持つ天才の俺が天才的なアイディアで可能にした」


 自分をたたえる言葉を「天才」一つしか知らないのか。それにくどい。ルークは一瞬ロクのように話を聞き流してもよいかもしれないとも思ったが、仕組みそれ自体は気になるので頑張って聞くことにする。


 だが、殺意がむくむくと湧き上がるのはなぜだろう。


「全てのものは小さな粒のつながりでできている。ならすべてを斬りたいのであればこのつながりを切ればいいと考えたわけだ。『CASTER』はな、実は刀身部分自体に切れ味は皆無だ。ただ刀身に見せかけたサーキットに過ぎない。あの切れ味の正体はコレだ!」


 そう言ってシドは足元に落ちていたあの金属片を拾う。


「この中には俺にしか作れない特殊粒子が入っている。特殊粒子は魔力を帯びると細かく振動し分裂する。これをサーキットに魔力を込めて高速で循環させることで物のつながりをそのものを断ち切ることができるようになる!

 いかなるものも物である以上、この剣の前では斬られるしかないのだ。

 さらに副産物として粒子同士がこすれる際に光が発生することはうれしい誤算…ではないが、より聖剣らしくなった」


 シドはどうやら実用性よりも神話の聖剣になぞらえることが主目的だったようだ。わざわざ位置を知らせる発光機構を搭載する必要性はない。

 説明を聞いてルークはあの騒音の正体が粒子同士のこすれによって引き起こされたものかもしれないと予想できた。光といい、音といい、切れ味は置いておいて使いづらそうな武器だ。ルークはロクの戦闘を思い出し、何かに気が付く。


「あれ?でもその理屈だと物は切れても、魔法は切れないんじゃないですか」


 記憶では赤マントの男の魔法を切り裂いていたかどうかは定かではないが、ロクは受け止めながらも無傷だった。普通に考えてあの熱量を受けて無事でいるはずもない。ルークはそれに思い至ったのだ。


「おぉ、いい質問だ。サーキットに魔力を込めて高速で循環させているんだが、正確には不完全でな。まぁこれも計算のうちだが…。とにかく初期の試作機では粒子が循環するときに結構な量ロストしてたんだ。対応策として循環させる機構とは別に魔力で力場を作り出し強引に押さえつけることにしたんだが、それでもわずかに漏れている。だが、これも思わぬ副産物を生み出した。揺らぐんだよ、相手の魔法が」

「揺らぐ?」


 聞きなれない言葉にルークは思わず聞き返した。 


「精神系や身体系以外の普通の魔法は魔力で本物の火や水と似た性質のものを作り出していることは知っているだろ?『CASTER』の粒子は魔力に反応する。

 仮に相手の魔法を『CASTER』で受け止めれば、漏れ出している粒子が魔法との接触面に集中する。この時粒子を媒体として、循環させる用の魔力と押さえつける魔力も集中することになる。

 これはどんな魔法使いでも人の身ではたどり着けないほどの高濃度の魔力だ。

 それが一点に集中することで相手の魔法が影響を受ける。形状を保てなくなるんだよ。

 これを俺は揺らぐと呼んでいる。揺らいだ魔法は積み木が揺らげば崩れるように自分から崩壊を始める。

 つまり相手の魔法を『CASTER』で受ければ勝手に向こうから消えてくれるのさ。

 さすがに魔法によって起こった熱までは消せはしないが、おそらくあいつはわざと漏れ出る粒子の量を多くして傘のような簡易的なフィールドを作ったんだろう」

「それって滅茶苦茶強くないですか?だったら…」


 物理も魔法も無力にできる。そんな剣があるなら一連のめんどくさいことたちは起こらなかったのではないか? 

 シドが狙われる原因はロクとの会話から大体察しがついていた。『CASTER』は使いづらいが、逆に使えれば破格の性能を誇るといえる。それなのにどうして粗悪品といっても過言ではないものを『黒煙の牙』に売りつけたのか。


「売れないよ」


 青年がルークの意思をくみ取って答えた。組んでいた腕をほどくと『CASTER』を鞘ごとルークに投げた。


「おわっ!!」

「使ってごらんよ」


 ぎょっとしながらルークは胸を使って鞘を受ける。想像以上に重たい。受け止めた時に地面に落とさなかったのは我ながらよくやったと思う。見れば見るほど奇妙なつくりだ。本来鞘に装飾などほどこす必要はない。行うとすればルークよりも上の貴族など特権階級ぐらいだろう。

 

 この鞘はシンプルさのかけらもない、かといって豪華絢爛な装飾でもない。不規則無秩序に金属のケーブルや蛇腹のホースが表面に張り巡らされていた。まるでこの迷宮に建つ建物のようにそれ一つ一つが得体の知れなさを湛えていた。あまりにも表面がごちゃごちゃとしているので鞘本体が淡い赤で塗られていることに注視してからやっと気づく。遠目ではこの鞘は黒にしか見えない。

 

 だが、それらのケーブルは特権階級のそれとは違って実用性に直結しているのだろう。そう思わせる説得力のような何かがあった。

 

 いいのか?ロクにそう目くばせをすると頷きが返ってきた。ルークは一度息を吐くと柄を握った。そのまま一息に引き抜くと刀身が現れる。なるほど。あの時はわからなかったがこの剣の刀身には確かに刃の代わりに溝が彫られてある。重さは鞘とは違い軽かった。ルークが片手で保持しても少し重いくらいだ。

