第5話

「すごい…」


 路地裏からちろりと覗いていたルークが思わずといった風に呟く。ルークは依頼する前に大方の案内所は調べてあるのでゴンゾらの実力も知っている。それを珍妙な剣で青年がいなす姿に見とれていた。何故か隣で鍛冶屋が自慢げに頷いていた。ルークが訳を尋ねるとにたぁっと口角を上げた。うわっ、嫌だなあとルークは思った。


「あいつの持っている剣、俺が作ったんだぜ」

「えっ!?」


 これにはルークも素直に驚く。戦闘を見ていて思ったのだが、ゴンゾらと互角もしくはそれ以上に渡り合っているのは青年の戦闘センスというよりあの剣が大きいと思っていたからだ。

 ルークの驚く顔にふふんと得意げにする鍛冶屋。ルークは少しげんなりしながらも話の続きを促す。


「あれは魔剣ですか?」

「はっ!これだからガキは!!」


 やれやれと肩をすくめて見せる。やたら気障ったらしいしぐさとガキ発言にルークはいらいらしたが、こういうタイプは相手にすると水掛け論になるので放っておく。しかし彼の頭の中では鍛冶屋はたぶん五回死んでいる。


「あれは聖剣だ」


 またもルークは驚く。ただしこれはさすがに嘘だろうという反応だ。それに気づかずに鼻息荒く鍛冶屋は説明を続ける。


「聖剣は聖なる光を放ち、どんなものでも切れる鋭い切れ味を持つという。見ろ!!」



 鍛冶屋は青年の持つ剣を指さした。つられてルークももう一度剣をよく見る。


「光って」


 刀身が金色の燐光をまとっているのが見えた。


「なんでも切れる」


 光線をいなした後、あれを見た後に恐れを知らないのか一斉に切りかかってきた『黒煙の牙』の武器をあっけなく両断する青年。確かに切れ味がいいとかそういうレベルではなく、伝説級といっても過言ではない。

 青年は武器を切り飛ばした後は蹴ったり殴ったりして相手を気絶させている。ゴンゾは一旦下がり、状況を見ていた。


「まぁ、そうですけど…聖剣ってこんなにうるさいもんですかね」


 ルークはキィィィィィィンとさっきから響いている騒音に苦言を呈す。脳に直接響いてくるような不快音をこれ以上聞かないように耳を手で塞いでみるが、まったく効果がない。


「俺が聖剣といえば、聖剣なのだ」


 ルークは何も言わなかった。



 十数人いたはずの『黒煙の牙』はいまや六人に数を減らしていた。彼らの中心にいる青年は未だ無傷。圧倒的な戦力差にさすがのルーキーたちも戦意を失いかけていた。


「まだ続ける?」

「あぁ」

 

 そういって立ったのはゴンゾだった。手には刃が無くなったガントレット以外何もない。徒手で挑むのか?後ろで残った六人が顔に疑問符を張り付けていた。


「無駄だと思うけどね」


 青年はそう言ってだらりと下げた剣のトリガーを引く。ブゥーンと唸るような音が聞こえたのち、あの騒音と燐光を刀身が発する。


「タネは見切った」


 へぇっと青年が感心したように呟き、剣を下段に構える。ゴンゾは素手のままぐっと重心を下に下げた。

 先に動いたのはゴンゾ。下げた重心をばねにして一気に飛び出す。殴りかかってくるか。青年はそう思ったのか距離を取ろうとバックステップする。だが、ゴンゾは姿勢を下げたまま迫ってくる。下段に構えたままの剣は足元にゴンゾが来ようとも、少しの動きで対処できる。その行動は軽率で自暴自棄に見えた。

 地面をなめるように疾走するゴンゾが何かを手に取った。それは青年が切り飛ばした武器の破片だった。青年がゴンゾの意図に気づく。


「なるほど」


 ゴンゾは手に持った破片を青年に投げつけ、また破片を拾っては投げた。ご丁寧にも魔力を通し硬質化した破片は一つ一つが人体を破壊するにはオーバーな威力を持っている。弾幕のようなその投擲を青年は剣を振るって叩き切る。燐光が軌跡を描き、迫りくる何もかもを切り落とす。しかしゴンゾの投擲をものともしていないのに、青年の顔はゆがむ。その理由はすぐに分かった。


『Empty!』


 場にそぐわないハイテンション、だけれども無感情な声。青年は舌打ちをすると柄尻から金属片を排出する。


「待っていたぞ」


 その瞬間、ぶぅんとゴンゾの両足が紫色に輝きを帯びる。


「その時を!!」


 地面を蹴り上げた際のバコッっという轟音すら置いて行って、今までの速さでさえ遅く見えるほどの速度でゴンゾが加速する。その場にいた誰もが消えたと錯覚した。光る紫が二本のラインとなって青年に襲い掛かる。

とっさに青年は半身にして身を守るが、そんなものが何になる。速さを力に変え、振りぬかれた拳がぶち当たる。鈍い音がして青年が吹っ飛ぶ。


「あっ!」


 ルークが小さく叫んだ。死んだ。低い弧を描いて飛んでくる青年を見てそんな考えが頭をよぎる。吹っ飛んだ青年はちょうどルークの目の前にやってきた。そして地面にぶつかり、二度バウンドしたっきり動かなくなった。

 死んだ?殺されたのか?

 路地裏に隠れるルークは目の前で殺人が起こったことに動揺を隠せないでいた。口がからからに乾き、足が震える。感じたことのないような冷たさが背中をかける。そんなルークの肩にポンと手が置かれた。ビックリして飛び跳ねるルークの背中に笑い声が響いた。振り返ると鍛冶屋が笑っていた。こんな時にどうして笑えるんだ。困惑するルークに鍛冶屋がさらに笑う。ルークもさすがにイラッとした。


「なんなんですかアナタは」

「いっひひひっ。すまん、すまん。あんまりお前がビビってるもんだからな」

「びびってなんか……ないです」


 鍛冶屋にいら立って一応落ち着いたが、視界を動かすとその先には未だ動かず横たわる青年。先ほどの冷たさがまた這いあがってくる。ルークは肩をかき抱いた。



「まぁ、安心しろ。あいつは天才のこの俺が知る中で一番強い」

「そんな、いくら強くたってあの一撃じゃ」


 鍛冶屋がめんどくさそうに小指で耳の穴をほじる。 


「うるさいなぁ。おっ、ほれみろ」


 ほじった指で鍛冶屋が通りを指さす。うへぇっと思いつつルークは通りを見る。


「あー、やれやれ、これは予想外だ」


 ゆらりと立ってそうつぶやいた青年はぐるりと首や肩を回す。コリをほぐすようなそのしぐさはここでするべきではないような気がする。だがその動きのスムーズさから青年にダメージはないように見えた。

 あの一撃を食らったというのに―ルークは目を見開いた。その後ろで鍛冶屋が忍び笑いを漏らす。


「どうして」

「あいつは自分から拳が当たる瞬間後ろにぶっ飛んだのさ。しっかし天才であるこの俺の発明品『超高硬度伸縮ワイヤー Nightcap』をああいう風に使うとはなぁ」


 ルークの疑問にめんどくさそうに鍛冶屋が答える。

 立ち上がった青年が手をひねると地面に刺さっていたワイヤーがするっと袖の中に戻っていく。鍛冶屋を助けるときに使ったあのワイヤーである。


「おもしろい…足りない速度をあれで補ったのか」


 通りの向こうでゴンゾが呟く。にたぁっとゴンゾが笑う。笑みは一説にはもともと威嚇であったいわれるが、ゴンゾの笑みはまさしく見るものを怯えさせるそれだった。再び両足が紫光を帯びた。それだけにとどまらず、足に灯った光が上へと上がり、ついには全身を覆いつくすほどになった。

 不気味に光るその様はただ単純に恐怖を掻き立てる。


「おもしろい、おもしろいぞ!!お前!!」


 つぶやきが叫びに変わる。抑えきれぬ衝動をのせゴンゾが跳ぶ。彼の紫の光は高純度高濃度に肉体に伝導された魔力があふれ出ることによる発光現象である。あふれでて発光することさえ並大抵ではないというのに、紫光を放つほどの腕のものなど王国内で数えるほどしかいないだろう。


「また来た!!」


 それをみてルークが悲鳴を上げる。騒ぐ彼とは対照的に標的である青年はゆっくりと剣を構えた。


『Re!load!!』


 吹っ飛ばされているときに装填は済ませたようだ。トリガーを引くと破壊の光がばらまかれた。ゴンゾはそれに憶することなく駆けていく。一度蹴るたびに地面が割れ、吹き飛ばされる。歩みでさえ破壊を凝縮したかのようだというのに、そこから放たれるであろう攻撃は一体どれほどのものか。速度としては青年を吹き飛ばした時より遅いというのにルークでもあの状態から放たれる一撃は、さっきよりもずっととんでもないとおぼろげながらわかった。