 

 念のため両手で持つことにする。ゆっくりと鞘を足元に置くことで空いた手も柄に添える。


 滑り止めのためのスリットが刻まれた柄と軽量化のためか穴がいくつも空いている鍔との間に引き金がある。ルークはそこに指をかけた。そこでいったん止まる。


「これからどうすれば?」

「魔力を込めながらトリガーを引くのさ」


 大雑把な説明だったがルークはコクリと頷くと魔力を込める準備をした。いきなり大量に流すとまずいだろうということで魔力は少量にしておく。先ほどロクは「魔力をこめる」といったが、これはそういった類のいわゆる魔導具なのだろう。

 

 魔力はあらゆるものに込めることが可能であるが、あくまで可能なのであってゴンゾのように身体強化や何でもない金属片に魔力を通すといったことは普通出来ない。だが、特殊な金属や生体素材を使うことによって飛躍的に魔力を流しやすくしたものがある。それを魔導具といい、とくに剣状の魔導具を「魔剣」と呼ぶのだ。シドに最初『CASTER』が魔剣か聞いたのもそのためである。

 

 魔導具は魔力を流す通り道のようなものが作られており、使用者が魔力を放出するだけで水が自然と道に沿って流れるように魔力を通すことができる。

 

 ルークはこれぐらいかなというところで魔力を練り上げるのをやめる。

 

 魔力とは個人の生命の力とも神の恵みだとも言われる。真相は結局どちらなのかわからないが、魔力はあっても使えるものではない。それは例えばそう、井戸のようなものだ。そこにどれだけ水があろうとくみ上げる滑車がなければ意味がない。

 

 そのため生命の力ないし神の慈悲をうまく使えない者がいる。その人たちは滑車がそもそもないか、滑車につながれている桶の容量が極端に少ないために魔力の使用が難しくなっているのだ。決して魔力がないわけではない。らしい。

 

 理屈としては生きているから、もしくは神は等しく万物を愛するからだそうだ。魔力を上手く使えるものは案外少なく、精神的に幼い子供になればなおさらその数は減る。

 

 その点ルークは魔力を扱える。状況をひとまず黙ってみているシドもこれには驚く。


「いきます」


 緊張した顔と声でルークが宣言し、くっとトリガーを握った。たちまち自分の体から魔力が吸いだされる。魔力を得た剣は金属のフィンが震えるようなかすかな金属音を立てて震え始める。しかしまだ光らない。


「もっと強く」


 ロクの言葉にもう一度頷くと魔力を先ほどより込める。金属音が強く、高くなり、刀身がぶるぶると震え始める。


「もっと、もっとだ」


 だが、まだだとロクは言う。やけクソになったルークはもうどうにでもなれと今自分が出せる魔力を注いだ。途端、どっと魔力が流失する。水をためた瓶に穴が開いたようにとめどなく魔力が大量に流れ出ていく。


 あっと思った時にはルークの意識は飛んでいた。



「やぁ、おはよう」


 ルークが目を開けるとそこは屋内だった。ロクがルークを見て笑っている。この人はよく笑うなと思いながらむくりと上体を起こす。自分はどうやらソファーに寝かされていたらしい。


 黒い革張りのソファーでさぞ昔は立派だったのだろう。しかし今はところどころに穴が開き、綿が飛び出している。なんだか虫がいるようでルークは首元を手で払う。


「ここは、どこですか?」


 体に虫刺されがないかちらちらと確認しながらルークは訊く。


「店の中。例の武器屋だよ」

「いったいどうして……ああ、魔力が無くなってしまったんですね」


 自分がここにいるわけを尋ねようとして、だけれどすぐに訳に思い至ったルークは合点がいったという顔をした。


「これでわかったろう?あいつは認めようとしないがこいつはとんでもない失敗作さ」

「えぇ。まさかあそこまで魔力消費が激しいものだとは…」


 血とは違うがあの魔力が大量に流れ出る感覚は気持ちのいいものではない。ルークは思い出し、顔をゆがめる。


「いや、循環させることができれば消費量はそれほどでもないよ。でも、こいつにはそのための制御装置がないんだ」


 意外な言葉にルークは無意識に体を掻いていた手を止めた。かゆいわけではない。


「……つまり、循環させることが前提なのに、ただ込めるだけじゃ循環しないってことですか?」

「そうだよ」


 それって本当に欠陥品じゃないか。魔導具はただ魔力を通しやすくすればいいというものではなく、個人の通す魔力量は一人ひとり違うためある程度の誤差を修正し正しく駆動させるための装置や、きめられた回路を流れるための仕組みが組み込まれている必要がある。そうでなければ常に一定の動作が得られず不良品として扱われる。


 さらに『CASTER』は循環がすべての要のようであるのに循環しないときたもんだ。なぜそういう風に作ったか理解に苦しむ。


「なんか循環のための仕組みが複雑すぎてあいつは途中で作るのをやめたらしいんだ。一瞬でも聖剣だからいいだろうとか、なんとかいって」


 あきれた人だ。ため息が止まらない。


「じゃあ、なんでロクさんは使えるんですか」


 当然の疑問。青年は顎に手を添え虚空を見やるとしばらくしてからこう言った。


「んー?慣れ?」


 あきれた人だ。ルークはため息が止まらなかった。


 


 


 

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