 ルークはさっき感じたものよりずっと体を深く貫く冷気を感じた。


「まずい!あいつ、殺気をバチバチはなってやがる。ガキ!気をしっかりもてよ!」

「ゴンゾ!!さすがにそれはまずいぞ!!」


 鍛冶屋と赤マントの男が叫ぶ。それはもう悲鳴に近い。

 ルークはやけに視界がぶれることに気が付いた。同時にやけにうるさいことも。自分が震えているのだと気が付くのにさほど時間はかからなかった。歯がかみ合わずがちがちと音を立てている。震えを止めようとするがそれはさらに震えを助長するだけだった。

 もう冷たさは感じない。ただ心臓を締め付けられるような鋭い不快感がルークを支配する。視界が狭まる。世界が遠くなる。暗くなる。


「おい!!」


 異変に気が付いた鍛冶屋がルークの肩をグイっと引っ張りちょうど自分の後ろに隠れるようにする。


「あっ」


 力ない声を上げ、ルークはへなへなと座り込む。その時になって自分が息をしていなかったことに気づく。空気を求め、肩で荒く息をすると汗がどっと出てきた。生きた心地がしないというのはこういうことなのだろうか。


「素人が浴びていい殺気じゃねぇんだ。だってのにあのやろ…」

 

 鍛冶屋の言葉は新たなイレギュラーによってかき消された。爆音。それは空から降ってきたものによって起こされたものだった。それが青年とゴンゾのちょうど間に落ちてきたため、ゴンゾはいったん立ち止まる。


「これだから迷宮ってやつは!!」


 度重なる予想外に鍛冶屋が苛立たしげに吐き捨てた。がしがしと頭をかいて、未だもくもくと立ち上っている砂ぼこりの向こうの存在を見る。


 砂ぼこりで常人からその存在は隠されているが、感知能力を使っているゴンゾにはわかった。


「カグラ」


 呼びかけに答えるようにそれはぶおっと砂ぼこりを切り裂く。得物は大剣、だがそれを握る手はとてもそれを握って振り回せるようには見えない華奢な手だった。さらにいえば大剣を握る手は片手であった。

 もう一度大剣を振るうと、ようやくその姿が現れる。女だ。若草のように淡い目と血のように真っ赤な髪を持った女。履いているものはやぼったい丈夫そうなズボンとシャツ。それにベルトをいくつもまいた露出の少ない恰好。それに加え短髪であるため一見男にも見えるが、その顔立ちとレザーの胸当てがわずかに内側から押されて盛り上がっていることから女とわかる。


「なんのつもりだ」


 大事な楽しみを邪魔されたとあってゴンゾはその女に怒りの目を向ける。殺気とはいかないまでも、鍛冶屋の陰でへたり込んでいたルークはその怒気にちいさく悲鳴を上げた。

 だが、女のゴンゾに対する返答は大剣を突き付けることだった。華奢な女が片手でぶれることなく大剣を突き付ける姿は外からきたルークにはひどくちぐはぐに見えた。


「お前が相手してくれるのか」


 女は首をゆっくりと横に振った。


「これは私のもの」


 静かに凛とした声で女は告げた。


「ふぅん?俺は君のものになったおぼえはないんだけどね」


 女の後ろで青年がぼやいた。彼の持つ剣は光を失っていた。彼の言葉にばっと女が振り向く。そしてしばらくじっと青年を見た。なに?というふうに青年が微笑んで見せると、少し悲しそうに眉を下げ、再びゴンゾに向き直る。


「とにかくダメ」


 どうやらゴンゾと知り合いのこの女も口下手なようだ。


「ちょっとぉ、カグラちゃん。それはこまるんだよねぇ」


 間延びした声をあげゴンゾの後ろから赤マントの男が歩いてきた。


「依頼は彼らの護衛だったんだけど伸されちゃったしぃ、せめてこいつを倒さないとメンツがねぇ。たしかにゴンゾはやりすぎだけどねぇ」

「まってくれよ」


 声の主は青年だった。


「俺の目的はそこに到達することだ、鍛冶屋を守ることじゃない」

(おまっ!何言って!!)


 鍛冶屋が思わず叫ぼうとするが、居場所がばれてはまずいとこらえる。といってもすでにばれているのだが。


「俺の目的が終わったら鍛冶屋は渡すよ。そこで倒れている連中はあいつがほしいんだろ?それで依頼達成にはならないのかい」


 青年の言葉に赤マントは考え込む。依頼の目的は道中の露払いだった。それはかなわなかったが、鍛冶屋をとらえ差し出すことができるなら悪くない話だ。しかし問題は


「その言葉をしんじろっていうのかなぁ?」

「ま。そうだろうよ。そうだなぁ…おい」


 青年はゴンゾを指さして呼びかけた。ゴンゾは「やるか?」というように拳を軽く握って見せる。彼をまとう光が一層不気味に輝く。

 だが、青年は剣を下ろしたままであった。


「もし俺が約束を守らなかったら、いつでも俺を襲っていいよ」

「ほう」


 話をきくためかようやくゴンゾはまとっていた光を霧散させる。その場にいた全員が重くのしかかっていた重圧が消えたのを感じた。カグラと呼ばれた女もそれを感じて向けていた剣を下げる。何気ない所作で下ろしたというのに大剣は地面に軽くめり込んだ。


「見せかけじゃなかったんだぁ」


 ルークは場違いな感想を漏らす。


「ここで戦うというんなら俺は降参する。それはあんたにとってあまりうれしくないんじゃないかい?」


 ゴンゾは実はメンツなどはどうでもいい。ただ今目の前にいる得体のしれない青年と戦うことにすべての関心がいっている。だとすれば青年の降参は非常に好ましくない。襲えば自衛のため抵抗はするだろうが、案内所としてこれからも『ブルーローズ』がやっていくためには降参した相手に襲い掛かったなどという汚名はごめんだ。

 または青年の提案を聞かず、ここで捕縛すればメンツを保てるかもしれない。が、それだとゴンゾは彼と戦うことができない。

 では青年の提案に乗るとすると?まず約束を守れば『黒煙の牙』が望む鍛冶屋が手に入る。これは青年を捕縛するよりもずっと彼らにとっていいはずだ。評価も上がるだろう。

 そして約束を守らなかった場合。

 ゴンゾは青年を見た。黒髪にまじる白。頼りなさげな飄々とした雰囲気。同時に感知能力を青年に向ける。彼のパーソナルデータを視界からも能力からも感じ取る。


「お前、名は」


 ゴンゾがにやりと笑いながら尋ねた。相変わらず見るものに恐怖を植え付ける笑みだ。


「ロクだ」

「ロク…覚えたぞ、その名前。ロク、お前の提案に乗ろう」

「ゴンゾ!」


 何か言いたげな赤マントをゴンゾは制する。


「一週間以内に鍛冶屋を渡せ。それができなければいつでも襲っていい、そうだな?」

「ああ。誓約書だって書いてもいいよ」

「ふん。別にいい」


 そう告げると用は済んだかのようにゴンゾは振り向いて、去っていく。唖然としていたためにおいていかれた赤マントが慌ててゴンゾのもとへと走り、ゴンゾに何か文句を言っている。しかしゴンゾは煩わしそうに手を振るだけでまともに取り合おうとはしていなかった。取り残された『黒煙の牙』たちも訳が分からないままに倒れた仲間を引きずりながらその背中を追いかけた。

 誰もいない長い通りには青年たちと女だけが残っていた。


「まずは礼をいうよ。カグラ?さん」


 青年がそう切り出すと女はまた一瞬悲しそうな顔をして「ああ」と答えた。それからめり込んでいた大剣を軽々と持ち上げて背中に背負うとすたすたと彼女も去っていってしまった。青年はそんな彼女の背中をなんとも言えない表情で見ていた。

 しばらくして、知らないやつが誰もいなくなったことを確認して鍛冶屋がルークを引っ張りながら出てくる。鍛冶屋に引きずられるルークはゼンマイの切れた人形のように放心状態だ。度重なる衝撃的な出来事に心をすり減らしたためである。その点鍛冶屋はわりとぴんぴんとしている。どうしてですか?口を開くのも億劫なルークは引きずられながらそんな目で鍛冶屋を見上げる。鍛冶屋はその視線ににやりと笑うと「慣れているからな」と答えた。


「ルーク、これが迷宮だよ」


 青年が微笑みながらルークに告げた。もううんざりだ。その言葉を聞いてルークは思ったが叫ぶ気力もないので、にへらぁっと笑って見せた。人間案外つらい時ほど笑うものだとルークは感じた。



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